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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
91/145

胴体

 ライトが気を失って少ししてから、首都を未曾有の大地震が襲った。

 人々は激しく揺れる建物の中で、訳もわからぬままただ神に祈りを捧げ、時が過ぎるのを辛抱強く待ち続ける。

 首都中の人々は広場での衛兵たちからの通達や、飛び交う噂話と曖昧な情報から危険な状況に置かれていることを理解し、殆どの住民が自宅で身を潜めていた。

 数分続いた激しい揺れが収まり、建物の崩壊を恐れた人々が外に飛び出すと、そこで初めて、いつもと違う町の様子に気づく。

もう日の出が始まる時刻だというのに、周囲は暗闇に覆われ、春だというのに異様に肌寒い。


「どうなってんだ。もう、朝だろ、何でこんなに暗いんだよっ」


「寒くて震えが止まらないわ。息もこんなに白いし」


 ずっと室内で息を殺していた人々が、同じように外へ出てきた人と顔を見合わせ、違和感を口にしている。寒さと不安に震える肩を抱き、周囲を忙しなく見回している住民の一人があることに気づき、声を上げる。


「な、なんだ、あれは!」


 顎が外れそうな程、大口を開けている男が、後退りながら震える指先が示す方向に住民たちは一斉に顔を向ける。

 闇に浮かぶ、青白く光を放つ巨大な壁のような物体が首都の北西方面にそそり立っていた。あまりに巨大過ぎて端から端までがどれ程の長さなのか、人々は想像もつかず呆然と眺めている。


「おい、あの場所って……大神殿の方向じゃないか」


 誰かが呟く声に反応して、住民が目を大きく見開いた。

 確かにあそこは町の名所でもある大神殿とその周囲に建てられている、聖職者専用の宿舎や学校が建てられている場所に間違いない。


「聖職者の皆様はどうなったの……」


「神よ、いったいどうなっているのですか……」


 敬虔な信者が天に向け祈りを捧げるが、そこには不気味な雷鳴を轟かせる暗雲があるのみだった。





 突如、大地が裂け、大神殿や無駄に大きな公園も含む、イナドナミカイ教団の敷地内の建物、北西部に位置する首都の外壁が巨大な地面の切れ目に呑み込まれていく。

 首都の三分の一をも所有する巨大な敷地が全て深淵へと、崩れ落ちる。

 これだけ大規模の崩落現場となると大量の死人が出ていそうなものなのだが、事前に手を回していた教皇からの連絡があり、殆どの聖職者と信者はこの場から離れていた。その御蔭でこの地震と崩落による死者は二桁で抑えられている。

 不審に思いながらも、安全圏へと退避していた聖職者たちは呆然と大地の割れ目を覗き込んでいた。


「なん、なのだ。これはいったい、何だというのだ! 我らの大神殿がっ、学び舎がっ!」


 信者の憧れと誇りであった大神殿は跡形もなく消え去り、代わりにあるのは底が見えない深淵。

 絶望に打ちひしがれ嗚咽を漏らす聖職者の耳に、再び地鳴りのような音が届く。

 先程の余震がきたのかと聖職者たちは慌てて大地にひれ伏すが、体に震動は伝わってこない。耳を澄ましていた何名かが、その音は深淵の底から響いてきていることに気づき、身を乗り出して裂けめの奥底を覗き見る。

 見ているだけで吸い込まれそうな暗黒の闇に、ほんのり灯る光が目に入る。それは青白く光る小さな点だったのだが、徐々にその光は大きくなり、明るさを増していく。


「な、な、何かが浮かび上がってくるぞっ!」


 聖職者たちは一斉に深淵から離れると、全速力でその場から逃げ去っていく。

 深淵全体が青白い光を放ち、地鳴りと地響きが耐えられないレベルに達した時、巨大な人型の胴体が深淵から飛び出してきた。

 それは大神殿周辺を呑み込んだ大穴の淵を削り、淵からその全体を吐き出すと、そのまま上昇を続け首都の上空で停滞する。

 それが、目の覚めたライトが見た光景だった。





「何故だ! 悪魔の侵攻は防いだはずだ。それなのに何故っ!」


 唇を噛みしめ、悔しさを隠そうともせず鋭い目つきで邪神の胴体を睨んでいるファイリ。


「別働隊が首都内部へ潜り込んでいたのか」


 ロッディゲルスは腕を組み考え込んでいるが答えは出ず、唸り声が漏れる。


「その可能性は事前に私たちが防いだから無いと思うけど。北に潜んでいた魔物は殆ど処理した筈よ。何体が残していたとしても、さほど戦況に影響は与えない、と思う」


 イリアンヌの意見にライトは黙って頷く。

 もし内部に強力な悪魔が潜んでいたとしても、邪神の欠片を復活させることは出来ない筈だ。とライトは踏んでいた。

 故郷の村でやったように、内部に入り込んだ悪魔が、その身を捧げ復活させるという手段も考えたのだが、悪魔数体で結界がどうにかできるなら、とっくの昔にやっていた筈だ。


「おそらく、今回の戦いの勝敗はどうでも良かったのですよ。悪魔にとって」


 ライトは戦いが始まる前に確信していたが、誰にも伝えなかった考えを、この戦いの本当の意味を語り始める。


「戦いに勝利すること。それは、悪魔側の目的ではありません。邪神の復活。それだけを狙っていました。戦いの結果、勝利を収めたのなら、首都の住民を殲滅し、命の全てを生贄とし邪神を復活させればいい」


