表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

【4】兄様の正体

東雲しののめ、私をここから出して!」

「それはダメ。お兄さんとの約束だからね。諦めて僕と結婚したら?」

 目覚めた私は、東雲の部屋にいた。

 厳重に警備され、特殊な結界を施された部屋で監禁されている。


「兄様との約束って何」

「シーナを守ること」

 話にならない。どうして東雲なんかに守られなきゃいけないのか。

 術を紡ぎ、それを扉に向けて放つ。

 部屋どころか屋敷を破壊するつもりでやったのに、部屋を覆う黒いもやのようなものに吸い込まれて消えた。


「無駄だよ。東雲の一族が霊力の吸収に長けてるのは、シーナも知ってるはずだ。桃でも食べて落ち着けば?」

 東雲は愛用の黒い小刀で桃を剥き、のんきにそんなことを言う。

 余裕の態度に腹が立つ。


 この黒いもやのようなものは、東雲の得意技だ。

 触れれば霊力を吸われ、気力さえも奪われ、その場にうずくまってしまうことを私は嫌というほど知っていた。

 それが分かっているから、戸を開けて部屋を飛び出すこともできない。


 歯がゆい思いをぶつけるように東雲を睨めば、小刀で刺した桃を口の中に押し込まれた。

 鬼を切ったりする刀で桃を剥くなと文句を言いたいところだけれど、桃は文句なしに甘くて美味しかった。


「暴れるよりも、どうしてお兄さんがシーナを僕に預けたのかちゃんと考えたほうがいいと思うよ」

 思い出すのは直前の口づけと、妹だなんて思ってないという言葉。

 思い出せば体が熱くなるようで。

 兄妹というには行き過ぎてるのに、嫌じゃなかったと思ってしまう自分に戸惑う。


「あれ、なんで赤くなってるの?」

「……ほっといてください」

 もう今日は寝ようと決めて、二枚並べられている敷き布団のうち一枚を遠くへ引き離す。


「言っとくけど、その敷き布団準備したの僕じゃないからね? 別にシーナに対して、全く下心はないから。中身はともかく、体つきが女の子らしいわけじゃないしね」

「いちいちそういうこと言わないでください!」

 東雲は思ったことをそのまま口に出すから困る。

 他の人相手なら腹芸もしてみせる癖に、私に対してだけはそれをしようとはしなかった。


 膝を抱えて寝転がったら、背中にぬくもりを感じた。

 東雲が少し体重を預けるようにして、側に座ってくる。

「はぁ……バカだよね、シーナは。そんなところで泣いて何になるの? お兄さんがシーナを僕に預けてしようとしてることを、ちゃんと考えなよ。手がかりはいっぱいあげたよね?」


 考えろと、東雲は言う。

 意地悪で性格が悪くて、少し人としてどうかと思うところのある東雲だけれど。

 いつだって、私が不利になるようなことはしなかった。


 兄様が、鬼として疑われていると東雲は言っていた。

 自分と結婚すれば、私だけでも守ってやれると結婚を迫ってきた。

 

「東雲は、私と結婚したいわけじゃないはずです」

「別に結婚してもいいかなってところだね。シーナのことは割と気に入ってるし、いなくなるのは惜しいって思う」

 わかりきっていることを確認すれば、東雲はあっさりとそう口にする。

 結婚という人生の一大事も、東雲にかかればただの手段だ。

 自分の目的のために必要だと思えば何でもするし、必要ないと判断すれば誰が何と言おうとしない。そういう奴だ。


 つまり、今東雲は。

 私を守るために、この結婚が必要だと判断してるってことだ。

「兄様を鬼だと判断して……国が動き出したんですね?」

 毛布から抜け出して、東雲に向き直ればふっと笑いかけてくる。そうこなくっちゃというように。


「残念、ハズレ。それは王様がまだ止めてくれてるよ。敵はお兄さんを捕まえるために罠を張り巡らしている状態だ。そもそもお兄さんは、自分が鬼だと疑われていることを知っている」

 私に言うよりも先に、東雲は直接兄様に教えていたらしい。


「それ、教えて大丈夫なことなんですか?」

 機密情報なのに、私や本人にいってもいいのか。

 心配になって尋ねれば、東雲は肩をすくめた。


「僕が言わなくてもお兄さんは分かってたと思うけどね。それに情報っていうのは、自分に有利になるように使うため存在するんだよ。お兄さんが捕まるとシーナにも、鬼の疑いがかかる。シーナが鬼だと判断されれば、僕は優秀な相棒を失うことになる。つまり僕が困るからね」

 それは一大事だろ?と、真顔で東雲は言い放つ。

 唯我独尊ゆいがどくそん天上天下てんじょうてんげ

 それを素で行く東雲に聞いたのが間違いだった。


「いい加減気づいたらどうかな。お兄さんは本当に人間じゃないんだよ、シーナ。だから疑いがシーナにかからないよう、僕のところに預けていった。そして今から何かをしでかす気でいる」

