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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
96/145

料理勝負

 ライトが高級レストラン憩いの園で、料理長アジリーを挑発し勝負を取り付けてから一週間後。ライト一行は再び、憩いの園に姿を現した。

 以前とは違い、睨みつけるような目つきでライトを店内へと誘導するスタッフの後を、ライトは胸を張り堂々と歩く。

 前回食事を共にしたイリアンヌ、ロッディゲルスも同行しているが、二人は勝負にその身が賭けられていることもあり、居心地悪そうに身を縮ませている。

今回は二人に加え、メイド長も列の最後に加わっているのだが、ライトと同じく平然とした態度で静かに付いてきている。


「逃げずに良く来たのう。あれから一週間、待ち遠しかったぞ」


 開け放たれたロビーの先には、シミ一つない清潔なコック服を着込み、準備万端の様子で料理長アジリーが待ち構えていた。


「無理な申し出を受けていただき、ありがとうございます」


「構わんよ。こちらこそ礼を言おうかのう。偉大なるワシから金を取り立てようとする馬鹿共に金を突き付けることができ、おまけに下劣とはいえ若い女を好きにできるのじゃ。久しぶりに血が騒いでおるよ。事前の打ち合わせ通り、こちらが選んだ審査員を二名、そちらが選んだ審査員を一名の計三名で料理の勝敗を決めてもらう。間違いないな」


 下卑た笑みを浮かべるアジリーに、ライトは黙って頷き、審査員一同の顔を確認する。

 相手側が用意した二人の審査員は共に男性で、二人とも気品のある顔立ちと服装から裕福層であるのが見てとれる。位が高く肥えた舌を持つ人選をしたようだ。

 残りの一人はライトが推薦した、教皇ファイリである。ちなみにこの事を頼んだ時のライトの台詞は「最近お疲れの様ですね。六日後、極上のディナーへ招待したいのですが、お時間はありますか」だった。

 彼女もまた、イリアンヌ、ロッディゲルスと同様に裏があるのではないかと、訝しみながらも淡い期待を胸にこの場にやってきた。

 そんなファイリの表情は教皇として表面上は取り繕っているが、ライトの目にはどす黒い炎が背後から立ち昇っているように見える。


「このような場にお招きいただき、光栄に存じます。皆さんご存知とは思いますが、私とそこにいるライトアンロックは旧知の仲であります。ですが、今回の料理対決において手心は一切加えませんので、安心してくださいませ。勝負、た、の、し、み、にしていますね」


 そう言って柔和な笑みを見せたファイリの薄く開いた瞼の奥から、漆黒の闇を秘めた鋭い眼光がライトを射抜いている。

 そんなファイリに笑みを浮かべたまま会釈するライトの神経の図太さに、周囲の人々は呆れを通り越して感心している。


「ごほん、では料理対決のルール勝敗方法を発表いたします」


 司会役らしき初老の男性が進み出ると、手にした書類に目を通しながら当事者以外の人々に対して説明を始める。


「品目はメインディッシュとスープの二種。食材は各自が用意することとなっております。まずは、ライトアンロック様の料理を食し、次にアジリー様の料理を味わい判断していただきます。審査員の方々は十点満点での採点となり、三名の合計点が上回った方が勝ちというシンプルなルールでございます」


 料理対決の勝敗方法は全てライトからの意見を取り入れて決定された。料理長アジリーも特に不満はないようで即決したのだが、今になって少し引っ掛かりを覚えている。


(審査員もこちらの知り合いが二名。あちら側が用意したのは教皇ファイリ。仮にも教皇が一介の聖職者ごときを贔屓するというのも考え難いが、こちら側が有利なのには間違いない。まあ、こちらの二名はワシの裏の顔を知らぬ。公平な判断をする人材じゃが問題はない。ワシが料理で負けるなど、万に一つもあり得んことじゃ)


 アジリーは心の声をおくびにも出さず、じっとライトを凝視している。

 緊張している様子もなく、過剰な自信が見えるわけでもない。ただ、平然とそこに立っている。無駄に力が入っていない自然体で開始の合図を待っている。


「何か秘策があるのか。それともワシに匹敵するほどの腕をしているのか。どちらにしろ、精々足掻いて見せるがいいわ」


 アジリーは誰にも聞こえぬように小さく呟くと、組んでいた腕をほどき軽く両腕を振る。顔に浮かんでいる表情は無邪気な子供の様で、この戦いが始まるのを誰よりも待ち望んでいる。


