第三十二話 俺、女王陛下をゲッツしちゃった。
王女の質問に、この場の皆の視線が俺に集まった。
それはそうだろう、俺の解答次第では人間と獣人の勢力図は大きく変わる。……何といっても、〈根源の巨竜〉を退けた俺を味方につけることができれば、大きな戦力になる。
そして、これはまだ気付かれてはいないだろうが、俺は〈根源の巨竜〉と召喚獣契約を行っている。
……何だったら、俺とボブとで人間と獣人を同時に相手に出来るかもしれないな。そんなことするつもりないが。
ここで俺がもしも獣人につくと言った場合、どういったことになるかを考える。
当然、この場が穏便に済むとは思えない。そのために、この場に多くの騎士が控えているのだろう。
俺は慎重を期するために、一旦問いかける。
「……そもそも、なぜ俺にそんなことを問う?」
俺の問いに、またしても老人の眉に深い皺が刻まれたのを見逃さなかった。
「きさま、にんげんがわのりょうちにじゅうじんがいたのをみのがしたのだろう?」
俺は〈根源の巨竜〉が〈イアナッコの森〉にて暴れた際、獣人が人間側へ助けに入ったことを思い出していた。
「……そんな場合じゃなかったての。て、いうかそういうのはさ。国境騎士団の面々に言ってくださいっての」
「きしだんはそのとき、しょうもうしていたときいている。だが、きさまほどのものならばじゅうじんどもなど、かたてまにみなごろしができるのだろう? なぜそれをしなかったのかときいているのだ!」
幼女は感情が昂っているのか、顔を真っ赤にしている。その様子は、とてもかわいらしいものだったが、言葉の内容はめちゃくちゃだった。
自分が何を言っているのか、こいつは本当に分かっているのだろうか?
「つまりだ! おまえはいつでもじゅうじんをみなごろしにできるちからをもちながら、なぜそうしない? ほんとうににんげんのみかたなのか?」
不満をあらわにした幼女を、俺は見る。
どうも、本心から言っているようで、俺は背筋が寒くなる。
「お前が言いたいことは、つまり、だ。人間の味方だというのなら……」
俺は、薄ら笑いを口元に浮かべて、幼女を見ながら言う。
「今すぐにでも獣人たちを殺しに行け、ってことか?」
俺の言葉に、幼女は大きく頷いた。
「そういうことだ! よくぞわかってくれた」
幼女は、満足そうな表情で俺を見下ろしていた。
「そうか。……そういうことか」
「うん?」
俺の呟きに、幼女が可愛らしく首を傾げて応じた。
「はははっ! あはははははっ!」
俺は、それを見て笑った。とてもじゃないが堪えきれなかった。
……こんなもの、選択の余地がない。
急に笑い始めた俺を見て、周囲の老人や騎士たちが、緊張の色を表情に浮かべた。
幼女も、何故笑われているのか分からないといった様子で、こちらを見ていた。
「答えてやるよ、お姫様。俺はどっちの味方でもねぇよ。ただ、獣人に悪意を持っているわけではないし、それどころか俺はあいつらに好意を抱いてすらいる」
俺の言葉に、周囲がざわめいた。
「それはつまり、じゅうじんのみかたをするということではないか!?」
「ちげーよ。俺はどっちの味方でもねぇ。……ただ、お前らのことは気に入らねぇかもしれねぇな」
そう言って、幼女を俺は睨みつけた。
「貴様! ついに本性をあらわしたな! 陛下、今すぐこやつを殺しましょう!」
老人が俺を指さし、わめいていた。
その言葉に反応し、周囲の騎士たちが俺に対して武器を構える。
「やってみるか?」
俺はそう言って、騎士たちを見た。
「ひいぃっ!」
と、騎士スミスが情けない言葉を漏らしていたが、他の者は落ち着き払っている。
皆、実力には自信があるのだろう。
「馬鹿が! スキルを発動させてたまたま〈根源の巨竜〉を倒せたからと調子に乗りおって! ここにいる騎士たちは、王国最強、一騎当千の勇士たちだ! 女だからと手心を加える必要はない。その〈神語り〉を殺せ!」
そう叫んだ意地の悪い表情を浮かべた老人。
しかし、瞬きの後に、その表情は驚愕へと変わった。
なぜか……?
「一騎当千? 大したことねぇな。これなら、町の冒険者たちのほうがよっぽど強いぜ]
この部屋全体を覆う魔法陣が現れている、
それは、俺が発動させた魔法だ。
偉そうな老人や、幼女はもちろんのこと、重力魔法により、周囲の騎士たちは膝を折って身動きが取れないでいた。
最強の騎士と言っても、大したことはない。俺の前では、雑魚でしかなかった。
ただ、ここまであっけないとは思わなかった。なにが王国最強だ。ロゼやシーナ、ディアナ。そして、バルバロスの方がこいつらよりもずっと強いじゃないか。
俺は口にはせずに、心中でため息を吐いた。
そうして、目の前の状況を再度確認した。
ことごとく俺にひれ伏す人間たち。このままここで、この国のトップである老人と幼女をボッコボコにするのは簡単だ。
しかし、そんなことをしても問題は何も解決しない。
俺は一先ず、絶望の表情で俺を見上げる人間の顔を見てから、ひとまず思案した。
どうしよう、と。
そして、一つの妙案を思い浮かべた。
俺は階段を上り、悔しげな表情で俺を見る幼女の元まで歩み寄った。
「なんのつもりなのだ?」
気丈にも、幼女は泣き叫んだりはしなかった。
眼のふちで涙を溜めながら言葉を発した幼女に、俺はニヤリと笑みを浮かべながら告げた。
「なんてことはねぇよ。ただ、お前を【ゲッツ】するだけだ」
俺の言葉が、どこまで通じたのかは分からない。
しかし、俺の瞳に映る幼女の表情は、暗く沈んだものだった。




