第二十二話 俺、ボブと契約する。
俺が放った〈偶像の光線〉の攻撃を受けた巨竜は、力なく地面へと墜落していった。
巨体が大地へと墜落した大きな音が耳朶を打つ。
俺はそれを確認してから、自らの内に満ちていた力が減少するのを感じていた。魔法を維持できなくなり、俺は地面へと落ちる。
……おそらく、〈自動回復〉のスキルによって、HPの残量が1%以上になったのだろう。
「あー、危なかった」
俺は着地した後、誰の耳にも届かぬように一人呟いた。
先ほどの一撃が当たっていなければ、こんな余裕は見せられなかっただろう。
巨竜に対して、圧倒的な力の差は見せつけたられたし、〈覚醒〉のスキルの発動条件は満たせていないものの、〈英雄〉のスキルは発動したままだ。なんとかなるだろう。
俺は、巨竜が墜ちた場所へと駆け出した。
先程までに比べればステータスの上昇値は下がっているものの、現在の俺も相当な高ステータスだ。
走っていると、あっという間に巨竜が倒れる場所へとたどり着いた。
「うわ、やりすぎちまったか?」
俺は呟き、その場に倒れる巨竜の姿を見る。
巨大な両翼は消え、四肢は潰れ、尾もちぎれていた。胴体と頭だけが残った巨竜。
ツチノコみたいになった姿で横たわる巨竜はとても弱々しく、そしてグロ耐性がなければちょっともどしていたかもしれないくらいキツかった。
『……貴様の勝ちだ、人間よ』
倒れたままの巨竜の双眸が俺を見据えた。
その瞳は思慮深く、自らの敗北を潔く認めていることを伝えた。
「いや、お前もまだ戦えるだろ?」
『回復魔法のことか?』
「ああ、そうだ」
俺の言葉に反応して、巨竜は自らの体に回復魔法をかける。
光に包まれた巨竜の体。見る間に傷が回復し、四肢と翼が再生。
傷一つない〈根源の巨竜〉が、そこにはいた。
『流石に、巨体の全てを再生させるほどの回復をすれば吾輩の魔力もほとんど底をついた。〈竜の息吹〉は通用しない上に魔法もなしでは、貴様には勝てぬよ』
「そう……かもな」
自分も既に魔法が使えないことを棚上げにし、俺は偉そうに頷いた。
『まさか、この吾輩が人間に負けようとはな。……無様に生きようとは思わん。殺せ』
女騎士のようなセリフを吐いた巨竜に、俺は答える。
「殺さねぇよ」
『……吾輩は人間と獣人を殺したぞ』
「あいつらには悪いけど、俺はお前に恨みはねぇよ。それに、お前だって自分の奥さんを人間に殺されている。いや、お前の奥さんも人間殺しまくったみたいだけど、そんな昔のことはもう良いじゃねぇか」
ロゼ、フィノ、ディアナ、シーナは生きている。
薄情かもしれないが、彼女たちが生きているのならば、俺は他の人間が死んでも怒りに燃えることなどない。
だから、これから言うことは、あまり四人には聞かれたくない言葉だ。
「俺はお前に勝った。だけど、復讐なんかで殺す気もない。……一つ、お前にお願いがあるだけだ」
『勝者が敗者に何を願う? ただ力を振りかざし、言うことを聞かせれば良い』
そう言って、好戦的に吠える巨竜。
「俺、力で押さえつけるってのが苦手なんだよ」
俺は現代日本での自分の境遇を思い出しながら、目の前の巨竜に言った。
『……良い。ならば、言ってみろ。その、願いとやらを』
俺は、瞳を閉じた巨竜に向かって自らの〈お願い〉を口にする。
「俺と、〈召喚獣契約〉を結んでくれないか?」
俺の言葉に、巨竜は驚いたように瞳を開く。
『本気か、貴様?』
試すような巨竜の瞳。
俺は、無言で頷きを返した。
スキル〈召喚獣契約〉は、互いの意思と血によって成立する、術者と召喚獣が対等な契約である。
術者が優位な契約では、決してない。
自らが認めた相手に召喚獣は力を貸してくれる。しかし、召喚獣が術者を見限ることも多々ある、と以前クエストの合間にシーナから聞いたことがあった。
