表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

【1】兄様

「やーい鬼子、赤鬼シーナ!」

「ちがう! 私は鬼なんかじゃない!」

 からかってくる男の子たちに声を荒げる。


 これはいつものこと。

 黒や茶の髪や目の色をしているのが当たり前のこの国で、私は異質な見た目をしていた。

 肌は彼らより少し白く、赤い目に赤い髪。

 みんな私を赤鬼なんて言って、バカにする。


「嘘つけよ。鬼だから鬼の場所が誰よりも早くわかるんだろ!」

「名家の出でもないくせに。生意気なんだよ」

 口ぐちに彼らが、私を小突く。


 この国には鬼と呼ばれる化け物が出る。

 私や彼らは、それを退治し国を守る退鬼士たいきしの見習いだ。

 退鬼士は国の役人の一つで、高給取りでもある。

 才能を見込まれた子供や、家が退鬼士を生業としている子供たちが、この塾には集まってきていた。


「兄様、兄様……助けて……」

 好きでこんな色合いの髪や目をしているわけじゃない。

 どこにも行くところがないから、ここにいるだけだ。

 

 兄様が、迎えに来るまで。

 迎えにきてくれるまでの辛抱だから。

 そう自分に言い聞かせる。


 父も母も私にはいない。

 物心ついた時、私はすでに一人で。

 退鬼士になるのに必要な霊力が高いからと、この塾に引き取られていた。


 でも、私には兄様がいる。

 両親が亡くなって後、私とは別々に引き取られた、顔も知らない兄様が。

 いつかかならず一緒に暮らそう。

 一度だけ兄様がくれた手紙には、そう書いてあった。

 

「お前に兄なんているわけないだろ。拾われっこのくせに」

「鬼に家族はいないだろ」

 男の子たちは口ぐちにそう言って、しゃがみこんだ私を囲みこむ。


「私は鬼じゃない! 父様も母様もいないけど、兄様は本当にいるんだよ! 手紙だってくれた! いつか必ず迎えに来てくれる!」

 いつもおまもり代わりにしている手紙を取り出して、見せつける。

 けれど、男の子達は私を嘲笑った。


「お前まだそれ信じてたのかよ。それさ、俺たちの悪戯いたずらだって」

 騙されてるのに、可哀想な奴だと男の子達がバカにする。

 男の子達はいつだって意地悪で……嫌なことばかり言う。


「違う! これは本物だよ!」

「偽物だよ。その証拠にお前の兄ちゃん、一度でも会いにきたか?」

「遠くの国にいるから会いに来れないって書いてあるもの!」

「だ・か・ら、それはお前をからかうための嘘だったんだって。大体さ、遠くの国から手紙を送ってるのに、消印がないのはおかしいだろ。気づいてるくせに、見ないふりすんなよ」

