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第三十七話 俺、驚かせたり驚いたりする。

「嘘だよ、嘘。そのつもりで、俺はヨージョのことも連れてきたんだよ。ノリなんかじゃないさ」 

 某ムンクさんの如く叫ぶヨージョに、俺は軽い調子で言った。


「……じゃあ、じょうおうである、わらわをここにつれてきたのは、じゅうじんとなかよしこよしをさせるためだったのか!?」


 俺はヨージョの言葉に頷いた。

 

「……すごいことをかんがえるやつだな、きさま……。あきれて、なにもいえん」

「何? 褒めてんの?」

「いや、あきれているといっているだろう……」

 ヨージョは、疲れたようにため息を吐いていた。


「……お前の目的は分かったにゃ。だけど、僕にどうしろと言うのにゃ? まさか、人間をこちら側で生活させるために、間を取り持たせようとしているのかにゃ?」

 フィノが俺に問いかけていた。

 俺は、その言葉を首肯する。


「俺、獣人で話せる奴がフィノしかいないんだ。だから、頼むよ。この通り!」

 俺は両手を合わせ、拝むように頭を垂れる。


 そんな俺に生暖かい視線を向けていたフィノは小さく咳払いをした後、「しょうがないにゃあ・・」と呟いた。

「いいよ」

 フィノは、まっすぐに俺を見た後に、ヨージョを一瞥した。


「本当?」

 俺が問いかけると、フィノは再びこちらに視線を向けた。

 その瞳は、何かを期待しているような予感があった。

 ゆっくりと、整った小振りな唇を開いたフィノは、言葉を放った。


「お前は、馬鹿にゃ。めちゃくちゃ馬鹿にゃ。どうしようもないくらいに馬鹿にゃ」


 何かを期待している予感、というのは俺の気のせいみたいでした! 

 心底呆れたように、フィノは頭を抱えながら言っていました!


