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【5】真龍宮

 外に出れば、強い空間の歪みの気配。

 その方向に兄様がいる気がして、東雲の馬に乗ってそちらへと向かう。


「この方向ってさ、王宮だよね」

 東雲しののめが呟く。それは私も気づいていた。

 王宮にたどり着けばその一角に強い結界が張られて、退鬼士達が中に入ろうと必死になっていた。


「これ、一体どういう状況?」

「ボリス殿が真龍宮しんりゅうぐうを占拠し、私達を追い出したのですよ!」

 東雲が声をかければ、ありえないというように退鬼士の一人が訴えてくる。


 王宮の一角にある真龍宮は、主に祭事の時に使われる。

 かつて龍神様がこの地で休んだときに使った宮で、神聖な場所だ。

 普段は選び抜かれた退鬼士達が中で加持祈祷かじきとうを行い、国の平和を願っている。

 ここを占拠するということは、かなりの大罪と言っていい。


 退鬼士達が真龍宮に向かって術を放つ。しかし、宮を包む結界はびくともせず、逆に退鬼士達の放った術を跳ね返してきた。

「厄介な結界が張られてるみたいだね」

 つかつかと東雲は結界へと歩いて行く。

 退鬼士達がその肩を掴んだ。


「我らでも歯が立たないんだ。お前達でどうにかできるわけがないだろう」

 真龍宮から追い出された退鬼士は、国でも指折りの実力者達で、私達はまだ退鬼士になって一年目。彼らが止めるのも当然だった。

 しかし東雲はそれを無視し、私の手を引いて悠然と歩いて行く。


 東雲が取り出したのはいつも愛用してる黒い小刀だった。

「物理攻撃もすでに試した。やめておけ、火炎を食らうぞ」

 術には術を返し、物理攻撃には炎を返してくるんだと、退鬼士達が忠告してきた。

 東雲は聞こえているはずなのに、愛用の黒い小刀を結界につきたてる。

 まるで桃を切り分けるときのようにすーっと刀を滑らせ、刀の腹で人が通れるようにたゆんだ結界の端を脇に寄せた。


「ほら、いくよ」

「う、うん……」

 東雲に導かれるまま、中に入る。

 振り向けば結界が閉じたのが見えた。向こう側には呆然としている先輩退鬼士達。


「東雲、その刀って」

「先祖代々伝わる、龍神様手作りの小刀。普段は桃切ったり、魚さばいたり……時々鬼を切るのに使ったりしてるんだけどね。実は結界も切れるんだ」

 結界を切れるのがついでであるかのように東雲は言うけれど、絶対にそれは間違っていると思う。


 小刀は結界を無理に破壊するわけではなく、継ぎ目を解くかのように切り裂いた。しかも通り抜けた後は元通りだ。

 そんなことができる刀なんて聞いたことがないし、きっと結界を張った者も私達の侵入に気づいてないだろう。

 退鬼士なら誰もが欲しがる刀で、桃を剥いたり魚をさばいたり……私の相棒はやっぱり変人だと、改めて思った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 兄様が暴れたせいか、真龍宮の中は荒れていた。

 破壊の跡を辿っていけば、地下へと辿りつく。

 開けっ放しの重厚な扉を三度ほどくぐり、細い階段を下へ下へと降りて行けば、兄様の声が聞こえてきた。


 階段の先にある部屋に、どうやら兄様がいるようだ。

 のぞき込めば兄様の見慣れた後ろ姿に、赤紫色の蝙蝠こうもりのような翼が生えていた。

 頭にはくるりとした羊のような角。

 爬虫類を思わせるような鱗に覆われた尻尾まである。


 兄様は、本当に人間ではなかったんだ……!

 目の前に突きつけられても、どこか信じられない自分がいた。

 兄様の隣には、黒い翼と尻尾をした大柄な男の人がいて。

 部屋の中心にある台座へと、手をかざしている。


「どう、オーガスト兄さん?」

「これは相当ガタがきてるな。たぶん後二年くらいで、空間が壊れて中の魔物共がいっきに外に出てくるだろうよ」

 尋ねたボリス兄様に、オーガスト兄さんと呼ばれた男の人が答える。

 どうやら黒い翼を持つ男の人は、ボリス兄様の兄みたいだ。


「どうにかできたりしないかな?」

「これは特殊な作りの異空間だ。術者本人と切り離されてるから、自然に空間が修復することもない。本人でないオレがどうにかしようと思えば、この空間をさらに大きな空間で包み込むしか方法がないな」

