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第二話 俺、生き返っちゃった。

 目を開けると、鮮やかな夕焼け空が目に入る。


 ここがどこか、分からない。記憶も曖昧だが、先程まで見ていた俺が殺されるという夢が、現実では無いことは理解した。

 なぜなら、俺は今こうして生きているのだから。


 つまり、だ。俺はまだ寝ぼけているのだろう。混濁する意識に身を沈めれば、きっと目覚めたら自室のベッドの上、なのだ。


 ならば寝よう、どうせ今日は土曜日だ。そう思い、瞳を閉じたままなんとなくおさまりの悪い股間に手を伸ばし、大事なところのポジションを安定させようとする。


 ……心臓が飛び跳ねる。微睡みに沈みそうだった意識が急速に覚醒する。

 

 何故か?


 ……あるはずのものが、男として何よりも大切な象徴が、

「な、なななな……な、ないぃぃぃい!?」

 俺は横たえていた体を起こし、またぐらを弄る。

 やはり、無い。俺はパニックになる頭を努めて冷静にさせる。

 

 服装を見ると、ボロい布切れ一枚を身に纏っていた。何故、とは思ったものの、今はそれよりも大切なことを確認しなければ。


 とりあえず布切れの下、生まれたままの状態の股間を目視する。

「マジでないやんけ」

 俺はショックのあまりこれまで用いたことのない関西訛りで呟いた。

 自分の口から出た言葉が、動揺のせいか非常に高い声が出ている。


 今度は、胸を揉む。

「あんまりないやんけ……」

 柔らかな感触を確かに感じる。

 しかし、俺の唯一の友人である肩空宗男君(身長165センチ体重98キロ)の胸に比べれば、そのボリュームは圧倒的に足りていない。


 ……そんなことより、一体俺の身に何が起こった、記憶を思い起こそうとしたときに、先程の夢だと思っていた出来事を思い返した。

 まさか、俺は本当に死んで、その後に女として生き返ったのか?


 確証はない。だから、一つでも確かな情報が欲しくて、周囲を見た。これまで自分の体の変化にばかり気を取られていたが、周囲の様子もおかしい。


 後方を振り返ると、周りを囲むのは鬱蒼と生い茂る木々。頭上を見ると、空の一部が木の枝によって隠れている。そして、足元には背の低い雑草が広がる。ただ、それだけではない。

