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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
99/145

心の中

 白い輪を潜った先には、荒れ果てた平原があった。

 草木は一切見当たらず、生命の気配が感じられない砂塵が吹き荒れる大地。エクスたちはそんな場所で呆然と立ち尽くしている。


「どういうことだ。ここはライトの意識内じゃないのか? 装備はそのままだし、えらく殺風景なんだが」


 エクスは日頃身に着けている鎧が失われずに装着されていることを確かめ、訝しんではいるが少し安心しているようだ。


「武器や防具もそのままなのか。心の世界と言う割には物の存在感が現実と変わらないね」


 ロジックは自分の背丈と同じ長さの杖で、地面を叩き感触を確かめているようだ。


「この感じ、永遠の迷宮やメイスの中の鍛錬室に近いような」


「うんうん、確かにそうね。それにこれが心象風景というのなら、ライトちゃんの心はこんなにも寂しくすさんでいるって事になるのね……」


 ミミカは周囲を見渡し何かないかと目を凝らしているが、何も見つからないようだ。

 キャサリンはこの風景を見て、悲しげに俯くと大地に手を触れた。

 日頃と全く変わらないように見える土塊は、ここに来てから小さく楽器を鳴らし続け、この世界でも普通に音楽を奏でられるのか調べているようだ。


「取り敢えずは、深層意識とやらに着いたみたいだが。この後どうすんだ?」


 エクスの最もな疑問に誰も答えることができず、五人は黙って見つめ合っている。

 周囲は四方に地平線が見えるほどの何もない大地。

 大きな岩や、枯れ木のようなものは存在するようだが、目につくような建造物や山などは何処にもなく、適当に進むにしても何を目標にしていいのか、それすらもわからないでいる。


「しゃーねーな。この剣を立てて、倒れた方向に進むか」


 エクスが馬鹿な提案をしてきたが、正直誰も打開策が思いつかなかったので、それでもいいかと思い始めていた。


『皆さま、お待ちくださいませ』


 静かで落ち着いた声が突如、彼らの耳に届き慌てて振り向いた先には――メイドの格好をした女性が穏やかに微笑んでいる。


「メ、メイド長ぅ!? 貴方、死んだはずじゃ!」


「それに、何でライト君の心の中に!」


 死んだ筈のメイド長が彼らの目の前にいる。驚愕して取り乱した声を上げるミミカと、ロジック。

メイド長の姿は半透明で後ろの景色が透けて見え、その姿はまるで死者の街にいた人の様だった。


『皆さま、ご存じの通り私は死んでおります。ここにいる私は、メイド長が死ぬ間際に『神触』を使い、ライト様へ送り込んだ心。外で転がっているのはただの抜け殻です。私の全ては今ここにあります』


 光の神に乗っ取られたライトに掴みかかったあの時、自分の全てをライトの中へと送り込んだ。それにより自分が死ぬということがわかっていながらも、あの場を切り抜けるにはこれしかないと躊躇うことなく決断した。

 主を救う為。何よりもライトの為、メイド長はその身を捨て去ってきた。


「でも、そんなことをしたら体が死んでしまって、もう戻ることは出来ないんじゃないの?」


『はい、承知の上です。被害を最小限に切り抜けるには、これしか方法はないと思いましたので。それに、私が以前ライト様に触れ『神触』により記憶を覗かせていただいたことがあるのですが、その時にこの力を以てしても覗けない領域があったのです。それが、気になっていましたので』


