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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
98/145

 脳内に響く声がライトアンロックの名を呼ぶ。その声を聴いたライトの体が大きく、跳ねるように痙攣すると体中の力が抜けたかのように、両腕をだらりと垂らし、首が頭を支えることをやめ顔が地面へと向く。


「お、おい、ライト、どうしたんだ……」


 様子がおかしいライトを心配して、ファイリが近寄ろうとしたところで、ライトの体が再び痙攣し、今度は上半身を後方へと大きく逸らす。

 そして、その体勢から上半身を戻すと、背筋がびしっと伸びた状態でその場に立っている。

 ライトは両手を握っては開くを繰り返し、今度は体の状態を確かめるように屈伸を始める。


「ライト……何をやっているんだ?」


「うーん。今度の体はこれなのか。力の方はどうなっているのかな」


 無邪気な笑みを浮かべる、雰囲気の変わったライトを警戒しながらロッディゲルスが声を掛けるが、その声に反応せず独り言を呟いている。

 誰とも視線を合わそうとせず、自分の体を見回し、体の具合を確かめるような動きをしていたライトが初めて仲間の一人と視線を合わした。

 その顔に浮かぶ表情はライトがいつも浮かべている薄い笑みでは無く、心の底から楽しんでいるかのような満面の笑みだった。

 だが、目だけは違う。まるで道端に落ちたゴミを見るかのような冷めた目をしている。


「あ、う」


 ライトの鋭い眼光に射すくめられたシェイコムは言葉を発することができず、息を吐き出すので精一杯だった。


「丁度いい的があるね」


 その一言に例えようのない恐怖を感じた一同は身構え、ライトの一挙手一投足を見逃すまいと集中する。

 誰もがライトに動きがあったら全力で止める意気込みで構えていたのだが、どんっ、という腹に響く鈍い音が耳に届いたと思った時には、ライトの姿は既に無く、代わりに目にしたのは胸を手刀で貫かれ口から大量の血を吐き出している――シェイコムの姿だった。


