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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
92/145

逃走

あれから一週間が過ぎた。

 死者の殆どが聖職者と兵士であり、尚且つ首都で損害をこうむったのはイナドナミカイ教団の敷地と首都の壁だけだったので、住民が日常を取り戻すのは思ったよりも早かった。

 だが、首都の兵士が六割以上戦死し、肉体の一部を欠損し兵士として働けなくなったものが更に二割いる。計八割もの兵士を失った国の防衛機能は失われたと言っても過言ではないだろう。

 国王は新たな兵士の育成と失われた外壁の修復に頭を悩ませ、イナドナミカイ教団は栄華を極めた拠点を失い、この国の二本柱は今にも折れてしまいそうだった。

 この絶望的な状況で真っ先に動いたのは、国ではなくイナドナミカイ教の頂点に立つ教皇だった。


「大神殿は失いましたが、信心が失われたわけではありません。皆さん、人々が不安を抱き、明日への希望を失っている今こそ、我らイナドナミカイ教の出番ではありませんか。皆さんは生きているのです。嘆き悲しむ暇があるのならば、その手その足を使い、一人でも多くの住民を救ってください」


 教皇であるファイリが、失われた大神殿跡の前で、集まった聖職者に熱弁を振るい、絶望に打ちひしがれていた聖職者たちに進むべき道を照らした。生きる目的を与えられた聖職者たちは一丸となって、町の修復、治安維持、人々の心と体の治療に全力を注いだ。

 ファイリが人々の対応に追われている頃、ライトは何故か冒険者ギルドで書類の山に埋もれていた。


「何故、私がギルドマスターの部屋で書類整理をしているのでしょうか」


 山積みになった書類に目を通し、判を押すと隣で控えていたギルド職員に手渡していく。


「ライト様がこうして手伝ってくださっているお蔭で、何とかギルドが保てています。本当にありがとうございます。あ、ここにも判子お願いします」


 ライトの専属受付だったギルド職員のリリームは混乱するギルド内でメキメキと頭角を現し、臨時ギルドマスターであるライトの補佐として傍にいる。


「似合わないことをするものではありませんね。本当に」


 ライトは今更ながら軽率だったと、あの時の事を思い出し後悔している。





 戦いが終わり、邪神の体も消え、町が少し落ち着きを取り戻した翌日、ファイリ、メイド長、シェイコムはイナドナミカイ教団関連の厄介ごとを収める為に離脱し、ロッディゲルスは神殿跡に開いた大穴内部を念の為に調べに行った。

 イリアンヌは朝から姿が見えず、ライトは急に一人になり、することも思いつかなかったので冒険者ギルドの様子を見に行くことにした。今思えばそれが間違いだったとライトは自分の判断ミスを悔やんでいる。

 冒険者ギルド本部は人でごった返していた。この戦いを生き延びた冒険者たちが一斉に報酬をもらいに来ていた為だ。

 冒険者は報酬が払われるのかという不安を口にしており、ギルド職員が事態を収拾しようと声を張り上げ説明を繰り返している。


「ですから、報酬は支払います! 今は参加者と亡くなった方の情報を集めるので手一杯なのです。一週間後までには準備しておきますので、皆さま今日のところはお引き取り下さい!」


「ギルドマスターが死んで、うやむやにする気じゃないだろうな!」


「本当にこれだけの人数に金払えるのかっ!」


 説明に納得できない冒険者が職員に絡み始める。本来なら、冒険者ギルドの信頼は厚く、報酬の未払い等ということはあり得ないのだが、全てを取り仕切っていたギルドマスターの死が冒険者の不安を煽ったようだ。

