第四話 俺、泣いちゃった……。
たっぷりと深呼吸をして、甘ーい香りを愉しんでから、俺は彼女たちとお互いに自己紹介をする。
順序がおかしいっていう突っ込みは無用だ。
「初めまして。俺はミコ。いわゆる記憶喪失なんだ。よろしく頼むぜ!」
俺は周囲の女性陣に微笑んだ。
記憶喪失設定の割にテンション高めな自己紹介だ、っていう突っ込みは無用だ。
女性陣は少しばかり複雑そうな表情で視線を交わす。ロゼがゆっくりと頷くと、他の二人も何か察したようで、すぐに笑顔で対応をしてくれる。
「私はディアナ。クラスは魔術師よ。今夜はよろしくね、ミコちゃん」
ディアナと名乗った少女は、穏やかな微笑みを湛える。
一切のくすみのない水色の長髪で片目を隠す、少しミステリアスな雰囲気がある綺麗な女の子だ。
「……私はシーナ。……クラスは、召喚術士。特に、精霊や聖獣との契約が多い」
眠たげな眼を擦りながら、ゆっくりとマイペースに話すシーナ。今の俺と同じくらい小柄な、藍色の髪の毛をショートカットに切りそろえている、可愛らしい少女だ。
「よろしく」
俺は、腑に落ちない部分があったところを呑み込んで、一言だけ返事をした。
「ちなみに、私のクラスは聖騎士だ」
ロゼも続けて言った。
……うん、それでね。
「クラスって、なによ?」
俺が一言、ポロっと呟いたところ、周囲の三人が俺を憐れむように見ていることに気付いた。
「そうか、ミコ。貴女はスキルだけでなく、クラスについても忘れてしまったのだな。……とても、辛い目に遭ったのだろう」
ロゼは、辛そうな表情で呟く。
「スキルもクラスも、小さな子供だって知っていることなのに……それすら忘れちゃうなんて、あんまりだわ」
しくしくと、ディアナも呟いた。
「……大丈夫。私たちは、貴女の味方」
シーナは、その小さな手で俺の髪の毛をよしよしと撫でている。
「……いやいや、忘れちまったものは仕方ないだろう。だから、教えてくれよ。そのスキルとか、クラスっていうのを」
「そうね。……でも、ここでクラスやスキルのことを教えてしまった結果、ミコちゃんのつらい思い出がよみがえってしまったら……」
「大丈夫だ、ディアナ。どんな辛い過去を思い出したとしても、俺は負けない。……それに、何も知らないまま過ごすことなんて、耐えられないからな」
キメ顔で宣言した俺の言葉に、三人は神妙な表情で、そして目尻に涙を浮かべながら頷いていた。
こう言っておいて何だが、別に辛い思い出なんてない。だって、記憶をなくしたのではなく、そもそも知らないだけなんだからな。
「分かった。貴女の覚悟に、私も応えよう。ではまず、クラスについて、説明をさせてもらう」
ロゼが真剣な眼差しを俺に向ける。
「クラスというのは、各々の生き様を反映した能力的特性のことだ。剣の道を究めようとするものは剣士のクラスに、魔術の真理を探求しようとするものは魔術師のクラスとなる」
ロゼの言葉を聞いたディアナは、
「私も本当はこんなところで拠点防衛の任をせずに、魔術の探求に精を出したいのだけれど……食べていくためにはこういうこともしなくちゃいけないのよねぇ」
とため息を吐いた。魔術の研究だけでは飯を食べていけない。だから彼女は国のお抱え魔術師となって、賃金を得ているのだろうと予測した。
ただ、拠点防衛の任というのが何かは後で聞こう。
「……召喚術士の私は、精霊や聖獣とずっと過ごしてきていたから。……だから、みんなとお友達」
シーナは少し嬉しそうに呟いた。
俺が三人の言葉にふむふむと頷いていると、ロゼが口を開いた。
「そして、スキルというのは普段の生活では身に着けることができない特別な技能のことだ。その技能は、クラスに由来するものと、個人の素質によるものの二種類がある。私のクラスである聖騎士のスキルは、〈神器召喚〉。先程見せた神槍が、私のスキルなんだ」
ふふん、と鼻を鳴らして得意げに胸を張るロゼ。自慢話だったのかもしれない。
「魔術師の私としては、神語りのミコちゃんにはとても興味があるのよね。他のクラスとは方向性の違う、奇跡の力の行使者だから」
ディアナは熱っぽい視線を俺に向ける。
「他のクラスとは違う? それって、どういうことなんだ?」
俺は首を傾げて問いかける。
「神語りっていうのはね、スキルありきのクラスなの」
「……うん? それってどういう意味なんだ?」
俺はディアナの言葉の意味がイマイチ分からずに、再度問いかける。
