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第五話 俺、サイドポニーになります!

「……きろ。……起きろ」

 

 微睡みから覚醒する瞬間。

 俺の耳には、綺麗な女性の声が届いていた。

 そして、全身を軽く揺さぶられていることに気付く。

 

 一体、何なんだ? そう思った俺は、寝ぼけ眼を擦ってから開いた。

 一番最初に目に飛び込むのは、煌びやかに光る金色。そして真白な肌の、とびきり上玉な美人。


「……ロゼ、か。おはよう」

 俺に声を掛ける張本人であり、昨日出会ったばかりのくすみない金髪の持ち主のロゼに、朝の挨拶をする。

「全く、寝坊助だな貴女は。ずっと体をゆすって声を掛けて、ようやく起きたな」

 呆れた表情をしたロゼが、大きく溜息を吐いた。


 俺は寝袋から這い出た後に体を起こして、大きく伸びをした。

 ロゼから渡された寝袋は案外寝心地がよく、すこぶる体調が良い。


「ん……、私の顔が、どうかしたか?」

 黙ったままロゼの顔を見ていたのが、どうにも不思議だったのだろう。

「いいや、何でもないよ」

 俺は短く返答をした。


 やっぱり、夢じゃない。ロゼがいる世界という事は、やはり俺は異世界に転移して、そして美少女へとなってしまったのだ。


「……? まぁ、良いか。それじゃ、仕度を整えたら、さっそく向かおう」

「向かうって、どこにだよ?」

「昨日、寝る前に言っていただろう? 冒険者ギルドのある町にまで案内をすると。……危険の最前線であるここよりも、町はずっと安全だから」

 ロゼはそう言って、柔らかく笑う。


「そう、だったな。よし、それじゃ早速町に向かおう!」

 俺はロゼに対してそう提案したのだが、可笑しそうにくすくすと笑われてしまった。どうしたのだろうか?


 そう思っていると、

「涎の跡がついている。それに、髪の毛だってぼさぼさだ」

 ロゼが俺の髪の毛を撫でる。きっと、跳ねた髪の毛を撫でつけているのだろう。

「貴女は、可愛い女の子なのだから。身なりはきちんとしないとな」


 どこからか、ロゼは櫛を取り出して俺の髪の毛を梳かし始めた。なんだか、くすぐったい。それに、鼻腔を甘い香りがくすぐる。

 この香りがロゼから発せられるものだと気付き、俺はどきっとした。

 現代日本にいた時は、女子とはまともに接したことがなかった。なのに今、こうして簡単にふれあい、そして優しくしてもらっていることに、動揺する。


「……どうした? 顔が真っ赤だ」

「ふえぇ!?」

 突如、俺の顔を覗き込んでくるロゼ。驚いて、変な叫び声を上げてしまった。

「な、なんでもにゃい! 気にしないでくれ」

 綺麗なブルーの瞳と見つめ合った俺は、動揺しまくりで噛んでしまった。

「そうか……?」

 不思議そうに呟き、首を傾げた後、ロゼは再び俺の髪の毛を梳かす作業に戻った。


 そして、数分後……。

「よし、これで完成、だ」

 髪の毛を綺麗に梳いた後に、俺の髪の毛を左側で一つに束ねてから、ロゼは嬉しそうに呟いた。


「御覧、似合っているよ」

 そう言って、ロゼが手鏡を俺に向けてくる。

 それを覗き込む。鏡面に映っているのは、綺麗な黒髪をいわゆるサイドポニーにした、口元に涎の跡がついたとびきり可愛い女の子だった。

 それが俺、ミコちゃんである。

「きゃわわ!」

「うん、気に入ってくれて嬉しいよ」

 俺の反応に、ロゼは満足そうに頷いた。


「さて、それでは顔を洗って朝ごはんを済ませようか」

 ロゼの言葉に、そう言えば昨日から何も食べていないことを思い出した俺は、勢いよく頷いた。


 顔を洗い、パンとスープという簡素な食事を済ませてから俺はロゼが昔使っていたという旅衣装を譲り受け、それに着替えた。

 随分と良い匂いのするお下がりで、やっぱり俺はとても興奮した。

「さて、それでは行こうか」


 ロゼの格好は、太ももが露わになるデザインの短めのスカートと、セーラー服に少し似ている上着。ただ、上着の後ろ身頃はロングコートのように長いし、胸部を護る簡素なアーマープレートを装備しており、現代日本のセーラー服のデザインとはやはり異なっている。

