第三十一話 俺、女王陛下と出会っちゃった。
とりあえず、女豹のポーズを解除した俺は、照れ隠しの意味を込めた、真剣な表情をしつつロゼに尋ねた。
「一体、どうしたんだロゼ?」
俺の言葉に、ロゼも幸せそうに緩めた口角を、思い出したように引き締めた。
「詳しく話している時間は無い。……しかし、友である貴女に、伝えなければならないことがある」
「伝えなければならないこと?」
俺が尋ねると、ロゼはコクリと頷いた。
「貴女は、これから問われることになる」
「どういうことだよ?」
「人間と獣人、どちらにつくかを、だ」
「それって、つまり……」
俺は、嫌な予感がした。
「……獣人と戦うために力を国に貸さなければ、貴女も敵とみなされる」
ロゼは俯きつつ、硬い声音で告げた。
彼女の表情は苦しげで、そんなことを望んではいない、という事はすぐに分かった。
……ならば、なぜこんなことになっているのだろうか?
「これまでの歴史だとか、因縁だとかは、俺には分からねぇ。だけど人間も獣人も、敵対せずに上手くいく方法があると思ってる。あの時みたいに」
俺の脳裏には、〈根源の巨竜〉と共に対峙したあの時の光景が浮かんでいた。
それは、ロゼも同じだろう。
「私の立場でそれを肯定するのは、危ういことなのだが。……そう思う」
ロゼはその後、言いよどんだ。
「この国の指導者が、それを許さないんだな?」
俺は、続く言葉を聞かない内に問いかける。
この国の王なのか、それとも偉い役人なのか、はたまた宗教の親玉かは分からないが、そいつは獣人と仲良くするのは気に食わないらしい。
「……若い女王陛下は、大臣の傀儡となっている」
呻くように、ロゼが呟いた。
きっと、その大臣というやつが獣人に対して悪意を持っているのだろう。
それにしても、この国は女性が治めているんだなと、ふと思った。
「……なんとなくわかったよ。忠告ありがとう、ロゼ」
「すまないな……私にはこれ以上のことは出来そうにない」
「いいや、助かったよ」
なにせ、何も分からないままの俺に危険を冒してまで俺に情報を与えてくれたのだ。
今の状況が大臣の耳に入れば、ロゼの立場が危うくなることなど分かり切っている。
「そうだ、教えてくれ。……ロゼは、シーナとディアナは。獣人についてどう思っているんだ?」
俺の問い掛けに、ロゼは穏やかだが、どこか悲しそうな表情を浮かべた。
「あの戦いを生き延びることができたのは、彼らがいたおかげだ」
そう言ってから、彼女の眉に深く皺が刻まれた。
そして、悲痛な覚悟を秘めた面持ちで、
「私は、貴女がこれから何を選択したとしても……」
と小さく呟き、そして去っていった。
ロゼの背を見送り、俺は再び天井を仰ぎ見て思った。
きっと、彼女は俺の身を案じてくれているのだろう。もしかしたら、自分の身も省みずに。
心配してくれていること自体は嬉しい。しかし、それは決して俺が望んでいることではない。
俺は、皆が笑顔でいられたら、それが一番だと思うのだ。
だけど、それが一番難しいことなんだろうなぁ。
☆☆☆
ロゼが立ち去った後、すぐに王女からの遣いの者が現れ、俺を〈謁見の間〉なる部屋へと案内した。
そこに通された俺は、周囲の様子を見る。
広い室内、高い天井、華美な装飾。
部屋の奥は階段があり、その頂上には随分と立派な玉座がある。
そこに、一人の小さな女が座っていた。
……あれが、女王か。
その周囲には数人の老人。
その老人たちは、いずれも仕立ての良い服を着ていた。だが、その表情は醜悪と言ってよいほどに、醜く歪んでいた。
また、俺を取り囲むように数十人の騎士がいた。
その中に、見知った顔はいなかった。……あ、いや。いた。
騎士スミスが、怯えるような眼差しを俺に向けている。
それに気づいたものの、無視をしてから口を開いた。
「んで、何の用だよ?」
俺を高いところから見下ろす女王に問いかけた。
「無礼な! いつ誰が口を開いてよいと許可した!? 分を弁えよ!」
一人の老人がヒステリーに叫んだ。
……なんてテンプレートなおっさんだ。俺は呆れて、肩を竦めた。
「なんだ、その態度は!? 貴様、自分の状況が分かって……」
「よい。わらわはかんだいだ、ゆるそう」
女王が偉そうに口を開いた。
老人はいささか不満そうな表情をしていたが、女王に言われてしまえば反論することなどできないのだろう。
彼は一歩下がり、俺を無言で睨みつける。
「まさかきしゃまのようなひんそーなガキが〈オリジンドラゴン〉をしりぞけたという、〈かみかたり〉だったとは、おどろいたぞっ!」
その女は、俺を見て驚きに目を見開いた。
その驚きは、至極当然のものだろう。
しかし、こちらこそ驚きたい。
俺は玉座にふんぞり返った女王を見る。
きしゃま、と噛んじゃったためか、顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
……いや、それ以前に、俺がイメージしていた女王と全く違っている。
流れる銀髪はそれ自体が輝きを放っているように見えるほど美しい。
気品が満ちた口元。小振りな唇は傲慢に歪められているが、品の良さが伺えるものだ。
しなやかさを漂わせる矮躯に纏うドレスは、見る目に鮮やかな紅。
そして、幼さを残した……どころか、幼いその表情は、俺と同じくらいにキュートだった。
……そう、若いどころか、この女王幼いのだ! 外見から判断し、10歳にも満たないだろう。
そして、とびきりの美少女だった。なんだったら、幼女だった。5年、10年後は確かに楽しみではあるものの、現状ではただのめちゃくちゃ可愛い女の子だ。
俺の心のちんぽは、反応しない。
そんな、目の前のロリッ娘が、黙したままの俺に問いかけた。
「さて、たんとーちょくにゅーにきく。きさま、にんげんとじゅうじん。どちらのみかたなのだ?」
俺は、その言葉に答えないまま頭を抱えた。
……大臣がどこのどいつかは知らんけど、この女王というか幼女も割と問題なんじゃなかろうか? 俺は白目を剥きながらそう思ったのだった。