「やっぱり、こっちの方は使いこなせているね。じゃあ、返してもらうよ」


 背中から突き出たライトの手刀が、何かを握りしめるように拳の形を作ると、シェイコムの体が一瞬だけ白銀に輝き、その光がライトの体へと吸い込まれていく。

 あまりの速度と光景に身動きが取れない一同だったが、ファイリとロッディゲルスは我を取り戻すと手加減なしの魔法を発動させる。


『獄鎖捕縛』


『聖槍封陣』


 宿屋の床から飛び出した極太の鎖がライトの全身に巻き付いていく。

更に、宿屋の天井を貫き天から降ってきた光の槍が三本、ライトの体へと突き刺さる。

 魔力を限界まで注ぎ込んだロッディゲルスの鎖が、顔以外の全身が見えなくなるまで巻き付く。

 ファイリは槍に貫かれたものはSランクの魔物であろうと一定時間その身を拘束されるという、魔法の槍を三本同時に発動させ叩き込んだ。


「てめえ、何者だ! 体はライト……だが、乗っ取られたのかっ!」


 白銀に輝く瞳が、ライトの全身を隈なく調べている。肉体そのものはライトであり、誰かが肉体を変化させ化けている可能性は無いとファイリは判断した。


「困ったな。最近の教皇は自分たちが崇め奉る神に対して、ため口を利いちゃうのか」


 束縛された状態で苦笑し、頭を振るライトにファイリは戦慄を覚える。今の発言は冗談だとしても聞き逃せる言葉ではない。


「貴様、言うに事欠いて神を語るかっ!」


「時の流れというものは残酷だね」


 ライトがため息を一つ吐くと同時に、巻き付いていた鎖が弾け飛び、光の槍が粒子へと変換され消えていく。


「さて、キミたちのも回収して、あいつの体も解放しないとダメかな。馬鹿なことを考えなければ最後まで楽できたのになあ」


 面倒くさそうに呟くと、両手を前に掲げる。ライトの体から白銀の光が溢れ出し、その光が両手の平に収束していく。


「させないわよっ!」


 様子を窺っていたイリアンヌが気配を完全に殺した状態で『神速』を発動させ、右後方から肩口を狙い短剣で切りつける。

 ライトは避ける素振りすら見せず、刃をその身に受けるのだが、短剣はライトが体に薄く纏っている白銀の光に弾かれ、切り付けた両腕が後方へと逸らされる。


「無駄だよ。先に、キミのをもらおうかな」


 右腕を攻撃後の無防備な姿を晒している、イリアンヌへと伸ばすライトだったがその腕を横合いから飛び出してきた、メイド長が抱きかかえる。


「ライト様、戻ってきてくださいませ!」


 触れた瞬間に『神触』を発動させ、ありったけの想いをライトの体へ伝える。

 体内へメイド長の想いと叫びが流れ込み、その違和感と気持ち悪さにライトは身震いをする。


「邪魔をしないでくれるかな。神の体に許可なく触れることは万死に値するそうだよ」


 ライトは掴まれている腕とは逆の手でメイド長の頭を掴むと、そのまま握りしめていく。

 みしりっと骨が軋む音がメイド長の脳へと伝わり、目と耳と口から血が流れ落ちる。


「やめろっ! 手を放せっ! 放せええええええっ!」


 ファイリから放たれる無数の光線がライトへ突き刺さるが、その光は全て表面を覆う白銀の光に吸い込まれていく。


「くそっ、くそっ」


 イリアンヌが何度も切り付けているのだが、ライトの体へ攻撃が届くことは無い。


「まだだ、まだ諦めるな!」


 ロッディゲルスが操る黒鎖は白銀の光に触れる度に、白い煙を上げ溶かされていくが何度も再生させ、あらゆる方向から攻撃を仕掛けている。


「実力の差も理解できないのは哀れを通り越して、滑稽だよ。面白いのは好みだけど。さあ、キミたちも同じよう……に……へえ、この状態で抵抗する……なん、てっ!」


 掴んでいたメイド長を投げ捨てると、頭を抱えライトが悶え始める。上半身を激しく揺らし、おぼつかない足取りで窓際へ後退し始める。顔中から汗を噴き出し辛そうなのだが、その顔には浮かぶ笑みが崩れることは無い。

 ファイリはメイド長の元に駆け寄り『再生』を発動させ、ロッディゲルスとイリアンヌは二人を庇うようにライトの前に立ち塞がる。


「そこの女性、面白いことをしてくれるね。彼の抵抗が激しく……やっぱり、まだ早すぎたかな。残り二つの封印を解かなければ、完全に奪い取ることは」


 笑みを浮かべながらも苦しそうなライトへ、イリアンヌとロッディゲルスが攻撃を加えるのだが、その全てが体を覆う白銀の光に妨げられ本体へ通ることは無い。


「でも変だな。四つが集まり、更に『神体』を取り戻した今、もう少し体に馴染んでも良い筈なのに。まあいっかな。時間の問題だしね。それに、ここは引いた方が面白そうだ。じゃあ、僕の力、大事に扱ってよ?」


 背後にあった窓を突き破りライトは二階部屋の窓から、階下へ落ちていく。

 慌てて窓際に駆け寄り、下を覗き込んだロッディゲルスとイリアンヌだったが、そこにライトの姿は無かった。

 後を追うべきか、一瞬だけ悩んだ二人だったが、今はそれよりも倒れた二人の状態を確認すべきだと、室内へと振り返りファイリへ視線を向ける。

 ファイリはシェイコムとメイド長を二人並べ、片手ずつ同時に二人へ回復魔法を注ぎ込んでいる。唇を噛みしめ、今にも零れ落ちそうな涙を目に溜め、それでも懸命に魔力を放出し続けている。


