第四十九話 俺、R-18!?
「よくぞ来た、大臣。そして、妾に忠義を誓う騎士たちよ」
玉座の間に、ヨージョの声が響いた。
その中心であり、そして他の者を見下ろせる高みにある玉座に、ヨージョは腰掛けていた。
初めて出会った彼女のように、その表情は不敵であり、そして偉そうだった。なんなら初めて会ったあの日よりさらに偉そうに見えた。
「おお、女王陛下様。無事に帰っていただいて何よりです。ですが……」
ヨージョの前にて頭を垂れる者たちの中で、一人の老いた男が口を開いた。
彼は大臣。今現在の、戦争を推し進めようとしている人間の、代表と言える者だ。
「なぜ、この場に〈神語り〉がいるのでしょうか?」
大臣は、俺に対してはっきりと敵意を向けてくる。その言葉に反応し、周囲にいた騎士たちが立ち上がり、警戒心を顕にこちらを見据えている。……おいおい、女王陛下の御前で図が高くね? とか思っちゃいました。
「何故も何も。こいつは妾が呼んだのだ。文句は聞かぬ」
「何をおっしゃいますか、女王陛下!? その者は、我らが敵である獣人とつながっているのですぞ! そのような男を招き入れるなど、正気とは思えませぬ!」
……ヒートアップして大臣はとても失礼なことを言う。
「不敬な。弁えよ」
「いいえ、今の女王陛下は正気ではございません。大方、そこの〈神語り〉……いや、〈魔女〉に何かをされたとしか思えませぬ!」
大臣の目に、剣呑とした光が宿っていた。その強い語気に、流石にヨージョも動揺するのでは? と思い表情を窺うと……。
「……っ! 妾は、獣人をもう敵とは思っておらぬ。それに、この〈神語り〉のミコは、妾の大切な友人だ! その友人に対する無礼、見逃すわけにはいかぬ! すぐに謝罪をせよ!」
怒っていた。それはもう、激しく。
その証拠に、ヨージョは〈絶対命令〉のスキルを発動させていた。
何が何でも、俺に対して大臣が謝罪をしなければ気が済まないのだろう。……やだなにこれ、チョー照れくさいんですけど(ポッ)。
しかし、〈絶対命令〉のスキルを受けた大臣は、それでも反応がなかった。
ヨージョの顔色が、徐々に驚きに変わっていく。
「女王陛下様、恐れながらあなた程度のスキルは、〈封魔鋼〉で身を護られている人間には効かないこと、お分かりですよね」
大臣は厭らしい笑みを浮かべながら、胸元の趣味の悪いネックレスを握りしめていた。
「……〈封魔鋼〉を身に着けている、という事は。そもそも妾とことを構える気でおったか」
「はて、どうでしょうなぁ」
何が面白いのか、大臣は愉快そうにくつくつと笑っていた。
見れば、他の人間も同じデザインの趣味の悪いネックレスを身に着けていた。
「おいヨージョ。一体これはどういう事なんだ?」
悔しそうに歯噛みをするヨージョに、状況がイマイチ分からない俺は問いかけていた。
「……〈封魔鋼〉というのは、一定のスキルや魔法を無効化したり、対象の魔力を封じることができる、希少な金属のことだ。妾のスキルは、奴らが身に着けている〈封魔鋼〉を素材にして造られたネックレスによって無効化されたのだ」
「そんな素材があったのかよ……」
「とはいえ、〈封魔鋼〉も何でもかんでも無効化できるわけではない。キャパシティオーバーになれば、自壊してしまうからな」
ヨージョは、そう説明している最中も、口元を悔しそうに歪めていた。
「でも、その〈封魔鋼〉を身に着けていることが、何故ヨージョとことを構えることにつながるんだ?」
俺の言葉に、ヨージョは皮肉に嗤う。
「〈絶対命令〉を持つ妾が女王になったとき、この国の要職の人間は忠誠を誓う意味で〈封魔鋼〉を妾の前では身に着けないようにと制限を課したのだ。飼い犬に腹を見せるように仕込むようにな」
「おいおい、それってつまり……」
「妾はすでに、こやつらから切りすてられている、ということだな」
ヨージョの言葉に、力は無かった。
「あっはっはっは、その通り! 女王陛下様、後のことはお任せを! 獣人共は、私共が必ずや根絶させてみせます!」
大臣は、不快な声をあげ、嗤った。
どうやらヨージョの声はこの国の腐ったお偉方には届かないようだ。
……ならば、どうする? 俺は、何をすべきだ?