 甘えるような声で兄様が言えば、オーガストさんが淡々とそんなことを言う。

 東雲の言ったとおり、兄様は鬼の世界へと繋がる扉を塞ごうとしているようだった。


「じゃ、それよろしく!」

「簡単に言うな。この異空間はこの国と同じ面積があるんだ。それを包んで、中のものを外に出さず百年持たせるためには、短く見積もっても三年は必要だ」

 オーガストさんの言葉に、兄様がえぇーっと声を上げる。


「さすがに三年も真龍宮に立てこもるなんて無理だよ! 他に方法はないの!?」

「幸い……と言っていいのかもよく分からないが、この空間を作り出したのは父さんみたいだな。本人に力を注いでもらえばすぐだ」

「えーっ、嫌だよ! 父さんに頼み事なんて、後で何を要求されるかわかんないし、怖い」


 どうにかしてよと、ボリス兄様がオーガストさんを見上げる。

 うるうるとした兄様の瞳。

 兄様はおねだりが得意で、ああやって上目使いされると、しかたないですねと私は何でもやってあげたくなってしまう。

 けれど兄様の兄であるオーガストさんは違うようで、自分で頼めとはねつけた。


「イクシス兄さんが頼んだらやってくれる癖に。オーガスト兄さんが優しいのって、イクシス兄さんにだけだよね」

「わざわざ来てやっただけでありがたいと思え。大体な、オレ達は将来の妹になるかもしれない女ができたって、お前がいうから見に来たんだ。もったいぶってないで、さっさと会わせろ」

 愚痴をいう兄様の頭をオーガストさんが小突く。

 乱暴だなと思ったけれど、兄様は気にした様子もない。男兄弟ってこんな感じなのかなとそんなことを思った。


「あーうん、そのつもりだったんだけどね……」

「何だ歯切れが悪いな。振られたのか」

「やだなぁ、オーガスト兄さんと一緒にしないでよ」

「……あぁ?」

 ははっと冗談めかして兄様が笑えば、オーガストさんがギロリと睨む。

 その迫力といったらなくて、思わず私も身を縮めた。


「ご、ごめん兄さん気にしてるのに……また振られたんだね?」

「分かってるなら話題にするな」

 慌てて兄様が謝れば、オーガストさんが不機嫌なまま続きを促してくる。

 オーガストさんは目つきが鋭い。

 もしかしたらそれが原因で振られたんだろうか……なんて邪推してしまう。


 兄様は俯いたまま、何も言おうとはしなかった。

 しっぽもしゅんと垂れ下がって、悲しそうで。

 すぐにでも兄様を抱きしめてあげたい気持ちに駆られて、前のめりになれば。

 もう少し様子を見ようと、東雲が服の袖を引いてくる。

 

「……人間じゃないってバレて、嫌われるのが怖くなったんだ。それに兄妹のように接してきたから、男だって思われてなくて。だから逆鱗渡して、さよならしてきた」

 兄様の言葉に、オーガストさんが大きく溜息を吐いた。


「好かれてはいるんだろ? なら大丈夫かもしれないじゃないか。父さんのように無理矢理花嫁にして、既成事実を作ればいい」

「そんなことシーナにできないよ! 軽蔑されたくない。シーナに嫌われるくらいなら、手放したほうがましなんだ!」

 さらりとオーガストさんが凄いことを言えば、兄様が叫ぶ。

 その勢いにオーガストさんが目を見開いた。


「……お前でもつがい相手なら、そんなふうに懸命になるんだな。というか、相手を諦めるのに逆鱗を渡してよかったのか? あれがないともう花嫁を貰うことはできないぞ?」

「シーナ以外はいらない」

 静かに確認してくるオーガストさんに、兄様は強い言葉で答える。

 いつだって余裕たっぷりの兄様が、苦しげで切羽詰まったような顔をしていた。


 そんなに好きでいてくれたんだと、愛されていると強く感じる。

 兄様に強く求められてる。

 そのことに胸の奥がむずむずとして。

 くすぐったい心地になるのが止められない。

 

 兄様のことが好き。

 それは今までと変わらないはずなのに、何かが違う気がしてくる。

 急に降って湧いた気持ちのようで、ずっと昔からひっそりと息づいていたような気もする――不思議な感情。


 焼け付くように苦しくて、甘ったるい。

 どうしていいのかわからなくて、もてあます。


「お前……狂うぞ? これと決めた番いを失えば……どうなるか知らないわけじゃないだろ」

「シーナは人間であることにこだわりを持ってるんだよ? そんなシーナに人間であることを捨てさせて。兄のように思ってくれてるのに、竜にするために無理矢理……儀式なんてしたら完全に軽蔑される。好きな人に恨まれながら一緒にいたって、お互いに苦しいだけでしょ?」

