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第一話 俺、殺されちゃった。

 初投稿です。読者様に楽しんでもらえたら良いなと思っています。

 よろしくお願いします!

 俺はこれまで生きていて、心の底から〈楽しい〉と思えたことがなかった。


 家庭では教育熱心な母親にスパルタな勉強を強要され、放任主義な父親は我関せず。学校では、いじりと言うにはいささかキツイ扱いを男女問わずに受け続けていた。

 ストレスレスな生活から縁遠い日常を送っていたため、俺の身長は早い段階で成長をやめ、身長が低いことでさらにいじられ、そしてまたストレスを抱え込む、という負のスパイラルが完成していた。


 果たして、この17年の人生の内に、俺は一体何度自然な笑顔を浮かべることができていたのだろうか? 思い返してみると、大好きなアイドルのライブに行った日と、唯一の友人である肩空宗男君(身長165センチ体重98キロ)の豊満な胸の脂肪を揉みしだいていた、あの時位だったのではないかと記憶している。


 そんな、つまらない人生を。 何の目的もない人生を過ごしていたからだろう。


「初めまして、少年」


 妙齢の美女が、残酷な微笑みを湛えて目の前にいて。


「今からお主を殺すが、異論はないな?」

 その美女が禍々しい狂気を宿した何かを持っていて。


「特に、ないけど」


 何て、答えてしまったのは。


 

 俺の意識は、妙齢の美女が見惚れるほどの微笑みを浮かべた後に、途切れることとなる。





「……と、いうわけで。いやはやすまんかったのう。勘違いじゃった」


 生前、俺が最後に見た女がそう言ってはにかんだ笑顔を浮かべた。

 鈍痛が響く頭を抱えながら、目の前にいる女の爺言葉を整理する。


 今いる、アラサー独身男の部屋みたいな小汚い六畳間があの世であり、【神の間】であるらしい。そして、この部屋の主である女は、いわゆる【神様】である、と。そしてこれまでの人生で一切のスピリチュアル経験をしてこなかった俺は、つい先ほどこの神様を自称するアホに、殺されてしまった。しかも、勘違いで。そういう事だった。


「いや、ふざけんなよ」


 妙齢の美女である目の前の神に向かって俺は苛立ちをぶつけた。こんな状況でなければ彼女の美しさに緊張の一つでもしていただろうが、そんな感情は今の俺にはない。それはもう、欠片も。


「まさか、この状況ですでに自らの死を受け入れておるとは。『は、マジ意味分かんねぇんすけど、チョベリバなんすけど~』と、ナウなヤングらしく言われるものと思っておったのだが。いやはや、流石は悟り世代と言ったところかの」


 どこからツッコめば良いか分からない俺は、無視をすることを余儀なくされた。


「思い出したくもねぇ。あんな恐ろしい真似をしやがって。あんなことをされちゃ、生きているわけないのはアホでも分かるわ! くっそ、忌々しい」


 俺は自分の受けた仕打ちを思い出し、自らの震える体を両腕で抱く。生前受けた最後にして最大の衝撃。あの禍々しい狂気を秘めた何かに意識を刈り取られる少し前に見たあれは、脳裏に焼き付いている。

 あんなことをされて生きている人間なんていないのは明白。むしろ、自分がこうしてちゃんと死ねていることに、ホッとしてさえいる。


「うむ、聡明な子じゃ」

「じゃなくて、お前はなんであんな非人道的な殺害方法を実行したの? サイコなの?」

「久しぶりに人間をブチ殺すことになったからのう、気合が入っちゃって」

 テヘ、と神は舌を出してから自らの頭を拳でコツンと叩いた。

 本当にむかついた。


「……とりあえず聞いてやる。結局お前は何の神様なんだ? 死神か貧乏神か、はたまた厄病神か」

「何、って言われてものう。ある時は八百万の神々の一柱。ある時は唯一絶対の神。そしてまたある時はバスケの神、といったところじゃな」

「冗談言うなよ」

「ジョーダンだけに、の」


 満足げな表情を見せる神。

 プツン、と何かが切れる音が頭の中で鳴った。


「ふ、ざけるな! お前、どうしてくれるんだ? 俺は勘違いで殺された。生きながらに地獄を味わい、死してなお自称神のアホな女に馬鹿にされる。どんな罰ゲームだ!」

「そう怒るでない。儂も悪いと思っておるって~。ほれ、じゃからこうしてわざわざお主の魂をこの【神の間】に呼び出し、謝罪しておるじゃろ? マジメンゴじゃよ!」


 神は神妙な表情をして胸の前で十字を切る。そして「アーメン」と呟いた。


「なーんでお前が神に祈ってんの? お前が神なんじゃねぇの? お前が祈られるんじゃねぇの? 何でそこぶれちゃったの?」


 そもそもこんな不潔な部屋が【神の間】であってたまるか、むしろ死後の世界に失望した、もうちっとマシな場所を用意出来なかったのか? 俺は心中に沸き立った、疑問や怒りを言葉にし続ける。


 最初の内は「まぁ落ち着くのじゃ」などとあいまいに笑みを浮かべるだけだった神だったが、俺の愚痴が一向に止まらないことに表情を顰めはじめ、四十七個目の不満を言い終わったときに、とうとう我慢が出来ないといった様子で叫んだ。


