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第四十六話 俺、綺麗な歌声を聴く

 その日の夜、いつものように村長宅の前の広場にて軽い宴会が行われた。現在は、国境付近の警備に出ているもの以外は、基本的にこの場に集まっていた。

 戦争になりそうって時に宴会だなんて……と思わなくもないが、こういう雰囲気は、まぁ嫌いではない。


 キャンプファイヤーのように火を囲みながら、酒と料理に舌鼓を打つ俺たち。

 ……ヨージョとフィノは2人で食べさせあいっこをしていた。俺は悔しさのあまり、他の獣人に絡み酒(俺自身は酔えないが)をしている。


 宴会が始まって、しばらくが経った。

 調子が良いときならば、獣人たちのご機嫌な踊りが始まるところだったが、今日は違った。


「皆、良いか」

 ワイワイと騒ぐ空間で、そこまで大きくない一声。一体誰の発した声か、一瞬わからなかった。

 周囲の獣人も同じようだ。もう、その一声を気にもしていない。

 だが、次の瞬間。彼らの視線はある一点に注がれることになる。


 ヨージョが立ち上がったのだ。


 ヨージョはこれまで、獣人たちに自分から話しかけたことなど、ほとんどなかった。なのに、今日は一体どうしたというのだろう?

 俺とフィノを含む皆の注目が集まる中、ヨージョが口を開いた。


「今さらになってしまうが、妾は皆に感謝をしている。根源の巨竜オリジンドラゴンと直接戦ったミコだけでなく、妾のことも、こうして受け入れてくれたことを」

 ありがとう、そう言ってヨージョは頭を下げたのだ。

 

 俺は、驚いた。これまでのヨージョの行動から、全く予想ができなかったから。

 俺だけじゃない。他の獣人も、俺と同様に驚いていた。

 それは、「人間」から、ストレートな「好意」を向けられたからだろうか? 実際のところは、分からない。


「だから、妾はお礼がしたいのだ。……だからと言って、今の妾に出来ることなど限られている。だから。だから、聞いてくれ」

 ヨージョはそう言って、一度目を閉じた。

 大きく深呼吸をした後に、ヨージョは再び口を開いたのだ。



 柔らかな声。心地良いリズム。自然と、心が落ち着いた。

 ヨージョは今、歌っていた。

 その歌声はとても穏やかで、聴く者の心を捉えて離さない。 

 聴き覚えのない歌。間違いなく、この世界の歌だ。 

 獣人たちは、最初こそ驚いていたものの、今はその歌声に静かに耳を傾けていた。


 綺麗な歌声とヨージョの物憂げな表情は、多くの者を引き付ける魅力があった。

 以前見た、フィノの踊りのように。


  

「……と、いうわけで。妾ができるお礼など、この程度のものなのだ」

 歌い終わったヨージョが、周囲をみながら、やや恥ずかしそうにしながら言った。

 対する獣人の反応は……。


「良い歌だったぜ、オジョーチャン!」

「まだまだ聞かせてくれよ!」

 周囲からは、良好な反応が返ってきていた。


 ヨージョは戸惑いつつも、そのリクエストに応えて次の歌を歌い始めた。


「大した奴にゃ、ヨージョは」

 いつの間にか隣に来ていたフィノが、俺に言う。

「そう、かもな。この人数を前に歌を披露するなんて、結構度胸が必要だよな」

「そういうことじゃにゃいんだが……そうか、お前は記憶がにゃいんだよにゃ」

 フィノは俺を一瞥してから、今も歌い続けるヨージョへと視線を向けなおした。


「な、なんだよそれ? どういうことだよ?」

 俺はフィノの言葉の意味が気になり、問いかけた。

「人間の歌ってのは、基本的に自分の信じる神様に対して捧げるもの、っていうのを聞いたことがあるにゃ。僕達獣人にたいして歌う、にゃんてこと、普通はしにゃいのにゃ」

 フィノはそう言って、口元を緩めた。

 俺はそれを見て言った。


「つまり、それだけヨージョは獣人のことを認めて心を開いた、ってことだよな」

 フィノは俺の声に反応し、優しく微笑む。

「そうだと、嬉しいんだけどにゃ」


 ヨージョの歌声が、耳に届く。

 獣人も、人間も。


 その歌声を聞いている者は、皆笑顔だった。



『ごしゅじんさましゅき、ごしゅじんさましゅき、ごしゅじんさましゅき』

 ヨージョの歌声以外に、唐突に頭の中に直接呼びかける様な音(声?)が聞こえた気がした。それに、何だか胸のあたりも熱く感じた。

 俺は驚いて、肩を震わせた。


「にゃにゃ、どうしたのにゃ?」

 隣に座るフィノは、心配そうに俺に声を掛けてきていた。

「いや、なんか変な音が聞こえないか?」

 俺の言葉に、フィノは怪訝そうに眉を潜める。

「んにゃ? にゃにも聞こえにゃいけどにゃ」

 さらりと言うフィノ。どうも、嘘をついているようには見えない。

 ならば……今も脳内で響くこのよくわからない音は、俺にしか聞こえない物なのだろう。


 俺はフィノに、「気にしないでくれ」とだけ告げて、立ち上がってから獣人たちから少し離れた。

 そうしてから、先程から妙に熱を持った胸のあたり・・・・・を確認する。

 胸ポケットから取り出したのは、ギルドカード。見れば、淡く発光していた。


 どうすれば良いのかは分からなかったが、俺はギルドカードに意識を集中し、魔力を込めてみた。

 カードは輝きを増し、そして……。


『突然申し訳ありません、ご主人様』

 俺の脳内に直接響く声。それは、間違いなくメアリさんのものだった。

『え、メアリさん? 一体これはどういうこと?』

 俺は声に出さずに、疑問を頭に思い浮かべる。どうすれば応答ができるのか? そもそも応答が出来る様なものなのかは不明だったが……。

『緊急の要件がございました。失礼を承知で、念話で呼びかけさせていただきました』

 どうやら俺の応答方法に間違いは無かったようで、メアリさんの声が返ってきた。

『良いよ、それは気にしていないから。ただ、念話なんてことができるなんて知らなかったから、びっくりしただけだよ』

 ギルドカードというのは、大変高性能な代物みたいだ。現代日本のスマートフォンとは搭載されている機能こそは違うが、便利さの度合いは同じくらいかもしれない。


『それで、その緊急の要件って言うのは何かな?』

 俺の問い掛けに、ほとんど間を開けずにメアリさんが答えた。



『このままでは、戦争が始まってしまいます』

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