「では、制限時間は一時間となります。料理を始めてください!」


 司会の合図を皮切りに、両者が同時に厨房へと流れ込む。

 料理長はたった一人で全ての料理をこなすようだが、ライトは助手としてメイド長に手伝いを頼んでいる。

 両者の調理が見えない様に巨大な厨房には仕切り板が設けられており、お互いが何をしているのか一切わからなくなっている。


「ライト様、何なりとお申し付けくださいませ」


「貴方がいてくれて良かったですよ。料理上手な人が他に思い浮かばなかったので、本当に助かります」


 ライトの知り合いには女性が多いのだが、イリアンヌ、ロッディゲルス、ファイリは料理が苦手だ。

 イリアンヌはお嬢様育ちなので、独り立ちするまで料理の一つもしたことがなく、一度試しに作ってもらったのだが、手先の器用さと刃物の扱いには慣れているので、食材を切る作業は一人前以上だったが他の能力が壊滅状態だった。

 ファイリも同様に料理をする機会が無かったので、最近密かに料理をメイド長に習っているらしいが、腕の方はまだまだらしい。

 ロッディゲルスはお菓子以外の食にあまり興味がなく、魔族という普通の食事を必要としない体が料理に対する意欲を失っていた。


「私もそれ程、自信があるわけではありませんが、あそこにいる女性、ぷっ、よりかは幾分ましかと」


 わざとらしく口元を抑え、笑いをこらえるような仕草をする。

 審査会場から厨房は一直線上にあり、視界を遮る扉は開け放たれている。料理の手順や技、食材も審査の対象となる為、審査員や観客にも良く見える仕様になっている。

 故に、メイド長のわざと大きな声で言い放った悪口は丸聞こえで、言葉に反応した女性三名がメイド長を睨んでいる。


「では、メインディッシュの肉を切ってもらえますか。そうですね、一人前のステーキ半分程度の大きさでお願いします」


 ライトが収納袋の中から取り出した食材は、巨大な肉の塊であった。

 ハリと弾力がありすぎる肉には適度に脂がのっていて、見るからに上質で高級感が漂っている。


「ライト様。この肉……包丁を受け付けないのですが」


 メイド長が切り分けようと包丁の刃で切りつけているのだが、肉には切込みが全くつかず、肉の弾力で刃をはね返す。


「これは失礼しました。この包丁を使ってください。この日の為にキャサリンさんに頼んでおいた、永遠の迷宮産の鉱物で作られた包丁です」


 ライトが事前にキャサリンに頼み込み作ってもらった逸品だ。その時キャサリンは素で驚きながらも快く引き受けてくれた。


『包丁の依頼なんて初めてよ。殺すための道具じゃなくて誰かを喜ばせる為の道具ね。まっかせなさい! 最高の一品、作って見せるわ!』


 メイスの中は見えないが、きっと満面の笑顔で自信満々に胸を張っている筈だと、ライトは確信していた。


「あのライト様。このお肉、ほんのり金色に輝いているように見えるのですが。一体何の肉なのでしょうか」


 肉の塊を四方八方から物珍しそうに眺めているメイド長は、指で肉をつつきながら首を傾げている。


「それは後のお楽しみで。切り分けた後はそこの実をすりおろして、十分ほど漬け込んでください」


 ライトが指差す方向に置かれていた果実は表皮が漆黒で、人の拳程度の大きさをしている。初めて見る果実の姿にメイド長はまたも首を傾げる。


「ライト様。度々申し訳ございません。これも見たことない食材なのですが」


「それは冒険者の中では結構有名なのですが、名前は聞いたことあるかも知れませんよ。生命の実。ご存じありませんか?」


 ライトはメイド長の耳に口を近づけると、小声でそう答える。

 人をからかう時以外、決して崩れることが無いと言われているメイド長が、大口を開け唖然としている。

 それもその筈、生命の実とは霊峰レジスの山頂にあると言われている聖なる大樹、生命の樹が十年に一度だけ実をつけると言われている伝説の果実だ。聖属性の魔物が徘徊している霊峰レジス。その山頂付近にはホワイトドラゴンが住んでいると言われており、その実をどうにかして手に入れたものは巨万の富を得ることができると言われている。