 感情の起伏が見えない話し方で言葉を並べているが、口にはしていない深い思いがあるのだろうと、彼らは気持ちを推し量り、それ以上詳しく聞こうとはしなかった。


「何かさ、こういう言い方は間違っているのかもしれねえが……あんたのそういう死に方、カッコいいと思うぜ」


『ふふふ。ありがとうございます、エクス様』


 意外な褒め言葉にメイド長の表情が和らぐ。


「メイド長ちゃんがここに来てくれたのは嬉しいんだけど、でも、状況は変わらないんじゃない?」


『いえ、キャサリン様。意識だけの存在となった私ですが、ちゃんと『神触』は使えます。ですので、こうやって地面に触れることにより』


 メイド長が荒れ地に手をやって目を閉じ、文字通り意識を集中する。心の一部である地面から手の平を伝い、ライトの意識の一部が流れ込んでくる。

 静かに目を開けると、メイド長は向かって斜め右方向へ視線を向けた。


『こちらの方向で間違いないかと。ライト様の微かな意識が流れてきていますので』


 迷いのない足取りで進み始めたメイド長の後に、エクスたちが付いて行く。

 少しの間は黙って歩み続けていた一行なのだが、そういった沈黙に耐えられる性格をしていないものが数名いるので、いつの間にか雑談が始まってしまう。


「メイド長がいてくれたら、私たちいらないのでは? というか、今更なのだけど心の奥底に行って私たち何すればいいのかしら?」


「そうよね。エクスちゃんに引っ張られる形で来たのはいいんだけど、何をしたらいいのかさっぱりなのよね」


 ミミカとキャサリンが並んで腕を組み、首を傾げ今後の展開について悩んでいる。


『では、少し状況の説明を致します。ライト様の中に入る際に、死を司る神様から伝言をお預かりしておりましたので。ここはライト様の心の奥底。元は光の神が封印されていた場所だそうです。光の神が目覚め、ライト様の意識と入れ替わったことにより、今は逆にライト様が封じられています』


「やはり、あれは光の神だったのですか……」


 ミミカは状況から間違いないとは思ってはいたが、実は何かの聞き間違いではないのかという微かに残っていた願望も、メイド長の説明により打ち砕かれる。


『はい、残念ながら。どういった経緯なのかはわかりませんが、ライト様の中に光の神が封印されていたようです。それが、光の神の力の欠片である特別な贈り物スペシャルギフトを集めたことにより封印が弱まり、開放されてしまったようです』


「それなんだが、光の神ってのはあれだ正義の味方なんだろ? 弱きを助け、人々に希望を与える存在とか何とか言うんだよな? 何でそんな神様が、ライトの仲間を殺したりするんだよ。どう考えても、おかしいだろ」


 エクスの意見に同意して、キャサリン、ロジック、土塊が頷く。ミミカは血の気の引いた顔を絶望に歪めながら「そう、よ、ね」と何とか声に出した。


『その事については死を司る神から何も伺っておりません。ですが、対面した私の感想といたしましては、悪意はなく純粋に楽しんでいるように見えました。強いて言うなら、そうですね罪悪感を知らない子供が、無邪気に虫の手足を千切ったりしている感覚。人を要らない物かゴミの様にしか思っていないのではないでしょうか』


「対等な命として見ていないと、成程な。まあ、神だもんな。人なんて物は自分の作りだした玩具みたいなものか。壊そうが捨てようが、製作者の勝手ってか」


 エクスの吐き捨てるかの様な物言いに、誰もが思うところがあるようで怒りに顔を歪めている。俯いていたミミカは顔を上げると、目元を擦り赤くなった目で正面を見据える。


「私はまだ、本当に光の神がしたことだとは……思えない」


「おい、ミミカ! これだけのことを――」


 身を乗り出して、ミミカを怒鳴りつけているエクスの前に腕を出し、キャサリンが言動を止めさせる。


「話の途中でしょ。ちゃんと最後まで聞かないと駄目よ」


 キャサリンは駄々っ子に言い聞かせる母親の様に、優しくエクスに語り掛けるとウィンクをした。


「でも、ライトさんを乗っ取った者を許せないのは、同じ気持ちよ。それが例え何者であったとしても、私はもう迷わない。結果、信仰を失うことになったとしても後悔はしない!」