「あー、もう! なんなんじゃ! 儂だって悪いと思って謝ったのに、なんで許してくれないんじゃ? どうしたらお主は満足なんじゃ? 言ってみぃ、ほれ? 儂、神様じゃから家事全般以外なら大抵のことはできるぞ」


 家事すらできない神に何ができるんだ、と怒鳴りたくなったが、そもそも神様が炊事・洗濯・掃除等々を完璧にしていたら、威厳も何もないな。

 そう思い至り、俺は一度深呼吸をして心を落ち着かせる。そうしてから思案した。俺が何を望んでいるのかを。


「……儂、懐が広いからの。三つまでなら何でもいう事を聞こう」


 三つまで! もしも本当に三つも願い事を聞いてくれるのだとしたら。そうだな、お願いすることもまた変わってくる。俺はウキウキを抑えきれず、一つ目の願い事を口にした。


「俺の自室にある大量のエッチな本と、PC内のデータを全て消去してくれ!」


 俺の持ってるエッチな本は、ちょっとどころでなく偏りがある。あれを他人には絶対に知られたくない。

 それと、PCの中には俺が中学生の頃から執筆していた「高潔無垢の処女厨(ヴァージンロード)」が眠っている。

 心残りは、確かにある。200万文字も綴っておいたものを消去するのはもったいないと思う。

 もしかしたらデータが流出し、それを面白いと感じた出版社から書籍化の声がかかるかも! と今この時も妄想してはいるのだが……。

 だが、現実問題あれが両親にばれてしまい、息子の遺作だから……と目を通されてしまったら。

 

 死んでも死に切れないとは、まさにこのことだろう。

 

「そ、そうか……まあ、任せろ。それくらいお安い御用じゃ」

 視線を不自然に泳がせてから、神は指をパチンと鳴らした。


「これで、大丈夫じゃ。お主の持っていたエロ本とPC内のデータは、全て処分しておいた」

「ありがとう、助かったぜ」

 俺はサムズアップして答えた。


「それで、二つ目はどうしようかのう?」


 神は、自らの美しい髪の毛をクルクルと指先で弄りながら聞いてきた。

 その仕草が何だか色っぽく、俺はゴクリと喉を鳴らす。 

 ……そういえば俺、童貞だったんだよな。


「決まったぜ、二つ目のお願いが!」

「おお、なんじゃ?」

 興味深そうに神は聞いてくる。

「お前とセックスをさせてくれ!」

 俺は神を指さして言った。


 こんな美人、生きている内は見たことなかった。この豊満なボディを、もうすぐ俺の好き放題に出来るのだ、と意識すると、俺は思わず前屈みになる。


「あ、ごめんそれは無理……マジで勘弁」


 神は真顔で答えた。


「何でだよ! 何でもするって言っただろう!? それに、爺言葉はどうした?」

「セックスと、家事全般が出来ないの間違いじゃった、てへ!」

 女は無表情のまま、舌を出して頭を拳でコツンと叩いた。


「さて、とうとう次で最後の願い事じゃな」

「あれ、さっきのも願い事にカウントされてるの!?」

 とんでもない神だった。


 だがしかし、向こうに叶えてくれる気がないならここで駄々をこねても仕方が無い。

 それに、最後の願い事を叶えてもらえれば、セックスなんて余裕でやりまくれるだろうしな。


「最後の願いだ! 生き返って、超絶美形な最強のアイドルに俺は! なりたい!」

 俺の言葉に、神は口をポカンと開いた。

「……わ、儂の聞き間違いかの? アイドルになりたいって今言ったかの?」

「違う!」

「良かった、安心したわい。儂の頭がおかしくなってしまったかと思っての……」

「俺が成りたいのは超絶美形な最強のアイドルだ!」


 そう、生前の俺の唯一と言って良い趣味。それは女性アイドルのおっかけだった。

 彼女達は、こんな俺にも笑顔を向けてくれる、天使のような存在だった。自分の笑顔で、他人を笑顔にする。そんな、尊い職業がアイドルなのだ。

 だから俺は、生き返って美形のアイドルになって、俺と同じように暗い青春を送る人たちを笑顔にしたい。


 そして追っかけのギャルとセックスがしたい!


「……おかしくなったのはお主の方じゃったか。だが、面白い。実に面白いの。よりにもよって、【偶像】になりたいとは」


 だが、俺の熱の篭った声に対する女の声は、暗く冷いのに、そしてどこか弾んだものだった。 

 

 なにか意味深な表情を浮かべてはいるが、でもそんなの関係ねぇ! 重要なのは、俺が生き返ってアイドルになれるかどうかという、一点のみ!


「で? できんの? できないの? どっち!?」

「出来る」

「出来るの!?」


 あっけらかんと神は言う。思いの外軽いその一言に戸惑う。


「それじゃ、次に目を覚ました時、お主は理想の自分になっているはずじゃ」


 神は俺の額に、白魚のように細くましろな指を突き立てた。


「あ、おい」


 いきなり何をする、と言おうと思ったのだが声が出ない。そればかりか、意識が遠のき、徐々に脳裏に空白が生まれる。


「良き旅路にならんことを」


 神の声が耳に届いた。俺の意識が空白に呑み込まれる前の、最後の記憶だった。

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