第十二話 俺、モフモフチュッチュしちゃった。
「俺はどこにでもいる普通の男子高校生。他の人とちょっとだけ違うのは、頭のおかしいサイコな女神に挽肉にされて殺されちゃったってことくらい! そんな俺は女神の気まぐれによって異世界でアイドルになるため生き返った! しかも、女の子になって。そんな俺がこの世界で初め出会ったのは、とても綺麗な女騎士。彼女によると、この世界にはいわゆる獣耳娘がいるんだって! そうと決まれば、会うっきゃない! そうして出会った猫耳娘は、どうしてかこちらに対して敵意がむき出し。ふえぇ、これから俺、どうなっちゃうのー?」
「ふ、ふにゃにゃ!? 何を言ってるにゃ、お前? ……え、喧嘩を売っているのかにゃ、この人畜生!」
目の前の少女が、鋭い八重歯を……というよりも、牙をむき出しにして唸り声を上げる。
その眼には敵意が宿っており、今すぐにでもこちらに飛びかかってきそうな様子だ。
「ま、待て待て。俺はここにいる理由を説明しろ、と言われたから言う通りにしただけだ。喧嘩なんて、売っていない」
俺の言葉に、少女は一瞬ポカンと気の抜けた表情になった。何か変なことを言ったかな? と思ったが、その数秒後にはまた敵意むき出しの視線をこちらに向けてきた。
「敵意がにゃいのに、国境を越えて、森のこちら側に足を踏み入れる人間がいるわけがないにゃ。おおかた、戦が始まる前に偵察にきたのだろう? お前のようにゃか弱いおんにゃならば、万が一見つかっても今のような言い訳ができると考えて!」
「違う違う! 俺はその、獣人に会ったことがないんだ。だから、会ってみたいと思っただけで。ボーっとしてたらいつの間にかこっち側まで来てただけなんだ」
て、言うかいつの間に俺は国境超えたんだ?
警備隊の皆さん、もっとしっかりしてくれよ、ざる過ぎじゃね?
俺の言葉に、また毒気が抜かれたような表情になる猫耳の少女。
今度こそ、誤解は解けただろうか?
「……話くらいは、聞いてやる。お前、〈神語り〉だにゃ? にゃまえは?」
どうやら無条件に俺のことを信じたわけではないが、話くらいは出来そうだった。未だ警戒心を剥きだしにしたままの少女に、俺は答えた。
「俺の名前はミコ。君は?」
「僕は……フィノ」
少女は躊躇いがちではあったものの、自らの名前を言った。
俺は、フィノと名乗る少女を改めてみる。 肩口までの長さの、燃えるように赤い髪の毛。
まるで黄金を嵌めこんだように輝く金色の瞳。俺よりも少しだけ高い目線。猫のようにしなやかで、華奢な体つき。
飾り気のない皮のジャケットを着ており、下はハーフパンツを履いており、足元はブーツ。
大きくてクリっとした眼は愛嬌があって可愛らしいし、獣人族特有だろう、頭頂部にある猫耳と、お尻のあたりから垂れ下がる尻尾に目を奪われる。
「フィノ、か。良い名前だ。それに、僕っ娘っていうのもポイントが高い」
「お、お前だって自分のことを俺って言ってるくせに!」
俺の言葉に、フィノは言い返す。言われてみればそうだな、と今頃になって思うものの、今更言い直そうとは思わない。
「それはおいて、滅茶苦茶いいなぁ、その耳。ああ、触ってもいいかな?」
「……お前は、この耳に触りたいのか?」
「もちろんだ、そんなに気持ちのよさそうな猫耳、触りたくなるに決まっているだろう! モフモフ、させてくれっ!」
その返答に、フィノは初めて笑った。華が咲いたような可憐な笑顔であり、一瞬見惚れてしまう。
「お前は人間のくせに変にゃ奴だ。僕が言った人畜生って言葉にも反応を示さなかったし、僕のことをきちんと名前で呼んでいる。他の人間とは何だか違うにゃ」
「ん、それになんか意味があるのか?」
俺は彼女の言葉の意味がいまいち分からなくて尋ねた。
異世界の言葉を理解はしているものの、たまにこちらの世界でしか通用しない単語や、言葉に含まれた意味があるようだが、それまでを理解することはできないからだ。
「……人畜生というのは、人間に対する別称で、こう呼ばれたら大なり小なり人間は感情の揺さぶりを見せるにゃ。お前ほど冷静でいられる人間は、僕はこれまでにお前以外見たことがにゃい。そして、ほとんどの人間は僕達獣人族をとある蔑称で呼ぶ。それを用いていたら、僕はお前を殺していたにゃ。自分の無知に感謝することだにゃ」
呆れた表情で彼女は説明をした。
「そ、そうだったのか。俺、訳あって記憶の一部が欠落していてな。教えてくれて、ありがとよ」
驚きに目を見開くフィノ。なんかこの世界特有のタブーに触れてしまったのだろうか?「獣人に感謝する人間。僕はこれまで、見たことも聞いたこともない。お前、人間にしては、良いやつにゃ」
フィノの口調は優しかった。先程までの警戒心も今はなさそうだった。
「じゃあ、耳を触らせてくれるか!?」
「それとこれとは話は別にゃ」
胸の前で、両手でバツしるしを作るフィノ。その表情は険しい。
「えー、ケチくさいことを言うなよ!」
「駄目にゃものは駄目! 耳としっぽは敏感なのにゃ。お前みたいにゃ素人が易々と触れてはいけにゃいの!」
かたくなに拒絶の意思を見せるフィノ。
「わかったよ、耳をモフモフするのは次の機会にとっておく」
「なんだかしつこいやつだにゃ。それで、結局お前はウラミナ国に何の用だったのかにゃ? 実際、僕じゃなければお前、絶対に殺されていたにゃ」
「……それって、今もし他の誰かに見つかれば、殺されちゃうってことか?」
「その可能性はあるにゃ。ただ、この辺りの見回りは、今暫くは誰も来ないと思う」
フィノが視線をきょろきょろとさせながら、そういった。
なんだか少し不安そうなのは、気のせいだろうか?
