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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
93/145

実家

 逃げられないようにと、イリアンヌに手を引かれて町中を歩き続けること一時間。ようやく目的地に着いたらしく、黙って先を進んでいたイリアンヌが振り返る。


「ここが実家なんだけど……」


 強引に引っ張ってきた後ろめたさがあるのだろう、見るからに挙動不審でライトと目を合わせようとしない。


「怒ったりしていませんよ。ですが、せめて理由ぐらいは話してもらえますか」


 視線を巡らし周囲の確認をしながら、ライトは少し優しく語りかける。

 ここはロジックの孤児院があった場所に近く、貧困街と呼ばれる地域で、さっきから目つきの悪い住民がこちらを何度も値踏みするような視線を飛ばしてきていた。

 左手にはライトの頭より少し高い塀がかなり先まで続いており、ここが実家だというのなら、かなりの規模の屋敷だと言えるだろう。

 意外といいところの出なのだなと、ライトは妙な感心をしていた。


「ごめん、話してなかったわね。実はうちって先祖代々、由緒正しい暗殺者の一家なのよ。何人もの優秀な人材を送り出しているから、知名度も高くて顔も知られているから依頼に困ることはないの」


 説明をしながら、ゆっくりと歩き続けるイリアンヌ。ここに着くまで何度もあったのだが、イリアンヌを見かけた住人が何人も気軽に声を掛けてきていた。


「暗殺者の知名度が高いってどうなんですか。顔が知られているのはマイナス要素でしかないような」


「大丈夫よ。行動に移す時は顔隠すか見られない様にするし。って、あ、おばちゃん久しぶり!」


 話の途中で顔見知りに出会ったイリアンヌは、そのおばさんに駆け寄る。


「ありゃ、暗殺者一家んところの、イリアンヌちゃんじゃないの! 元気にしてた? お仕事帰りなのかしら。今日もりまくりだったの?」


「んー、最近そっちの依頼はやってないの。ちょっと正義の味方やっているからね」


「ありゃま。そういや、イリアンヌちゃんは昔から英雄に憧れていたもんね。でも、ちゃんと殺ること殺っておかないと、腕が鈍るわよ」


「わかってるって。じゃあ、ちょっと急いでいるから、また今度ねー」


「あー、あの男、待たせているのかい。いやー、いい男ね。殺りがいのありそうな、体しているじゃないの。私もあと二十年若かったら、一緒に殺りたかったのに残念。体に無理せんと無茶も程々にするんだよー」


 イリアンヌは近所のおばちゃんに元気に大きく手を振ると、ライトの元へと戻ってきた。


「何でしょうか。ちょっと下ネタも交えた普通の日常会話に聞こえないこともないのですが、妙な違和感が残りますね」


 三英雄の影響を受け、下ネタに抵抗感が薄れているライトは、そういった内容にも過剰に反応することはない。


「あの人、昔はうちで働いていた凄腕の暗殺者だから。言うことがちょっと物騒で困るのよ」


 ああ、やる、とはそっちの意味でしたかやっぱり。とライトは一人で納得している。


「ごめん、話の途中だったわね。連れてきた理由なんだけど、実はライトを暗殺し損ねたことが実家にばれて、昨日まで呼び戻されて監禁されていたのよ」


「監禁ですか」


「うん。もう、母さんと父さんに毎日怒られるし、腕がなまってないかと門下生の人たちと、毎日修行させられるし」


「門下……生?」


 暗殺者一家なのに弟子をとっている。その意味が理解できなかったライトは、思わず疑問が口に出ていた。

 少し驚いた表情をしているライトに対し、イリアンヌは話の内容に何の疑問も抱いていないようで、嬉々として話を続ける。


「そうなのよ。うちってほら、名門だから毎年何人も弟子にしてくれって、暗殺者見習いがやってくるのよ。毎年、大々的に入門試験をやっていて、今年も二百人以上の入門希望者がいたそうよ」


 暗殺者と言っても、冒険者として活躍している者も存在する。きっとここの入門者には、人殺しの技を教えるのではなく、冒険者としての基礎と身のこなしを教えているのだろう。と、ライトは思い込むことにした。


「でね、昔と比べて私かなり能力上がっているじゃないの。だから、父さんたちが驚いちゃって。その実力があって何故殺せなかったんだ! ってうるさいのよ。もう標的じゃないって説明しても聞く耳持たなくて、一度連れてこい! じゃないと、お前をこの家から出さないって」