 強い決意を秘めた瞳を見つめ、エクスは満足そうに口元を笑みの形へ変える。


『話がまとまったところで、今後の方針を説明します。深層意識の一番奥底で封印されているライトさんを起こし、体の主導権を奪い返すのが最終目標です。この空間は皆さまご指摘の通り、永遠の迷宮と同じく神が作り出した仮想空間です。それも、光の神が作り出したのではなく、おそらく邪神が作った仮想空間でしょう。ライトさんの心の奥に仮想空間を埋め込み、そこに光の神を封印し万が一何者かが封印を解きに来た場合、強力な守り手を召喚し迎撃するシステムになっていたようです』


「つまり、高ランクの魔物たちが現れるということかな」


 ロジックの質問にメイド長が肯定の意味を込め、軽く頷いた。

 高ランクの魔物と聞き、エクスが警戒を強め周囲に鋭い視線を飛ばしている。


『本来はそうだったのですが、既に光の神は解放され、入れ替わりにライト様が封印されてしまいました。そこでこの空間は役割を終える筈だったのですが、光の神がこの空間を再利用してライト様を封じ、この空間の設定をいじったようです。腐っても神ですね』


 言葉を一切発しない土塊と、ミミカを除いて、神をも恐れぬ発言のオンパレードなのだが、彼らの中で神への信仰心は失墜している為、気にもしていない。


「設定を変えたって事よね。どんな風に変えたのかしら?」


『ここはライト様の心の中ですので、ライト様が今までに出会い戦ってきた強敵を具現化して召喚するようです。つまり――』


 そこで黙り込んだメイド長は右腕をすっと前へ伸ばし、進路方向を指さす。

 全員が釣られてその方向へと目をやると、そこには目も口も鼻もない灰色の巨大な人型の化け物がいた。体中に漆黒の目のような部位が見られ、そこから闇で作られた腕が生えている。


『こういうことです』


「あー、俺こいつに見覚えあるぞ。こいつ見ていると腹が疼くんだが」


「奇遇だね。僕もだよ。大魔法を唱えたくなってきた」


「私も封印魔法撃ちたいな~」


 三英雄は生前忘れられない出会いをしたそれを、薄笑いを浮かべ眺めている。

 死後魔王と呼ばれたフォールの最終形態がそこに居るのだが、三英雄の顔に緊張の色は見えない。


「私は初対面みたいね。土塊ちゃんは?」


 キャサリンの問いかけに答え弾かれた弦の音は、自分も会ったことが無いと否定を意味しているようだ。


『敵の強さはライト様が感じたままの強さになっていますので、自分自身を過小評価していないのであれば、あまり変わらぬ強さかと思われます。ちなみに、私は意識だけの状態で不完全体ですので戦闘には加われません。悪しからず』


 メイド長はスカートの裾を両手で摘まみ、首を垂れると静かに後ろへと下がる。


「あの時はライトがいなければ勝てなかったが、今は当時とは違うぜ。どれ程、強くなったのか試させてもらうとするか」


 自信溢れる眼光でフォールを睨みつけると、両手剣を右腕一本で支え、エクスが飛び出していく。続いてミミカが援護魔法を唱え、ロジックが隙を見つけて魔法を叩き込むべく、詠唱を開始する。

 キャサリンは両刃の斧を両手に一本ずつ構えると、エクスの邪魔にならない様にフォールの右側面から攻撃を仕掛けている。土塊はその場で手に抱えた弦楽器を激しく掻き鳴らし、朗々と歌い始めた。


『血潮を燃やせ 怒気を漲らせろ 敵を粉砕し 絶望を踏み砕け 破壊衝動を恐れるな その怒り 闘志 全ては力だ 戦え! 戦え! 戦え!』


 その歌声を耳にしたエクスたちは全身が熱くなり、体の奥底から力が湧いてくるのを感じている。

 土塊の魔力を込めた『戦いの歌』には身体の能力強化と味方の戦意を向上させ、恐怖心を無くす作用があるようだ。

 ライトの心の中にある仮想空間にて、当事者以外は誰も知ることのない、世界の命運を左右する戦いが始まっていた。


 



