第十五話 俺、ドラゴンと戦う。
俺は商業都市〈エエムンアビチ〉から、竜が潜伏していると予想される〈イアナッコの森〉へと移動していた。
現在行っているのは、7メータル級の竜の居場所の捜索だ。
10日ほどの捜索活動の結果分かったことがある。
ドラゴンが近隣の魔物を食い殺しているのは、置き去りにされた残骸からも明白だった。
しかし、一所に留まる様子は無い。
これは、どういうことか?
天敵のいないドラゴンならば、ぼけーっと森の奥で胡坐でもかいていればいればいいものを、忙しなく移動し続けているようだ。
獣人と人間の間に走る緊張を、敏感に感じ取っているのかもしれないな……、と俺は結論付ける。
もうすぐ、戦争が始まるかもしれない。
メアリさんから聞いた情報に、俺は頭を抱える。
現代日本で、平和に暮らしていた俺には、全く縁のなかった言葉。現実感がない、が。
ありえない話ではないのだろう。
ロゼたちの王国側は、今も警備を行っている。それは、いついかなる時でも獣人との戦闘になっても、いいようにだろう。
獣人側もそうだ。
戦いの前に、フィノのような斥候を放ち、人間側の戦力を調べようともしていた。
俺が気付いていないだけで、フラグは既に乱立していたのだろう。
「……ああ! わけ分かんねぇ!」
何故戦う必要があるのか?
この世界で生まれ育ったわけではない俺には、考えても分からない。
せっかく強大な力を持っていても、俺に何気出来るわけでもない。
考えれば考えるほど、苛立ちは募った。
俺は空を見上げる。
広く青い空。木々に阻まれ全貌が見渡せない其れは、電線が張り巡らされている現代日本の空を想起させた。
「飛んでみようか」
俺は、何となくそう思った。
膝を曲げて、足に力を籠める。
苛立ちを大地にぶつけるように、地を蹴って、空に跳んだ。
森を突き抜け、俺は自らに魔法をかける。
空中を浮遊し、何物にも縛られない自由に身をゆだねる。
「あ~。もう何も考えたくないなぁ」
俺はそのまま空中であおむけになり、しばし思考を停止した。
☆
しばらく、そのままでいた時、不意に獣の咆哮のような叫びが、耳に届いた。
眼下に広がる森に目を向けると、一角がやたらと騒がしかった。
もしや、そう思い空中を移動し、足元を見ると森を見てみると……いた。
「まさか、血眼になって探していた時には全く見つけられなかったのに、やる気なく空を漂っていただけの時に限って見つけられるとは。あれか。これが噂の物欲センサーってやつか」
俺は皮肉気に口元を歪める。
眼下には、実際に見るのは初めてのドラゴンがいた。
ドラゴンは周囲にいるオークやトロール、獣型の魔獣が次々に食い散らかされていく。
「……憂さ晴らしには、丁度いいタイミングだ」
俺は空中から、弾丸の如き速さで、下降する。
数秒の後には、地面に着地。目前には、ドラゴンがいた。
ドラゴンは、珍客に面食らっているのか、少しの間動きを見せなかった。
俺はドラゴンの姿を見る。
体長は、7メータル程か。全身を鱗が覆っている。背中には折りたたまれた翼、口元に光る鋭く長い牙。
血に濡れた爪先に、尾は赤黒く汚れていた。
破壊を体現した悪魔。
俺はドラゴンを見て、そう思った。
「なぁ、ドラゴン。悪いけど、俺の相手をしてもらうぜ」
俺は宣言し、ドラゴンの懐へと駆け寄った。
ドラゴンは、俺の動きを目で追っていた。真っ直ぐに突っ込んでくる俺に即座に反応をして見せた。
刃のように鋭い爪が、俺に向かって振り下ろされる。
「〈神器召喚〉」
俺の言葉に呼応するように、一振りの刀が空中に現れる。
それを握り、ドラゴンの爪を受ける。
バルバロスの一撃を超える重量が全身を襲う。
流石は最強の種。その膂力は7メータル級でも、S級冒険者を凌ぐものだった。
だが……。
「まだ、軽いっての!」
俺を押し込むドラゴンの爪を、俺は力任せに振り払う。
体勢を崩したドラゴンの腕を、俺は一太刀で切り落とした。
噴水のように、腕の切断面から血が噴き出した。
ウヴォォォオ!
