第三十八話 俺、ファンを獲得しちゃった!?
「ああ、よろしく頼む。んで、できれば、〈神語り〉じゃなくて、ミコって呼んでくれないか?」
長老に向かって、俺は微笑みを浮かべながら言う。
「ミコ。それがお前の名か。わかったぞ、ミコ。俺も名乗ろう。オイナガだ」
「オイナガ、か。OK、覚えた」
長老改め、オイナガはナイスミドル的激渋スマイルを浮かべながら尻尾をプラプラ揺らしていた。
その様子は、あんまり渋くないかもしれない。
「それで、そっちの小さいのは、何というんだ?」
オイナガは、視線を俺からヨージョへと移した。
ヨージョは怯えたように、俺の服の裾をつまんで、背後へとそのまま隠れた。
わお、この幼女、かわいい! と思ってしまった。
ヨージョは、口を開かない。代わりに俺が紹介する。
「こいつはヨージョ。一応、高貴な御方である」
「高貴な人間だとしても、ここに来たら関係にゃいにゃ」
俺の言葉に、フィノがちょっと冷たい声音で言った。
「まぁ、身分の差なんて、種族の差に比べれば何ともないことだろう。ヨージョよ、お前も、これからしばらくよろしくな」
そう言って、オイナガがヨージョに語り掛けた。
しかし、ヨージョの警戒は解けない。
オイナガはしばらくヨージョの反応を待っていたようだが、頑なに俺の背に隠れる様子を見て諦めたようだった。
「……来てくれ。皆にお前らを紹介しよう」
そう言って、オイナガは立ち上がり、出口へ向かって進んだ。
彼の後を追い、フィノと並んで歩く。
「なぁ、オイナガって、長老と言われている割には若く見えるんだけど、いくつなんだ?」
俺は、ふと思った疑問を隣のフィノへと尋ねていた。
フィノは懐疑の目をこちらに向けてから、何か得心がいったように手を打った。
「長老は、120歳にゃ」
「えーと、俺の7~8倍は生きているってことか。すっげぇ長生きだな。やはり、長生きの秘訣はサプリメントとかなのかしら……って、え!? ええぇ!?」
120歳。フィノは確かにそう言った。
俺はその言葉に驚き、目を見開いてフィノを見た。
「ちょっと、待て! 120歳て、流石に嘘だろ……。人間、そこまで長生きできる奴なんてそうそういないぞ!」
「知らなかったんだにゃ、その様子だと。僕たち獣人は、人間よりも長生きで、また若い姿でいられる時間も長いのにゃ」
もちろん、とフィノは付け加える。
「獣人は寿命も、人間に比べて長いにゃ。大体、戦いで死にゃにゃければ100歳までは生きられるにゃ。だから、長老は人間の感覚でいえば若く見えるかもしれにゃいけど、とっても長生きにゃ老人にゃ。……そろそろ長老にも、おむつが必要かもしれにゃいにゃ……」
おむつが必要であるか否かは存じないが、なんだそのどこぞのサイ●人みたいな設定は!?
フィノの説明を一緒に聞いていたヨージョが、口を挟む。
「そんなこともしらなかったのか?」
「……記憶喪失なもので」
俺は、偉そうにしゃべるヨージョに、歯切れ悪く答えた。
何故なら、今俺はとても気になることがあるからだ。
……曰く、獣人は若い期間が長いとのことだ。
ならば、フィノはどうなる!?
