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side 絶望

 今回と次回は主人公視点ではないため、いつもと雰囲気が違うと思います。

 でも、安心してください。

 ミコちゃんがクビになったわけではないので!

 ――〈イアナッコの森〉で行われたミコとフィノの会話から、時は少し遡る。



根源の巨竜オリジンドラゴン〉は、目の前にいる人間達を見下ろしていた。

 彼にとって人間とは、一様に弱く愚かで、取るに足らない存在である。

 男女の別なく、子供も老人も。

 そして、強者も弱者すらも。


〈根源の巨竜〉の前では、等しく無価値なのだ。


 ――だが、それでも。


『ほう……。人間の分際で今のを防いだか。面白い』

 竜は興味深そうに呟いた。

 その視線の先にいるのは、二人の少女だった。




「シーナ! ディアナ! 大丈夫か!?」

 団服に身を包む、金髪の美しい少女――ロゼが、二人の少女に問いかける。


「大丈夫、だけど……。次は、無理ね」

 肩を上下させ、青色の長髪を振り乱して呼吸を荒くするディアナ。


「……私も、みんなも。……しばらくは、動けない」

 額に大粒の汗をかいて告げるのは、召喚術士のシーナ。普段はおっとりとした様子で目を眠たげに細めているのだが、今回ばかりは苦しそうに目を見開いていた。

 みんな、というのは、彼女が使役する召喚獣のことだった。

 


 二人とも、尋常ならざる消耗を見せている。しかし、それも致し方ないことだろう。 


 巨竜は先程、この場にいる騎士、兵士、冒険者に向かって、〈火球〉――竜種の下級攻撃手段なのだが〈根源の巨竜〉レベルのもなると、7メータル級の〈竜の息吹ドラゴンブレス〉を遥かに上回る威力を持っていた。

 それを、ディアナが発動した高位の魔法障壁と、シーナと彼女が召喚した三体の聖獣による結界魔法により、防いでいたのだ。


  

 強大な攻撃を、広範囲カバーする魔法。しかも、たった二人で行ったものだ。

 それは、ロゼの想像する以上にMPを消費するものなのだろう。

 二人の表情を見れば、それが分かった。


「すまないな、二人とも……助かった」

 いつくしむように、ロゼは二人に微笑みを浮かべた。


「皆の物、聞け! これより、〈根源の巨竜〉討伐を行う! 隊列を組み、武器を持て!」


 強大な竜の力を目前にし、呆然自失としていた人間が、ロゼの言葉を聞いて我に返る。


 本当に、戦えるのか? 皆一様に浮かべる不安。

 しかし、この場から逃げ延びることも、不可能だろう。

 ――一度背を見せれば、〈火球〉により背を狙われ、たちまち消し炭と成り果てることだろう。


 その場にいた者たちは、武器を手に取り、竜に相対した。

 しかしそれは、積極的な姿勢ではなかった。

 それ以外に取りうる手段がないという消極的な考えからだった。



「ロゼの言う通りだ! 我ら王国騎士団はみな一騎当千の精鋭! たとえ伝説に謳われる〈根源の巨竜〉だとしても、勝てないことはない!」


 一人の男――この国境警備に係る部隊をまとめる、歴戦の勇士が声を掛ける。


 その声に反応し、気合を入れなおした戦士たち。

 

 そうだ、やってやれないことはない――。部隊長の言葉を聞いて、多くの戦士はそう思っていた。


 巨竜の四方を囲むように、すばやく布陣を敷いた。



 ある者は弓矢を構え、ある者は魔術媒介を手にし、またある者はスキルを発動させる。

 そして――。


「全軍、突撃!」


 指揮官が叫び声をあげる。

 各々が攻撃を開始する中、巨竜は一つ、大きなため息を吐いていた、


 それまで、火球を放って以後、行動を起こさずに、翼を羽ばたかせて滞空するのみの巨竜だったが、この時初めて動いたのだった。


『かくも愚かか、弱き者どもよ』


 巨竜の取った行動は、シンプルな物だった。

 地上に降り立ち自らの〈尾〉を振り回すこと。ただそれだけだった。


〈尾〉は木々をなぎ倒しながら地を這った。

 俊敏な動きに、ほとんどの者は防御を行う事すらできずに、ただその単純な破壊に巻き込まれたのだった。



「……嘘、だ」

 ロゼは呆然と呟く。

 

 巨竜の尾の一撃。

 圧倒的な重量で森の一部が均され、まるで草原のようになっている。

 たった一撃で、部隊は壊滅的な被害を受けていた。

 尾に反応し、攻撃を防いだ者、躱した者は全体の二割もいない。


 致命的な怪我を負い、地に伏している者が、数多くいる。

 中には、既に息絶えている者もいるかもしれない。


 ロゼはその惨状を見て、恐怖に足が竦んだ。


 ――まさしく、その時だった。


 圧倒的な力を見せつけた巨竜が、周囲に警戒の色を見せたのは。


『思ったよりも間引けたが……今度は新手か」


 逃げ出したくなるような絶望。だが、背を向けて走ったところで、逃げ切れる保証などどこにもない。

 しかし、巨竜の言葉に、未だ立つ人間は疑問を抱く。


 新手とは、何か? 

