第二十七話 俺、久しぶりに会った人がTUEEEしてて引いた。
「さぁ来い、我が女神よ! ……んん? そっちの騎士たちも、なんだか不満そうだな。いいぜ、それなら先にかかってこいよ!」
阿呆のバルバロス君が鞘に入ったままの大剣を肩に担ぎ、挑発的な視線を騎士たちに向ける。
騎士たちもそれに応じる形で、剣を抜いた。
「……そこまで言われて退くわけにはいかない。〈S級〉だかなんだか知らぬが、冒険者風情が調子に乗るなよ。我らに楯突いたこと、後悔させてやるっ!」
騎士スミスの言葉に、残りの二人も「応っ!」と答えた。
「いいぞ、ヤッちまえバルバロス!」
「あいつが来ると、いつもこうだぜ!」
「飽きなくていいじゃねぇかよ。さぁ、どちらが勝つか賭けようじゃないか、クソ野郎ども!」
「俺はバルバロスが勝つのに一杯賭けるぜ!」
「なら俺はバルバロスが勝つのに尻穴を賭けるぜ!」
「おいおい、酔っ払っていたから覚えていません、は無しだぜ!」
ガハハハハッ! と屈強な冒険者たちが下品に笑った。
……え、ちょっと待って。こいつらもなんかおかしくない!?
この場は既に一触即発だった。色んな意味で。
深く考えるのはめんどくさいため、俺はとりあえず白目を剥いて立ち尽くすことにした。
「バルバロス様。騎士様。ギルド内での荒事はご遠慮下さい」
喧騒の中、凛とした声が響いた。
その声の主は、メアリさんだ。
俺が白目を剥いている間に傍まできていたようだ。
彼女は美貌を崩し、とても腹立たしそうに、騎士たちとバルバロスを睨みつけていた。
「暴れるのは構いませんが、ギルドからは出て行ってください。速やかに」
メアリさんの声には、強い意思が込められている。相当お怒りのようだった。
「怒りすぎじゃない?」
俺はメアリさんの耳元で囁いた。
「……ご主人様とデートができなかったことに対する不満をぶつける対象ができて、好都合です」
そう言ってメアリさんは、ぴったりと俺にくっついてきた。
女同士と思っているからだろう、遠慮なくおっぱいが当たっている。
俺はもう、全てのことがどうでもよくなった。肘に当たるこの素晴らしい感触に浸っていたいのだ。
「……女。我らに向かって吠えたな?」
騎士の一人が、イラ立った様子でメアリさんに剣の切っ先を向ける。
メアリさんは、俺を庇うように立った。……さよなら、おっぱい。俺は心中で涙を流す。
怯んだ様子を見せずに、胸を張って立っているメアリさん。しかし、いつまでこの騎士は剣を向けているつもりだろうか?
「いい加減に……」
俺は騎士の風上にも置けないくそったれに向かって言葉を発するのだが、
「すまねぇ、メアリちゃん」
その騎士がバルバロスに襟首を掴まれ、引きづられたために俺の言葉は迷子になってしまった。
情けなく、「ぐえぇ」とか呻いている騎士を見ると、憤りもどこかに行っちゃった。てへっ!
「いえ。分かっていたたければそれで結構です」
先ほどの怒りを押さえ込み、無表情で告げるメアリさん。
「いや……そっちの話じゃねぇんだ」
バルバロスは、周囲で狼狽える騎士には目もくれず、珍しく切なそうな表情で言った。
「……? 何のことでしょうか?」
訝しむメアリさんに、バルバロスは続けて口を開いた。
「俺、ずっとメアリちゃんのことが好きだったんだ」
深刻な表情で愛の告白をするバルバロス。
……何言ってんのこいつ? マジでTPOを考えてくれないかな?