 力なくうなだれるイリアンヌの説明を聞き、ここ数日、何処へ行くにも距離を取って追いかけてくる不審者と、殺気を帯びた視線に納得がいった。


「ライトもこれからの戦いに私がいないと困るでしょ……困るよね! 困るって言え!」


「ええまあ、そうですね」


 益々、嫌な予感しかしないライトだったが、今更引き返すわけにもいかず、流されるままに屋敷の門前に着いてしまう。

 閉じられた木製の大きな門の前には槍を構えた、屈強そうな若者が二人並んでいて、ライトの姿を確認すると穂先を突き出してきた。


「ちょっと、あんたたち何してんのよ。私が連れてくるって説明したわよね」


「これはお嬢、失礼しました。見るからに物騒な男だったのでつい」


 慌てて止めに入ったイリアンヌに従い、武器を戻す門番たちだったが、殺気を込めた鋭い目つきは未だにライトを貫いている。

 どう考えても前途多難だなと、溜息を吐いたライトは門の脇に立てかけてある看板が目に入った。そこには大きな文字で――紅蓮流暗殺術道場と書かれている。


「イリアンヌ、これは?」


「え、看板に決まっているじゃないの。紅蓮流ってのはうちの流派よ。殺した相手の血飛沫が紅く咲く蓮のように広がるところから取ったらしいわよ」


 暗殺術なのに堂々と看板を掲げている事に驚き、その流派の由来を聞きライトは眉尻を寄せる。


「父さんは何処にいる?」


「この時間ですと、奥の道場かと」


 門番が如何にも重そうな門扉を、全身を押し付ける様にして開く。

 イリアンヌがライトの手を再び握りしめ、門の内側へと誘う。

 手と手が触れた瞬間、門番の殺気が高まるのを感じたライトは、これから先の展開を想像し憂鬱な気持ちで引っ張られていった。

 門内部の敷地には、何もない殺風景な庭と所々に、様々な形状の建物がある。一般的な民家風の建物から、冒険者ギルドの様な石造りの建物。小さな屋敷まである。どれも統一性が無く、住居というには生活臭が全くしない。


「あ、これって暗殺の訓練施設よ。ほら、家や建物に忍び込むのも仕事の内でしょ」


 想像以上にしっかりと教え込んでいるのだなと、ライトは少し感心する。

 既に腹をくくっているライトは余裕が出てきたらしく、物珍しそうに周囲を観察しながら奥へ奥へと進んでいく。


「あった、あった、あの道場にいるみたい」


 イリアンヌが指差す建物を見た、ライトの感想は、でかい。それに尽きた。

 平屋の建物なのだが軒高はかなりのもので、屋根までの高さは三階建ての建物に匹敵するだろう。面積はかなりのもので、ライトの生まれ故郷の村の半分とまではいかなくても、四分の一ぐらいの規模はあるように感じる。


「……繁盛していますね」


「毎月の月謝かなりもらっているみたいだし、ここの卒業生は暗殺業で得た報酬の一割を、納める決まりになっているからね。でも、門下生はまだいいのよ。身内なんて、報酬の五割よ、五割! 半分、取られるのよ!」


 地団駄を踏み悔しがっているイリアンヌを見て、金に汚い理由が少しだけ理解できそうなライトだった。

 このまま放っておいては延々と愚痴を聞かされそうだったので、何とか宥めると、感情を爆発させ不満を少し発散できたイリアンヌが黙って道場の扉に手を掛ける。


「気配を殺して、標的も殺す! そこ、動きが甘い。ちゃんと急所を狙わんか!」


「はいっ!」


 熱血教師のような無駄に勢いのある声と、それに対し大声で返事をする門下生の声が道場内にこだまする。

 それは一か所から聞こえるのではなく、道場のそこら中から響いてくる。

 ライトはざっと見回しただけなのだが、最低でも百人以上はいると判断した。


「活気がありますね。暗殺術なのに」


「当たり前でしょ。訓練は厳しく、元気よく! 仕事は静かに速やかに。うちの家訓よ」


 イリアンヌが口にした家訓が、道場の壁にでかでかと書かれていた。

 門を潜ってから、ライトは厄介な揉め事を避ける為、イリアンヌと同じように気配を殺していたのだが、道場に入った途端、講師陣が一瞬ライトへと視線を向けるが、そのまま指導を続けている。

