第五十三話 俺、告白します
〈イアナッコの森〉の居住区。
獣人たちが暮らすそこに、俺たちはいた。
〈根源の巨竜〉の背に乗って現れた俺たちに、獣人は大騒ぎ。
俺は〈根源の巨竜〉に礼を言って、一度住処に帰ってもらってから、獣人の代表者と話すことになった。
そして今、目の前にいる獣人族の長老・オイナガと、友人であるフィノに対して、俺はこれまでの出来事(俺の醜態も、勿論含む)を伝えていた。
人間の領土にて、何が起こったのか。
騎士の姿をした人間が、ヨージョを護るようにしているのはなぜか。
何故、退治したはずの〈根源の巨竜〉の背に乗っていたのか。
何故ここに戻ってきたのか。
彼らは、俺の言葉を熱心に聞き、そして暫くのあとに説明し終えた。
……フィノとオイナガは、共に何とも言えない表情をしていた。
「と、いうわけでですな……。ごめんなさい、またちょっと厄介になってもよろしいでしょうか!?」
俺は大きく頭を下げる。
「にゃはー」という可愛らしい声が耳に届いた。
俺は顔を上げ、その声を漏らしたフィノを見た。
「この間出て行ったと思ったら、もうこれかにゃ……ま、呆れる話ではあるけど、僕はいいんじゃにゃいかと思うのにゃ。……人数が、増えたとしても、にゃ」
「前も言ったが、俺はお前のことを信頼している。拒絶することなど、あるわけないだろう。フィノの言う通り、皆ここで暫くは休んでいるといい」
二人は俺の申し出を快諾してくれた。
……なんでこんなに容易く受け入れてくれるんだ?
そんな二人が俺には不思議だったため、思わず質問をしてしまった。
「あの、さ。お前らは何とも思わないのか? 俺が〈根源の巨竜〉と、召喚獣契約を結んでいたことに対して」
「それに対しては、ただただすごいとしか思わにゃいにゃ」
フィノがあっけらかんと答え、オイナガは無言でそれを首肯した。
「いやいや、お前らの仲間が、〈根源の巨竜〉に殺されたじゃないか。……俺は、あの時巨竜と契約するではなく、始末することもできた。にもかかわらず、こうして俺は奴を従えているんだ。不満が出ても、おかしくないだろう?」
「……確かに、同胞が殺されはした。だから、〈根源の巨竜〉に対して、思わないことがない、とは言わにゃいにゃ。ただ、奴がお前と召喚獣の契約を結び、大人しくしている限りにおいては……奴はお前の仲間にゃ。そして、お前の仲間を、僕は害そうとは思わにゃい」
そう言ったフィノの眼差しは、とても真剣なものだった。
「そうか。……じゃあさ、もう一つのほう。俺が、〈根源の巨竜〉を利用して、騒ぎを自作自演をしていたとは、疑わないのか?」
「それは、ないな」
間髪入れずに、オイナガが俺の言葉に答えた。
ない? 一体、どういうことなのか。
俺は疑問符を表情に浮かべ、オイナガの続く言葉を待った。
「そもそも、お前と巨竜が組んでいたのなら、そんな回りくどい方法を取らずとも、人間の国など簡単に手中に収めていたはずだ。だから、お前らがもともと仲間だったことは、到底考えられない。……少し考えれば、分かることだろうに。人間というのは、悪知恵こそ働くものの、存外単純なことには気付けない馬鹿ばかりなのだな」
オイナガが快活に笑う。
俺もつられて、笑った。……自嘲気味に。
……いやぁ、俺もそんな理由付けが思わなかったし、心理的にはパニック状態だった民衆や大臣が気付かなくても、まぁしょうがないだろう。
ということは、もしかしなくても、ロゼは気付いていたのだろう。
だから俺を信じてついてきてくれたのだ。
「……二人とも、本当にありがとう。恩に着るよ」
「礼は要らぬ。……お前から受けた恩に、報いているだけだ」
「そうにゃ。おまえ、わざわざ僕たちに向けられる悪意まで背負ってくれたのにゃ。……それがどういった形で今後影響を与えるかはまだ分からにゃいが、その気持ちが嬉しいのにゃ」