「は、はぁ……」
メアリさんは引いていた。
万年床に生えたカビを見るような目で、バルバロスを見ている。
「でも、……俺、本当の〈愛〉ってやつを知っちまった。だから、ごめん」
バルバロスは頭を下げて謝った。
謝ってるっつーか、誤ってるよねこいつ。
生き方というか、……なぜ未だに生きている? ってところとか。
俺はメアリさんを盗み見た。
彼女は無表情のままだった。
「……ちっ」
そして、そのままの表情で舌打ちをしていた。普通に怖かった。
「さて、それじゃギルドから出て始めようじゃねぇか。なぁ、騎士殿?」
俺とメアリさんの冷ややかな視線を一身に受けているはずのバルバロスは、そんなことお構いなしに騎士たちに告げ、外へと出て行った。
「くっ……調子に乗りおって。後悔させてやる!」
騎士たちもバルバロスの後についていった。
「こんなところでボーッとしちゃいられねぇ! 俺たちも向かおうぜ!」
うおぉーっ、と更に後についていったギルド内のお祭り好きな馬鹿野郎ども。
「……俺たちも行こうか?」
「……そうしましょうか、ご主人様」
俺とメアリさんは、嘆息して彼らの後についていった。
✩
俺とメアリさんがギルドの外に出ると、ちょうどバルバロスと騎士たちが戦いを始めるところだった。
周囲のギャラリーも、大盛り上がりだ。
「行くぞ! 〈神器召喚〉」
騎士スミスが、スキル〈神器召喚〉を発動させた。
現れたのは、派手な装飾をした剣を手にし、構えた。
見たところ、あれもそれなりに高位の武器のようだが……ロゼの〈ブリューナク〉や俺の〈クサナギ〉に比べれば随分と格が落ちるだろう。
「スキル発動! 〈魔力装甲〉」
残りの騎士2人は、聖騎士であるスミスとは違い、〈魔力装甲〉のスキルを有する魔導騎士だったようだ。
スキル〈魔力装甲〉は、武器や防具に魔力を込めることで、様々な効力を発揮させる。
使い慣れた道具を即席の〈魔力媒介〉のように扱えるため、使い勝手は良さそうだ。
神器を持つスミス、炎の槍を手にする騎士、氷の弓を手にする騎士。
三人はそれぞれ、鞘に収まったままの大剣を肩に担ぐバルバロスを前に、緊張した構えを取っていた。
バルバロスはその気力十分の騎士たちを見て、鼻を鳴らした。
「おおー、随分と立派なおもちゃを持っているじゃねぇか。……さっさと来いよ」
見下すように、バルバロスは言った。
「……やるぞ!」
騎士スミスの言葉に、残りの二人も素早く応じた。
まず、1人の騎士がバルバロス目掛けて氷の矢を放った。
勢いよく放たれたそれはバルバロスの足元に刺さる。
そこから地面が瞬時に凍っていき、バルバロスの右足を地面に縫い付けた。
「ん、おお! なんだこりゃ、うっとおしい」
呑気に呟くバルバロスに、炎の槍を構えた男が突撃した。
その突撃は、風のように疾い。
バルバロスの間合いの外から、炎の槍が突き刺さろうとしていた。
そんな中、バルバロスは身動きがとれないにも関わらず、一切狼狽えていない。
肩に担いでいた鞘に収まったままの大剣を構え直す。そして、炎の槍の迎撃に当たるバルバロス。
その動きは、決して剣術と言えるような代物ではなかった。
バルバロスは、不良少年が喧嘩にバットを使うような気安さで、その大剣を振っていた。
槍の穂先と、大剣が器用にぶつかり、そのまま均衡を保った。
騎士は、皮肉気に口元を歪めた。彼の握る槍から炎が放出され、生き物のようにうねる。
バルバロスの身体を焼き焦がそうと、その炎が襲いかかった。
「おいおい、こんなもんか? ……つまんねぇな」
バルバロスは本心を吐露した。
腕を軽く振るい、槍を弾いた。騎士がよろめき、体勢を立て直そうとしたところに、バルバロスは大剣を上段から振り下ろす。
狙いは、敵の炎の槍。
未だ鞘付きの大剣の一撃。
その重みと勢いによって槍を簡単に砕いた。
「な、そんな、バカなぁっ!」
騎士の情けない声が空虚に響く。
槍は破壊され、〈魔力装甲〉の効果が途切れる。
バルバロスに迫っていた炎の渦は、雲散霧消していた。
「おい、終わりじゃねぇぞ?」
バルバロスは、そのまま、凍っていない左足で一歩踏み込み、騎士の胸ぐらを掴んだ。
そしてその騎士を力を込めて振り回し、フォローのために第二射の矢を放とうとしていた騎士へ向かって、投げつけた。
バルバロスの怪力によって、勢いよく放たれた騎士により、射線の確保ができない氷の弓の騎士。
このまま逃げるか、庇うか。その逡巡が見て取れた。
しかし、結局その判断の遅さが仇となり、ろくな体勢が整わないうちに二人は衝突した。
その時、弓が砕けたのだろう。バルバロスの足元の氷が瞬時に溶けていった。
勢いを殺しきれないまま、2人はギャラリーを巻き込みつつ、みっともなく転がっていった。
……あの様子だと、しばらくは使い物にならないだろうなぁ。
「くそったれのバルバロスが! 気をつけやがれ!」
ギャラリーの1人が悪態を吐いた。
しかし、その一言に反応する暇はバルバロスに無かった。
「隙ありだ、馬鹿者めぇ~!」
神器を構えた騎士スミスが、男1人をスローインして体勢を崩した状態のバルバロスに向かって横薙ぎに剣を振るっているところだったからだ。
……部下を囮にして止めを刺すスタイルとか、あいつクズ過ぎて引く。
しかし、バルバロスは騎士を投げた勢いに逆らわずに前転し、騎士スミスの攻撃を躱した。
必中の攻撃が空を切った騎士スミス。彼は驚きのため、一時動きが止まる。
その隙に、体勢を立て直したバルバロスが足払いを行った。
「ふえぇぇ!?」
騎士スミスがとんでもなく情けない声を出して転んだ。
幼女でもねぇくせに、ムカつく野郎だぜ!