 察しが悪いねと、東雲が言う。


「兄様が人間じゃない……?」

「この前、雷電双華らいでんそうかが呼び出された事件、狙われてたのはシーナだったんだ。お兄さんが本性を現すよう、仕向けられてたんだよ」

 兄様は角を生やし、翼で空を飛んで雷電双華を仕留めたらしい。

 あの日私は夕飯の買い物中だった。家々を踏み潰せるほど巨大な双頭の鳥が、頭上を横切って。

 見上げた瞬間、目が合ってぞくりとしたのを覚えている。

 雷電双華は横から叩きつけられた炎に包まれ、悶えながら私の視界からは消えたけれど。


「そういう術だって言ってごまかしてたらしいけど、それがお兄さんの本来の姿なんじゃないかな。多分なりふり構ってられなかったんだと思う」

 東雲によれば、王様が兄様を庇ってくれているのだけど、それさえも反感を買う理由になっているらしい。

 どうやら、雷電双華が呼び出された件さえも、兄様の仕業にされそうだとのことだった。


「王に取り入るための自作自演ってことで話が進んでるんだ。お兄さんは嵌められたんだよ」

「そんなの、おかしい!」

 僕に言われても困るよと、東雲は肩をすくめた。 


「シーナのお兄さんは、これから鬼の世界へ繋がる扉を封印し直すつもりだって言ってた。これから先、シーナが安心してこの国で暮らしていけるように。そんなこと、普通の人間にはできない。それができるのは龍神様だけだ」

 昔この国には鬼が溢れかえっていて。

 それを扉の向こうに封じて、人が住めるようにしてくれたのが龍神様だ。

 伝説上の存在だとばかり思っていた。


「鬼だって疑いは晴れるとは思うけど、お兄さんが人間じゃないって皆気づく。お兄さんは、そのまま姿を消すつもりでいるんだと思う。だから、君を僕に預けていった」

 淡々と、東雲は口にする。


 兄様が私の前からいなくなる。

 そう考えるだけで足下がぐらついて、闇の中に一人取り残されたような気持ちになる。


 幼い頃に戻ったようで、それは違う。

 心の中にできた兄様の居場所が大きすぎて、空白に押しつぶされそうだ。

 何も持たなくて、手を伸ばして焦がれる苦しさよりも。

 一度得てしまったものを失うことのほうが、胸が裂かれそうなほどに……痛く苦しい。


「何で……どうして、私も一緒に連れてってくれないの……? 兄様が龍神様だって、何だって……そんなのどうだっていいのに」

 ここで言ったところで、兄様には届かない。

 わかっていたけれど止められなかった。


「僕はその理由、予想がついてるけど。聞きたい?」

 いつもの皮肉っぽい冷笑を浮かべて、東雲が尋ねてくる。


「……聞きたい」

「龍神は男しか生まれなくて、人間の女を花嫁にするんだ。番いと決めた相手に逆鱗げきりんという鱗を与えて、同じ龍にして花嫁に迎える」

 つっと東雲は、私の胸元に下がる鱗の首飾りを指さした。


「シーナが持ってるそれが逆鱗だよ」

「やけに……詳しいですね」

「まぁね。僕の先祖が龍神様と友人だったみたいで、日記や手紙が残されてるんだ。結構面白いよ? この国の人達から祭り上げられてる龍神様だけど、僕の先祖には頭があがらなかったみたいだ」

 くくっと東雲が楽しそうに笑う。


 この東雲の先祖だ。

 きっと、物凄く性格が悪くて、龍神様も振り回されたんだろう。

 会ったこともない龍神様に、深く同情する。


「まぁそれはともかく。お兄さんは、シーナのことが妹としてじゃなくて、逆鱗を渡すような意味で好きだってことだよ」

「でも……兄様は何も言ってくれなかった」

 口にしてから、そうじゃないと気づく。


 兄様は私のことを――好きだといつも言ってくれていた。

 ただ私がそれを、兄妹としての感情だと思っていただけだ。


「花嫁にするには、シーナを龍にする必要がある。断られると思ったんじゃないかな。シーナは、お兄さんの気持ちに気づいてなかったみたいだし、自分は人間だって口癖のように言ってたから」

「あっ……」


 赤鬼シーナ。

 この赤い髪と目のせいで、幼い頃からからかわれていた。

 ――自分は鬼じゃない、人間だ。

 だから、意地になってムキになって。

 いつも口癖のように言っていた。


 兄様が龍神様だとしたら、私のこの発言をどう思っただろうか。

 自分が拒絶されたように感じたかもしれない。

 

「それでシーナはどうしたい? 僕は君の相棒だからね。どんな無茶にでもつきあう義務がある」

 しゃべり疲れたよといいながら、東雲は立ち上がり私の選択を待っている。

 その瞳は今から悪戯を仕掛けにいく悪ガキのように楽しそうだ。


「私は兄様についていく。兄様が私を突き放したって……絶対に諦めたりしない」

「了解」

 きっぱりと言い切れば、東雲は部屋を覆っていた結界を解いて不敵に笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