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第五十話 俺、処刑されちゃうんですか!?

 大臣に囚われ、地下牢に幽閉されてから数日が経過していた。

 現在、外がどのような状況になっているのか分からない。この地下牢に入れられたときに、ギルドカードも没収されていたため、メアリさんに連絡を取ることもできない。

 ……メアリさんといえば、こうして帰ってきたにも関わらず、未だにお出かけが出来ていないな、と俺は思い出した。

 待たせてばかりで、申し訳なく思う。


「おい、〈魔女〉」

 一人俯いていると、外から一人の男に声がかけられた。

 格子越しにそちらを見ると、不愉快そうに表情を顰めた男が、俺を見下ろしていた。


「何か?」

 俺が答えると、男は小さく舌打ちをしてから、

「お前の処刑の日が決まった。明日の夕暮れ時、貴様は民衆の前で処刑される。……それまでのわずかな時間、これまでの悪行を悔いていろ」

「……そうか」

「っち」

 俺の反応が薄いことに苛立ったのか、男は再度舌打ちをした。

 そして、直ぐに踵を返し、立ち去って行った。


 これまでの悪行を悔いていろと言われても、心当たりがない。強いて言えば、女の子の姿になったことを利用し、美少女たちと寝床を共にし、クンカクンカスーハーをしまくったこと位か? ……ならば、我が人生に一片の悔いなし、だ。


 冗談はさておき、明日か。

 ……前回、俺がこの場に囚われているとき、ロゼが現れてくれた。

 しかし、今回は現れる気配なし。

 俺が囚われているとしれば、ロゼは必ず駆けつけてくれるはずだ。……あの義理堅くお人好しの女騎士なら、きっとそうしてくれる。しかし、実際はそうではない。それは、何故だろうか? その情報を知らない? ロゼも、何らかの理由で囚われている?

 ……もちろん、単純に俺が見捨てられたということも考えられる。

 でも、そんなことはないだろう。きっと、何かしらの事情があるのだ。


 ならば、俺は明日どう振舞おうか。

 俺は自らを拘束する、両手足の枷に目を落として考える。

 超高純度の〈封魔鋼〉。魔力やスキルは、確かに大幅に抑えられている。だが、全く使えないというわけでもない。

 俺は意識を集中し、目前に淡い光を灯した。……〈自己魔術媒介〉のスキルが発動し、魔法を使ったのだ。

 今の状態でも、簡単な魔法は使える。


 それに、魔力やスキルに制限が課せられた今でも、俺の基本的なステータスはカンストしている。魔力が正常に循環していないために身体に倦怠感を覚えるものの、その気になれば素の力で、この枷を壊すことも訳はない。

 つまり、逃げようと思えばいつでも逃げられるのだ。


 にもかかわらず、なぜ俺は未だにこの地下牢に閉じ込められているのか? 公開処刑を待ち受けているのか?

 俺は、迷っている。これからしようと思っていることが、果たして意味あることなのか。それがただの、エゴで終わらないか。

 考えても、答えてくれるものなどいない。


 だから、今日は何も考えずに、静かに、深く眠りについたのだ。


☆☆☆


 夕暮れに沈む町並み。

 周囲を見れば、野次馬たちが辺り一面、所狭しと押し寄せている。

 ここは、この国の処刑場。王城前に設置された、大広場。国教の女神像が、民衆たちを見下ろしていた。

 普段は庶民に開放をしていないのだが、公開処刑がある際は解放されるらしい。……それにしても、自らが信仰する女神の前で処刑しちゃうのね、僕びっくりだよ。

 

 彼ら、彼女らの目的は、稀代の魔女〈神語りの少女、ミコ〉の公開処刑を見ることである。俺は大広場の中央に設置された処刑台の上に立ち、両手足を縛られ、騎士たちに逃げられないように包囲されている状態だ。


――あの可愛らしい嬢ちゃんが、魔女何だとよ――久しぶりの公開処刑だってんで来てみれば、あんなかわいこちゃんか、もったいねぇ――おいおい、冗談はよせよ、いくら面が良いからって言っても、あいつは魔女だ――お前も見世物になって、俺らに刺激を与えてくれるってんなら、話は別だが――馬鹿が、見る側だからこそ、楽しいんだろうが――