「どうやって手に入れたのです。それ以前に生命の実に漬け込むというのです……か」


「はい、そうですよ。純粋な料理の腕では足元にも及びませんので、こちらは食材で勝負を仕掛けます。遠慮なしにガンガン使ってくださいね。他にも、色々と食材を取り揃えていますので」


 食材については食べる時になって教えた方が、より効果があるだろうと、二人は小声で言葉を交わしている。

 机に置かれた様々な食材の内、半分はわからなかったが、残りの半分は世間一般で言われる高級食材と呼ばれる物ばかりだった。


「聞かないでおきましょう」


 メイド長は残りの詳細がわからない食材については、知らない方が身のためだと自分に言い聞かせ、好奇心を押し殺し調理に取り掛かっていく。


「スープは私に任せてください。では、全力を尽くしますよ!」


 珍しく気合の入った声を上げると、ライトは料理に集中する。手慣れ包丁さばきで食材を切り刻み、鍋へと入れていく。どうやら、野菜スープを作るようだ。

 両陣営が順調に調理を進めていき、辺りに食欲を刺激する香りが充満し始める。審査員は口の中に溢れ出す唾液を飲み込み、観客であるイリアンヌたちは羨ましそうに、厨房方向を見つめている。

 待つ方にしては長く、調理側としては短い、一時間が過ぎ去り、ライトとアジリーは出来上がったばかりの料理をキッチンワゴンに載せ運んできた。

 ライトはまず、焼きあがったばかりの分厚いステーキを審査員の前に並べる。本来なら口にしやすいスープを先に出すべきなのだが、ライトはあえて肉を先に出した。


「これは、シンプルですね。肉一枚だけしか置かれていないというのに、何故ここまで目を奪われてしまうのでしょうか」


 審査員の一人が、白い皿の真ん中に堂々と鎮座している肉厚のステーキから目が離せないでいる。副菜もなく、全く飾り気のないただ焼いただけに見える肉の塊だというのに、見ているだけで口から唾液が零れ落ちそうになっている。


「ライト様、料理名を聞かせてもらえますかな」


 同様に目を奪われていた司会役が頭を振り冷静さを取り戻すと、進行を始める。


「はい、そのままではありますが、この料理は――生命の実に漬けた光翼竜のステーキです」


 ライトの何気ない口調での説明に、場の時が止まった。

 生命の実だけでもSランク難易度だというのに、神々の争いを生き抜いた伝説の光翼竜の肉をステーキにした等、到底信じられるものではなく、もし本当だとしたら正気を疑われる料理だ。

 ライトとアジリー以外は、眼球が顔から零れ落ちるのではないかとライトが心配になるほど、目を大きく見開き、顎が外れたのではないかと疑ってしまうほど大口を開けている。

 アジリーは微動だにせず、その場で硬直している。その姿を見て性格は腐っていますが、流石、凄腕の料理長ですねとライトは感心していた。

 実際は驚きのあまりリアクションを取ることすらできず、体が硬直してしまっているだけなのだが。


「ラ、ライト、嘘じゃ……ないよな?」


 ライトに対して免疫があるファイリが、いち早く正気を取り戻し、ライトへ確認を取る。


「間違いありませんよ。まあ、論より証拠です。皆さんお召し上がりください」


 審査員三名は震える手でナイフとフォークを掴み、恐る恐る肉へナイフを刺し込んでいく。調理前はメイド長がどうやっても通常の包丁では切れなかった肉へ、ごく普通のナイフが滑り込むように肉に埋もれていく。

 驚くべき柔らかさに驚嘆しながらも、審査員の握るナイフが容易に肉を分断しナイフが皿へと到達する。

 肉が二つに分断され、切断面が左右に分かれると肉から光が溢れ出した。それは過剰な表現ではなく実際に目の当たりにした現実である。

 金色の光が周囲を照らし、光から少し遅れてやってきた香りが鼻孔を刺激する。それは、香ばしいながらも、どこか新鮮な果実を連想させ、矛盾している筈の二つの香りが嫌味なく混ざり合い、審査員の胃袋を強烈に刺激する。


