第二十六話 俺、久しぶりに会った奴の名前を思い出せなくて申し訳ない気分に……はならなかったかな!
「ご主人様」
無礼な王国騎士と相対したまま、メアリさんが、俺を呼んだ。
「どうしたの?」
俺はメアリさんに視線を向けて尋ねる。
「あの団服は、間違いなく王国騎士団のものです。下手に問題を起こすと面倒ですし、ここは言う通りにした方がよろしいかと思われます」
メアリさんは冷静に告げた。
しかし、カウンターの上でキツく握り締められた拳を見ると、どうやらそれは上っ面の演技であるようだった。
「忠告ありがとう。ところで、何をそんなに怒ってるのかな?」
俺は彼女の震える手に自らの手を重ねて問いかけた。
一瞬、ポッと顔を赤らめた後に、
「ご主人様とデート、したかったです……!」
と、血涙を流さんばかりの表情で言った。
……メアリさんのそんな表情をこんな些細なことで見られるなんて、意外すぎてちょっとひいた。
俺は首を横に振って正気を取り戻してから、メアリさんの頭にポンと手を置く。
「大丈夫、用事が済んだら、すぐにここに戻るから。だからその時は、町の案内をよろしくね、メアリさん」
そう言ってから、俺はメアリさんの頭を撫でた。
メアリさんは恍惚の表情で、
「はい、お待ちしております。……ご主人様」
と呟いていた。
さて、メアリさんへのフォローは終わった。
俺は振り返り、黙したままこちらを見ていた無礼な王国騎士団員たちを見る。
「終わったようだな。それでは、さっさと行くぞ」
王国騎士の1人、ジョン・スミスが尊大な態度のままに言った。
……なんだこいつ、ムカつくわぁ。
俺は乾いた笑いを表情に貼り付け、彼らと共にギルドから出ようと、出入口まで共に歩く。
周囲の視線が集まる。
それは、俺が見る者全ての心を奪ってしまう超絶美少女であるからというだけでなく、この状況のせいでもあるのだろう。
いきなり現れた王国騎士団に連れて行かれる<神語り>であり<s級>冒険者である美少女の俺。
話題性は抜群である。
このままその視線を一身に浴びながらギルドから外へ出ることになると思ったのだが……。
不意に、目の前の扉が開いた。
大剣を背負う、精悍な顔つきの大男が現れた。
そいつは正面にいた俺の顔を見て、ひどく驚いた表情になり、次いで嬉しそうに目を細めていき、ついには開口した。
「おお……おおっ! そこにいるのは、我が女神ミコではないかっ! 愛しているぞ結婚してくれー!」
ギルド内の人々の視線は、一瞬にしてその頭の悪い妄言を吐いた大男、<s級>冒険者のバルバロスに釘付けとなるのだった。
「……どちら様ですか?」
俺はとりあえず知らんぷりをすることにした。
「何ぃ!? 俺を忘れてしまったか? あっ、それならそれで、良いことを思いついたぞ!」
ポンっ、と手のひらを打ってから、嬉しそうに喋るバルバロス。
なんだろう、嫌な予感がする。
「ミコ、……俺はお前の夫だよ。忘れたというのなら、思い出させてやろう。あの夜のように、熱い接吻をして、な」
そう言って舌舐めずりをしつつ迫るバ、じゃなくて変態大男。
俺の肩に手をかけ、キス顔で強引に迫ってくる。
怖い怖い怖い!外見が超絶美少女だとはいえ、俺の心は男なの! そっち系の趣味は、ございませんの!
お巡りさーん、ここに変態がいまーす!
「くたばれ!」
俺はバルバロスに頭突きをお見舞いする。それはもう、全力で。
うぎゃぁぁぁああぁぁあっ!
カンストしたステータスでお見舞いする頭突きは、さぞかし痛かったのだろう。
バルバロスが額を抑え、断末魔の叫びをあげた。……まぁ、死んだわけではないけど。
「な、何をするんだ、ミコ!? 家庭内暴力か?」
「うるせえ! バルバロスのエッチ! 強姦魔! 金玉潰れろ!」
「ホッ……なんだ、ちゃんと俺の名前を覚えていてくれてるじゃねぇか。安心したぜ、我が女神ミコ」
「今の言葉でその反応はおかしくないか? 脳みそ大丈夫か? 俺、やり過ぎちゃったのか?」
「なんだ、俺の事を心配してくれているのか? 優しいじゃねぇか」
バルバロスはケロリとした様子で俺にウィンクをしてきた。
開けられた方の瞳は、慈愛に満ちたものであり、こう、なんというか腸が煮えくり返るというか、イライラするというか……有り体に言うとムカついた。
そんな割と意味の分からないやりとりを見ていた、隣に立つ騎士スミス。
彼は慌てた様子でバルバロスに問いかけた。
「バルバロス……だと? まさか貴様のような阿呆が最強の冒険者だというのか!?」
騎士スミスの言葉に、バルバロスが眉を顰めた。
俺も、驚きが隠せない。
こんな阿呆な変態が、まさか最強の冒険者と呼ばれているだなんて……。
なんだか騎士たちもびびっているようだ。
「誰が阿呆だ。……ぶっ飛ばされたくなければ、ここから失せな! 俺はお前らみたいな弱えーくせに威張り散らす奴らが、大嫌いなんだよ」
不快感を露わにするバルバロス。
彼の発する言葉に、騎士たちは一歩後退った。
「なんと野蛮な奴だ……。こんな奴は放っておいて、さっさと行くぞ!」
騎士スミスが、他の騎士と俺に告げる。
胸糞悪い奴ではあるが、同感だ。
なんなら「奇遇だな。初めてあんたと意見があったよ」みたいなお約束のセリフを言うまである。
「なんだ、お前ら我が女神ミコをどっかに連れて行くつもりか?」
しかし、バルバロスは空気が読めない。それはもう、徹底的に。
瞬時に殺気立ったバルバロスは、出入口と俺たちの間に立ち塞がった。
それを見た騎士スミスが言った。
「そうだ。……貴様には関係のないことだ。だから、そこをどけ」
騎士スミスの言葉に、バルバロスが好戦的な笑みをもって応じた。
「関係? あるんだよ、それがな。女神ミコには、これから俺と戦って貰わなくっちゃならねぇからな」
「いや、なんでだよっ!?」
俺、ビックリしちゃった。
なんなのこいつ? 直情型のパワータイプっぽい癖に、こいつの言動全然読めないんだけど! トリッキー過ぎるんだけど!
「約束、したじゃねぇか」
バルバロスはそう言って、この間は見なかった、背負った大剣に手をかける。
この場に、緊張が走った。
騎士スミスとその仲間たちも、各々武器に手をかけ、応戦の意思を見せている。
「約束? なんだそりゃ?」
そんな中、俺は普段のテンションでバルバロスに問いかけた。
「女神ミコに一撃を入れたら、俺を性処理用の奴隷にしてくれると約束してくれただろう?」
「奴隷って……ああ、確かにそんなこと言ったような……って、いや待て! 性処理用ってなんだよ、そりゃ! そんなこと言ってねぇぞ」
胡乱な視線を俺に向ける騎士たちとバルバロスに向かって、俺は遺憾の意を表明した。
「そんなこと知らん! 俺の修行の成果と秘剣をとくと見よ、我が女神ミコよ!」
そう宣言したバルバロスは、ギルド内にもかかわらず、鞘に納まったままの剣を構えた。
一難去らずにまた一難。
……あー、めんどくせー。
俺は両手で顔を覆い隠して、嘆息するのであった。