「さて、ここまでだぜ」
這いつくばる騎士スミスの前に立つバルバロス。
彼は手にした、鞘に収まったままの大剣を脳天へかざしている。
騎士スミスは顔を上げ、バルバロスへ悔しそうな表情を向け、そして諦めたように俯いた。
「生き恥を晒すつもりはない。……っく、殺せ」
いや、その台詞をお前が言っちゃダメなんだよ、スミスくん!
俺は大きな声で突っ込みそうになったが、なんとか耐えた。
「殺すつもりはねぇが、一発ぶん殴らせてもらうぜ」
騎士スミスの胸ぐらをつかんで立ち上がらせたバルバロスが拳を固めて殴りつけた。
「ぐ、うおおぉぉぉ!」
パワー馬鹿のバルバロスの拳は、とても響いたのだろう。
悲痛な叫びが上がった。
「そして、もう一発!」
「うおおオオォォォ!」
無慈悲に振り下ろされるバルバロスの拳。
あいつ、自分で一発と言っておいて、二発目も行くの? 数も数えられないくらい馬鹿なの!?
「二度あることは……」
そう言って、バルバロスはまた拳を振り上げていた。
まだやるつもりかよ!?
「ひ、ひぇぇぇえ! も、もう殴らないでぇ!」
騎士スミスは、自らの顔を覆い隠し、バルバロスに懇願していた。
……お前、さっき殺せとか言ってなかったか? 殴られたくらいでピーピー泣くなよ。そう思ったが、彼のみっともない姿が過去の自分の姿に重なった。
なんとなく、不愉快だ。
俺はその場から駆け出す。
瞬時に移動し、スミスの顔面へ目掛けて振り下ろされていたバルバロスの拳を受け止めた。
「そのくらいにしておけよ。お前の勝ちだよ、バルバロス」
俺はそう言って、バルバロスを睨み、その後に背後にいる騎士スミスを一瞥した。
騎士スミスは、顔をグシャグシャにして半泣きになっている。……見ていて哀れになってくる。こんなんが騎士って、この国大丈夫なのかよ? と不安になってくるレベル。
「そうだな、このくらいにしておこうか」
バルバロスはそう言って、拳を引いた。
「ああ、これで終わりだ」
俺は、やれやれと首を振って答えた。
「終わり? 違うぞ、これからが始まりではないか、我が女神よ」
俺の言葉を聞いたバルバロスは、不気味に笑って答えた。
その言葉の意味が分からず、俺は問いかけていた。
「どういうことだよ、それ?」
「どういうこともなにも。俺は女神ミコに一撃を入れるために修行を続けていたのだ。そして、新たな力も手に入れた」
バルバロスはそう言うと、これまで頑なに鞘から抜かなかった大剣を、一息に抜いた。
諸刃の大剣。妖しく光る刃が、バルバロスの瞳の狂気を反射していた。
「〈魔剣・ダーインスレイヴ〉。これこそが、俺が新たに手に入れた力だ。……覚悟しろ、ご主人様!」
バルバロスは魔剣を構え、俺をご主人様と呼んだ。
どうやら彼の中では既に俺に一太刀浴びせているようだった。
……全くもって面倒くさいが、仕方ない。
「くそったれが」
俺は〈神器召喚〉によって現れた日本刀〈クサナギ〉を手にして構える。
「怪我しても知らねぇからな!」
「遠慮はいらねぇ、ご主人様! さぁ、存分に死合うぞっ!」
俺の言葉に、バルバロスは楽しそうに応じた。
マッチョなタフガイのストーカーとの戦いの火蓋は、こうして切って落とされたのだった。
 