 前方には、夕暮れに照らされて絢爛と輝く湖がある。

 その神秘的な景観に、ほうとため息を吐いた。


 ……で、なんで俺はこんなところにいるんだよ? 抱いた疑問に答えを示してくれる者はいない。

 とりあえず俺はその湖に駆け寄り、水面を覗き込む。


 水面に映るのは、いつも見慣れた自身の冴えない顔、ではなかった。


「なにこれ、きゃわわ~」


 思わず、感嘆の声が零れた。


 黒髪黒目の美少女が、驚いた表情でこちらを見ている。

 俺が彼女の愛くるしさに、驚きつつもニヘラと締まりのない笑顔を浮かべると、彼女も同様に笑顔を浮かべる。


 これはもしや、と思い喜怒哀楽の表情を浮かべていくと、彼女もまた同じように表情を変える。


 ふむ、間違いないだろう。


「やっべ、美少女になっちゃったよ」


 三周ほど回って冷静に状況を把握している俺は、湖面に映る自らのルックスを冷静に眺める。

 セミロングの黒髪は、白い肌にこの上なく映えている。絹の如くなめらかで指どおりが良く、いつまでも触っていたい。

 深い黒色の瞳の形は緩く垂れており、どこか眠そうな印象を受けるものの、柔らかな印象を与える。小振りな唇は朱を差していないにもかかわらず、鮮やかな紅色だ。


 しかし、どこかで見た顔だなと記憶を掘り返してみると、気付いた。

 夢か幻かと思っていたあの小汚い部屋での出来事。どことなく、神を名乗ったあのアホ女に似ているのだ。

 顔の造りは似ているものの、愛嬌があり、また人柄の良さが表情ににじみ出ているのは確実に俺のほうだ。つまり、俺の方が可愛い。


 俺は生まれ変わった自分の顔をうっとりと見つめる。

 どうしよう、可愛い。

 結婚したい。


「エヂアナマヤh。アタナオノコs」


 一心不乱に湖面に映った自分を眺めていると、不意にどこからか声がかけられた。湖から顔を上げて振り返ると、そこには腰に剣を帯びた、麻布の服を纏った金髪の女性がいた。


 彼女の用いる言葉は、語尾に特徴的なアクセントのある言葉だった。日本語ではなかったし、英語やアジア圏の言葉でもなさそうだった。

 これが噂のアメリカ語か、と身構えた。なんてったって金髪だし。

 学校のテストでは、英語の点数は常に赤点ギリギリ。外国語なんて、一つも話せないどころか、聞き取ることもできない。


 にもかかわらず、俺はその言葉の意味を理解していた。


『そこの貴方、はやまるな』

 彼女はそう言っていたのだ。


「アドトコンナn? ウラマヤh(はやまる? 何のことだ)」


 俺は自らが発した言葉に、驚く。知らないはずの言語を理解し、話すことさえできたのだから。


「一心不乱に湖の底を見つめていただろう? 私は貴女が入水でもするのかと思って声を掛けたのだが、どうやら杞憂のようだな」

 意識するまでもなく、彼女の言葉が理解できた。奇妙な気分ではあったが、彼女の用いる言葉で会話を続ける。


「あ、ああ。水が綺麗だな、って思って」

 俺は視線を泳がせる。まさか自分の可愛らしい容姿にメロメロになっていたなどとは言えない。


「それならば、良い。それにしても、どうして貴女はこんな危険地帯にいる?」


 彼女の問い掛けにうっ、と言葉に詰まる。

 ここに俺がいる理由。そんなもん、こっちが知りたい。

 だが、ありのままを告げるわけにもいかない。さてどうしたものかと不審がられるのを承知で考え込もうとした。


「いや、やはり話さなくても良い。あの野蛮な獣どもに連れ去られてしまったのだろう? だが、運よく機を見て逃げることができた、そんなところだろう」


 俺が質問に答えるまでもなく、女は納得した様子だった。

 何を勘違いしているのか、こちらから問いかけたかったが止めた。話がこじれても面倒だ。


 無反応なことを肯定と受け取ったのか、女はゆっくりとした足取りで近づいてきた。木陰から日の光を照らされることになり、彼女の黄金の髪の毛が一層輝いた。


「漆黒の髪と瞳……まさかこんなところで【神語り】に出遭えるとは。ああ、だからあなたは無事に獣どもの魔の手から逃れることができたのだろうな」


 女は俺の瞳をまっすぐに見据え、髪の毛をくしゃくしゃと優しくなでてくる。

 目線が合わない、軽く見上げなければならないことに驚く。俺の身長が160センチだから、この女性は170センチ半ばくらいか?

 いや、違う。彼女が大きいのではなく、俺の身長が縮んでいるのだろう。それは、そうか。

 どんな奇跡が俺の身に起きたのかは不明だが、何せまぎれもなく女になっているのだ。


 なんだかおかしくなって、口の端を釣り上げる。


「どうした、笑っているのか?」

「いいや、何でもないさ。ところで、その……【神語り】ってのは、何のことだ?」


 俺の言葉に、目の前の女は驚愕に目を見開いた。

「スキルのことを知らないのか? いや、まさか。そんなことが有るわけ……」

 スキルってなんだよ知らねーよ、と口にしそうになったが、なんとか踏みとどまる。彼女の様子を見ると、何ごとかと、不審がられたかもしれない。だから、取り繕うように早口で言った。


「いや、なんだか記憶の一部を忘れたみたいで、ここにいる理由も分からない位なんだ」

「ふむ、獣共から受けたショックが原因だろうな。ええと、貴女の名前は?」


「あ、な、名前な。ええと、思い出す。……、ミコ? ……うん、ミコだ!」

 俺は、妙な間を開けてしまったが、そう断言した。

「ミコ?」

「そ、そう。そうだ! 俺の名前はミコだ!」

「素敵な名前だな。ミコ。良かったら君を近くの町まで案内しよう。と言いたいところなんだけどね。今は日が沈みかかっているし、夜が明けてからの案内になると思うけどね」

 

 女はにっこりとほほ笑んできた。

 あっぶね、名前とか、そのまま言えるわけねえだろう。 

 神様と対話しちゃった美少女だから巫女からとってミコって名乗ったけど、特に不審がられてはいないな。

 この世界の言葉で「ミコ」がど下ネタの意味を持ってたらどうしようと無駄に焦ってしまったぜ。


「あ、あはは。ありがとう、よろしく頼む。ところで、君の名前は?」

「私か? ロゼ=……いや、ただのロゼだ。とりあえず、これから水浴びをしようと思っていたところなんだ。先に済ませても良いか?」

 ファミリーネームを言わないロゼ。何か複雑な事情がありそうだ。深く突っ込まないようにしておこう。

 例えば、今この場で衣服を脱ぎだしているのも、深い理由があるに違いない。

 

 ……って、え?


「ちょ、ちょっと待って! なんでここで服を脱ぐ?」

 俺の目の前で彼女は身に纏っていた麻布の服を脱ぐ。

 飾り気のない下着姿だが、それが尚更彼女自身の魅力を引き立てている。


 数秒間、驚きのあまりまじまじと見つめてしまったために、脳裏から彼女の下着姿が離れない。体が熱くなり、正気でいられない。


「なぜ、って。水浴びのためだ。なに、女同士なんだ、構わないだろう?」


 その言葉を聞いて、俺は呆けた。

 そうだ、今の俺は可愛い可愛いミコちゃん。

 女の子なんだ。

 女の子が女の子の裸を見るなんて不思議なことではない。


 よし、そうと決まれば……!


 俺は両の眼を見開き、彼女の生まれたばかりの姿を見た。

 女性らしく、肉付の良い体。しかし、鍛えているためだろう、ウエストはきゅっと細く、くびれている。引き締まっているところはきちんと細く、出ていてほしいところはボリュームたっぷりである。

 特に目を引くのは、ツンと上を向いた薄桃色の突起物。……エロ書物以外で見るのは、初めてかもしれない!


 夕暮れに照らされたその体は、神秘的な湖の中にあって、はっきりとした存在感を放っていた。

 まるで、ファンタジーの物語に出る魅力的な妖精のように、彼女は美しかった。


「……なぁ、じろじろと見すぎだぞ」

 俺の視線をうっとおしく思ったのか、ロゼの口調と視線は厳しい。

「女の子同士だから……良いよね?」

 いじらしく上目遣いで問いかける俺。

「……怖いやつだな。ミコは」

 自らの体を俺に見られないように、両腕できつく抱いたロゼ。


 困ったように向けられるその視線に、なんというかその、興奮しました!



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