「もう無理だ!」


「我慢できん!」


 食事の作法など全く気にせず、審査員は二つに分断された肉の塊の一つにかぶりつく。

 柔らかいながらも程よい弾力のある肉を噛むと、中から溢れ出した肉汁が口内を暴れまわる。それは、味覚の暴力とも呼ぶべき圧倒的な味だった。

 喉を通る肉汁と肉片は触れた体の臓器全てに活力を与え、体に力が漲っていく。と同時に、聖属性をふんだんに含んだ二つの食材により、体の中が聖属性により浄化、癒され、体中の不調が全て取り払われる。


「ふおおおおおっ、何だ、何だ、この例えようのない味はっ! 豊潤で濃厚っ、それでいて繊細でいつまでも噛んでいたくなるような噛み心地の良さ! 舌が喜びに包まれている!」


 一人の審査員は突如立ち上がり、大げさに味について語り始めるが、他の二名は話す暇も惜しいとばかりに、肉を貪っている。

 一人頑張って語っていた審査員も、二人の様子を見て慌てて座り直し食事に没頭する。

 あっという間に平らげられた光翼竜のステーキが載っていた皿を、名残惜しそうに見つめている審査員の姿がある。


「そ、それでは、審査員の方々に採点をしてもらいましょう」


 レストランのスタッフが持ってきた用紙に三名が点数を書き込んでいる。全員が書き終わると用紙をスタッフへと返し、司会役の男性へと集められる。


「それでは、順番に点数を発表いたします。九点、九点、十点、合計二十八点です!」


 満点には及ばなかったが、その点数は充分な高得点と言えるだろう。

 メイド長は満点でなかった事に、一瞬だけ眉をひそめるが直ぐに表情を戻す。

 ファイリは迷わず十点を書き込んだのだが、残りの二人は迷った挙句に苦悶の表情を浮かべ九点をつけた。


「では、九点をつけたお二人に感想をお聞きしましょう」


「まず言えることは、今までに味わったことのない素晴らしい料理でした。この場に立ち会えた幸運を神に感謝したいほどです。ならば、何故十点を入れなかったのか。それはここの常連であることが理由です。私はこれ以上の味に一度遭遇した経験があるからです」


「私もほぼ同じ感想です。今日は料理長が貴重な食材を惜しげもなく使い腕を振るったと聞きます。これ以上の味が期待できる以上、十点をつけるわけにはいきませんでした」


 常連である二人は料理長に配慮したわけでもなく、この味を超えられると信じた上での評価だった。料理長の料理がライトの料理に劣ると判断した場合は、容赦なく九点以下の数字を書き込む意思がある。


「では、次の料理と参りましょう。ライトさん続いてスープをお出しください」


 白い深皿に浅く溜まっている、薄い青色の液体。スプーンで二回すくえば無くなる量のスープがそこにあった。漂ってくる香りは柑橘系の様で、嗅いでいるだけで料理の興奮が少しずつ治まってくる。

 先程の例もあるので、審査員は油断せずゆっくりとスープを口に運んだ。

 誰も言葉を発せず、味を確かめるかのようにもう一度スープを飲み込む。そして、静かに姿勢を整えると、スタッフが用意した用紙に数字を書き込んでいく。


「何かさっきと違い過ぎて怖いわね」


「リアクションが何もないようだが」


 イリアンヌとロッディゲルスが心配してライトへ視線を向けるが、ライトはいつも通り薄い笑みを張り付け、動揺を微塵も見せずに突っ立っている。


「得点が届きました……えっ、あ、いえ、失礼しました。発表します。六点、六点、七点、計十九点となります」


 大幅に下がった微妙な点数にライトの仲間たちから、無念の声が漏れた。

 ライトも予想外だったらしく、少しだけ表情を歪めている。


「あー、このスープはすっきりとした飲み心地で、口内にさわやかな香りが広がるとても素晴らしいスープでした。ですが、先程の味の余韻をも全て打ち消されてしまい。残念な気持ちにもなりました。正直、出す順番を間違えていたと言わざるを得ません」


