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第五十一話 俺、呼んじゃった。

 義理堅くお人好しの女騎士は、やはり予想通りに、俺を救いに来てくれたのだ。……タイミングがタイミングなだけに、しばし呆然自失をしてしまったが。


「って、ロゼ!? 一体どういうつもりだよ? お前は国の騎士。俺を助けちまったら自分の立場がどうなるかくらい、分かっているだろう?」

 俺の言葉に振り返るロゼ。

 周囲の騎士たちが、警戒を強め、臨戦態勢を取っているが……この程度の人数ならば、気にするほどでもないのだろう。

 ロゼは彼ら騎士たちを、必要以上には警戒していないようで、柔和な微笑みを浮かべながら答える。


「分かっているさ。だからこそ、私は貴女を助けるのだ。〈根源の巨竜オリジン・ドラゴン〉を撃退させた救世主。人間と獣人の架け橋となれる存在。……そんな貴女を、私たちは失うわけにはいかない」

 ロゼは力強く言った。

 俺は、その言葉を聞いて……不意に涙が出そうになった。

 そんな風に誰かから必要とされる経験なんて、現世を含めてもなかったからだ。


 出来ることならば、もっとこの感傷に浸りたかった。

 しかし、それを周囲は、そして大臣は許さなかった。


「〈神槍の麗嬢〉と呼ばれる貴様が、何故〈魔女〉に肩入れする!?」

 怒号のような、大臣の言葉。それに、周囲が追従する形で様々な言葉を投げかけた。


「真に国を憂いているからこそでございます」

 ロゼは大臣に向かいあい、堂々と宣言した。

「……馬鹿者がっ! 貴様も〈魔女〉にそそのかされたか! ええい、ならば良い! 貴様も見せしめに、この場で処刑してくれる! やれ、皆の者!」

 大臣の言葉に、周囲にいる数多くの騎士たちが剣や槍を構え、殺気を漲らせる。

 離れたところからは、こちらに弓矢や魔法で狙いを定めている。

 それに対して、ロゼは落ち着いた様子で言葉を紡いだ。


「闇を切り裂く聖槍よ。我が祈りに呼応し、その姿顕現せよ」

 空間を切り裂くように現れたのは、神器〈聖槍・ブリューナク〉だ。その力は、周囲の騎士たちが束になったとしても、ひけをとることはない。

 多くの騎士たちが、中央の処刑台に集まった。

 この場に、緊張が満ちる。 

 俺は、一つ呼吸をしてからロゼに問いかける。


「ロゼ、助けに来てくれてありがとう。……でも、これからどうするつもりだ? この場を切り抜けなければならないし、ヨージョは囚われたまま。こんな状態の人間と獣人が、和平を結べるとは思えねぇ」

 ロゼは、周囲を警戒したまま、俺の言葉に答える。

「ヨージョ様は、既に救出した。シーナとディアナと共に、とある安全なところまで避難してもらっている。だから、心配はない」

 なるほど、既に救出されていたか。ロゼがそう言うならば、俺も心配はしない。


「それと、心配がないのは今の状況も同じだ」

 ロゼが不敵な笑みを口元に浮かべて言った。

「? それは、一体どういうことだよ?」

 俺の単純な疑問。その答えもまた、単純なものだった。


「私と貴女がいるんだ。この程度の数の騎士など、相手にならないさ」


 ロゼの表情は、気負いなど全く感じないものだった。

「……嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

 ロゼが俺にそう言ってくれるなら、枷を付けたまま棒たちをしているわけにもいかないな。


 俺は両手足に力を込める。

 枷が自由を束縛しようと抵抗してくるものの、それもあっさりしたものだった。

 そう対して苦労するまでもなく、俺を縛り付けていた超高純度の〈封魔鋼〉で作られていた枷は、音を立てて壊れたのだ。


 その瞬間、〈封魔鋼〉の存在を頼っていた大臣や騎士たちは、驚愕に目を見開いた。

 ……ロゼも信じられないものを見るように、驚いた表情をしていたのは、スルーしておこう。


「!? そんなバカな! 超高純度の〈封魔鋼〉は、いかな鉱物よりも固くできておる! なのに、何故生身の身体でそんなことが……いや、そんなことよりも! 騎士たちよ、早くその魔女を殺すのだ! 手遅れになる前に!」