 門下生も遅ればせながら、ライトたちに気づいたようで、好奇心を隠そうともしない意味ありげな視線をライトとイリアンヌに注いでいる。


「父さんは何処かな……あっ」


 ライトは首の前に突如現れた、短剣の刃を人差し指と中指で摘まむ。冷たい刃の感触が指先から伝わってくる。かなりの力が込められているようなのだが、ライトが軽く摘まんだ短剣はびくともせず、その短剣の持ち主は諦めて手を放した。


「ほう、流石にやるようだな」


 ライトの左脇から喉元へ刃を突き付けてきた者は、素早くライトから距離を取り、少し離れた場所で警戒を解かずにライトを睨んでいる。

 身長は百七十もいかないようで、男性にしては少し小柄だろう。深緑の頭巾を被っているので、髪形や髪の色はわからないが、目元に小じわが見える堀の深い顔に、頬と顎に少し髭を生やした、野性味のある顔つきをしている。


「父さん、いきなり何するのよ!」


「暗殺者の挨拶みたいなもんだろうが。噂には聞いていたが、ライトアンロック、本物のようだな。ランクでは測れない実力、くっくっく、楽しみだぜ」


 両手に刃が歪に湾曲している短剣を構え、イリアンヌの父がじりじりとにじり寄る。

 ライトは困ったように頬を掻くと、視線をイリアンヌに向けた。


「父さん、やめて! 怪我じゃ済まないわよ! 粉砕されるわよ!」


「……粉砕って何だ」


 あまりにも物騒な言葉が娘の口から飛び出たのに驚き、父親の殺気が少し薄れる。

 それでも、武器を下ろすことなくライトから視線を外そうともしない。


「色々と納得がいかない状況なのですが、説明はいつしてもらえるのでしょうか。性格が穏やかなのが唯一の取り柄である私でも、少々イラついてきているのですが」


 ライトは突っ立った状態のまま右足に力を入れ、道場の床板をぶち抜く。

 思ったより大きな音が道場内に響き渡り、全員の視線がライトに注目する。道場主である、イリアンヌの父親が武器を構えているのを見て、門下生と講師が訓練を止め武器を手にライトを取り囲み始めている。

 焦りを一切見せず、構える事すらせずに、薄い笑みを浮かべたまま、ライトは殺気を含んだ視線を受け流している。


「あんたたち、いい加減にしな。父さんも何やっているの」


 イリアンヌの父親の隣にいつの間にか現れた、女性が周囲を睨みつけると全員が委縮し、すぐさま武器を収める。

 ライトは表情を変えずに、その女性を観察する。

 身長はイリアンヌの父親より頭一つ以上高く、百八十近くあるだろう。頭には赤い頭巾を被り、長い髪を後方で縛っているようだ。

 見た目は二十代にも三十代にも見える顔をしているが、目鼻立ちのすっきりした顔に、無表情とも取れる冷淡な表情。身体つきは、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる――いや、出るところは出過ぎているともいえる体形をしている。それが高身長と相まって、男女問わず目を引く外見の女性だ。


