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第三十五話 俺、振られちゃった……

「う、うみゅぅ……」


 俺の動揺が、腕に抱く(正確には小脇に抱える)ヨージョに伝わったためか、彼女が小さく呻き、そして目を覚ました。


「おう、起きたか」

 

 俺が言うと、ヨージョは目を開いてから、やれやれと首を振ってから、大きく溜息を吐いた。


「な、何だその態度!?」

「いや、めをさましていちばんさいしょにみるのがきさまのかおって……」

「何だとー!? こんな美少女を寝起きに見られるとか、幸せ以外の何物でもないぞ! 朝チュンだぞ朝チュン!」


 ヨージョは、可哀想な人を見るような目を俺に向けてから、

「いみわかんない……」

 と呟いていた。


 俺はショックだったが、決してめげない。

 ヨージョを地面に降ろしてから、今度はフィノに視線を向ける。


「……と、いうわけだ」

「何一つ分からなかったにゃ」

 冷めた目を向けるフィノ。


 ……もっと俺をその目で見てくれー! そう叫びたくなるが、自重する。


「それで、その生意気そうなクソガキを、まだ王女と言うつもりにゃのか?」

「うーん。それはもう、どうでも良いかな」

 俺の言葉にフィノが答える前に、ヨージョが「ひいっ」と短く悲鳴を上げた。


 どうしたんだろう? そう思ってヨージョに問いかける。


「なんだ? おしっこでもしたいのか?」

「ば、ばばばばばばかもの! そんなじょうだんをいっているばあいではない! あのみみ、しっぽ、じゅうじんではないか!」

「ああ、そうだな」


 それがどうしたというのだろう? と、考えたところで、そう言えば人間と獣人は敵対関係にあるんだったことを思い出した。

 もしかしたら、ここで殺されちゃうのかも、なんて思っているのかもしれない。


「安心しろ。こいつはフィノ、俺の友達だ。ヨージョを取って喰うような真似はしないさ」

「いやいや、にゃにをいっているにゃ、お前は! 僕は確かにお前のこと、嫌いじゃにゃいけど……それでも、良く思い出してみるにゃ!」

「うん? 何を思い出せばいいんだ?」

 俺は間抜けに口を開きながら尋ねる。


「人間と獣人は、未だに敵対関係にあるにゃ」

「……それで?」

「そ、それで、って……。そんな中、僕やお前が仲良しこよしをするのは、おかしいってことにゃ!」

 驚きに目を見開いた後、フィノが必死の形相で言った。

 

 確かに、フィノの言葉は間違っていないのだろう。でも、〈根源の巨竜ボブ〉と戦った時に、思ったんだ。

 獣人も人間も関係ない。

 俺は、人間のロゼ、シーナ、ディアナやメアリさんと同じように、獣人のフィノも笑顔でいてほしいんだ、と。


「人間と獣人が敵対関係にあっても知った事じゃねぇ。俺とフィノは戦友……いや、恋人、だろ?」


 俺の言葉に、フィノは頬を染めて動揺する。

 唇がだらしなく綻び、喜びを抑えきれないという表情で、


「恋人ではにゃいにゃ!」

 と大きな声で宣言した。

 多分見間違いだが、一切の表情がないようにも見える。


「え!? 恋人じゃなかったの!?」

「にゃい」

 力強く頷くフィノ。


 俺の胸には、喪失感が宿っていた。これが、失恋というものか……。


「……まぁ、戦友、ではあるのかもしれないにゃ」

 落ち込む俺に、フィノがぽつりと呟いた。


 俺とフィノは見つめ合う。

 互いに目を合わせたり、逸らしたり、上目遣いで見合ったり、(俺が)投げキッスをしてみたり、(フィノが)あからさまに引いていたり……気恥ずかしいピンクな雰囲気に包まれる。 


 そんな俺とフィノのスケベ空間のようなものに、言葉を挟み込む者がいた。


「や、やはりきしゃま……じゅうじんのかんじゃだったか! この、まじょめ!」

 その声の主は、もちろんヨージョだ。


 彼女は俺とフィノの気恥ずかしいやり取りを見て、わなわなと震えていた。嫉妬しているわけではなさそうだった。

 多分、ヨージョは俺を本当に獣人側からの間者かんじゃと見做したのだろう。

 そして、周囲に一人の味方がいないこの状況……絶望的な状況だと思っているのだろう。


 その心境は、流石に幼女にはヘビーだ。

 

「なぁ、そう怖がるな。俺は、別にお前に危害を加えたくてここに連れてきたわけじゃねぇよ」

 俺はなるべく優しい声音で告げた。

 しかし、ヨージョはそれをいやいやをするように拒む。


「うそをつくなっ! きさまのはなしはいっさいしんじない! ひとのかわをかぶったばけものめ、わらわにちかづくな……」

 そして、フィノのことも睨みつける。


 フィノは呆れたような、軽蔑するような目でヨージョを見ていた。


「きさまも、わらわにちかづくな! このけがらわしい〈ひともどき〉のできそこないめ!」


 瞬きの間もなかった。

 その一言の後、ヨージョの体が浮いていたのだ。


「……はぁ!?」

 俺は、状況が理解できずに素っ頓狂な声を上げた。

 見ると、フィノが片手でヨージョの首を絞めて、彼女の体を持ち上げていた。

 そのフィノの瞳には、激情が宿っていた。

 

 その表情は怒りに歪められていた。

 牙のように鋭い八重歯が口から覗き見える。

 ヨージョを締め上げる指先の爪は、鋭く伸びていた。

 

 掛け値なしの臨戦態勢、凶暴な野生が感じられた。


 急にどうした? ヨージョは確かに口は悪かったが、そこまで怒り狂う事なのか、と俺は疑問に感じたが、しかし一つの出来事を思い返していた。

 初めて会ったあの日、フィノが言っていた言葉をだ。


 だとしたら、このままフィノはヨージョを……。

 それは、まずい。止めなければ!

 

 俺の目の前では、正気を失い怒りに身を任すフィノが、ヨージョの喉元を掴む手に力を込めてから、冷たく言い放っていた。

「お前が一体にゃに者かは知らにゃい。お前がミコにとってのにゃんにゃのかも知らにゃい。でも、そんなことはどうでも良いにゃ」

「た、たすけ……」

 苦しげに喘ぐヨージョ。

 しかし、フィノは一切表情を変えない。……いや、口元には冷酷な笑みを浮かべていた。


「ここで死ね」

 

 フィノの冷ややかな言葉が、俺の耳に届いていた。

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