見た目は俺とそう変わらないがもしかしたら、彼女は俺のずっと年上の可能性もある。つまりは……猫耳美少女で僕っ娘のロリババアの可能性も、あるという事だ。
そうなったら、属性盛りすぎである! 果たして俺はロリババアのフィノを愛せることができるだろうか? 出来るだろうな。なんだったら永遠の愛を誓うことも容易である。
よかった、俺の愛は本物だったんだな……。
俺が自らの気持ちに気付き、ウルッとしているところ、フィノが俺に問いかけた。
「……一体、どうしたのにゃ?」
「いや、ちなみにフィノはおいくつなのかな、と気になって」
「僕の歳は15にゃ」
……ロリババアどころか、普通の少女だった。俺よりも二つ年下だった。うん、丁度いいんじゃないかな。
俺の表情を見て、何か察したのか。
フィノが、
「ああ、大体20歳の半ばくらいまでは、人間と同じように成長するにゃ。体が出来上がってからの期間、つまり、獣人は最盛期でいる時間が長いのにゃ」
と、言った。
やはりサ●ヤ人だった。
つまり、猫耳美少女で僕っ娘の●イヤ人……。やっぱり設定盛すぎである。
だけど、俺はそんな設定盛まくっているフィノのことを、
「愛してるんだよなぁ」
思わず、俺は呟いていた。
だって、この気持ち。止められないんだもの……。
「どうしてそんな澄んだ目で僕を見るにゃ! 気持ち悪いにゃ!」
照れているためか、フィノが俺に怪訝な視線を向けた。
そして、先程まで俺の服の裾を掴んでいたヨージョは、その手をそっと放していたのだ。
「おい、何をしている? 皆が待っているぞ」
入り口から、オイナガの言葉が聞こえてきた。
俺たちは顔を見合わせてから歩を進め、オイナガ宅から出た。
そして、目の前に広がる光景に、驚いた。
オイナガ宅の前には、広いスペースがあったが、そこに所狭しと獣人が並んでいた。
百人は超えているだろう。
彼ら、彼女らの視線が、一様に俺たちに向けられていた。
その多くが、不安そうにこちらを見ているのが分かった。
「皆、良く集まってくれた。これより、話したいことがある。聞いてくれ」
オイナガの言葉に、獣人がざわついた。
「すぐに済む。だから、少し静かにしていろ」
オイナガは静かにそう言った。
だが、獣人たちのざわめきは、その静かなひと言によって収まったのだ。
「じゃ、フィノ。頼んだぞ」
オイナガは、フィノに向かって言葉を促した。
フィノはそれに無言で頷き、一歩前に進んだ。
そして、大きく一度深呼吸をしてから、目の前にいる多くの仲間たちに向かって、気負うことなく言う。
「今日からこいつらが僕たちと一緒に生活をすることににゃった。その間の責任は僕が持つから、にゃにか不都合があったらすぐに言ってほしいにゃ」
……またしても説明になっていなかった。
周囲に動揺が広がる。
ああ、今度こそアウトかな? 俺はそう思い、隣に並び立つヨージョの手を握りしめた。
ヨージョは、俺の顔を見上げた。そして、ギュ、っと握る手に力を込めた。
まぁ、こいつを連れていつでも逃げられるようにしておこうか、なんて考えていた時。
「その〈神語り〉の少女は、もしかして〈根源の巨竜〉を退けた者、か?」
一人の獣人の男が、誰に、という風でもなくそう訊ねていた。
訪れる静寂。
急な展開に、少々戸惑うものの、俺は正直に言う。
「そうだけど、それがどうした?」
俺が肯定すると、一瞬完全な沈黙が周囲を覆った。
そして、次の瞬間。
どっ、と空気が震えた。
何事かと思ったが、それは獣人たちの歓声だった。
どういう事だろう? そう思って彼らの言葉に耳を傾けてみる……。
――あの時の〈神語り〉か、こいつは良い! ――俺たちみんなの命の恩人だ、もてなさなくっちゃな! ――他の人間がここに来たならとっちめるが、〈神語り〉のお嬢ちゃんだけは別だな! ――
……どうやら、俺歓迎されているみたいね。
俺は、そのウェルカムムードにホッと一安心して、ヨージョから手を離し、最高のキメポーズとミコちゃんスマイルを浮かべて言う。
「みんなのアイドル、ミコちゃんです! これから一緒によろしくね、キュン!」
俺の言葉に、周囲の熱がさっと引いたのが分かった。
ヨージョがあのフィノの背中に隠れるくらいだから、相当だろう。
「……にゃにを言っているか、さっぱり理解できにゃい奴だが、よろしく頼むにゃ、みんにゃ」
フィノがそう締めくくる。
他の獣人も、曖昧な笑みを浮かべて、その場から立ち去って行った。
俺はあまりにも盛大に滑ったショックで、可愛らしく取ったポーズのまま膠着していたのだが……。
「いいのにゃ。……お前は、頑張ったにゃ」
とこれまで見たことないほどに優しく目が細められたフィノに肩を叩かれたために、時が動き出してしまった。
「う、うわ~ん!!!」
俺は、そんなフィノの視線から逃れるように、周囲の森の中に一時避難しちゃった。
てへぺろっ!
 




