第四十話 俺、美味しいご飯にありつく
居住区に着いた俺は、未だ眠っているヨージョを抱えつつ、フィノとともにいた。
当然のように、このままフィノ宅へと向かうつもりだったのだが、先程俺とヨージョがオイナガに紹介された広場で人が集まっているのに気が付き、足を止めた。
「あれ、どうしたんだ? ……お祭り?」
俺はフィノに、目の前で行われていることについて問いかけた。
獣人たちが火と料理を囲み、車座に座って歓談している。
香ばしい料理の匂いが、鼻腔と食欲をくすぐる。
獣人たちの赤ら顔を見れば、手に持った杯の中には、アルコールが入っているのが分かる。
……まるでキャンプファイヤーでもしているみたいだなぁ、と心中で呟いた。
「……客人の歓迎にゃ」
「客人って……もしかして俺らのこと?」
俺は、自らと腕に抱えるヨージョを交互に指さし、フィノに問いかける。
フィノはそれを首肯した。
「……客人が来る前に出来上がってるじゃねぇか」
俺は、多少呆れたが、それでも正直言って嬉しかった。
歓迎の宴を催してくれるなんて、思いもしていなかったからだ。
「些細にゃ事にゃ。気にするにゃ」
フィノが優しく微笑んだため、俺もつられて笑った。
「おお、帰ってきたか!」
そんな俺たちに、声を掛ける者がいた。
それは、体格の良い一人の男、オイナガであった。
片手には大きな杯を握っており、顔の方もすでに良い色になっていた。
「さっさとこっちにこい! 酒も料理も、存分に楽しんでくれ!」
わっはっは、と豪快に笑うオイナガ。
周囲の獣人たちも、同じような笑いを浮かべ、手招きをしていた。
その声が大きかったためか、ヨージョが目を覚ました。
「ん、むむむ……なにごとだ?」
寝ぼけ眼を擦りつつ、ヨージョが言う。
俺は彼女をゆっくりと地面に降ろす。
ヨージョは自らの足で立つも、状況は今一つ分かっていないようだった。
「獣人のみんなが、俺たちを歓迎する宴を開いてくれているんだ」
俺はヨージョに告げると、彼女はしばらくボーっとしたままの表情だったが、
「……ええぇっ!? じゅうじんが、わらわたちのにんげんにたいし、かんげいのうたげをひらいただと!?」
驚きに、目を見開いた幼女。
「ああ、そうみたいだ。だから、ここは遠慮なく歓迎されておこうぜ」
「え、ええ!? そんな、えええ!?」
俺はヨージョの手を引き、フィノとともに獣人たちの輪に加わる。
……ヨージョは、驚きの表情を隠せないままに、俺の隣へと小さく丸まって座った。
すぐさま飲み物がなみなみと注がれた杯を手渡された。
それを確認したオイナガが立ち上がり、良く響く声で告げる。
「さて、今日は良き日だ。我ら一族にとって、同胞を救い、〈根源の巨竜〉を見事撃退してこの〈イアナッコの森〉を守ってくれた〈神語り〉と、そのお友達の可愛らしいお嬢さんと、こうして酒を酌み交わすことができるのだから。この出会いに感謝し、今日は皆存分に呑もうではないか!」
オイナガの声に合わせ、あちこちから陽気な笑い声と、「乾杯!」と叫ぶ声が聞こえてきた。
皆が俺やヨージョに向かって杯を掲げてきた。
ヨージョは委縮し、俺の背にさっと隠れた。
その様子を見ても、獣人たちは不愉快そうには全くしていなかった。
やはり、人間とはいえ子供。獣人たちのほうには、そこまで大きな警戒心は無いのかもしれない、
……俺、お酒なんて飲んだことないけど、この場の雰囲気的に「飲めません!」は通用しなさそうだな、というのは分かった。
だから、覚悟を決めて、一息に杯の中の液体を呑んだ。
おおっ、と周囲が大きくざわついた。
しかし、俺は周りのことを気にするのをすぐにやめていた。
酒を口に含んだ瞬間、柑橘系の華やかな香りが鼻を抜けた。
そして、舌に感じるのは一言では言い表せない複雑な〈苦み〉と、不思議なことに同じくらい複雑な〈甘み〉を感じた。