 罵倒が飛び交い、場の空気がかなり悪化してきている。冒険者には血の気の多い連中が多く、一触即発の事態になり始めている。


「どうしたのですか」


 ライトは怒鳴り声を上げている戦士風の冒険者の肩に手を置き、話しかけた。

 冒険者は振り返りもせず、鬱陶しそうに肩に置かれた手を払うと、


「邪魔だ、引っ込んでろ!」


 と吐き捨てる。

 ライトは困ったように首を傾げると、めげずにもう一度繰り返した。


「どうしたのです」


「だから、黙ってろと言ってるだろ……う……が、あ、あ、あ」


 しかめ面で振り返った冒険者はライトの顔を見て、動きを止める。

 その男は西での戦いに参加していた冒険者のようで、ライトの活躍を目撃し驚愕した一人だった。


「どうしたのですか」


 薄い笑みを張り付け、三度同じ質問をするライトに、冒険者の男は額に無数の汗を浮かばせ、背筋を伸ばすと大声で質問に答える。


「皆、今回の戦いでもらえる筈の報酬が心配で集まっています!」


「なるほど、そうでしたか。教えてくださってありがとうございます」


「い、いえ! こちらこそ光栄であります!」


 直立状態の冒険者に礼を言うと、ライトは大きく息を吸い込んだ。

 そして『神声』を発動させる。


『皆さん、お静かに』


 それ程、大きな声ではなかったというのに、その場にいた全員の耳にしっかりと届き、全員が一斉に振り向き、ライトに視線が集中する。


「少し落ち着いてください。報酬の件に関しては生前、ギルドマスターから言伝を頼まれています。報酬は全額払う。死亡した者の身内へも報奨金を用意してある。とのことです。この約束事はライトアンロックの名を以て、ここに証明します。皆さん、今日のところはまだ疲れも残っているでしょう。ゆっくりと体を休めてください」


 ギルドマスターからの伝言は全て嘘なのだが、この場を収める為に即興で考えたことを口にした。

 それでも食い下がろうとした冒険者を、他の冒険者が止める。西の戦場でライトと共に戦った者の全てが説明に納得し、まだ不満の残る冒険者を説得し立ち去っていく。


「あ、ありがとうございます! このままではどうなることかと、肝を冷やしていました!」


 深々と頭を下げるのは、冒険者ギルドの前で声を張り上げて苦情に対処していた、小柄な女性職員だった。ライトはその職員をまじまじと見つめると、ぽんっと手を打った。


「ああ、いつも受付を担当してくださる方ですね」


「はい、リリームです! ここでは何なので中に」


 特に用事があったわけではなかったのだが、ライトは促されるままにギルド本部へ入っていく。そこで待ち受けているものが何かも知らずに――


「この書類は何処に!」


「それは後回しにして、こっちの情報をまとめてくれ!」


「おい、ここの計算間違っているぞ!」


「誰、これまとめたの! 名前がダブっているわよ!」


 ギルド内は戦場と化していた。

 職員が忙しそうに駆け回り、書類の山と格闘している。ホールに足を踏み入れたライトの存在に気づく暇もなく、職員は作業に集中している。


「このような状況ですので、取り敢えずギルドマスターの部屋へ」


 口を挟めるような状況ではないので、ライトは大人しく従いリリームの後を追った。

 忙しさのあまり殺気立っていた職員の間をすり抜け、二階にあるギルドマスターの部屋に足を踏み入れた。

 飾り気のない殺風景な部屋。必要最低限の物しか置いていない、女性の部屋らしさの欠片もない造りにライトは苦笑いを浮かべる。

 いつもなら、窓際で机に脚を載せ、面倒臭そうに話しかけるギルドマスターがいるのだが、もう二度とその姿を見ることはない。


「ギルドマスターがいないと……この部屋、広過ぎて」


 リリームは小さく呟くと机にそっと手を触れる。

 そのまま黙り込んでしまった彼女を暫く待っていたのだが、話し出す気配が無いのでライトは声を掛ける。


「それで、私をここに連れ込んだ理由は何なのでしょうか」


「ライトさん。これを受け取ってください」


 リリームは顔を伏せたまま、両手で封筒を差し出した。

 この状況でなければ、まるで学生の告白シーンだなと、ライトは場違いな事を思いながら、その封筒を受け取った。

 封を破り、中の便箋を抜出して、じっくり目を通す。


『お前がこれを受け取ったということは、既に死んでるってことになるのか。不思議な感覚だな。まあ、前置きは必要ないか。お前に頼み事がある。ギルドマスターを代わりにやれ』


