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第十七話 俺よりTUEEEE! 奴に会いに行くッ!

 どれくらいの時間、そうしていたのだろうか?


 遠くから大きな衝撃音が耳に届き、俺は俯かせた顔を上げ、その音のする方を見た。

 そこには、上空で力強く羽ばたく〈根源の巨竜オリジンドラゴン〉の姿が目に移った。


「あの方向は、ロゼたちの拠点……」

 そのことに気付いたとき、俺は自然と立ち上がった。

 だが……。


「俺が助けに行ったところで、あの巨竜の前じゃ死体が一つ増えるだけ、か」

 そう判断し、俺はその場で立ち尽くしていたのだが、すぐそばから物音が聞こえた。

 魔物か? そう思い、音のした方向を向くと……。


 獣人の群れが、木々の上を飛び跳ねながら移動しているところだった。


「な、何だってんだ、こりゃ?」

 俺が頭上を過ぎていく獣人たちを見送っていると、直ぐ隣に何者かが着地してきた。

 俺は驚き、そいつの顔を見る。


「何だ、だって!? それは、こっちの台詞にゃ」

 突如現れ、俺に声をかけてきたのは獣人の少女である、フィノだった。


 以前会った時に、交わした言葉を忘れたわけではないが、彼女の表情を見れば今ここで俺と戦う意志がないことは明白だった。

 だから俺は、何をそんなに焦っているのか問いかける。


「フィノ? 一体これはどういうことだ? 何を焦っているんだ?」

 俺の問い掛けに、フィノは暗い表情になって返答をした。

「お前、この間会った時とはずいぶんと違う雰囲気にゃ。……ひどい表情をしているにゃ。あの巨竜とあったのかにゃ?」


「……ああ。そうだ」

 俺は俯きながら、答えた。


「そうか。にゃら、にゃっとくにゃ。……もう僕は、今のお前と戦う理由はにゃし、これから戦うこともきっとにゃいだろうな」

 フィノは、目を細める。その表情を見れば、彼女が既に死すらも覚悟しているのが見て取れた。


「引き返して、出来るだけ遠くに逃げた方がいいにゃ」

 そう言い残し、フィノは踵を返した。


「ま、待てよ! お前ら、もしかしてあの巨竜のもとに向かうつもりか?」

 俺の言葉に、フィノは振り返らないまま答える。


「そうにゃ」

「なんでだよ!? お前らにとって、人間がいくら死のうが関係ないだろう? なのに、なんで助けるような真似をするんだよ?」


「人間を助けるわけじゃにゃい。僕たちが巨竜に立ち向かう理由があるにゃ。この森を荒らされるくらいにゃら、例え人間と協力してでも、巨竜と戦う道を選ぶ。それだけの事にゃ」

「……それだけって、なんだよ! お前らだって、あれがやばいことは分かってるだろう? 俺よりも弱いやつが、どれだけ束になろうが勝てるわけねぇだろうが!」

「……だとしても、僕たちは戦うのにゃ。指をくわえて、大切な森がめちゃくちゃにされるのは、見ていられにゃいのにゃ」

 フィノは、ここで初めて振り返った。

 その表情は、穏やかで、とてもこれから死地に向かおうとするものの表情には見えなかった。


「心配してくれて、ありがとうにゃ、ミコ。バイバイ」

 そう言い残し、フィノは跳んだ。

 彼女は、今度こそ先を行ってしまった。

「何なんだよ、くそ……!」


 フィノを見送ったあとも、俺の頭上の木々を跳んで行く獣人は多くいた、


 俺はその光景を見て、気付けば強く拳を握りしめていた。

 わけがわからなかった。なぜ、絶望的な状況に身をゆだねる? おかしい。ありえない。

 そう、はっきりと理解できる。奴らは、可笑しい。

 弱いのに、戦いに身をゆだねるその姿は、滑稽だと言えるだろう。


 ……だけど、

「どうして、俺はこんなにも苦しいんだ?」

 俺は、自らの胸に手を当てる。

 息苦しかった。


 これは、恐怖によるものだろうか?

 不安に支配されているせいか?


 分からない。

 今の俺には、自分自身のことすら分からなかった。


 かつて、現代日本で虐げられるしかなかったあのころよりも。

 

 今の方がずっと……苦しい。


 あの時は、俺は虐げられるのが当たり前だった。


 背は低く、非力。

 勇気を出して歯向かって見れば、あっけなく返り討ち。それが嫌で、俺は歯向かうことをやめて、いじめられることに甘んじていた。


 だけど、今は違うのだ。


 この世界の人間で、俺は多分一番強い。

 そう、今の俺は力を持っている。


 にもかかわらず、現世と同じように俺は逃げている。

 


 逃げ続けて、一度すべてをあきらめて死んで。


 だけど、幸運にも二度目の生と、誰にも負けない力が与えられた。


 なのに、やっていることは弱かったあの頃と何も変わらない。

 逃げ続けるだけの人生だ。


 ……そんな人生に、意味はあるのか?


 否。そのこと答えが否であることを、一度死んで、そして生き返った俺は知っている。


「ちくしょう……ちくしょう、ちくしょうっ!」

 俺は叫び、両手で頬を叩いた。


「あいつらは、馬鹿だ。弱いくせに、負けるのが分かっているのに戦おうとする愚か者どもだ! でも……俺はもっと馬鹿だ! 折角生き返って、のんびりチートライフを送れるだろうに、そうしないんだからな!」

 俺は、口端を皮肉に釣り上げる。

「こっちの世界で生き返って、俺はきっと初めて人のやさしさに触れた。それが、神から与えられた優れた〈容姿〉や、途方もなく優遇された〈スキル〉のおかげってことは、分かっている。もしも、チビで卑屈な俺のままここに来たとしたら、きっと今みたいな関係を、誰とも気づけていないだろう。……だけど、それでも……!」

 ロゼの、シーナの、ディアナの、メアリさんの、フィノの。

 そして、名も知らぬたくさんの人々の顔が、脳裏に浮かぶ。

「俺は、あいつらの笑顔をもう一度見たい。そんで、戦い終わったあいつらを、笑顔にしてあげたい!」



 いつだったか。

 俺が傷つき、泣いていたあの時。

 俺を救ってくれた人たちがいた。


 笑顔が素敵で、キラキラと光り輝く、偶像アイドル達のことだ。

 俺は、何故この世界に来たのだ?


 そう、願ったんじゃないか。

 誰かを、笑顔にしてあげたいのだと!


「俺は……アイドルになりたかったんだから!」


 動くなら、今しかない。

 そう思い、俺は一人叫び、そして、走り出す。

 

 もう迷いはない。


 たとえ勝ち目が薄くとも、死にに行くのと変わらない、自棄っぱちの行動だったとしても。


 

 俺はもう逃げるだけの人生と。

 誰かに与えられるだけの人生と。

 

 今日をもって決別することを決めたのだから。


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