微炭酸のその液体がのどを通り、胃の中へと滑り込んでいった。
……なにこれ、美味しい。
俺は初めてのアルコールだったが、その後もごくごくと飲んでいき、すぐに一杯目を空にした。
「おおー、良い飲みっぷりじゃねぇか! おい、〈神語り〉のお嬢ちゃん! おい、こっちにお代わり持ってきてくれ!」
近くにいた男が、俺の飲みっぷりをみてすぐにお代わりを頼んでくれた。
またしてもなみなみと液体の注がれた杯を手にし、それをグッと飲む。
「っかー、これ、美味しいな! 一体、何なんだ!?」
俺は、同じように隣で料理と酒を楽しんでいるフィノに問いかけていた。
「果実酒にゃ。気に入ってもらえたようで、にゃによりにゃ」
気分良さそうに答えるフィノ。
頬は赤い。あまりアルコールには強くないのだろう。もしかしたらすでに軽く酔っているのかもしれない。
「こっちの料理も食べるにゃ。美味いから」
そう言ってフィノから勧められたのは、じっくりと煮込まれたような肉料理だった。
俺とヨージョは顔を見合わせてから、料理と一緒に手渡された二股のフォークのようなものでそれを一口大に切った。
その際も、全く抵抗なく切り分けることができた。
相当手間をかけて煮込んだことが分かり、感動した。
二股のフォークで肉の塊をさして、それを口に運ぶ。
口に含んだ瞬間に、いくつかの香辛料の香りを感じた。
そして、肉に歯を立てると、一切の抵抗なく噛めた。
咀嚼し、味わっていくと、素材本来の甘みと、それを生かすための味付けを口いっぱいに感じることができた。
「すげぇ! 肉がとろけるくらい柔らかい! めちゃくちゃうめぇ!」
俺が感動していると、フィノが気分良さそうに頷いた。
「うんうん。そうだろうにゃ。もっと食べるがいいにゃ!」
「それにしても、獣人って言われてるくらいだから料理なんてせずに生肉をガッツリ食べたりとかするのかな? なんて失礼なことを思っていたんだけど、全くそんなことは無いんだな」
「にゃんだそりゃ! そんにゃの、あるわけにゃいだろう」
あはは、と楽しそうに笑いながら答えるフィノ。
大分酔いが回ってきているみたいだった。
「じゅうじんとはいっても、からだのこうぞうは、けものよりもにんげんにちかいといわれているからな。じゅうじんでも、けものにくのなましょくは、あまりしないとわらわはきいた」
先程の俺の言葉に反応するヨージョ。
彼女は肉料理と、新たにフィノに勧められたスープを幸せそうな表情で口に含んだ。
口いっぱいに食べ物をほおばる、全く女王っぽくないその姿と笑顔は、とても可愛らしかった。
「美味いか?」
「……たまには、こういうのもわるくはないかもしれぬな」
頬を赤く染めて、ヨージョは言った。
この頬の赤さは、アルコールじゃないよな? そう思い、彼女の杯の中を見てみるが、普通の水のようだった。
アルコールはさすがに飲ませられないと獣人たちも判断したのだろう。
なら、この頬の赤さは、照れというわけか。
……食事の席では、人の警戒心も多少は緩くなるのかもしれない。
俺は、現状のヨージョを見てそう判断し、少し突っ込んだ話をすることにした。
「なぁ、こうやって俺たちを友好的に迎え入れて、美味しい料理をご馳走してくれて……。獣人、良いやつばかりじゃないか。戦うなんて、馬鹿らしいと思わないか?」
俺は、ヨージョに諭すように告げる。
すると、ヨージョは様々な料理に舌鼓を打っていた時とは違い、暗い表情となって呟いた。
「りょうりがうまいのはみとめる。……だが、それいじょうはないぞ」
そう言って、ヨージョはまた肉料理に口を付けた。
……ま、流石にいきなり打ち解けるってのも難しいか。
まだこの生活は始まったばかりだ、もう少し様子を見たって良いよな。
俺は、暗い表情で料理を食べるヨージョと、いい感じに出来上がりつつあるフィノと、ぱちぱちと燃え盛り揺らめく炎を見ながら、そう思った。