 唐突な物言いに、文字を追う視線が止まる。

 このまま、便箋を握り潰したい気分だが、ぐっと堪えて続きを読む。


『他に頼れるような奴もいないし、お前暇だろ? まあ、ずっとじゃなくて構わん。お前は邪神を止めるという目的もあるだろうからな。暫く、ここの職員が落ち着くまで頼めないか。お前が必要としている、次の邪神が眠る場所は既に調べさせてある。そいつらからの報告があるまででいいから任せたぞ』


 ギルドマスターに頼んでいた仕事は継続されていたようで、ここまでお膳立てされていれば、ライトも断り辛いものがある。

 大きく息を吐くと、新鮮な空気を取り込み、続きに目を通すがそこから先には文字が一切書かれていなかった。一枚目が終わり、二枚目に目を通すとこんな事が書いてあった。


『追伸 俺の私財を全部売り払って、その金を全て報奨金と命を落とした奴の見舞金に充ててくれ』


「最後まで豪快ですね」


 ギルドマスターらしい締めの言葉に、ライトは思わず頬が緩む。

 それ以上何も書いていないのを確認すると、便箋を封筒に戻しリリームへ返す。


「そういえば、ギルドマスターの住居って何処なのでしょうか。ご存知ですか」


「はい。そこです」


 指さす方向に目をやると、この部屋の隅に片開きの扉があった。


「いちいち家から通うのが面倒臭いと、この部屋の隣を住居にしていました。他に部屋や家を借りていたという話も聞いていません。ライトさんへの入室許可も頂いています。この鍵を使ってください」


 手渡された鍵を使い私室へと入る。

 そこはさっきまでいた部屋よりシンプルで、家具はタンスとベッドしかなかった。

 無骨な造りをした頑丈そうなベッドと、上が両開きで、下に四段の棚があるタンス。色も素材そのままで、使えればそれでよかったのだろう。

 ライトはタンスに手を掛けたところで、後ろからついてきているリリームに目配せすると、静かに頷く。

 了承が取れたので両開きのタンスを開けると、そこには無地の服がずらりと並び、明るい色彩の服は一枚もなかった。


「言い方は悪いのですが、金目の物が何処にもないような」


「下の引き出しも下着や寝間着ですので、マニアの方には売れるかもしれませんが……」


 何でも売っていいとは言われているが、それは高値で売れたとしても生理的にどうなのかと躊躇ってしまう。


「他にはベッドしか……あとは」


 定番の隠し場所として思いつくのは、ベッドの下ぐらいかなとライトが覗き込むと、そこには収納箱があった。


「思春期の子供の様な隠し場所ですね。冒険者ギルドのマスターとしての、危機管理能力が疑われますよ」


 収納箱を引きずり出し、蓋に手を掛ける。

 大事なものを入れている場合、普通、魔法の錠がしてあり所有者以外は開けられないようになっている。のだが、蓋はあっさりと開いてしまう。


「無用心にも程があるでしょう。さて、中身を出してみましょうか。リリームさんも手伝ってもらっていいですか」


「はい、わかりました」


 中身を全て取り出し、床に並び終わるとライトは品をじっと見つめる。

 隣に並ぶリリームが何とも言えない表情で同じように品を眺めている。


「巨大な魔石が五つ。これを売ったらかなりの金額になりそうですね。で、問題はこれなのですが……何ですかこれ」


「ワインのコルクのようですね」


 地面に転がる魔石以外のアイテムは全てワインのコルクだった。ワインが染み込んだコルクが一面に広がり、床板が見えなくなるほどの使用済みコルクで埋め尽くされている。


「どうでもいい、意外な趣味を知ってしまいました」


「そ、そうですね。と、取り敢えず魔石を処分するにしても。まずは、国に報告して所有者の変更を認めてもらわないと、下手すると窃盗の容疑で捕まってしまいます」


 それもそうだと、頷きかけたライトだったが、あることに気づき動きが止まる。そして、ゆっくりとリリームの方向に顔だけを向ける。


「……その手続きってどれぐらいかかります?」


「ええと、直筆の手紙も残っていますし、正式な手続きが通れば、審査の結果一週間程度で。ですが、ええと、今は」


「兵士が大量に減り、国が混乱している最中。その手続きが通るのはいつになるのか。冒険者は直ぐにでも報酬を欲しがっています。となると、この現状で待たせるわけにはいきませんね」