「騎士たちよ! 魔女に囚われてしまった女王陛下の身を拘束しろ! ……正気に戻るまで、地下牢にでも放りこんでおけ!」
大臣の声に、周囲の騎士たちが反応した。
周囲を取り囲むように陣形を組んだ騎士たち。
俺、だけでなく。ヨージョにも剣の切っ先が向けられている。中には魔導騎士もいるようで、手にした剣の先が淡く輝き、魔法が放たれようとしているのが分かる。
この場で、ヨージョが傷つく前に周囲の騎士や大臣をもろともに吹き飛ばすことは造作ない。
だがそれは、果たしてヨージョが望む解決法なのか? ……その答えが出ないまま、俺は彼女の表情を見る。
ヨージョは俺の視線に気づき、目を合わせる。
涙は流れていない。だが、潤んだ瞳だ。
そして、彼女は力なく首を振った。
抵抗せずに、捕まることを選んだのか? 俺はヨージョの判断に、一時身を任せることにした。……もちろんこれが、ただの問題の先送りであることを、俺は理解していた。
「ほう、抵抗しないか! 賢明な判断だ」
僅かにあった怯えもすっかりきえさったのか、大臣は調子よくそう告げた。
騎士たちは俺とヨージョの体を押さえつけると、恐る恐る両手足に枷を嵌め、大臣の前まで引きつれた。
……? なんだか、体に力が入りづらいぞ?
心中に浮かんだ疑問に答えたのは、大臣だった。
「あはははは! 調子が出ないか、魔女め! その枷は超高純度の〈封魔鋼〉だ! いくら貴様でも、抗うことなどできまい?」
なるほど、それで身体が怠く感じるのか……。
「小娘1人相手に、ご苦労なこったな」
「貴様がただの小娘ならば、苦労などせん。だが、忌まわしき魔女だ。このくらいするのは、当然だろう。……よし、貴様ら。まずは女王陛下が頭を冷やすまで、どこかに閉じ込めておけ」
大臣の言葉に、騎士たちが従う。
騎士たちに連れられ、この部屋を出て行く前に、俯くヨージョが呟いた。
「すまぬ、ミコよ。無力な妾を許してくれ」
その小さな呟きは、俺の耳に届いていた。
「ふむ、それでは今度は貴様の番だ。さて、これまでの屈辱をどう返させてもらおうか」
大臣の下卑た目が、俺の全身を這う。……え、ちょっとまって。
エロ同人みたいなのはごめんだよマジで!
「決めたぞ、魔女よ! 貴様は女王陛下を洗脳し、獣人どもと共謀した罪を犯した。それは、決して許されるものでは無い。故に、貴様の処分を言い渡す」
大臣は厭らしく哂いながら言う。……やばい、この場の人間の肉欲の吐け口にされてしまうのか……!?
「公開処刑だ! 近日中に、貴様の首を見世物としてやる。覚悟しておけ!」
大臣は珍しく晴れ晴れとした表情で宣言した。
……ふぅ、良かった。本当は男の俺が、おっさん共にエロいことをされるという最悪な事態は回避できたようだ。
と、一安心できるわけがなく。
「マジかよ、くそったれめ」
ほくそ笑む大臣を睥睨しつつ、俺は忌々しく呟いたのだった。




