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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
97/145

ライトアンロック

 宿屋の一番大きな部屋を借り、ライトアンロックは悩んでいた。

 仲間に囲まれた状態で、進むべき道を模索している。

 新たな力を得た今だからこそ自分の能力を見直し、今後どうすべきかを真剣に考えるべきだとの提案を受け、ライトは考え込んでいた。


「まずは『神力』を活用すれば大抵の物は運べますし、収納袋も活用すればあらゆる物資の運搬も楽になる筈です」


 ライトはものを考える時には口に出した方が頭でまとめやすいので、いつものように思ったことを小声で口にしている。


「次に『神声』ですが、この能力を使えば店への呼び込みも容易ですので、序盤の集客は問題ないと考えます」


 真剣な声で語るライトの会話内容に、真面目な顔をして聞いていた一同だったのだが、何かがおかしいと首を傾げている。


「そして『神嗅』で、食材が新鮮なのかを見抜き、購入時において売り手の嘘を見破ることも可能なので、仕入れにも問題はありません」


 ライトが何を言っているのか理解できずに、仲間たちが顔を見合わせ戸惑っている。


「最後に『神味』で、有名レストランや評判が良い食堂を食べ歩き、その食材、調理方法を全て見抜きメモを取り、真似をしながらも改良を加えれば商売繁盛間違いなしです」


 拳を握りしめ満足した顔をしているライトを気味悪そうに眺めていた仲間を代表して、イリアンヌが声を掛ける。


「あんた、一体何を言っているのよ。今後どうするかの相談しているのわかってる?」


「はい、ですから。自分の特別な贈り物スペシャルギフトを有効活用して、豊かな生活を送るにはどうしたらいいか、考えていたのですが」


「誰があんたの将来設計を語れと言った! じゃ、し、ん、をどうにかする方法を考えているのでしょ!」


 ライトは、ああそうでしたね、と言わんばかりの素振りで手を打ち合わせている。

 イリアンヌを含めた女性陣が額に手を当て大きく息を吐くと、疲れたように頭を振っている。


「自分で言うのも何ですが、私の手に入れた特別な贈り物は全て微妙ですからね。最も有効に生かせる道は食堂経営しかないと思うのですよ」


 実際、『神力』以外は直接戦闘に生かせるような効果は少なく、他の特別な贈り物と比べても使い勝手の悪い能力だと言わざるを得ない。

『神声』は今までの戦いで相手の動きを止めるのに役立っているが欠点も多い。味方にも影響があり、予めこの力を知られている場合、相手が抵抗する意思があれば上位悪魔には通用しないだろう。


「ま、まあ、確かに食堂を始めるにはもってこいの能力だな」


 ファイリの呟きに全員が同意して頭を縦に振る。


「兎も角だ、話を元に戻すぞ。ここにいる面々はロッディゲルスを除いて、全員が特別な贈り物を所有している。確認もかねて各自の特別な贈り物の情報を共有したいと思うのだが、どうだ?」


 ファイリの意見に反論もないようなので、そのまま話を続ける。


「ライトはさっきので皆もわかっただろうから、言い出しっぺの俺から説明するぞ。俺の所有する特別な贈り物は『神眼』魔力を映像として捉えることができ、対象の真実を見抜くことができる。変装や隠蔽、幻覚は俺の前では全く効果が無い」


 話し終えたファイリは視線を横へと向ける。隣に座っていたイリアンヌが自分の番だと理解し口を開く。


「私のは『神速』『神聴』の二つね。『神速』は周囲の時間が遅くなり、私だけがその時間の中で普通に動けるの。あと『神聴』は遠くの音を拾ったりもできるし、小さな音も聞き逃すことは無いわ」


 ライトの借りている部屋の床に直接座り込んでいたイリアンヌは、ファイリがいる方向とは反対の左隣へ目配せをした。


「次は私で宜しいでしょうか。では、失礼しまして。ファイリ様の身の回りの世話をさせていただいている者です。メイド長とお呼びください。私は『神触』を所持していまして、この能力は触れた者の記憶や力を読み取ることができるというものです」


 メイド長はその場にすくっと立ち説明をすると、深々と頭を下げ部屋の隅へと移動する。そして、そこで居心地悪そうに突っ立っていた、シェイコムを促し自分の座っていた場所へと誘導する。


「あ、え、その、シェイコムと申します! 能力は『神体』です! 頑丈になって病気知らずです! よろしくお願いします!」


 背筋を伸ばした姿勢で大声を張り上げ、その場で硬直している。


「説明ありがとうございます。シェイコム君、座ってください。では、おさらいします。ここに集まった特別な贈り物は『神力』『神嗅』『神声』『神味』『神眼』『神速』『神聴』『神触』『神体』の九つです。幾つ種類があるのかは不明ですが、特別な贈り物は同じ力が存在しない言われています。実際、この九つの力はどれも重なっていませんからね」