「……何で私と母さんを二度見した。言いたいことがあるなら、聞こうじゃないか」


 ライトの視線を感じ取ったイリアンヌが睨んでくるが、ライトは何も言わず肩をすくめた。


「貴方がライトアンロックさんですね。旦那が失礼しました。いつも娘がお世話になっています」


「か、母さん。こいつは娘をたぶらかした男だぞ! 頭を下げる必要はない!」


 隣でライトを罵倒する父親に母親が視線を向ける。母の方は常識があり、しっかりしているように見えたライトは、これでようやく人心地付けると安心する。


「あら、そうだったの。じゃあ、倒さないといけないわね! お父さんが言うなら間違いないわ!」


 無表情だった顔を一変させ、無邪気な笑みを浮かべると腰に携帯していた、円形の刃に柄が付いた見たこともない武器を取り出し、夫婦揃って武器を構える。


「ごめん、ライト。母さんいつもは冷静沈着で常識人なんだけど、父さんにべた惚れで、父さんの言うことなら何でも信じちゃうの」


 イリアンヌは額に手を当て、疲れたように頭を左右に振っている。

目の前には凄腕と思われる暗殺者夫婦。周囲には門下生と腕も確かな講師陣が計百名以上。戦ってみたい気はするが、相手の実力がわからない以上、無謀な争いは避けたかった。

 首を傾げた状態で唸るライトに、暗殺者たちが一斉に飛びかかろうとする。


「折りますよ」


 ライトの一言で暗殺者たちの時が止まったかのように、完全に動きを止める。彼らの視線の先には――ライトの腕を首に回され、動けない状態のイリアンヌがいた。


「貴様、聖職者のくせしやがって、人質を取るのか!」


「神はこうおっしゃっています。生き残る為に手段は選ぶなと」


 しれっと言い放つライトは、悪びれた様子もなく、焦りさえ見せず穏やかに話しかける。


「さて、私は話し合いにきたつもりだったのですが、強硬手段を取るというのなら私にも考えがあります。武力で判断する、大いに結構です。ですが、ちゃんと条件を付け誓約を交わしませんか」


 この状況下においても笑って見せるライトの豪胆さに、両親は呑まれそうになるが、幾つもの視線を乗り越えてきた経験が、二人の頭を少し冷やさせる。


「条件か、言ってみろ」


「戦い方は無茶で無い限りそっちの言い分を聞きましょう。その代わり勝った場合の条件は、目的を果たすまでイリアンヌをお借りするで、どうでしょうか。あ、依頼として考えてもらっても構いませんよ。報酬もきちんと支払います」


「金か……うちの娘はかなり有能な稼ぎ頭だ。長期間もの代金を払えるというのか、一介の聖職者が」


「そうですね。生憎、暗殺者の相場というのがわかりませんので、これだけあれば足りるでしょうか」


 ライトが収納袋に手を入れると、周囲の警戒が増すが気にも留めず、お目当ての物を掴むと一気に引き抜く。

 そして、道場の床にわざと轟音を立てるように放り投げる。

 周囲の暗殺者の体が一瞬浮くような縦の振動が伝わり、その振動の元となった物へ視線が集中する。

 そこには大人一人が余裕で入れるぐらいの大きさの布袋があった。床に投げた時の衝撃で袋を縛っていた紐が解け、中身が露わになる。袋の内部には金貨がぎっしりと詰め込まれている。


「お、おい、幾らあるんだこれは……」


 膨大な金貨の山を前に、唾を飲み込む音がそこら中から聞こえてくる。

 この世界において、金貨が一枚あれば一般的な四人家族が贅沢を毎日しても一か月は余裕で暮らせる。その金貨が数え切れない程、詰まっているのだ。誰もがその目を疑い布袋を凝視している。


「さあ、以前数えた時は布袋一つで千枚? ぐらいでしたか」


「は、はっ! そ、そんなはした金で娘を貸すわけにはいかねえな」


「父さん、あれだけあれば、道場の修繕費と新しい施設作ってもお釣りがくるわ」


 強がっている父親の脇腹を母親が肘でつついているが、父親はチラチラと金貨の袋に視線を飛ばしながらも、折れる気はないようだ。


「娘を借りたいのなら、最低でもその量の――」


 父親が話している最中にライトは、収納袋に手を入れ新たに取り出した布袋を床に放る。


「量の……」


 同じ大きさの布袋から金貨が新たに零れ落ちる。


「ああ、お話を続けてください。ちょっと蓄えの確認をしているだけですので。支払う時になかったとなると、失礼ですからね」


「あ、ああ……大切な娘を金で売り渡すような真似ができ」


 三度目の地響きが道場を揺らし、金貨が詰め込まれた袋が一つ追加される。


「ああ、そうだ。こうしませんか。もし、勝負で負けたらここの金貨は無条件で差し上げます。そして、娘さんも諦めましょう。ですが、万に一つもないと思うのですが、私が幸運にも勝利した時は娘さんと、この道場の力をお貸し願いたい。どうです?」


 呆然とライトと金貨を見つめる暗殺者の中で、イリアンヌだけが口元を引くつかせている。あの顔に浮かぶ微笑みが悪魔の笑みに見えて仕方がない、イリアンヌだった。

 結局、金貨袋五つと、透明の箱に満載された金貨を見て、両親は頭を縦に振り商談が成立した。



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