第二十九話 俺、なんか気持ちの悪い奴と遭遇しちゃった。
「あー、また負けたよバルバロス」
「〈S級〉冒険者のくせに、ミコちゃん相手だとてんでダメだな!」
「これじゃ賭けにならねぇよ」
「しかし戦うミコちゃんもやっぱり可愛かったなぁ」
「ミコちゃんのスカート見えなかったな。なんでなんだろうなぁ……」
「確かに! あんな短いスカートなのによぉ……くそぅ!」
倒れたバルバロスを見て、ギャラリーたちが口々に悪態を吐いていた。そして、バルバロスのことから俺の履く下着の色談議に花を咲かせていた。
……この変態どもには傷ついた友を労わる優しさというのは皆無なのか!?
「お疲れ様です、ご主人様」
戦いを終えた俺に、メアリさんが声を掛けてきた。
「確かに、疲れたよ」
「とても可愛らしく、そしてかっこよかったです……」
俺の言葉に、頬を染めながらにっこりと応えるメアリさん。
……メアリさんが俺の事好きすぎる件。
俺はその事実から少しばかり目を逸らし、倒れたバルバロスを見る。
距離にして、10メータル程度か。普通のデコピンではありえない飛距離を叩きだしてしまった……。
俺はバルバロスに近づいて、傍らに膝をつき、彼の体を揺さぶった。
「……おい、大丈夫か?」
「ふみゅみゅぅ」
俺の声に反応し、可愛らしい呻き声を漏らすものの、安らかに眠っているままだ。なんだかむかつくぜぇーい!
「……死んでないし、まぁいっか」
俺は呟き、踵を返してメアリさんの元へと戻ろうとするのだが、そこで視界の端にあるものを見つけた。
『ぐぎぎ……渇く。……血を、我。欲する』
この物騒な呟きを発しているのは、何を隠そう魔剣・〈ダーインスレイヴ〉さんである。
なんだか禍々しいオーラまで発しているし、危険な雰囲気をビンビン感じる。そもそも剣なのに、どうやってしゃべっているんだろう?
……そういえばバルバロスが、この魔剣は生血を吸わない限り、鞘に収まらないと言っていたな。
俺はその魔剣を拾い上げ、手にする。
「マジですっげぇな、これ」
握った瞬間に、体の奥底から力が湧き上がってきた。
この剣によって、強引に自らの存在や力を引き上げられている……そんな感覚だった。
投げ捨てられていた鞘も拾い上げ、試しに納めようとしてみたが……。
やはり、駄目だった。
『……血……死……殺、怨、怨怨怨怨』
……やっべ、めっちゃこの大剣物騒なんですけど。キレやすい最近の若者もびっくりの切れ味だぜ! っつて、剣だから切れ味がいいのは当たり前だね、ウフフ。オッケ―。
俺は白目を剥きつつそんなことを思っていたのだった。
これ、このままにしてて大丈夫か? なんか、今にも持ち主の制御を離れた魔剣が人に襲い掛かっていきそうな雰囲気なのですが……。
「ご主人様、まずいですよ」
俺に語り掛ける声。それはもちろんメアリさんの言葉だった。
「まずいって、何が?」
「魔剣・〈ダーインスレイヴ〉が、生血を求めて暴れようとしています。……このままでは、この場の誰かの体を乗っ取り、自らの本能の求めるまま、血を啜るために誰彼構わずに斬りかかることでしょう」
「……そんなこと、出来るのかよ?」
「出来ます。そうして、暴走した〈ダーインスレイヴ〉に殺された人間はごまんといます」
バルバロスはどえらい武器を持ち出してくれたようだった。
ま、喋ったりする剣なんだ。
人の心を操るくらい、できても不思議ではないのかもな。
「んじゃ、暴れるまえにどうにかするか」
俺は気負いなく呟く。
あんまり危険なら、へし折ってしまえば早いのだろうが、きっとこれは貴重な物だろう。
とりあえず、魔剣・〈ダーインスレイヴ〉の刃で、俺は掌を浅く切った。そして、溢れる血液を、刀身に塗り込んだ。
すると、目に見えて変化が起こる。
鈍色に輝いていた鋼の刀身が、今や赤黒く変色していた。
そして、溢れ出していた邪悪な気配は、その刀身に集中していった。
『こ、この。この血……しゅきぃ』
しゅごいぃ
と、別の意味で危ない囁き声を漏らす〈ダーインスレイヴ〉。……もー、変な所ばっかり持ち主に似ちゃってー。吐き気がするぜ!
俺は、『しゅごいしゅごいきもひぃぃ』と狂ったように囁く〈ダーインスレイヴ〉を無言のまま鞘に納めた。
あひぃぃぃい!
断末魔の叫びのような声が聞こえた。
……魔剣って一体何だったんだ!? 全くシリアスになれない頭で、俺はそんなことを思ったのだった。
「気持ち悪い魔剣でしたね……」
メアリさんが目を伏せて呟いた。
「へし折っといた方がよかったかな?」
「あれ程の魔力を秘めた魔剣ですと、まず砕くことは叶いません。万が一折れたとしても、勝手に自己修復し、元通りです」
「なるほど。じゃ、バルバロスに任せて出来るだけ遠くに行ってもらう、というのが一番の正解だな」
もしくは一緒に地中深くまで埋めるか、だな。
「その通りでございます」
メアリさんは爽やかな微笑みを浮かべて頷いていた。
俺は地面の上でのびているバルバロスに、魔剣を乗せておいた。というか捨て置いた。
そうしたところで、またしても声がかけられた。
「少し、よろしいでしょうか?」
振り返ると、そこには立派な団服を土で汚した三人の騎士が気まずそうな表情で俯いていた。
それにしても、最初に会話をしていた時は傲慢な態度だったというのに、今はそれがなりを潜めていた。
「ん? 何?」
俺は、騎士スミスに問いかける。
「あの……もしも不都合がないようでしたら、私たちと共に、王都へご足労お願いしてもよろしいでしょうか?」
騎士スミスは、泣きそうな顔で告げていた。
何こいつ、めっちゃ腰低いなっ!
それにしても、なんでこいつらこんな急に態度が変わったんだ? まぁ、心当たりはあるけど。
可愛らしい見た目の俺が、まさかバルバロスを圧倒するほど強いとは思っても見なかったのだろう。
きっと、俺が〈根源の巨竜〉を倒したというのも、彼らからしてみれば信用に値しない情報だったのだ。
しかし、先程の戦闘のおかげで俺の実力も十分に理解できたのだろう。
つまり、自分たちよりも弱いと思っていた時には上から目線で接し、格上だと分かった際には腰を低くして対応する。
……思っていたよりもずっと屑だぞ、こいつら!?
こんなのがロゼやシーナ、ディアナと同じ王国所属の騎士団? ……権力を与えられて根性が腐った奴もいるということか。
現代日本の警察官なんかにも、似ているのかも。
汚職をする人もいれば、市民のために精一杯尽くしてくれる人もいる。
異世界とはいえ、人ってものはそんなに変わらないものなんだなぁ、と思った。
俺は、そんな妙な感慨を覚えていた。
「あー、良いよ。連れていってくれよ」
俺は、半ば投げやりに答えた。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
揉み手をしながら言う騎士たちを見て、俺は何だか溜め息を吐きたくなったのだった。