 これが、王国騎士団の団服らしい。


「その前に、ディアナとシーナに一言挨拶をしておきたいんだけど」

「そうか。それじゃ、呼んでくるからここで少し待っていてくれ」

 そう言って、ロゼはテント並ぶ周辺から離れていった。

 俺は、周囲の様子を見る。


 青空のもと、せっせと動き回る兵士や雇われの冒険者たち。昨日の晩のように、酒盛りをしているのは流石にまだいなかった。

 

「お待たせ」

 待つこと数分。しょんぼりと一人で体育すわりをしていた俺に、ロゼが声を掛けてきた。その声に、振り返る。

 見れば、三人とも同じ団服に身を包んでいた。ただ、ディアナとシーナは、胸部のアーマープレートを装着していなかった。

「仕事中に悪いな。二人とも、世話になった。ありがとうな」

 俺は立ち上がり、二人に礼を伝える。


「良いのよ。昨日はほんの少しの時間しか一緒にいられなかったけど、とても楽しかったわ。また、会いましょう」

「……今度は、もっといろいろ触らせてほしい」

 二人は笑顔で、だけどどこか寂しそうにそう言ってくれた。

「うん、また会おう」

 俺も少し寂しくなったが、その感傷を耐えて再会を期する言葉を口にする。


「ミコ。貴女の道のりに幸多からん事を」

「……幸多からん事を」

 二人はそう言って、俺に声を掛けてきた。グッドラック、的な言い回しであることは、流石に分かった。


「挨拶も済んだことだし、私たちはそろそろ行くとしよう」

「ああ。よろしく頼む」

 そう言って、俺は森へ向かって歩くロゼの後ろをついていった。

 数歩歩いたところで、振り返る。ディアナとシーナが、こちらに向かって手を振っている。

 俺も、胸の前で小さく手を振って応じた。


 

 歩くこと数時間。傾いていた太陽が真上に上り、また更に傾き始めた頃。

 何気に、月と違って太陽は一つで、そして同じ方角から出て同じ方角に沈むことに、安心感を覚えた。

「着いた、か。ここが、国境沿いの町〈エエムンアビチ〉」


 ようやく、辿り着いた町。

 俺が前いた世界でいうところの、中世ヨーロッパ風の建物と、簡素な服装を身に纏う道を行き交うたくさんの人々。


 この世界に来てから森の中しかいなかったが、こういう風に町に出てみると、ことさら異世界に来てしまったのだな、と改めて感じてしまう。


「ここは、数多の情報を持つ冒険者がより集めるギルドが有り、商業も活発に行われている。……もしかしたら、貴女自身のこと、そして家族のことが、分かるかもしれない」


 隣に立つロゼが、あたりをきょろきょろと見回す俺に耳打ちをしてきた。

 なるほど、確かにロゼからしてみれば俺に家族を見つけて平穏に過ごしてもらいたいと考えるのだろう。

 きっと、その一助になればと冒険者ギルドのあるこの町に俺を案内してくれたのだ。


 ……その心遣いは嬉しいのだが、それは無駄な試みである。なぜなら、俺の家族はこの世界ではなく、現代日本にいるのだから。


「ああ、そうだといいな」

 だけど、俺はロゼの言葉を否定したりはしなかった。ただ、あいまいに肯定するだけだ。


「それじゃ、早速その冒険者ギルドに案内してくれ!」

「ああ。こっちだ」

 ロゼはそう言って、俺をギルドまでエスコートする。


 町の入り口から歩くこと、十分程度。

 今目の前には、この町の他の建物に比べれば立派な建造物があった。

 俺がかつて通っていた、小学校の体育館位の大きさ。外観を見ると、三階建てだと予想できた。


「さて、それでは入ろうか。……ただ、注意してほしい」

「ん、注意って。何をだ?」

「冒険者は、気性が荒い者が多い。それに、あなたはとても可愛い。だから、変に絡まれるかもしれない。それに、私は王国騎士だから、目を付けられるかもしれないし」

 荒くれ者の冒険者の前に、目麗しい美少女(俺)。確かに、何事かをされるのかもしれない。最悪の想像をして……うん、結構きついっす。


「と、とりあえず気を付けるとするよ」

 俺は弱々しく微笑みを浮かべて答えた。

「とりあえず、それなりの覚悟はできたみたいだな。それじゃ、今度こそ扉を開けるぞ」

 俺は、無言で首肯する。


 その反応を見てから、ロゼは両開きの扉を開く。


 俺達は二人で、ギルドの中へと足を踏み入れたのだった。

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