 特別な贈り物を知る者はごく一部の者だけなのだが、強力な力故に昔から熱心に調べられてきている。極秘の書物に記載されていた特別な贈り物の種類は『神眼』『神聴』『神声』の三つのみである。他の力も存在はしていたようだが、この三つは能力的にもわかりやすく、この力を所有していた者は歴史に名を残す英雄ばかりだ。


「そしてこの特別な贈り物の特徴は――」


「ライトさん! その事についてお話があります!」


 ライトに促されその場に腰を下ろしていたシェイコムが勢いよく立ち上がると、真剣な眼差しでライトを見つめている。

 その姿は危うさの中に鋭い意志を秘める、追い詰められた獣を連想させた。


「何でしょうか、シェイコム君」


「特別な贈り物は当人が望めば、贈与可能なのですよね!」


 シェイコムには伝えていなかった真実が当人の口から発せられる。誰かが彼に漏らしたのかと、この情報を知っている仲間たちの顔を見回すが、全員が否定の意味を込めて顔を横に振っている。


「自分がこの情報を教えてもらったのは、今は亡きギルドマスターです」


「……とんでもない置き土産を残していってくれましたね」


 瞬時にしてギルドマスターの意図が読めたライトだったが、余計な事をしてくれたとしか思えないでいる。

 何処まで知っているのかが重要なのだが、もし自分の病気についても知っているのであれば、最悪の決断をしかねないとライトは警戒する。


「ライトさんは自分の身を案じ、ライオニック痛症の事も黙っていてくれたのだと……わかっています! この『神体』と『神力』が合わされば、ライトさんが更に強化され、これからの戦いが楽になる。ギルドマスターはそう言っていました」


「確かにそうですが。無くても別に――」


 ライトがシェイコムの話に割り込もうとしたのだが、話を遮ることはできず彼の一人語りは続いていく。


「自分は頭が良くないですが、この力はライトさんにこそ相応しいというのは理解できます! わかってはいるのです! わかっては……ですが、怖いのです。この力をライトさんに譲ることには何の躊躇いもありません。ライトさんの力になれる。それは喜び以外の何ものでもないからです。でも『神体』が無くなれば、ライオニック痛症の痛みが全身を襲い、もがき苦しみ死ぬことになる。それが怖くて恐ろしくて、自分は決断できずにいました」


 今にも泣きだしそうな表情でそこまで話したシェイコムは、大きく息を吐くと表情を引き締め、強い意志を秘めた瞳でライトを睨みつける。


「ライトさん、自分と勝負していただけませんか! 自分が負けた時は潔くこの力をお譲りします! 最後に自分の命を懸けるだけの価値があると、心から信じさせてほしいのです!」


 宿屋の床に頭をこすりつけ勝負を懇願するシェイコムにライトはそっと歩み寄ると、その肩に手を添えた。


「その覚悟は本当に嬉しく思います。この世界を憂い、自分の命を差し出す。シェイコム君の姿こそ本来聖職者……いや、英雄のあるべき姿なのでしょう。ですが、私に命を譲る価値などありませんよ。確かに『神体』があれば『神力』の使い勝手も良くなり、私の能力は一気に飛躍することになるでしょう。それこそ、上位悪魔相手に正面から挑んでも対等かそれ以上の力を得られる、かも知れません」


 ライトの今までの戦い方は、純粋な戦力で劣っている部分を奇策や仲間の力を借りて、何とか辛勝してきたにすぎない。まともに戦っていれば勝てない戦いばかりだった。

 それが、普通に戦っても勝利を収められる力を得る可能性があるのだ。戦力増強のみを考えるのであれば、シェイコムの決断は間違っていない。


「でもね、シェイコム君。私はこの世界中の人々を全て救いたいなどと思っていないのですよ」


 聖職者とは思えぬライトの発言にシェイコムは慌てて顔を上げると、目を限界まで見開き凝視している。ライトの事を良く知る仲間たちは、特に驚いた様子もなく黙って二人の会話に耳を澄ましている。


「え、ですが、ライトさん。我々イナドナミカイ教は我が身を犠牲にしても弱き者に手を差し伸べ、世界を平穏へと導く光の神を」


「シェイコム君。神は実際にいますが、都合のいい教義を考え、教えを広めたのは人間ですよ? 神の考えに背けば、神聖魔法を失うと教本にも書かれているようですが、私は背いてばかりの行動をしていますが、この通り現役で神聖魔法を使えます。教え込まれた知識に頼るのではなく自分の経験や考えで行動してください。物事には優先順位というものがあります。私は見ず知らずの人の命より、仲間や知り合いの命の方が大切です。そして、その大切な命にはシェイコム君――貴方の命も含まれているのですよ」


 堂々とイナドナミカイ教団の教義に反する考えを口にし、穏やかに微笑む姿をシェイコムは黙って見つめている。今彼の心中では脳に刷り込まれた教団の教えと、信頼し尊敬するライトの言葉がせめぎ合い、葛藤している。


「まるで聖職者の様な説法じみた真似をしてしまいました。らしくないですね。それに、皆さんも一つしか手段が無いと思っているようですが、シェイコム君が病に苦しむことなく、戦力も大幅に上昇する手立てはあるのですよ」