「私は料理に関しては素人ですが、これを先に飲んで口内が綺麗になった状態で、あの肉をもう一度味わいたかったと思いました」


 男の審査員に続き、ファイリまでもが厳しい意見を口にする。

 ステーキの受けの良さに勝ちを確信していたライトの陣営に陰りが射している。


「では、料理長アジリー様の料理と参りましょう」


 新たに置かれたアジリーのメイン料理はライトと同じくステーキだった。

 だが、その肉から漂う香りは全くの別物で、一息吸い込むだけで顔が思わずほころんでしまう、何とも言えない幸せな気持ちになる香りを放っている。


「これはっ」


「やはりきましたか」


 常連の二人は、そのステーキを見て思わず声を上げてしまう。


「ライト殿の料理には度肝を抜かれたが、ワシは正統派で勝負させてもらおう。これは、人が食する為に育てられた、ワイルドカウの肉を使っておる。長年研究に研究を重ね、やっと辿り着いた酪農家の意地と愛情が作り上げた、人が食べる為の肉。ワシでも五年に一度、一頭しか仕入れられんワイルドカウの最高に美味いと言われている、腰肉を使っておる。それにワシが配合した香草の粉を練り込み数日寝かした物じゃよ。とくと味わってくだされ」


 本性を隠し、表情と言葉を取り繕ったアジリーは自慢げに微笑む。

 滴る肉汁に食欲を刺激される香り。余韻を打ち消され真っ新になった体内がご馳走を前に騒いでいるかのような感覚に陥る。

 期待を胸に三名が同時に肉を口へと運んだ。ゆっくりと、その肉の旨みを一滴たりとも逃さぬように噛みしめ、呑み込む。

 三人の反応を逃すまいと集中し、場が静まりかえる。

 スタッフも含めた店中の視線が注がれる先にいる審査員の全ての顔に浮かぶ表情は――困惑。

 見るからに美味しそうなステーキを口にして、やっていい表情ではない。だが、食べた本人も納得がいかないようで、再び肉を頬張るが――更に困惑の色を深めることになる。

 この反応に怪訝な表情で状況を見守っているアジリーがいるのだが、絶対の自信があるだけに彼らの反応が理解できないでいる。


「で、では、採点をお願いします」


 新たな用紙に審査員が顔をしかめながら記入していく。集められた用紙に目を通した司会役の男性が信じられない様に用紙を何度も確認するが、どうやら間違いではないようだと納得し大きく息を吸った。


「では、料理長アジリー様の得点を発表します。二点、二点、一点。合計……五点」


 呆然とした表情で力なくその場に膝をつく料理長アジリー。勿論、納得はいってないのだが、その点数の低さに全身の力が抜けてしまい、言葉を口にする余力すら失われていた。


「勝負ありですね。次のスープが三十点満点だったとしても、私を超えることは出来ません」


「……審査員よ、どうなっている。ワシの料理は……」


 何とか言葉を捻りだし、少しだけ力の戻った体を奮い立たせる。


「料理長。私自身、未だに信じられません。このステーキ客に出してよいものではありませんよ。歯ごたえ感触は文句のつけようがありませんが、一番大切な味が酷過ぎる。口に含んだ瞬間に広がる、異様な甘さ。香草の香りと甘みが混ざり合い、例えようのない違和感が口に広がってしまうのです」


「そんなバカな! 砂糖など入れておらぬぞ!」


 アジリーが審査席に走りよると、まだ残っている肉の一切れを摘み上げ、口内へと投げ入れる。そして、何度も噛み砕くと怒りの表情を浮かべる。


「どういうことだ、美味いではないか! 糞どもがっ! てめえらの味覚はどうなっている! こいつらの舌はあてにならん、お前らも食ってみろ」


 唾を撒き散らし、怒り心頭と言った感じで本性を現し審査員を罵倒する。そして、見守っていたスタッフやイリアンヌたちに食べる様に勧めた。

 ご馳走を前にただ見る事しかできなかった面々は、喜んで予備で作られていたステーキを口にする。


「おおおおっ、肉の脂身が口の中でとろけるっ! 口内に広がるこの幸せな肉汁はなにっ」


「やはり、料理長の腕は最高だ!」


「たのむ、もう一口! もう一口食べさせてくれ!」


 絶賛する声が次々に上がり、審査員を非難する視線が集中する。審査員三名は周囲の反応に驚き、残されていた肉を口にするのだが、やはり美味しくはない。


「ほら見て見ろ! ワシの料理は最高で最強! 貴様らはそんな舌切り落として犬にでも食わせてしまえ! この勝負無効じゃ、無効!」


 顔面を真っ赤に染めアジリーが憤っているが、隣に立つライトは冷静な視線で喚き立てる老人を見下ろしていた。


「おや、約束事を守らないと仰るので? 事前に交わしたこの契約書お忘れですか。貴方は喜んで契約を結びましたよね。一つ、この戦いは料理勝負とし一度決した勝敗は覆されることは無い。審査員の買収、恐喝などを禁じる」