「なあ、そろそろ休憩しないか……」


 両手剣を杖にして、何とか体を支えた状態でエクスが荒い呼吸を繰り返している。

 戦闘に参加していた残りの四人も同意見らしく、辛うじて動く右腕を上げ、倒れるように地面へ座り込む。


「さ、さすがに、疲れた……フォール、実験体になった三人、名前も知らない悪魔に、ミリオン。それに双子悪魔って、連戦でやらせるなんて鬼畜すぎるよ」


 ロジックが愚痴をこぼすのも当たり前で、ライトが苦戦してきた敵が倒される度に、休憩なしで次々と現れたのだ。全員がまとめて出てこなかったのは助かったが、だからといって感謝の気持ちを彼らが抱くことはないだろう。


「も、もう無理。私好みの男が出てきても無視するぐらい、一歩も動きたくない!」


「私なら、取り敢えず抱き付いて倒れ込むわ!」


 全身の力が抜けたミミカは、腕を使わずに土下座をしているかのように、地面へ上半身を投げ出している。

 キャサリンは刃の欠けた幾つもの武器を抱きかかえ、地面に転がっている。


『皆様、お見事でした。あれ程の強敵との戦いを勝ち抜くとは、皆様の実力に驚きを隠せません。今は少しでも体を休めてくださいませ』


 遠くから戦いを観察していたメイド長だったが、次々と現れる敵の強さに肝を冷やし、それを苦戦しながらも倒していく、エクスたちの強さに心の底から驚くと同時に、羨望の眼差しを向けていた。


「ほんっとギリギリだったわね。でも、みんな強くなっていたし、それに勝てた要因は単純よね」


「まあな。ライトの意識が作り出した敵なら、攻撃パターンも技も魔法も全て、経験したことしかやってこない。手口のわかっている敵なんて、どれだけ素体の力があろうが、俺たちの敵じゃねえな」


「何回かやばいのくらいかけていた癖に、良く言うわよねー」


「ば、馬鹿言うな。あれはわざと隙を見せて相手を油断させる作戦だ!」


「どうだかー。マジで焦ってたし、超うけるんですけどぉ」


 エクスとミミカの見慣れた口喧嘩が始まる。ミミカの無理している感が漂う言葉遣いを聞くのも久しぶりで、ファイリと再会しお説教を何度もされ、最近大人しくしていたのだが調子が出てきたようだ。

 光の神の問題もあり、未だに悩みが晴れてはいないが、無理してでも気分を盛り上げようと振舞うミミカに、仲間たちも加わっていく。

 戦闘を終えた五人が騒いでいるのを横目で眺めながら、メイド長はこれから先どうすべきか、それを思案していた。次から次へと強敵が現れたのは確かだが、それは敵が倒されたら追加されるのではなく、現れるタイミングに何か法則あるように感じていた。

 次の敵が出てくるまでの間隔が一番短かったのは、ミリオン戦からの双子悪魔だった筈だ。それに敵が出てくる順番はライトの記憶を覗き見してわかったのだが、実際に出会った順番だった。