 そう言って、悪戯が成功したのを喜ぶ子供の様な笑みを浮かべるライトに全員の視線が集中する。注目を浴び、誰もがライトの発言を待っている状態で、勿体つける様にゆっくりと口を開いていく。


「シェイコム君。世界を救う勇者になってみるつもりはありませんか?」


 ライトの口から飛び出た発言の意味が解らず、この場にいる全員が眉根を寄せ、険しい顔つきになっている。


「ライトさん。言葉の意味が良くわからないのですが」


「これは失礼しました。言葉が足りませんでしたね。私の『神力』を譲り受ける気はありませんか?」


 誰もが言葉を発することなく、場を沈黙が支配する。

 どれくらいの時が流れたのだろうか、驚きのあまり言葉どころか息を吸うのも忘れていた一同が大きく息を吸い込むと、ほぼ同時に声を上げた。


「「「「「ええええええええええええええええええええええええっ!」」」」」


 ライトを除いた全員の絶叫は宿屋周辺に響き渡るほどの大きさだったが、事前に大事な話があると、イナドナミカイ教団の人員を使いファイリが人払いを済ましていたのが幸いし、部屋に誰かがやってくることはなかった。


「な、な、な、何考えているんだライト! お前、自分が何を言っているのか理解しているのかっ!?」


「はい、勿論。承知していますよ」


 ライトの襟首を掴み激しく揺さぶっているつもりのファイリだったが、どっしりと構えたライトの体を揺らすことができずに、自分の体が前後に揺れている。


「あ、あんた、神力失ったら、ただの変な聖職者よ!?」


「ほう、イリアンヌはそういう目で私を見ていたのですね。怪力が失われるのは少々痛いですが、基礎能力は残りますので生きていくには問題ないと思いますよ」


 本音をポロリと口にしたイリアンヌに、目だけは笑っていない顔を向けるライト。


「しかし、シェイコムが『神力』を得たとしても、ライト程には使いこなせないだろう。それこそ慣れるまでには時が必要となる筈だ」


「そこは永遠の迷宮で一緒に修行でもしてもらいますよ。私も神力を譲って、後は知りませんと投げっぱなしにする気はありませんから。虚無の大穴に関しては、あそこに住む人々を全員引き揚げてもらい、冒険者や教団の一員に見張ってもらいましょう。復活の気配を感じたら撤退してもらい、最悪、虚無の大穴での復活は見逃す方針で」


 ロッディゲルスの苦言も予めライトは考慮していたようで、考えていた計画を口にする。元々ライトは英雄になる気もなく、地位や名誉や責任感とは無縁の性格をしている。ただ、基本お人好しで甘い部分もあるので、目の前で死んでいく人々や世界の破滅を見過ごすわけにはいかなかった。

 だがそれは、自分がやらなければどうしようもないので、やっていたに過ぎず、誰か相応しい力を持つ者がいるならば陰から支える方が性に合っていると今も思っている。


「ライト様が本気でそう仰るのであれば止めはしませんが……あえて厳しい意見を言わせてもらいますと、ライト様が『神体』を得た方が、悪魔との戦いでの勝率は格段に上がると思われます」


「かも、しれませんが。私はシェイコム君が苦しむことがわかっていて『神体』を譲り受ける気など毛頭ありませんよ」


 メイド長の意見に頷きながらも、ライトは自分の意思を変えることは無い。

 世界を救う。その観点で考えるのであればライトの考えはあまりにも愚かだと言えるだろう。しかし、この場にいる仲間の全てが世界よりも仲間の方が大事だと言い切った、その思いを嬉しく感じているのも事実だった。

 ライトの言葉を心中で噛みしめ、シェイコムは自分の過ちに気づき、もう一度熟考するべきだと意見を取り止めようと、その思いを口にしようとした。


『それは困るかな』


 何の前触れもなく、ライトの脳内に直接、男の声が響いてきた。

 それは若い男の声なのだが、楽しそうな口調でありながらも威厳が感じられ、それでいて心地よく体に染み込んでいく。

 ライト以外にも聞こえているようで全員が慌てて周囲を見回すが、それらしき姿は何処にもない。ファイリが神眼で、イリアンヌが神聴で付近を探るが発生源は見つけられないようだ。


『いやー、意表を突いた行動をしてくれるね』


 ライトだけはこの声の感じに覚えがあった。雰囲気と威圧感が初めて会った時の死を司る神と酷似している。

 脳内で警戒音が鳴り響き、嫌な予感が止まらないライトの全身から溢れ出る冷汗が法衣に沁み込み、肌に貼り付く。


「何者ですかっ!」


 珍しく大声で見えない相手へ怒鳴りつけたライトだったが、それに対する答えは無く、謎の声は一言こう告げた。


――光を開錠せよライトアンロック――


 その言葉が脳へと到達した瞬間、ライトの意識は闇へと堕ちた。


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