第三十三話 俺、幼女に意地悪しちゃう。
「【ゲッツ】? な、なんのことだ、それは! いったい、わらわになにをするつもりだ!?」
俺の小脇に抱えられた幼女が、バタバタと暴れまわっている。
「うん、大丈夫大丈夫。心配するな、そんなに悪いようにはしないって、うん」
俺はうんうんと頷いて、不安がる幼女ににっこりと微笑みを向ける。
……プルプルと顔を左右に振って、怯えた表情を見せる幼女。先程までの偉そうな態度はなりを潜めている。
彼女の弱々しさをみて、なんだか俺は興奮を覚えた。……こういうのも悪くないかもしれないな、デュフフフ!
「女王陛下を離せ、この魔女め! 良く分からないが【ゲッツ】だとかいう悪しき儀式を行うつもりか!?」
床に這いつくばったままの老人が、憎しみを声に込める。
あくまで這いつくばったままなので、一切怖くない。
しかし、幼女といい老人といい、【ゲッツ】という発音がきれいに出来ており、俺は感心した。
「いやぁ、止めたきゃ実力行使すればいいじゃん?」
俺はそう言って、玉座からゆっくりと降りる。
周囲には、四つん這いになって呻いている老人と騎士たち。彼らが恨めしそうにこちらを見ているが、重力魔法のせいで動けなくなっている。
誰も、俺を止めることはできていない。
「そんじゃ、さよーなら」
そう言って俺は〈謁見の間〉から飛び出し、そしてそのままの勢いを保ちながら進み……。
「な、なにをするつもりだ、きしゃま!?」
壁に向かって突き進む俺に、幼女が慌てて声を掛けた。
「こっから飛び出すだけだぜ!」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇええ!?」
俺は男らしい宣言の後に、ご立派な壁を体当たりでぶち抜いて空中へと飛び出した。
空中に飛び出した後、重力に囚われ、急降下する。
「おちるぅぅ~!」
うぎゃぁ~、と叫び声をあげる幼女。
魔法を使って飛ぶこともできるのだが……この叫び声をちょっとでも長く聞きたいな、と俺は考え、そのまま落ちることにした。
「かみしゃま~!!! うえぇ~ん、しにたくないよぉ~!」
地面に直撃する寸前、俺の耳に幼女の泣きそうな声が届いた。
ぎゅっと、幼女の小さな体を強く抱きしめる。
そして、着地。
全身を走り抜ける重い衝撃。地面が凹み、周囲に砂埃が舞った。だが、俺も幼女も無傷だ。
魔法によって身体能力や耐久力を強化したためだ。
腕の中にいる幼女を見てみると……よっぽど怖かったのか、失神していた。失禁をしていなかったのは、ちょっと残念だった。
……いいえ、俺は変態じゃないんだから、別に残念じゃないんだからねっ!
☆☆☆
気絶したままの幼女を抱えて、俺は〈イアナッコの森〉の中を駆けていた。
目的地までは、まだ少しかかりそうだった。
「ふ……んみゅ? ……へ、ここは?」
可愛らしい声が腕に抱く幼女から聞こえた。
「……はっ!? わらわしんだ? おちた? おちてしんだ!?」
はっとした表情になった後、幼女が酷く取り乱した。きっと、失神する前の光景を思い出していたのだろう。
「安心しろ。お前は死んではいない」
その言葉を聞いた幼女が、ここで初めて俺を見る。
そして、俺に質問を次々と投げかける。
「な、お、お、おまえ! な、なにをしている? どうなっている? ここは、どこなのだ!?」
「親切な俺が、全部教えてやるよ! お前を抱えて、俺は走っている。そしてここは〈イアナッコの森〉だ」
俺が言うと、幼女がまたしても騒いだ。
「な、なぜそんなことを!? い、いや。りゆうはなんでもかまわない。いますぐわらわをはなせ!」
「別に離してもいいけどさ」
そう言って俺は立ち止まり、幼女を離した。
幼女は地面に立つと、不審に思ったか俺を見つめながら、数歩後退った。
「ほんとうに……なんのつもりだ?」
「離せって言われたから離しただけなんだけどな。……帰るなら、後ろの道をまっすぐに歩け。随分と時間はかかるだろうが、それで町にたどり着くだろう。……ただし」
俺はそう言って、拳を握り幼女へ向かって駆けだした。
目を見開いた幼女は、その場で蹲った。構わず俺は拳を振り、そして対象の腹をぶち抜いた。
肉を素手で貫く感触に、俺は眉を潜める。鮮血が舞い、生暖かい返り血を全身に浴びた。
腕を引き抜くと、力なくその巨体……オーガの死体が、地面に崩れ落ちた。
同じく返り血を受け、恐怖の表情を浮かべた幼女に、俺は宣言する。
「この森は魔物が出てくる。か弱いお姫様が、生きて無事に戻れる保証はないぞ」
口元に張り付いた血を俺は舌で舐めとり、「ペッ」と吐き捨てた。
「わらわはおうじょぞ。ひめではない」
悔しそうに表情を歪める幼女。オーガの死体を、努めて見ないようにしていた。
「一人じゃお家にも帰れない、女王陛下、か」
俺は幼女に嘲笑を向けた。……まぁ、こんなのはただの意地悪だ。だけど、この可愛らしい幼女に、意地悪をしたくなるのはなぜだろうか!?
「……すきにしろ」
ふん、とそっぽを向いた幼女。諦めたような表情だった。
「そうさせてもらうよ」
俺はそう言って、もう一度幼女を抱えて駆けだした。
「そう言えば、名前を聞かせろよ」
「わらわのなをしらぬだと!? ふけいな……わらわのなは〈ヨージョ・クラストル・セコメンダリー・クノ……〉」
「あ、そんなに長いの? じゃ、ヨージョって呼ぶわ」
流石王族の幼女ことヨージョちゃん。
めちゃくちゃ長い名前を覚えきる自信がなかった俺は、それを途中で遮った。
「……よい。もうどうでもよいのだ」
諦観の眼差しで、どこか遠くを見るヨージョだった。
俺の腕の中で運ばれること、さらに数分。
ふと、ヨージョが俺を見上げて問いかけた。
「ちなみに、これからどこにむかうつもりなのだ? 〈イアナッコの森〉を進んで行っても、国境があるだけではないのか?」
小さく溜息を吐いた後、俺に問いかけるヨージョ。
「ん? ああ。国境ならもう超えてるぞ。今から行くのは、獣人のところだよ」
俺の言葉に、ヨージョは間抜けに口を開き、
「ふえぇぇぇぇぇぇええぇ!!?」
と、白目を剥きながら叫んでいたのでした。
 