 つまり、敵と出会った時間軸を圧縮した間隔で敵が現れる。となる。その結論にたどり着いたメイド長は休憩し始めてから、どれぐらい時間が経ったかをざっと計算する。


『皆様、そろそろ次の敵が現れると思われます。ご準備の程を』


 メイド長に促され、座り込みくつろいでいた一行は立ち上がると、軽く腕を振り違和感がないか確かめている。


「んじゃ、第二ラウンドといきますか」


『おそらくですが、あと二体倒せば打ち止めかと。ですが、次の一体は即効で倒さなければいけません。直ぐに二体目が出現するはずですので』


 メイド長はそう告げると、前回同様、戦場から立ち去ろうとしたのだが、戦う準備を整えている五人に歩み寄ると『幸運を』と呟き、全員の肩を手でゆっくりと摩る。


「あら、幸運の御呪いじゃないのぉ。私の時代も女子の間で大人気だったわ。あ、り、が、と」


「こんなことしかできずに、申し訳ありません」


 右肩の上に集まる邪気を払うという、古くからある御呪いを素面で行うと、今度こそ後方へと退避する。

 メイド長が離れると同時に、彼らの前方に黒い闇が集まりその中から、白骨の馬に乗った全身鎧を着込んだ騎士が歩み出る。


「お、ガルフォリオだったか。最近の敵じゃねえか。マジで打ち止め間近なのかよ。んじゃ、頑張るとしますか。メイスの中からじっくり見物させてもらったからな。てめえの動きは読み切っているぜ」


 馬上からの鋭い突きの連撃をエクスは余裕を持って躱し、弾いていく。ライトは正統派の剣技を習った相手と正面から戦うのを苦手としているが、エクスは逆で武器と武器を使った純粋な腕比べならば負ける気はしない。

 豪快な性格と物事を深く考えない粗野な部分が強調されている為、忘れられがちだが彼は剣技を極めた剣聖と呼ばれた男である。


「槍は剣より有利らしいが、そんなの技で何とでもなるよなっ」


 残像が見えるほどの鋭い突きを、巨大な剣で危なげなく捌いていく。エクス一人すら押し切れない状況のガルフォリオの足元が金色に輝く。

 その光に危険性を感じ取ったガルフォリオが、白骨馬を操りその場から離れようとしたのだが、一足遅く周囲の炎の壁に囲まれてしまう。

 一瞬の躊躇いにより逃げ遅れたガルフォリオは、足元から天へ向かい光を放つ聖属性の魔法に、その身を削られていく。


「まあ、こんなもんかっ」


 光と炎が収まる瞬間を狙い跳び込んだエクスが兜の頭頂部から一刀両断し、ガルフォリオが縦に切り裂かれる。


「さてと、お次は」


 ガルフォリオの体が光の粒子となり消え去るより早く、新たな闇の塊が地面から溢れ出す。その闇が人型に固まり始めると、ガルフォリオとの戦闘に参加していなかったキャサリンが、自前の収納袋から陶器で出来た巨大な瓶を取り出した。


「先手必勝よ」


 その瓶を形が固定される前の闇へ投げつけ、割れた中身が今まさに完全な姿を形成し終えた敵へぶちまけられた。

 全身に異様な程、粘り気のある液体を掛けられ泥人形の様な姿になった敵へ、容赦のないエクスの斬撃と、ロジック、ミミカから放たれた魔法が降り注ぐ。

 その攻撃を呑み込もうと敵は全身に口を発生させようとしたのだが、体中に纏わりついた液体がその口を開かせてくれない。

 後は、碌に動けない状態で集中攻撃を喰らい、一撃すら放つこともできずに消えていく哀れな敵の姿があるだけだった。


「防具作るときに重宝するこの接着剤を浴びて口なんか開くわけがないでしょ」


「あれだな、ライトたちの戦闘を全部メイスの中から見ておいて良かったぜ。いつも俺たちならどうやって倒すか、語り合っていたのが役に立ったしな」


 強くなることに関して貪欲だった彼らは、ライトが強敵と戦う時は必ず集まり、メイスから一部始終、余すところなく観戦していた。その後、倒し方についてシミュレーションをするのが決まり事の様になっていた。


「まあ、必勝法がわかっていて見覚えのある動きしかしない、偽りの存在なんて」


「「「三英雄の敵じゃない」」」


 声を揃えてそう言うと、三人は掲げた手を打ち合わせてニヤリと笑う。

 キャサリンと土塊も笑みを浮かべると、二人は拳を突き合わせた。


『これで敵も品切れの様です。休憩の後にライト様の意識を強く感じる場所へ向かいましょう』


 メイド長の言葉に誰も返事を返すことは無かった。全力を尽くし疲れ果てた彼らは、大地へ体を投げ出し深い眠りへと落ちていた。


『本当にお疲れ様でした』


 満足げに眠る一人一人の枕元へ移動し、深々と頭を下げる。

 戦闘に参加できず、ただ見守るしかできない歯がゆさに、その身を震わせながらメイド長は荒れた大地の先をじっと見つめている。そこに居るであろう、ライトの身を案じながら彼らが目覚めるのを待ち続けていた。