 淡々と読み上げるライトをアジリーは憎々しげに睨みつけている。


「一つ、ライトアンロックが負けた場合、アジリーの借金を肩代わりし全て返済する。そして、仲間である二人をアジリーに譲り渡す。両名の許可済み」


 二人は始め抵抗したのだが、ライトの揺るぎない自信と逆境を何度も覆してきたことへの信頼。その二つを信じ渋々ながらも同意した。


「一つ、アジリーが負けた場合、特別な贈り物スペシャルギフトをライトアンロックへ譲渡する。この契約は拒否を認められず、契約を万が一破った場合その魂は失われることとなるだろう」


 ロッディゲルスに頼んで作ってもらった闇魔法の一つ『闇の契約書』の内容を読み切ったライトは、憐れむような視線をアジリーへと向けている。

 この魔法は今では失われてしまったと言われているのだが、闇の組織や王族の間で密かに使われている魔法である。契約書に書かれた文章は絶対であり、対象者がその内容に納得すると自らの魂の欠片が契約書に吸収される。

 契約は絶対であり覆すことは不可能。契約を破った場合、契約書は燃え上がり違反者の魂を黒い炎が焼き尽くす。アジリーはその契約書の端を口に含み『神味』を発動させ不備がない事、魔法の仕組みを全て理解した上で契約したのだ。

 全身を屈辱で震わせ、歯を食いしばっていたアジリーは掠れた声で未だに納得いかない、料理への評価を口にする。


「何故じゃ、何故ワシの料理だけ審査員が、まさか買収したのか!」


「それは契約書で違反行為となることを承知していますよね。では、そろそろネタばらしをしましょうか。アジリーさん、私が出したこのスープをご賞味ください」


 アジリーは、ライトが眼前に突き出したスープの臭いを嗅ぐ。柑橘系の爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。不信感を隠そうともせず、警戒しながらゆっくりとスープを口にした。


「ふむ、悪くはないが絶賛するほどではない味じゃな。しかし、今までに味わったことのない奇妙な舌触りと味。何かあるのか。『神味』これは……自白剤の材料でもあるマスゴルティア草と、幻覚を生む毒草ファドリゲ草じゃとっ!」


 アジリーの叫び声を耳にし、スープを口にした審査員一同の顔色が変わる。

 毒草と聞き慌てて解毒剤を求める声と、自分に状態異常を治す『解呪』の呪文を掛けるファイリの声がライトの耳に届いてくる。


「皆さん静粛に。ご安心ください。容量を守って使用していますので、体に害はありませんよ。この二つの薬草の量を正確に測り配合し、それを口に含むと一時的に一部の味覚が混乱をきたし、塩分と酸味を甘味と勘違いする程度です」


 さらっととんでもないことを口にしたライトを呆然と見つめる店内の人々。

 審査員は味覚が混乱した状態でステーキを口にしたことにより、正常な判断ができなくなっていたのだ。丁度いい塩加減は甘みとして感じ、爽やかな口当たりを演出する筈の酸味は甘さのダメ押しとなった。


「以前うちの母親が毒草を二種類混ぜたらどうなるのだろうという、どうでもいい好奇心に駆られてこの料理を食卓に出したことがあるのですよ。その時、暫くの間まともに味を感じることができなくなりまして。いやあ、懐かしい思い出です。どんな経験が後になって生きてくるかわかったものではありませんね」


 昔を思い出し、穏やかな表情で過去を語るライトだったがその話を誰も聞いていなかった。全員があまりにも酷い結末に何も言えず、呆然とただその場にいる。

 この日、ライトは新たに特別な贈り物を手に入れた。それと引き換えに、ライトの作る料理への警戒心が仲間内で生まれることになる。


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[一言] エグイ... 味覚を狂わせるなんて 鉄鍋のジャ○を思い出しました
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