 付き合ってられないと、男の子たちはわざとらしく肩をすくめる。


「本当に兄様はいるもん……」

 唇をかみしめる。

 誰も信じてくれなくても、たとえ消印がなくても。

 兄様は――きっといる。

 いるんだと、心の中で何度も繰り返す。


 そうじゃないと、私は一人ぼっちだ。

 それを認めるのが怖くて、暗闇の中に立ち尽くしてるみたいで。

 ぎゅっと自分の体を抱きしめる。


 男の子達は全員名家の子で。

 年下で女の私に、成績で負けてるからおもしろくないだけだ。

 だからこんなひどいことを言う。

 気にしちゃダメだと、自分に言い聞かせる。


 泣いたら、兄様がいないって認めたみたいだ。

 だから、泣いちゃダメだ。

 けど喉の奥から塊がせり上げてくるようで――。



「君たち、何やってるの?」

 ふいに声がした。

 軽やかな声は、男の人のものだった。


 ざっと砂利を踏みつける音がして、影が私の上にかかる。

 うつむいていた顔をあげれば、男の人が私を庇うように立っていた。


「女を苛めるなんて、男のすることじゃないよね。目障りだから、さっさと消えてくれないかなぁ?」

 男の人の髪は、薄っすらと紫の混じる赤い色。

 思わず目を奪われる。


「おい、あいつシーナと髪の色が似てるぞ!」

「なんだよ本当に兄貴がいたのか!?」

「いやそんなはずは!」

 男の子達が焦りだす。

 その様子を、ただ唖然と私は見ていた。


「あれ? 聞こえなかった? ボク……去れって言ったよね?」

 柔らかなのに冷やかに響く声には、どこか迫力があって、男の子達がびびって逃げていく。 


 助かったことより、男の人のことが気になってしかたがなかった。

 どうして、わたしと似た髪色をしてるのか。

 なんで、助けてくれたのか。

 もしかして……私の兄様じゃないのか。

 聞きたいことがいっぱいあるのに、声にならない。


「ほら、泣かないの」

 振り返ってしゃがんだ男の人と目が合う。

 その瞳の色までも、私と似ていて。

 戸惑う私なんて気にすることもなく、しかたないなぁというように、優しく立たせてくれる。


「あのね、少し前から見てたんだけど、あの子たち相手にするほど付け上がるタイプだよ? 泣いたら喜ばれるだけだから、あれくらい適当にあしらわなきゃ」

 少し叱るような口調でそう言って、袖の端で私の涙を拭ってくれる。


 そんなふうに気遣われたのは――初めてで。

 気づけば涙が、溢れていた。


「相当な泣き虫だね。あいつらの雰囲気からして、いつものことって感じがしたんだけど……そうやって泣いてばかりいるの?」

 呆れたような口調の男の人に、ふるふると首を横に振る。

 兄様かもしれない男の人に、弱い妹だと幻滅されたくなかった。


「これは違う……兄様が迎えに、きてくれたのが、嬉しくて」

 ぐっと男の人の服を掴んで、見上げる。

 異国風の服は変わった形状をしていて、詰襟で裾がひらひらとしていた。


「ずっと、ずっと一人で、待ってた。兄様が迎えにきてくれるのを、ずっと待ってたの。その髪と目の色……私の兄様なんでしょう?」

「兄様って……ボクのこと?」

 勇気を振り絞って尋ねれば、男の人は驚いた顔になった。

 

 この人は……私の兄様じゃないんだ。

 何も知らないその様子に、悲しくなって俯く。


「ふっ……えっぐ……」

 一度期待してしまったから、余計に苦しくなって。

 勝手に嗚咽が漏れてくる。

 

「なるほどね……そんなに寂しかったんだ? ごめんね、長い間一人にして」 

 優しい声と共に、頭を撫でられた。

 見上げれば細められた赤い瞳と目が合う。


「どうしてそんな情けない顔してるの、シーナ? ボクのこと、待っててくれたんだよね?」

 にこっと男の人が微笑む。


「どうして……私の名前……」

「それくらい考えたらわかるでしょ?」

 思わずぞくりとするような妖艶な笑みを浮かべて、男の人がなぞなぞのように、逆に問いかけてくる。


「私の、兄様……なの?」

 戸惑う私の頬を、男の人の指がなぞる。

「うん、その兄様っていうの、いいね」

 うっとりとしたようすで、男の人は満足げに口にした。


「ボクね、ずっとそうやって呼ばれたかったんだ。でも――絶対それは叶わないって、諦めてた。こんなところで妹が見つかるなんて、思いもしなかったよ」

 とても嬉しそうな声を出して、男の人が抱きしめてくる。


「……兄様」

「なぁに、シーナ?」

 甘さを含んだ声で、男の人が答えてくれる。


「……っ。兄様、ずっと待ってた。会いたかった……会いたかったの!」

「うん、ボクも会いたかったよ」

 胸の奥が震えて、その肩に顔をうずめる。

 背中を優しくさすられるたびに、口から嗚咽が漏れて止まらなかった。


「ねぇ、シーナ。兄様によく顔を見せて?」

 涙でぐちゃぐちゃな顔を見られるのは嫌だったけれど、私も兄様の顔をちゃんと見たかった。

 だから素直に従う。

 兄様はとても整った、甘い顔立ちをしていた。


「くりくりした目が可愛い。顔立ちはあまりボクと似てないね」

 確かに兄様のいうとおりだ。

 顔の系統がまるで違う。

 それに兄様の髪も瞳もよく見れば、赤というよりも赤紫と言ったほうがいい色合いだった。


「兄様は……」

 ――本当に、私の兄様?

 確認しようとしてやめる。

 違うと、否定されるのが怖かった。


「でもこの真っ赤な瞳は父さんに、髪は母さんの色にそっくりだ」

 面白いなぁというように、兄様は笑う。

 肩まである私の髪を指先で弄ぶ。


「父さんと、母さん……?」

「あぁ、そうだよ。ボクたちの両親。ちなみにちゃんと生きてるからね? 兄弟もいっぱいいるよ。シーナ以外は、全員男だけど」

 くすくすと兄様は楽しそうだ。


「あの、兄様……」

「ん? どうしたの、シーナ?」

 おずおずと話しかければ、兄様が首を傾げる。


「兄様の……名前は?」

「ボク、名乗ってなかったっけ?」

 首を横に振る。

 手紙にさえ、兄様は名前を書いていてくれなかった。


「ボクの名前は、ボリスだよ。よろしくね、ボクの可愛い妹ちゃん!」

 自己紹介して、ぎゅっと兄様が私を抱きしめる。

 その日から、私は兄様と一緒に暮らすことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