 暫くしてエクスが目覚め、続いて次々と仲間が目を覚ましていく。


「ふああああっ。良く寝たぜ。メイド長、俺たちはどれぐらい寝ていた?」


 エクスは地面に座り込んだまま上半身を大きく伸ばし、体をほぐしながら顔だけメイド長へ向けている。


『体感的には四時間程度でしょうか。ここでの時間が外と同じならばですが』


 死を司る神が作り上げた永遠の迷宮内の時間も調節ができたことから、ここでの時間経過を外と同様と決め付けるわけにはいかない。


「ここで一日が外での一年というのもあり得ない訳ではないからね。急ぐに越したことは無いかな」


「そうね。もうちょっと寝ていたい気分だけど、全てが終わってからぐっすり眠ればいいわよね」


「そうしましょうか。睡眠不足は美容の大敵だもの。ささっと終わらせて、ゆっくり眠りましょう」


 全員が立ち上がり、体についた砂埃を払い落とすと最終目的地へ向け歩き始める。

 代わり映えのしない景色を眺めながら、どれだけの距離を歩いただろうか。目に映る景色に殆ど変化がないように見えたのだが、それは突然、彼らの目の前に現れた。

 高さ十メートルはある巨大な両開きの扉。漆黒に塗りつぶされた、如何にも重厚そうな扉が大地に突き刺さっている。

 扉には無数の鎖が巻き付けられており、その鎖は扉の中央部で重なり合い、そこには巨大な南京錠が付けられている。


「でけえ扉だな。でもなんだこれ。扉があるだけで裏にも回れるぞ。意味あるのかこれ」


 建物に備え付けられているわけでもなく、ただ扉がそこにある。開いたところで、向こう側の景色が見えるだけなのだが――普通の扉であれば。


『ライト様の強い波動を感じます。ここで間違いないかと』


「なら、とっとと開けちゃいましょうか。この錠を壊すにはハンマーか何かあったかしら」


 キャサリンが収納袋へ手を入れて中を探り、ライトのメイスと見間違えるような巨大なハンマーを取り出す。


「おっし、じゃあそれ貸してくれ。俺がや……扉から離れろ!」


 険しい表情を浮かべたエクスが、仲間へ怒鳴りつけると扉から大きく距離を取る。

 仲間も遅れて扉から発せられる体に突き刺さるような威圧感に顔を歪める。


「やっぱ、一筋縄ではいかねえか。最後に油断しているところへ今までで最強の敵が現れる。定番だよな」


 エクスの自虐的な発言に、仲間は言葉を返す余裕がなかった。

 扉から吹き出てきた闇が濃縮し、一人の良く見知った人物へと変貌する様を、息を呑み見つめているしかできなかった。


「おいおい、マジか。無理だろこれ」


「悪い冗談はやめてくださいよ」


「これが絶望……」


「ひぃぃぃ! 絶対に不可能よっ! みんな、みんな死ぬのよっ!」


 全員の口から漏れる諦めと絶望の言葉。土塊が奏でる音楽は物悲しく、死を連想させる静かな曲だった。

 全員が見つめる先にいる、ソレ、は薄い笑みを浮かべ、右手に持つ巨大な武器を肩に担ぐ。

 一対五という条件でありながらも、何処か余裕を感じる足取りでエクスたちへと歩み寄ってくる。


『ラ、ライト様……』


 黒の法衣を身に纏い、笑みを張り付け、巨大なメイスを担ぐ男――ライトアンロック。彼がこの扉を守る最後の砦。

 対する三英雄とキャサリン、土塊の五名の顔に浮かぶ表情は、悲壮の二文字だった。



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