「そうか。なんつうか、知りたかったんだ。どうしてここまで、互いに敵意を持っているのかを。実際にこの目で獣人を見てから判断をしたいと思ったんだ」
フィノは目つきを鋭くさせた。
「ほう、それはつまり、今の人間の有り方に疑問を持っている、という事かにゃ?」
「そういう事に、なるのかなぁ」
俺の呟きに、フィノは破顔した。そして、「にゃっはっは! それならば、僕が人間の残酷さと卑怯っぷりを説明するにゃ。そして、獣人族の勇敢さと屈強さを教える。そうして僕らの味方として教育し、人間のスパイとしてお前をあちら側へ送り込むのにゃ!」
「それやったら、人間のことを卑怯と言えないぞ」「
「ん、むぅ……。それもそうにゃ。じゃ、やーめた。お前、頭いいのにゃ!」
フィノは俺の言葉を素直に受け入れ、笑った。その笑顔は穢れを知らず、純粋だった。
可愛くていとおしくて、抱きしめたくなった。
「そーキューと!」
というか気付けば抱きしめていた。あと、思いっきり耳をモフモフチュッチュしておく。
ふわふわとした手触りに思わずなごんでしまう。
「ふ、ふにゃぁ。お前、素人のくせに中々……って! 何をどさくさに紛れて触っているにゃ! 次の機会に取っておくんじゃにゃかったのか? うぅ、離れるにゃぁ!」
結構強い力で、俺の体は突き放される。そのまま力づくで抑え込み、チューをすることも不可能ではなかったが、それではただのレイプだ。
俺は紳士的にフィノをモフモフちゅっちゅしたい。だから、名残惜しいがフィノから大人しく離れる。
「……変態」
フィノは自らの体を抱きしめながら俺に冷たい視線を投げかけて、言った。
健康的な猫耳美少女にそんな視線を向けられて、俺の心のちんぽは固くなる。
「へ、へへ。そうかもしれないな」
「な、なんでちょっと誇らしげにゃんだにゃ?」
鼻の頭を指先で掻きつつ答えた俺に、フィノが驚愕の声を上げた。
「まぁ、それはいいにゃ。ただ、そろそろ帰った方が良いにゃ。危ないにゃ」
フィノに、俺は問いかける。
「なんでだ?」
「最近森にドラゴンが出没するみたいなんだにゃ。上手く人間側だけに被害を出してもらえれば良いんだけどにゃぁ」
しみじみと呟くフィノに、俺はそのドラゴンのことをもうちょっと詳しく聞こうかと考えて――やめた。
無いとは思うが、もしも獣人サイドでドラゴンを信仰の対象とかにしていたら、厄介だと判断したのだ。
「そっか。じゃ、そろそろここらへんで去るとするよ。……また、会いにくる」
「……ま、他に人気がなければ、あって話してやらんこともないにゃ」
プイっと、顔を背けてフィノが言った。もしかしたら、照れているのかもしれない。
「あ、ここで僕たちがあったことは、誰にも言ってはいけないにゃ。一応、国同士は互いのことを良く思っていないのに、その所属する者が仲良しこよしをしていたのがばれたら、ちょっと危険かもしれにゃいにゃ」
「二人だけの、秘密だな」
フィノのいう事には、一理ある。だから俺は、悪戯っぽく笑って答えた。
「そうだにゃ……。それじゃ、僕はもう戻るにゃ。それじゃ」
そう言って、フィノは跳躍する。
軽々と数メートル飛び上がり、木々の間を飛び渡って移動していった。
その身体能力は、確かに人間よりもずっと優れた者なのだろう。……別に、地上を移動すればよくね? なんていうのは、野暮っていうものなのだろう。
俺も、ここから移動しなければ。
いつの間に迷い込んだのかは分からないが、俺は国境を越えて獣人サイドの土地に足を踏み入れている。
今獣人に見つかったら、まずいことになるのだろう。
とりあえず、俺は大きく跳躍する。
森全体を一望できる位置まで飛び上がり、その頂点で俺は魔法を使って浮遊する足場を作成。その足場に立ったまま、俺はギルドカードにクエストの詳細を表示させた。
内容を確認すると、大まかに言ってイアナッコの森の東側が人間側。西側が獣人側の領土という事になっている。そして、国境沿いには金属製の柵が立っていることになっているのことが分かった。
いつ柵を超えたのか、全く記憶にないのだが……俺ぐらいの高ステータスだと、ボーっと歩いて策を吹っ飛ばすことがあるのかもしれない。気を付けなければ。
とりあえず、東側を見てその策がどこにあるのか探すのだが、一向に見つからない。
おや、これはおかしいな、と思い、西側を見てから俺はあることに気付いた。国境沿いに建てられた、金属製の高い柵が見えた。つまり……。
「……フィノめぇ」
俺は、少しばかり恨みがましく呟いていた。
「国境を越えていたのは、俺じゃなくてフィノじゃねぇか!」