「ちょっと、待って! いきなり何なの!? なんでそんな馬鹿馬鹿言うの!?」

「ここまでの馬鹿は、今まで見た事にゃいにゃ!」

 俺の講義の言葉は華麗にスルーを決められた。

「聞いてないし!」

 俺は悔し涙をのんだ。


「だけど、そんにゃ馬鹿だからこそ、稀代の大馬鹿者だからこそ。……にゃにかを変えてくれるかも、って僕は思ったりするのにゃ」


 不意に、フィノの双眸が優しく細められ、俺に向けられた。


「……ふえぇ?」

 俺は、何のことだか分からずに、間抜けな表情で可愛らしい言葉を呟いていた。


「それじゃ、さっそくあんにゃいするから、ついてくるにゃ」

「お、おう。頼んだぜ!」

 とにかく、俺はフィノの態度が変わらない内についていくことにした。


「いくぞ、ヨージョ!」

 俺の呼びかけに、ヨージョは逡巡した。

 このままついていくかどうかを、悩んでいるのだろう。


「大丈夫だよ」

 俺は思い悩んだ表情のヨージョへ、優しく声を掛けた。


「……なにが、だいじょうぶだというのだ?」

 怪訝そうな表情で、ヨージョが俺に問いかけた。


 不安そうな表情だ。手は服の裾をぎゅっと、固く握っている。……強がって見せても、心細いのがバレバレだった。 

 だから俺は、出来るだけヨージョを安心させようと、言葉を選んだ。


「もしも危険がお前に迫れば、俺がお前を守るよ」

 俺の言葉に、ヨージョが双眸を見開く。

 あまりにかっこよい台詞に、もしかしたら惚れられてしまったかもしれない。


 上目遣いで、ヨージョが俺の表情を覗き込み、その形の良い唇を蠱惑的に開く。

 そして、その口からは、

「そのきけんにあしをつっこんだのは、きさまのせいだからな。わらわをまもるのは、とうぜんのせきにんだ」

 と、わりかしドライな言葉が飛び出てきた。

 ……この幼女、基本偉そうなのは変わらないな、と。

 俺は自分のことを棚上げしてそう思ったのでした。


「ぼーっとするにゃよ、置いてくぞー」

 先を進むフィノから、声を掛けられる。


「ああ。すぐ行く!」

 俺は、ムスッとしたヨージョの手を握り、歩きはじめる。


「あっ……」

 ヨージョが小さく声を漏らした。

「ん? どうした?」

 強い力で握ってしまっただろうか? 俺は少し不安になって、ヨージョに声を掛けた。

「……ううん、なんでもない」

 ギュッ、と強い力を手に込めて、ヨージョは俺の手を握り返してきた。



☆☆☆



 今、俺たちは〈イアナッコの森〉の、獣人が生活する集落にいる。

 簡素な小屋のような建物が視界に広がる。それが、彼ら獣人が過ごしている住居のようだ。

 その住居の一つに、フィノが俺達を案内するらしい。……のだが、中々落ち着かない。

 周囲にいる獣人たちが、遠慮なく俺達に視線を向けてくるのだ。


 普段なかなか見ることがない獣耳と尻尾を持った何人もの獣人に視線を向けられているのだ。

 俺もギルドなんかでぶしつけな視線を向けられまくっているのでこういうのには慣れていたつもりだったのだが、いかんせん獣耳の方々にまで物珍しげに見られる経験はないのよね。


 ヨージョは、怯えたような、そして不安そうな表情となり、俺の手を一層強く握ってきた。


「よし、ここにゃ。入るにゃ」

 しばらく歩いたところで、フィノが俺たちに声を掛けた。

 目の前には、他の建物と変わらぬ簡素な建物があった。

「少し待っとくにゃ」

 そう言って、フィノは顔だけを建物の入り口に突っ込み、口を開いた。


「長老、ちょっといいかにゃ?」

「どうしたのだ、フィノよ?」

 フィノの言葉の後に、低い男の声が耳に届いた。

 この建物は、この集落の長老の住居だったか。

 だがしかし、今の声は、長老という年老いたイメージからはかけ離れた、若く力強い声だった。


 俺は少しだけ疑問に思ったが、すでに建物の中に入っていたフィノの

「二人とも、来るにゃ」

 という言葉に導かれて、そのままヨージョと一緒に建物に入った。

 そして、通された住居の中を見る。

 

 少し高い天井に十二畳程度の空間。壁の近くには木製のベッドのような寝具が置かれている。

 また、中央には脚の高いテーブルとイス。

 生活に必要なもの以外は見当たらない、質素な部屋だ。現代日本で通っていた学校の教科書に載っているのを見た、モンゴルの移動式住居「ゲル」を思い出す内装だった。


 そして、部屋の中心の椅子には腰掛けている男がいた。

 それが、この部屋の主であり、〈長老〉と呼ばれる男がいた。


 まず、思っていたよりも若い。

 短く刈り込まれた頭髪、野生的な無精ひげは、彼の精悍な顔つきに良く似合っていた。目の前にいる男は、四十代程度のナイスミドルだ。つんと立ち上がった猫耳が可愛らしいけど、やっぱりナイスミドルだった。ぴょこぴょこと背後で跳ねている尻尾がとても可愛らしいけどやっぱりナイ以下略。 


 また、彼は立ち上がっていないため正確には分からないが、相当の巨躯だった。もしかしたら、バルバロスを超えているかもしれない。


 こんな現役バリバリの戦士っぽいのに、長老? 俺は疑問を覚えた。

 ……だが、この世界の獣人の平均寿命など、俺は知らない。もしかしたら、平均寿命が三十程度なのかもしれない。もしもそうであるならば、彼がこの村の長老でも、不思議ではないだろう。