「……つまり、〈神語り〉というスキルを生まれながらに持っている人間だけが、神語りというクラスになれる。……と、いう事。……〈神語り〉は先天的にしか発現しない、希少なスキル。ついでに、遺伝ではありえないその黒髪黒目を発現する者も、〈神語り〉のみ」
俺の疑問に答えたのは、シーナだった。
何がなんだか分からない俺を初対面の人間が神語りと呼ぶのも、日本では慣れ親しんでいたこの黒髪と黒目のせいだったのか。
たしかに、この世界の他の人間は、鮮やかな髪の毛の色の人間が多いなと思っていた。
「何と言っても、神の代弁者なんですから! 神をその身に降ろし、様々な奇跡を起こすと言われているわ。ただ、そのスキルの発動は任意ではできないらしいのよ」
「……〈神語り〉は、自らの意志でも制御できない人智を超えた奇跡を行使する。……その他のクラスは、自らの鍛錬と研究によって、力を発現させる。それが、最も特徴的な違い」
シーナが、先程のディアナの言葉の解説をしてくれた。
「きっと、記憶喪失になるほどつらい経験をした〈神語り〉の貴女を、神様は奇跡を起こしてお守りくださったのだろう」
ロゼは瞳を優しく細めてから、温かな感情を込めて言った。
……神様と言われてもなぁ。俺は生前クリスマスを呪い、地元の盆祭りにもいかない無神論者だった。
死後にアホな女神とは出会ったが……あんなのを崇め奉るくらいだったら俺はその辺に生えている雑草に対して深い信仰心を抱くね。
ただまぁ、この世界がジャパニーズRPG的な、もしくは異世界転移物の小説的なファンタジー世界であることは概ね理解できた。
……だから、アイドル要素はどこにあるのか分からないんだよ、あのくそったれのアホ女神め!
「そっか、なるほど理解したぜ。三人とも、ありがとうな!」
俺が礼を言うと、三人とも気にするなと言って微笑みかけてくれた。
「それで、だ。さっきディアナが言っていた拠点防衛の任っていうのは何のことなんだ?」
俺の質問にも慣れてきたのか、特にリアクションをせずに三人は答えてくれた。
「今我らが王国騎士が所属する〈オノミキ王国〉は隣国であり、獣人族が住まう〈ウラミナ国〉との間で、戦争が起こりそうになっている」
獣人族、戦争。
現代日本で生きていた時は、あまりにもなじみのない単語ではあるが、今いるのは異世界。ありえない、なんていうことはないだろう。
「私たちはこの国境沿いの〈イアナッコの森〉で、奴ら獣人が危険な行動を起こさないか警備を行っているのだ。つまりは、危険の最前線にして、国防の要である」
つまり、ここにいる王国騎士団の連中は、国境警備隊というわけだ。そんなどえらい連中なのに、仕事を放って酒盛りをするアホもいるんかよ。
「……ちなみに、酒盛りをしているのは金で雇われた冒険者たち。……私たち王国騎士団は、時間交代で、ちゃんと警備を行っている」
シーナが、テントの外を気にするそぶりを見せた俺に一言告げた。
「そうなんだ。その、獣人や冒険者ってのは……」
「ふぁぁ……。あ、ごめんなさい。明日は、朝早くから警備の当番だから。そろそろ眠たくなっちゃって」
俺が疑問を抱いていたことを問いかける前に、ディアナが可愛らしく欠伸をした。
「そろそろ夜も更けてきた。ミコ、貴女を明日冒険者ギルドのある町へと送り届ける。そこならば、きっと色々なことを知れるだろう。だから、今日は寝よう」
ロゼは、そう言って傍らにいるシーナに、優しい視線を送った。
釣られてシーナを見てみると、どうやら相当おねむらしく、こくりと舟を漕ぎはじめていた。
「そうだな。今日は俺も疲れたし、そろそろ眠ろうか」
三人に告げる。すると、微笑んだロゼが寝袋を渡してくれた。
ディアナとシーナは既に寝袋の中に入り、瞳を閉じている。シーナに至っては、寝息を立てていた。
どうやら、相当寝つきが良いらしい。
「貴女も、ゆっくりとおやすみなさい」
ロゼも、そう言って寝袋の中に入り、すぐに寝息を立て始めた。
俺も彼女たちに倣って、寝袋の中に入るのだが……。
ここで一つ、俺は重大なことに気付いた。
美少女と同じ空間で、一晩過ごす、だと?
これはもう、夜這いしかない! そう思って寝袋から体を出そうとしたその時になって、再度あることに気付いた。
こんな興奮度マックスな状態なのに、俺の下半身は反応していない。それもそのはず、俺のマイサンは、この世界に転移した時に亡くなっている。
……つまりは、どうすることもできないのだ。
「ちくしょう……俺に、おちんぽさえあれば……」
静まり返ったテントの中で、三人の少女の寝息と俺のすすり泣く声が響いていた。