 眉をひそめて心持ち心配そうな声を出したオーガストさんに、兄様は無理に笑った顔で答える。

 これ以上傷ついた様子の兄様を見ていられなくて、一歩を踏み出した。


「兄様!」

「……シーナ? 何でここに?」

 大きな声を出せば、兄様の瞳に私が映る。

 歩み寄れば、兄様は一歩後ろへと下がった。

 顔を歪ませて、角を押さえて。

 怖がるように私から距離を取ろうとする。


「あ、や……違うんだよシーナ、これはその……」

 見ないでくれというように、兄様は泣きそうな顔をしていた。

「逃げないでください兄様。例え兄様が何者でも、嫌いになったりなんかしません。そんなことで兄様を嫌いになれるわけがないじゃないですか!」

 動きが止まった兄様の手を取って引き寄せる。

 ぎゅっと抱きしめれば、兄様の体が私の腕の中に収まった。


 十八歳の私と十六歳にしか見えない兄様の身長は、そう変わらない。

 私の頬と兄様の頬がふれあう。


「どこにもいかないでください。兄様の側にいたくて、兄様にふさわしい人になれるように努力してきたのに……兄様がいなくなったら私は……」

 どうしたらいいかわからない。

 独りだった私に手をさしのべてくれたのは兄様だ。

 いつだって手を引いて、側にいてくれた。

 寂しかった私に、欲しかったものを兄様はくれた。


「兄様がくるのを、ずっと、ずっと待ってたんです。長い間独りにしてごめんねって言ったくせに……また私を独りにするつもりだったんですか……?」

 責めるような声には、いつの間にか嗚咽が混じっていて。

 体を離して睨めば、兄様は弱り切った顔をしていた。


「えっとそれは……」

「私が人間だって口癖のようにいうから、言い出し辛かったっていうのは東雲から聞きました。でもあれはただ、皆から仲間ハズレのように扱われるのが嫌だっただけです。兄様とおそろいなら、この赤い髪も瞳も誇らしいし、竜にだってなります」

 迷いなく、はっきりと口にする。

 呆然としたままの兄様の手を取って、くいっと手前に引く。

 頬に唇を押し当てれば、兄様は目を白黒とさせた。


「し、シーナ!?」

「私の好きが、兄様の好きと一緒かは……正直まだ自信がないです。でも、世界で一番兄様が好きです。この先も私の一番は兄様だって、断言できます。ずっとずっと、一緒にいたいんです!」

 口にすれば、いつまでも一緒だと、兄様は側にいるものだと当たり前のように思っていたことに気づかされる。

 不変だと思い込んでいたことが揺らいで、自分の中にあった独占欲をはっきりと自覚した。


「……いいの? 僕の花嫁になって、くれるの?」

「兄様が……望んでくれるのなら」

 躊躇いがちに、でも期待するように尋ねる兄様に頷く。


「竜になったらもう人間に戻れないし……永い時を生きることになるんだよ?」

「兄様と一緒なら平気です。人間でなくなること以上に、兄様が側にいないことのほうが怖いです。兄様は、私を独りにはしないですよね?」

 微笑めば、兄様もまた微笑み返してくれる。


「うん。もう、独りにはしない。愛してるよ、シーナ。これから先も、ずっと離したりなんかしない。今更嫌だって言っても……遅いからね?」

「そんなこというわけないじゃないですか! 私は兄様のことが大好きなんですから!」

 勢いよく抱きつけば、兄様がそれを受け止めてくれる。


「シーナ、好きだよ」

 耳元で囁かれれば、蕩けるような心地になる。

 ちゅ、と兄様の唇が私の唇に触れて、それを受け入れた。

 少し深くなぞるような口づけ。

 胸の近くには兄様の手。

 きっと心臓の高鳴りはバレてしまっていた。


「顔赤い。意識してくれてるんだ? 兄としてしか見られてないと思ってた」

「えっとこれは、その……」

 ふふっと艶っぽく兄様が笑う。

 これは思ったよりも早く、シーナを竜にできそうだね、なんて言いながら。


「ね、兄様じゃなくてボリスって呼んで?」

 可愛らしく小首を傾げられておねだりされれば、私が嫌といえないのを兄様はよくしっていた。


「……ボリス」

「ふふっ、いいなぁ。兄様って呼ばれるのも好きだけど、シーナに名前呼ばれるの嬉しい。ね、もっと呼んでよ……」

 うっとりとした声でそう言って、兄様が口づけをしてくる。

 口をふさがれてしまったら、名前を呼ぶことなんてできないのに。


「……つまりはすれ違いだったってことか」

「そういうことになりますね。両想いだったのは明らかだったんで、連れてきたんですけど。いい加減、人がいることも思い出して欲しいかなと」

 その口づけは、オーガストさんと東雲の呆れた声が横から聞こえるまで続いた。

単品で読むならR15じゃないとは思うのですが、「本編前悪役」を読んで竜化の儀式の内容を知ってると割とアレだな!と気づいたので、R15タグを追加することにしました。ご了承ください。

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