「手遅れも何も、最初からお前らに勝ち目なんてねーさ」

 大臣の言葉に、俺は行動で応える。


 内なる魔力を迸らせ、処刑広場全体を覆うほど巨大な魔法陣を展開。武器をもつ騎士たちに狙いを絞り、彼らを無力化する魔法を発動する。

 抗うことなどできない。彼らは、ほんの一瞬でその場に倒れていった。


「な、なんだこれは……貴様、一体何をした!?」

 うろたえる大臣。

 恐怖の言葉を放つものの、恐慌状態にまでは陥っていない民衆たち。彼らがパニックを起こすようだったあら、同じように魔法をかけて黙らせる必要があったが、それは無用なようで安心した。

 

 俺は、魔法を用いて連中を眠らせたのだ。ちょっとやそっとでは起きないだろう。この魔法自体は殺傷力は皆無だが、ここまで無防備になるのだ。

 攻撃的な意思をもって使えば、危険極まりない魔法だろう。


「一瞬で大規模な魔法を展開し、見事に騎士たちだけを眠らせた・・・・か。……流石はミコ、私の出る幕は、全くないようだな」

 そう言って、恥ずかしそうに〈神槍・ブリューナク〉を手放し、消したロゼ。

 多分、出したはいいけど何もしないまま消すのが恥ずかしかったのだろう。ちょっと悪いことをしてしまったな。


「……魔女め、魔女女! 魔女めぇええ! その力を持ってして、この国を亡ぼすつもりだな!? この、悪魔がぁあ!」

 大臣が取り乱しながら叫ぶ。

 その声に同調するように、民衆たちが騒ぎはじめる。

 俺の力に対する怒り、悲しみ、そして嘆きを口にしている。その様を見て、俺とロゼは圧倒される。


「ミコ、これは……」

 ロゼが、俺の耳元で言葉を呟く。

 彼女もこの様子を見て不安を感じているのだろう。

 これでは、俺たちが悪者ではないか。……獣人たちを敵とみなし、叩きつぶそうとしている者にとって、そう思うのは当然か。


「……俺に、考えがある」

 この場を治めるには、俺1人の力では難しい。

 もっと圧倒的で、もっと絶望的な力を見せつけることこそが、彼らを鎮めることができるはずだ。

 この状況をほっぽりだして、この場を去ることはもちろん可能だ。

 でも、行き場のなくなった憎悪が、そのまま正しく俺に向かうだろうか? もしかしたら、屈折した思いが、獣人にぶつかってしまうこともあり得るのではないか?


 だからといって、力を誇示し、憎しみを俺に向かわせることが正しいことなのか?

 俺の思考は堂々巡りだ。


 分からなかった、何が正しいことなのか。

 

 俺は逡巡する。……圧倒的な力を見せつける術があるものの、それをこの場で使っていいものか? それともこのまま無責任にこの場を離脱することこそが、俺のすべきことなのか?

 またもや思考の迷宮に入り込んでしまいそうになったところ、


「迷うことは無いぞ、ミコ」

 思案する俺に、ロゼが告げた。

「何か思い悩んでいるようだが、気にするな。貴女はきっと、正しく力をつかえる人なのだから」


 柔らかに微笑むロゼ。俺はそれを見て、決意を固めた。


「ごめんな、ロゼ」

 一言つぶやく。


「? なにを謝ることがあるのだ、ミコ?」

 答えるロゼは、尚も柔らかな表情を浮かべていた。

「何が正しいのかなんて、俺には分からねぇ。……でも、何もしないことなんて、出来そうにない。……今から俺が呼び出すのは、ロゼの仲間たちの……仇だ」

 その言葉に、ロゼは呆然と呟いた。

「え?」


 俺は意識を足の付け根にある〈契約紋〉へと向ける。

〈契約紋〉へと魔力を込めて、自らが契約した召喚獣に、呼びかける。


「来い、〈根源の巨竜オリジン・ドラゴン〉!」


 俺の叫びに呼応し、天空に現れる巨大な魔法陣。

 ――この場にいる全員の視線が、その魔法陣へと向けられた。


 ほんの一瞬、魔法陣が稲光にも似た強い輝きを発する。

 誰もが、瞼を伏せる。だが、俺だけはの登場を見逃さない。


 空をも呑み込む程の巨躯。

 鋭い牙は妖しく輝き、広げられた両翼から、見る者は目を離せない。

 広場にいる者に、影が落ちる。深く、暗い影が。


 絶対の力。

 絶大な絶望。


「ウォォォォォオオオオオォ」


 最強を体現する〈|根源の巨竜〉の叫びが、この場に轟いていた。


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