闘う男
笑って見逃してください。
汗がじりじりと地に落ち、地べたに染み込む。汗はすぐさま乾燥し、蒸気へと化す。
そこには男を残して、ただ一つの仇しか存在しない。周囲は徐々に暗くなりつつあり、男の視界も暗闇に支配されつつある。
それでも眼前に立つ「敵」からは目を逸らすことなく、じっと神経を指先まで尖らせている。
斬るか、斬られるか。生き残るか、死ぬか。
男にとって最大の正念場が、今ここで始まろうとしていた。
「あのーお客さん、もう閉店時間五分前なんで帰ってもらって良いですかね?」
「うるさいっっっっっっ!!!!男の勝負に口出しすんじゃねえぃっっっっ!!!!!」
アルパカ人形わんさかのクレーンゲームとの戦争は、閉店時間、男の財布と共に終焉の時を迎えようとしていた。
「お客さん、私どもとしましてもぬいぐるみを近付ける位のサービスならばいくらでも」
「くどいっっっっ!!!男の勝負に他言無用!!!よらば斬るっっっことは出来ないから殴るっっっっっ!!!!」
男は店員に怒鳴りつけ、遂に最後の百円を投入した。
ここで負けたが最後。帰りの電車賃も無い。仕事もない。友達もいない。彼女もいない。帰ってくれば母親の「今日もハローワークダメだったの?」の一言。
それでも、クレーンゲームの前だけは。自分は一人の侍になれる。そう信じて三ヶ月、ろくに家にも帰らずにあちこちのクレーンゲームで武者修行を重ねた。
そうして電車賃まではたいてやってきたこの土地で、何も収穫が無いとなればもはや切腹する他ない。
後には引けぬ。もう後には引けぬのだ。
「いくぞっっっっアルパカぁぁぁあ!!!!ラスト・ウォーだぁぁぁぁあああ!!!!」
一分後、男は文字通り無一文になった。
「クソぉぉぉお!!何故だぁぁぁぁ!!!」
男は八つ当たりでクレーンゲームを揺らし、窓ガラスを貧弱な拳で殴る。のはちょっと痛いから平手打ちを続ける。
「ちょっとなにやってんですかあんた!!八つ当たりやめてください!!」
「おかしいんじゃねえのかよぉこの台はよぉ!!なんでこんだけやって一個も取れねえんだよぉ!!!仕組んでんだろうよぉ!!」
「だから近付けるサービス位するって言ってんでしょ!!!」
完全に八つ当たりであった。
「もうアルパカなんて必要ねえよぉぉおお!!!この店ぶっ壊してよぉ、俺も死んで
やらぁぁぁぁあああああああああ」
次の瞬間、後ろから現れた店長の関節技によって男は気を失った。
アルパカにも店長にも負けた男であった。
笑って見逃してもらえましたでしょうか。