「ファイリ、二人はもう」


 身動き一つしない二人へ近づいたイリアンヌは顔色を見ただけで、どういう状況であるか一目で判断した。


「まだ、まだだ! 頑丈が自慢のシェイコムがこんなに簡単に死ぬか! メイド長もいつものように、俺をからかっているだけだっ!」


 ロッディゲルスは部屋の片隅に転がっていた椅子を戻し腰かける。今、自分が何を言っても気休めにもならない。ファイリが納得するまでやらせるべきだろうと、静かに眠っているかのような二人の顔を眺めていた。

 二人と接点があり、特にメイド長とは親しかったファイリに今、冷静さを求めるのは酷すぎる。ならば、自分だけでも状況を的確に判断するしかない。すすり泣く声が充満する宿屋の一室でロッディゲルスは目を閉じ、冷静になろうと深呼吸を繰り返した。





『助けて……力を……貸して……ください』


 途切れ途切れの声が頭に響き、彼らは顔を上げる。

 今、彼らは思い思いの鍛錬を終え、全員がホールに集まり休息しているところだった。


「誰か今、助けてって言ったか?」


「僕は言ってないけど、そういう風に聞こえたよ」


「私にも聞こえたわ。直接頭の中に声が入ってきたような感じだったけど」


「あら、私の『神聴』が戻ったのかと思ったんだけど、違ったみたいね」


 言葉を発してなかった最後の一人が、手持ちの楽器の弦を軽く弾いた。

 彼ら――三英雄とキャサリン、土塊の五名は来るべき時に向けて、今日もメイス内で己を鍛え上げていた。珍しく全員が揃い「最近外の様子がわからないな」と愚痴をこぼしていたところに、謎の声が聞こえてきたのだ。


『聞こえ……ますか』


 集中しなければ聞き取れないような音量なのだが、その声は女性であり、よく聞くと何処かで聞いたことのある声に似ていることに気づく。


「もしや、死を司る神様ですか?」


 ミミカがそう尋ねると『はい』と小さく声が返ってきた。


『詳しい事を……話す時間がありません……私の力が失われつつ……あります……直接頭へ』


 言葉の途中で雑音が混ざり、ただでさえ聞き取りにくい声が更に聞こえなくなってきている。状況がわからず、質問を口にしようとした彼らの頭が唐突に輝くと、その光は一瞬で消えてしまう。

 だが、その瞬間に彼らの頭へライトたちの身に起こった先程の映像が入り込み、まるで当事者の様に現状を理解できた。


「どういうことだ、ライトが急におかしくなりやがった! あいつが味方を殺すなんて考えられねえ!」


「意味不明な事を呟いていたし、誰かに体を乗っ取られたと考えるべきだけど、あの話を鵜呑みにするなら」


 元々考えるのが苦手なエクスは状況が全く理解できずに頭を抱えている。ロジックは何か言いたげに視線をミミカへと向ける。


「信じたくはないけど発言を真実だと仮定するなら、ライトさんの体を乗っ取ったのは――光の神ということになるわ」


「そんな……嘘よね。何で光の神がライトちゃんの仲間を殺さないといけないのよ!」


 キャサリンの叫びはまさに、ここにいる皆の声を代弁していた。

 イナドナミカイ教徒であるミミカは反論したかったが、この状況において相応しい言葉が出てこず唇を噛みしめるしかなかった。


「俺は難しいことは苦手だ。だから思ったことを質問させてもらう。死を司る神よ、ライトを助けたいというのは本心なのか」


『はい』


 エクスの問いに対して瞬時に返答がきた。


「あれは本当に光の神なのか」


『……はい』


 今度は少し間が空いたが、しっかりとした口調で断言している。


「光の神の従神である貴方が、主神へ反旗を翻すというのですか!」


 ミミカがエクスの質問を遮り、叫ぶように死を司る神へ疑問を投げつける。

 沈黙がその場を支配し、誰も声を発することのない静かな時が流れる。沈黙に耐えきれなくなったエクスが再び声を荒げそうになったのだが『はい、それでも私は……ライトを助けたい……のです』と言う、感情を押し殺した声を聞き黙り込んだ。