 ……どうやらこの国では、公開処刑というのは庶民の娯楽にあたるらしい。

 騒々しくおしゃべりをする野次馬たちの言葉を耳にしたところ、間違いない。


「皆の者、清聴!」

 王城から騎士が姿を見せる。そして、ひときわ大きな声で民衆に呼びかけた。


「よくぞ来た、我らが同胞たちよ!」

 王城から大臣が姿を現し、高いところから民衆を見下ろす大臣。彼の声は、喜びのためか上ずっていた。


「この者、〈神語りのミコ〉は魔女である! 我らが女王陛下は、この悪しき魔女に騙され、かの蛮族、汚らわしい〈人モドキ〉と和平を結ぼうとしたのである」

 大臣の言葉に、民衆からブーイングが沸き起こった。

――なぜ俺達人間が、あの獣たちと和平を結ばなければいけねぇ? ――女王陛下をたぶらかせたその魔女を、早く殺せ! ――獣人も、早いところ殺してくれよ! ―― 

 どうにも、殺気立っているようだ。

 

 ……どうしてこうも、人間て奴は悪意ある人間に踊らされちまうのだろうか?

 この世界の話だけではない。現実世界でもそうだった。正しいことをしたとしても、声のでかいやつがそれを気に食わないと言えば、その行為はたちまち非難の的となってしまう。

 ――イライラする。


「だが、安心するがよい、同胞たちよ! 今日、ここで魔女は死ぬ! そして、獣人たちを滅ぼせば、女王陛下も遠からず目を覚ますことだろう! それまでは、この私が、陛下に変わって其方たちを導く! さぁ、今こそ結束の時だ! 奴らに思い知らせてやろう、人を敵に回すことが、いかに愚かなことなのかを!」

 野蛮なのは、一体どちらか。

 俺は大臣のご高説に、かぶりを振る。

 しかし、民衆としてはそれはとても気持ちの良いものだったらしい。

 口々に大臣をほめそやし、獣人や俺に対する憎悪を叫んでいた。


「女神〈トゥーイレ〉の名のもとに、魔女を処刑する。騎士たちよ、この悪しき魔女に、聖なる光の制裁を与えるのだ!」

 大臣の声に従い、騎士や魔法遣いが、俺に武器や魔術媒介を向ける。 


「余裕を見せているようだが、それもここまでだ。光魔法により、貴様はこれから焼かれ、浄化される。太陽すら超える超高熱の光魔法、貴様に耐えるすべなどないだろう!」

 俺の耳元で、一人の騎士が楽しそうに告げる。

 俺はそれをきいても、何とも思わない。

 たいそうなことを言っているが当たらなければ意味がない。いくら俺の魔力が封じられているからと言って、のろまの魔法など、当たるわけがない。

 

 いい気になった騎士たち。

 処刑を心待ちにする民衆。

 彼らを煽る政治家。


 ……俺は、考える。

 人間たちは、獣人たちが野蛮で、暴力的で、共に歩むことなどできないと考えているのだ。

 ……あほらしい。邪悪なのはお前らだ。獣人と人間は、変わらない。……それどころか、人間の方がよっぽど醜悪で、趣味が悪い。


 枷がつけられた両手足に、力がこもる。ここでこの枷を外し、大暴れをすることは容易い。

 人間は、傷つけることは平気なくせに、傷つけられることには異様に臆病な生き物だ。それは、この世界でも、現代日本でも同じだ。

 自ら進んで、彼らを傷つけたいとは思わない。……でも、痛みを知らなければ、人間という生き物は他者に優しくできないのではないか?

 昔俺をいじめていた奴らと、今周囲にいる野次馬たちの、残酷な視線が重なって見える。きっと、彼らには、痛みが必要なのだ……。

 ならば、迷う必要などなかった。


 俺が、その痛みを与えてやるしかないじゃないか――

 

 俺に向けられる下卑た視線を受けながら、思わずそう口にしそうになった。

 

 だけど、そうすることはなかった。


「その処刑、待たれよ!」


 どこからか、声が聞こえた。

 その声に反応するように、周囲にどよめきが広がる。


 一体だれが、そのような物言いをしたのか――

 それが誰だったのかは、すぐに分かった。


 人混みのなかから突如現れたのは、一人の女騎士。

 風に揺れる美しき金色の長髪。

 

 俺を庇うように目の前に現れた彼女――ロゼは、毅然とした声音で言った。 


「私は、この〈神語りのミコ〉の処刑に異を唱える。……もしも彼女の処刑を止めぬというのなら、力を持ってそれを阻止させてもらう!」


 俺は突然現れたロゼの後姿を、ただ呆けたように見つめるしかできなかった。

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