 二人は顔を見合わせると、同時に大きく息を吐く。

 最後の最後まで細かいところまでは考えない、豪快な性格が災いするギルドマスターだった。

 その後、ライトが正式な手続きが通るまで金額を肩代わりすることになり、無駄に溜め込んでいた貯金の一部を使い、冒険者への支払いを済ませる。

 真面目に一週間、最低限ではあるがギルドマスターの仕事をこなし、ある程度書類整理にも目途がついてきたので、今日でライトはギルドマスター(仮)から解放される予定になっている。


「この書類で終わりですね。ようやく片が付きました」


 ライトが凝り固まった肩をほぐす様に腕を回していると、最後の書類に目を通していたリリームが確認を終える。


「お疲れ様でしたライト様。言葉では言い表せない程、お世話になりっぱなしで。本当に助かりました」


 深々と頭を下げるリリームに「良い経験になりましたよ」と言葉を返し、椅子の背もたれに全体重を預ける。

 二、三日は何もせずにだらだら過ごそうとライトが心に誓っていると、何の前触れもなく部屋の扉が大きな音を立て開け放たれる。

 入り口の向こう側には、肩を上下に揺らし、疲労困憊といった感じのイリアンヌが、前屈みになり荒い呼吸を繰り返している。

 その姿に嫌な予感しかしないライトはリリームにそっと耳打ちをする。


「そこの扉閉めてください」


「イリアンヌさんが、まだ廊下側にいますが」


「構いません。鍵を閉めるのを忘れないでくださいね」


 困った表情を浮かべながらも、ライトの言葉に従いリリームがそっと扉に近づき、扉を閉めようとする。


「ちょっとまてぃ」


 扉が閉まり切る寸前ところで、イリアンヌが隙間に手を入れ、無理やりこじ開けるとその身を室内へ滑り込ます。


「ライト、大切な話があるの! って、うぉい! どこ行く気!?」


 開け放たれた窓枠に脚を掛け、逃げ出そうとしていたライトのすぐ隣に神速で回り込んだイリアンヌが、ライトの脚にしがみ付く。


「ちょっとトイレに」


「あんたは路地がトイレ代わりなの!? ちょっとだけ、話を聞いてよ! お願いだから少しだけでいいから!」


 必死の形相で懇願してくるイリアンヌに気圧され、ライトは諦めたように頭を左右に振る。


「仕方ないですね。聞くだけですよ」


「うんうん、それでいいから」


 ライトを掴む腕が緩んだのを感じ取ると、ライトは小さく『下半身強化』を口にする。そして、持続時間無し、攻撃力もない目くらまし代わりの『聖光弾』を発動させ、そのまま窓枠から身を投げ出すと、二階から地面に飛び降りる。

 『上半身強化』下半身強化だけでは体のバランスが悪く動きにくいので、上半身にも強化魔法を施し、全速力で町中を駆け抜ける。


「ちょっと! 待ちなさいよ! 何で逃げるの!」


 光に目をやられ、瞼を閉じた状態で神聴を頼りにイリアンヌが追いかけてくる。


「嫌な予感しかしないからです。私はだらだらとダメ人間の様に日々を過ごすと決めたのです」


 神速で追いかけてくるイリアンヌの声と足音が徐々に近づいてきている。

 神力を使ってでも逃げるべきかどうか、走りながら悩むライトだったが後方から聞こえてくる声と、必死の形相に負け、足を止める。


「つ、つがまえだぁぁ」


 涙目で鼻水も出かけている状態の顔をライトの法衣へ埋めている。

 言いたいことはあったが、いくらライトでも空気を読んだようで、疲れ果てているイリアンヌをそのままにしておく。

 暫くそうしていると、息が整ったイリアンヌがライトの顔を上目づかいで見つめ、意を決し、頼みごとを口にした。


「うちの実家に一緒に来て!」


 やはり碌なことにならない。ライトは胸中でそう呟いた。

 


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