「みんな、私の意見を聞いてくれるかしら。今、ライトちゃんはとても困った事になっているわよね。それを助けたいと死を司る神様は言っているわ。状況は最悪で、これ以上悪くなることなんて考えられない。なら、信じていいんじゃないかしら。今は疑っている時間も惜しい筈よ」


 キャサリンの優しく諭す声にエクスたちは少し頭が冷えたようで、感情的だったことを認め大きく深呼吸をする。


「どうやったらライトを助けられる?」


『ありがとうございます……皆さんはライトに一度倒されたことにより……魂がライトと繋が……ます』


「魂が、ライトと繋がっています。でいいのかな。確か聖霊召喚を使う時の条件で、ライト君に倒されることにより魂の繋がりができるという、説明があった筈だよ」


 何度も途切れる声を何とか繋ぎ合わせ、足りない言葉を予想してロジックが確認を取る。


『はい。それに皆さんは……実体を失い魂だけの……存在……貴方たちなら……ライトが封じられている……ん層意識……へ飛ん……後は……のじょに』


 更に雑音が増え、聞き取ることも難しくなった死を司る神の声は、完全に雑音に埋もれ一切聞こえなくなった。


「おいおい、聞こえなくなっちまったぞ。どうすんだ?」


「最後の声はおそらく、深層意識へ飛んで後は、のじょ? のじょって何だろう」


「のじょはわからないけど、飛ぶ方法はあれじゃないかしら」


 ミミカが指差す方向に白く光る楕円形の何かがある。

 ロジックとミミカはそこから強力な魔力の流れを感じている。二人は間違いなくあそこがライトの深層意識へと飛ぶ道だと確信していた。


「じゃあ、行くか。何が待っているかはわからないが、行ってみないと話が進みやしねえ」


「エクス、少しは躊躇してください。深層意識ですか。言葉の通りの解釈をすれば、人の意識の奥深い場所ってことなのでしょうが、そんな場所に行けるとは思えませんね」


「そうかしら。ロジック、貴方も言っていたじゃないの。私たちはライトさんに浄化された際に、ライトさんの魂との繋がりが発生した。それが聖霊召喚の条件だった筈よ。死を司る神も仰っていたわ。私たちは実体を持たない魂。その繋がりを頼りに進むことができるなら、ライトさんの深層意識へも到達できるのではないのかしら」


 何も考えていないエクスと、考え過ぎで躊躇いが生じているロジック。総合的に判断して結論を出すミミカ。彼らはバラバラのように見えて絶妙なバランスで成り立っている。


「難しいことはわからないんだけど、深層意識ってことは、そこに行けばライトちゃんの記憶とか見れちゃうの!? やだっ、あんなことや、そんなこと、赤裸々な過去も見れちゃったり! キャアアアッ!」


 キャサリンが奇声を上げ、頬に両手を当てた状態で体をくねらせている。

 この状況下においても焦ることなく、いつもの自然体で会話を進めている彼らの落ち着きは尊敬に値するだろう。

 二度の死を経験した三英雄。長い時間を死者として過ごしていたキャサリン。国を一つ壊滅させた過去を持つ土塊。この五名のメンタル面は、並の冒険者では太刀打ちできない程の強さがある。


「考えても答えに辿り着かないのなら、考えるだけ無駄だ。戦いはいつだって臨機応変に、だろ?」


 自信満々にそう言い切るエクスに仲間たちは苦笑いを浮かべる。

 この先に何が待っていたとしても、五人が後悔することはない。彼らが恐れていることは、無様に何もできずに消えてしまう事、それだけだ。

 もう、後悔はしない。全てを出しきり、満足が行く死を迎える。

 自分の命がライトの為になるというのなら、例え死が待ち構えていたとしても、躊躇う理由が何処にあるというのか。


「さて、行くぞ」


 エクスを先頭に白く光る輪へその身を潜らせていく。

 全員が消えたメイス内の空間に、白い靄のような人影が浮かび上がる。

 その人影は辺りを見回し、白い光の輪を発見すると手を触れる。その瞬間に輪は消滅し、人影は輪があった場所に膝をつく。

 それはまるで祈りを捧げているかのようだった。

 


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