オイナガとフィノがデレていた。……ひくひくと動く尻尾と耳が、イッツソーキュートだった。
「ありがとう。それじゃ、またしばらく世話になるよ」
俺が言うと、オイナガは無言で頷いた。許可をしてくれたのだろう。
「それで、人間から敵とみなされたお前は、今度は何をしようというのだ? 皆殺し、というわけでもないのだろう?」
オイナガの視線は鋭い。下手なごまかしは、通用しないだろう。
「……俺、出来るだけのことをやってみるさ。誰も、争いで血を流さないような、そんな結果を求めて。俺は俺の戦いをしようと思う」
「そんにゃこと、出来るのかにゃ?」
単純な疑問を口にするフィノ。
「ああ、出来る。……フィノが、みんなが協力をしてくれたらな」
俺の言葉に、フィノがキョトンと首を捻った。
☆
以前創造したプレハブ小屋を再構築して広いスペースを手に入れたそこに、見目麗しい少女たちが集まっていた。
今ここにいるのは、ヨージョ、ロゼ、フィノ、シーナとディアナ。
そして俺だ。
ヨージョは、ロゼたち三人が救出した後、シーナとディアナが匿い、そのままこの〈イアナッコの森〉に向っていたのだ。
俺とロゼが、森へと向かう三人を見つけ、彼女らもボブ氏の背中に乗って、ここまで来たのだった。
「それで、妾たちに話とは何なのだ?」
ヨージョの単刀直入な問いに、俺が答えようとすると、
「そんなことより、ヨージョって本当に王女にゃのか!?」
空気を読まないフィノが、周囲にいる騎士、ロゼとシーナとディアナを見た後に、前のめりになってヨージョに問いかけていた。
「う、うむ」
流石のフィノ大好きヨージョちゃんと言えども、少し戸惑っているようだった。
「へー、本当だったんだにゃ。信じてあげられにゃくて、ごめんにゃ」
しかし、フィノは少ししょんぼりと頭を下げ、謝罪の言葉を口にしていた。
もしかしたら、気にしていたのかもしれない。ちゃんと素直に謝るなんて、俺的にポイントが高い。ソーキュート!
「き、気にするなフィノ。こんな荒唐無稽な話、信じられなくても無理はない。というよりも、妾とフィノの仲だ。身分など、会ってないようなものだろう」
「……そう言ってもらえると、嬉しいにゃ!」
そう言って、フィノがヨージョを抱きしめた。……俺も混ざりたい、それはもう切実に。
「……ヨージョ様、そしてフィノ。話を戻そう。ミコよ、貴女は何故、私たちをここに呼んだのだ?」
俺はその言葉に、現実に戻る。ナイスフォローロゼ。
「ま、それもそうだにゃ。ロゼの言う通り、ミコのはにゃしを聞こう」
フィノとヨージョがいちゃつくのを止め、俺を見てくる。
ちなみに、フィノとロゼたち三人は、すでに互いの自己紹介を終えている。まだぎこちなさはあるものの、悪くない関係だ。
「ここに来てもらった、理由は……」
俺は、深呼吸してから、続く言葉を口にする。
「俺の、過去と。これからのことを話したいと思って、来てもらったんだ」
俺の言葉に、周囲にみんなの視線が向いてのが分かった。
「……過去って? 記憶が戻ったって、こと?」
シーナが目を見開いて言う。
「ミコちゃん、とうとう思い出したのね! うう、良かったわね」
ディアナが、少し涙ぐみながらも祝福する。
「……そういえば、以前そのような報告を王城で妾も聞いたな。いまのいままで、すっかり忘れていた」
ヨージョはポカンとした様子で呟いていた。
俺としては嘘をついていたわけだから、そんな風に喜んでもらえると、申し訳なくなる。
「何か、あるのか?」
無言でいる俺に、ロゼが問いかける。
俺は、それを首肯して言う。
「いや、正確には違うんだ。……本当は俺、何も忘れてなんていなかったんだ。きっと、話しても信じてもらえない、そう思って。みんなを、騙していたんだ」
不思議そうに、首を捻る面々。
「……それって、どういうことにゃ?」
フィノの問い掛けに、俺は訥々と答える。
「俺は、異世界から来たんだ」