地鳴りのようなドラゴンの叫び。痛みのあまり、怯んでいるようだ、俺はもう一歩ドラゴンに詰め寄り、刀を振るう。
しかし、ドラゴンの肉体に俺の刀は届かす、空を切った。
風の奔流が体を打った。何事か、と思うが、すぐに気が付いた。
ドラゴンが翼を大きく広げ、空を飛んでいるのだ。
木々を飛び越え、翼をはためかせるドラゴンは、尚も叫び続けている。
「見下ろしてくれるなよ」
俺は口内で呟き、地を蹴って跳んだ。
一直線に、ドラゴンへと向かうものの、相手も痛みに呻くだけではなかった。
大きく空気を……いや、あれは大気を漂う魔力を吸い込んでいるのか。
ドラゴンの体内に、魔力が満ちる。それが、口内へと集中し、エネルギーが迸った。
瞬間、圧倒的なエネルギーに満ちた、破壊の渦が放たれた。
「や、っべ」
目の前を光が覆う。この一撃の直撃は、避けるべきだと〈第六感〉が告げていた。
俺は目の前に魔法によって見えない壁を創りだす。
空中で身を翻し、壁に着地。すぐさま、壁を蹴って地上へと戻る。
大地に降り立ち、刀を構えなおす。エネルギーの奔流は、壁によって阻まれてはいるが、その壁も長くは持たないだろう。
深く息を吸い込み、瞳を閉じる。そして、強固なイメージをする。
すべてを切り伏せる、最強の一刀。
瞼を開けると――魔法で創造した壁が、とうとう破壊の渦に巻き込まれて砕けちったところだった。
そして、そのエネルギーの渦は、地にいる俺へと向かっている。
目前に光が迫るが、慌てることは無い。すでに、イメージは出来ている。
「消えろぉっ!」
俺は叫び、握る刀を振り下ろした。
ぶつかる刃と破壊の渦。質量を有するそのエネルギー。体に襲い掛かる負荷。しかし、関係のないことだ。
すべてを切り裂くイメージ。それが揺るぐことは……ない!
「おらぁ!」
斬った。
その手応えは、確かなものだった。
破壊の渦は、一刀に切り伏せられて消滅した。
今も空を飛ぶドラゴンは、その結果に動揺しているように見えた。
翼を羽ばたかせている以外に、動きが全く見られない。
「……これが、スキル〈竜の息吹〉か。神すら扱えない、竜族専用のスキル。他の追随を許さない攻撃力、まじで、半端ねぇな。だけど……」
俺はもう一度イメージする。
ドラゴンの頭上に展開される魔法陣。
気付いたのか、ドラゴンは背後を振り返るが、もう遅い。
「これで、終わりだ」
途端に、動きが遅くなる翼。
ゆっくりとだが、確実に高度は落ちていっている。
「俺の方が、すげぇ」
俺が発動したのは、重力を操る魔法だ。
自重の何倍もの重みをその体に受けているドラゴンは、懸命に翼を動かし、重力に抗っている。
しかし、墜ちるのは時間の問題だろう。
ドラゴンは苦しげな叫びをあげている。
……7メータル級のドラゴン、か。
たしかに、〈竜の息吹〉のスキルは恐ろしいが、それでも俺には届かなかったか。
運動したことで、少しは気分もすっきりとした。今日はこの後にギルドに戻って、メアリさんに報告をしよう。
そして、彼女に俺が何か人間と獣人の間でできないか、相談してみよう。
よし、そうと決まれば、このドラゴンを縛り上げ……。
「え?」
思考を切り上げ、頭上のドラゴンを見た俺は、信じられない光景を目にし、呆然と呟いた。
翼を喰いちぎられ、断末魔の絶叫を上げつつ力なく落下するドラゴン。
だが、俺の目を奪ったのは、その7メータル級のドラゴンではなかった。
「おい……嘘、だろ?」
空を覆う、紅く巨大な翼を広げた化物。それは、先程のドラゴンが赤子に見えるほどの巨躯を誇っていた。
凶暴なまでの質量。圧倒的な魔力。人智を超えた生命力。
それらが詰め込まれているのは、神すら害すると言われている、化物だった。
「まさか……〈根源の巨竜〉!?」
俺の目の前には、絶望が翼を広げて佇んでいた。
 