強力な召喚獣と契約を結んでも、信頼関係が十分ではなければ〈召喚術〉を発動した途端に裏切られ、食われることもあるのだ。
決して、自分の言うことを常に聞いてくれる強力な仲間ができるわけではない。
それでも〈召喚術〉によって、相応の魔力消費でいつでもどこでも〈根源の巨竜〉が駆けつけてくれるようになるのは大きなメリットだろう。
なにせ、目の前にいる巨竜は、この世界で俺よりも強い希少な存在なのだから。
俺の反応を見た巨竜は、
『クハハハ! どうやら本気のようだな、面白いぞ人間!』
と、機嫌良さそうに笑っていた。
『吾輩の力を利用しようというか? それも良い。吾輩は貴様に負けた敗者だ。〈お願い〉とやらを聞いてやろう。だが、つまらぬ真似をしようものならば、吾輩はいつでも貴様に牙を剥くと覚えていろ』
「お、マジか! 助かるわ~。そんじゃ、早速契約結ぼうぜ~」
俺のリアクションを見た巨竜は、少し狼狽したあとに、
「……う、うむ。貴様、ちょっと軽すぎるないか?』
と戸惑いをみせた。
「気にすんなって!」
俺のテンションに対する反応に困る巨竜を横目に、俺はスキル〈召喚獣契約〉は発動する。
俺と巨竜を中心に展開される魔法陣。その中心で、俺は〈物質創造〉で創ったナイフで指先を切った。
滴る赤い血液が、魔法陣へと落ちる。
「世界の理に抗う者よ。我、ここに命ずる。血の契約をもって、血の誓約とする」
その言葉の後に、魔法陣が収縮し、消えた。
その後、俺は足の付け根に熱を感じた。
スカートを捲って素肌を見ると、〈召喚獣契約〉が行われた証である、竜の姿を象った〈契約紋〉が浮かび上がっていた。
「よし、これで終了だな!」
俺の言葉に巨竜は頷く。
『ああ。……だが、今の言葉は何だ? 〈召喚獣契約〉には、関係ないものだと思うが』
「雰囲気作りだ。大切だろう?」
『意味が分からぬぞ……』
巨竜の疑問に、俺は答える。
返答を聞いた巨竜が納得いかないように首をひねっているが、知ったことではない! マイペースに、巨竜へと告げる。
「うーん、それじゃ、俺は一旦さっきの場所に戻るから、お前は元いた場所に戻れ」
このままこいつを連れて帰れば、他の奴らから何を言われるか分かったもんじゃない。
『……そうしよう。だが、その前に一つ。人間よ、貴様の名を教えろ』
「あ、そういえばまだ名乗っていなかったな。俺の名前はミコだ。お前にも名前あるのか?」
『ミコ、か。ふむ、美しい名前だ。……無論、吾輩にも名はある』
〈根源の巨竜〉と呼ばれる、竜の持つ名。
一体、どんな名前なのだろう?
俺はゴクリ、と喉を鳴らして巨竜の言葉を待った。
巨竜は、一拍置いた後に、
『吾輩の名はボブだ!』
と、名乗った。
……。
「ボ、ボブか。良い名前だな。何が良いって、あれだよな。……言い易いもんな」
俺の言葉にボブは、遠き昔を思い出すように、目を細めてから答えた。
『言い易い、か。ふむ……吾輩にそう言った女性はミコで二人目だ。……一人目は、吾輩の最愛の妻、コックルートゴトウだった』
つ、突っ込みどころが多すぎてもう……。
俺は対処ができないことを即座に理解し、ボブに対して言い忘れていたことを告げる。
「あ、それともう一つお願いだ。もう、無闇に人や獣人を襲うなよ~」
『……確かに、承った。人や獣人に自ずから害さないことを、我が女神ミコに誓おう』
巨竜はそう言って、サムズアップした。
……何だこいつ? 俺はその言葉を飲み込んだ。
『では、吾輩は戻ろう。……いつでも、召喚すれば良い。では、さらば!』
「お、おう。じゃあ、またな」
親戚の叔父さんみたいなことを言った後に、
俺は、空へと羽ばたく自分の召喚獣を見て、思った。
――〈根源の巨竜〉さん。何故俺に魅了されちゃってんですか? と。