 その答えはすぐに現れることとなった。



「気付かれたか。だが構うな、やれっ!」


 無事だった森の中から、多くの影が飛び出してきた。

 

 その影は一目散に巨竜の元に向かい、それぞれが爪や牙・・・を硬い鱗に覆われた体表へと突き立てた。


 百を超える獣人族の攻撃に、巨竜はうっとおしそうに目を細めていた。



「あれは……」

 ロゼは突然の闖入者たちに目を向けた。

 巨竜の鱗に攻撃を加えるそれらは、人と似た姿をした、人ならざる者――獣人だった。


「なぜ、獣人族の者たちが、私たち人間を助けるんだ?」

 ロゼは、目の前の光景を見て呟いた。


「助けているわけじゃにゃい。ただ、ここで暴れられたらご先祖様たちに迷惑にゃ。だから、お前らと一時手を組んで、あれを追い返そうって事にゃ。――分かりやすい理由にゃ」

 疑問に答える声。それに、ロゼは振り返った。


 燃える炎のような赤髪。頭頂部には、ひょっこりと猫のような耳が立っている。

 獣人族の少女――フィノがそこには立っていた。


「なるほど……。助太刀、感謝する。これより先は一時休戦。協力してあの巨竜を追い払おう」

 

 ロゼは少女の言葉を瞬時に理解した。

 この森が獣人族にとって特別な意味を持っていることを知らない者など、国境警備を任されている者の中にはいない。


 ロゼは礼をフィノに告げてから、魔力を内で滾らせる。


「闇を切り裂く聖槍よ。我が祈りに呼応し、その姿顕現せよ」

〈神器召喚〉のスキルを発動したロゼ。

 手にするは光り輝く聖槍。満ちる力を感じ、フィノは目を見開いた。


「人間のくせに、中々良いものを持っているみたいだにゃ。……どうせ、連携にゃんて取れないだろうし、お前らもほとんど壊滅状態みたいにゃ。お互い、好きにやるにゃ」


 フィノはそう告げてから、その場で地を這うように低く構えた。

 ロゼも、同じく槍を構え、巨竜を見据える。

 その視線の先では既に、人間と獣人が共に巨竜に立ち向かっていた。


 獣人が素早く攻撃を加えて巨竜をかく乱している隙に、人間が魔法やスキルを発動して着々とダメージを与えている。

 そのダメージは微々たるものだが……いける、とロゼは感じた。


(10メータル級のドラゴンを斃した、私の持つ最上位スキルならば、巨竜にも通用するだろう。殺すことはできなくとも、手傷を負わせて退かせること位ならば……)


 絶望的な状況を打破しうる光明が差してきた。

 誰もがそう思っていた時だった。


「僕たちも、戦いに加わるとする……にゃっ!?」


 大地が揺れる。

 それは、巨竜の足踏み――そう、ただの足踏みとしか表現のできない行動によって起こされたものだった。

 攻撃の呼吸が乱れた。巨竜の前で立ち尽くす戦士たち。

 その隙は、致命的な物だった。


『うっとおしいぞ。弱き者どもよ』


 巨竜は一言つぶやくと、大地へ向かって〈火球〉を吐いた。


 7メータル級ドラゴンの〈竜の息吹〉を超える威力を秘めた炎の渦。

 シーナとディアナは、未だ戦線を離れたところで体を休ませており、防御魔法や結界を使うことができない状況だ。


 つまり、巨竜の足元にいた者は、無防備のままその攻撃を受けたのだった。


「あ……み、みんな……」


 フィノが呟く。

 巨竜の〈火球〉により、獣人族は炎に身を焼かれた。

 ……あれでは、生命力の強い獣人族といえども、ただでは済んでいないだろう。もちろん、この後も戦闘を継続できるものなど皆無だ。

「……済まない、みんな」

 それは、人間も同じだ。

 今、戦力として竜に立ち向かえるものは、ロゼとフィノの二人だけ。



 他の者は、巨竜から受けた攻撃により致命的な怪我を受けて行動不能になっているか……もしくは既にこと切れているか。


 今もまだ幸運にも生きているこの場にいる者は皆、既に覚悟を決めていた。



 足音を立てて近づいて来る死に対する覚悟を。


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