「……人間、か?」

 俺達の顔を見た長老が、すぐさま口を開いた。

「そうにゃ。この馬鹿人間二人について、話があるにゃ」 

「一体、どういうことだ? ……まぁ、話を聞こう」


 怪訝な表情で俺やヨージョを見た後に、長老はそう言った。


 警戒心を露わにする長老。敵対組織の人間が、自分たちの生活圏にいきなり飛び込んできたのだから、その態度は当然のことだろう。

 対して、フィノは自信満々の表情だ。彼女には、何か考えがあるのかもしれない。

 俺は期待して、フィノの言葉を待った。


「この二人が、僕たちと一緒にしばらく生活したいみたいにゃんだ。……とりあえず、僕が責任を持つから、置いといても別に良いにゃ?」


 しれっと言い切るフィノ。

 ざっくり過ぎる説明だった。ていうか説明にすらなっていない。

 あの自信は一体何だったのか? 俺は引き攣った笑みを浮かべることしかできない。


「……よくわからんな」

 長老は、腕を組んで低く唸っていた。


 よくわからないでしょうね。俺も良く分からないです。

 そう、心の中で呟いた。


「ま、フィノが責任を持つというのなら、良いだろう。任せたぞ」

「任されたにゃー」

 しかし、長老は意外とあっさり俺達を受け入れた。フィノも、軽い調子で敬礼のジェスチャーを取った。この世界に、敬礼は意味のある仕草なのだろうか?

 分からない。分からないが、そんなフィノもやはり可愛いというのはこんな俺にも分かった!


 ……ていうか、え? 受け入れた!?


「ちょ、ちょっと待てよ、長老さん! 俺がいうのも何だけど、あんたそれで本当にいいのか?」

 慌てて、長老へと尋ねかける。

 

「え、何がだ?」

 ぽかん、とした様子で長老は俺に尋ね返した。

 俺はそれがあまりにも意外だったため、しばし思考が止まった。

 しばらく疑問符を浮かべていた長老に、俺はどうにか言葉をつづけた。


「い、いやいや! 俺、一応人間だぜ? 敵対勢力の一員だぜ? もしかしたら、悪だくみをしているかもしれないのに、そんな簡単に俺たちがここで生活をすること、許可していいのかよ?」


 フィノとは面識があった。共に強大な敵と戦うという濃い時間を過ごすことができた。だから、彼女が俺たちをこうして獣人の村長にまで合わせてくれたことに、大きな疑問は浮かばなかった。


 しかし、この長老は別だ。

 面識があるわけではないし、フィノとは立場も違う。

 獣人を守るために、敵は排除しなくてはならないだろう。にもかかわらず、フィノに任せるという言葉だけで、なぜこうも受け入れてくれる?

 なんなら、フィノの方がよっぽど俺に対して懐疑的だったぞ!


 説得にもっと時間がかかるとふんでいた俺は、もう何が何だか分からないぜ……!


 狼狽える俺に、長老は長老は余裕の笑みを返して答える。


「そんなことか。他の者ならばいざ知らず、お前のことならば信用している」

「……へ? どういうことだ?」

 信頼を寄せるその一言に、俺は呆然とした。

 考えられるのは、人違い……なのだが、俺のように可愛らしい女の子が他にいるとは思えない。

 それに、世にも珍しい黒髪、黒目なのだし。

 じゃあ、なんだろうか?

 俺は、長老の言葉を待った。


 長老は俺の視線を受けて、答えた。


「お前は、我らが同胞たちの傷を癒してくれた、命の恩人だ。……いくら敵対する人間であれども、憎しみなどない。何人もの同胞が、お前に救われた。……俺自身、あの時お前から回復魔法をかけてもらえていなかったら、今この場にはいない。〈根源の巨竜オリジンドラゴン〉の退治までしてくれた」

 そう言って、澄んだ瞳を俺に向ける長老。


 その話を聞いて、俺は長老の態度が理解できた。

 敵対勢力の人間だったとしても、恩には報いる。……そんな、単純な話だったのだ。


 長老は、俺のことを人違いではなく、ちゃんと知っていたんだな。



「あの時は、本当に助かった。獣人を代表し、礼を言わせてくれ」

 ありがとう。

 長老は感謝の言葉を呟いた後、頭を下げた。


「僕からも、礼を言うにゃ」

 フィノも続けて、頭を下げる。


 俺は、照れくさくなって、

「き、気にしないでくれよ! 俺は、当然のことをしたまでだ!」

 俺の言葉に、顔を上げた長老とフィノ。

 そして二人はおかしそうに顔を見合わせた。


「にゃ? 僕の言った通り、変にゃ人間にゃ」

「ああ。まさか、獣人を助けることを当然と言い切る人間がいたとはな!」

 

 興味深そうに俺を見た後、


「ようこそ、〈神語り〉の少女。あまりもてなしは出来ないだろうが、思う存分ここで過ごしてくれ。歓迎するぞ」


 長老はそう言って、快活に笑ったのだった。

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