 それは皆もわかっているので、小さく頷いている。


「悪魔側が負けたのならば、全ての魔物と上位悪魔の命と引き換えに邪神を蘇らせる。どっちに転んでも悪魔側は問題なかったのです。戦う前から結果は決まっていたようなものです。邪神の欠片復活は避けられなかった」


 結末が見えていた。だからといって、むざむざ殺される訳にもいかず、国と住民の被害が少しでも減る方向でライトは戦い続けていた。


「問題はここからです。前回、腕の復活に立ち会いましたが、あの時はこの後に無数の魔物が噴き出してきました。西での戦いでお会いした、小、人の両将軍に、それとなく伝えておいたので、首都内部である程度は対処してもらえる筈ですが」


 現在、両将軍は首都内部では生き残りの兵士へ指示を出し、首都の北西部付近から住民の避難誘導をしている。

 上空に浮かぶ邪神の胴体は、何をするわけでもなく暗闇に佇んでいる。

 口では警戒を促していたライトだったが、読みとしては、何もなくこの場が収まると思っている。

 腕の時は指が円を描き空間が割れ、そこから闇の魔物が噴き出してきた。あれは確かに邪神の力なのだろう。だが、手を使い魔法のようなものを発動し空間を破壊したのであって、胴体自体には何の能力もないと見ている。だからこそ、ザリーフォンとの戦いで躊躇いもなく神力開放を使った。


 人々が見つめる中、何の動きも見せなかった邪神の胴体が再び動き始める。すーっと更に上へと登っていき、空を覆う暗雲へと潜り込み、そのまま姿を消した。

 人々はそれがどういう意味なのか理解できず、ただ黙って消えた場所を見つめ続けている。

 予想通りに事が運んだとはいえ、確信があったわけではないので、邪神が立ち去ったのを見て、ライトは安堵の溜息を吐く。


「ファイリ、邪神の胴体がまだ見えますか」


「あ、おう? すまん、ちょっと待ってくれ」


 呆けた表情で空を眺めていたファイリが、我を取り戻すと神眼で消えた辺りを凝視する。何度も瞬きを繰り返し、念の為に周辺も見回し、胸を撫で下ろすとライトへ顔を向ける。


「もう、この場にはいないな。完全に撤退したようだ」


 ファイリの言葉を肯定するかのように、空を覆っていた分厚い暗雲は消えていき、日の光が首都や戦場を照らし出す。

 全身に日の光を浴び、この惨事が終わったことを感じ取った住民から、喜びと安堵の声が上がる。大量の死者を出し、首都が破壊され邪神が復活した。何も得るものが無く、失ったものは大きすぎた争い。

 首都が元の姿を取り戻すには、気の遠くなるような膨大な時間が必要となるだろう。だが、首都に住む人々は、脅威から解放され、まるで勝ち戦の様な盛り上がりを見せている。

 時が経てば、その熱も冷め現実が突きつけられることになるのだが、今は生きている。それだけを純粋に喜んでいる。

 門から中に入ったライトは、そんな住民たちを見つめ口元を緩める。


「あんた、珍しく嬉しそうね」


 イリアンヌが隣を歩くライトの顔を覗き込み、少し驚いている。イリアンヌの声に反応した仲間が全員ライトへ振り返る。

 付き合いが長くなければわからないような、いつもの笑みとは少し違う、穏やかで柔らかな表情に仲間は見とれてしまう。


「ええ。生から逸脱し、生きる者を憎み恨んでいた闇の魔物と、対照的な生を喜ぶ様を見て、何だか嬉しくなりまして」


 生きていることを喜ぶ。闇との付き合いが長いライトにとって、その思いはとても単純で大切なものだと感じている。

 死を迎えるその日が来るまでは、精一杯、生きていることを喜び楽しんで欲しい。

 差別が当たり前のように存在し、人の命が平等でない世界で、それが綺麗事だとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。





「おっ宝~おっ宝~残っているかな~」


 激しい戦いが繰り広げられた東の戦場跡で、一人の少女が鼻歌交じりに死体を漁っている。まだ息のある魔物や兵士を見つけては、しゃがみ込んで相手の顔を覗き込み「外れか~」と残念そうに呟くと、相手の頭を軽く小突く。

 そして、立ち上がると次の獲物を探して戦場を楽しそうに駆け回っている。彼女がスキップをする度に頭の大きなリボンが揺れ、通り過ぎた場所には頭を失った死体が列を成す様に転がっている。


「うーん、ガルちゃんとイミャルちゃんは、ちゃんと吸収される前に取れたけど、ザリーちゃんは、魂が飛んでこなかったから、何処かに居る筈なんだけどな~。悪食はゲットしておきたいし、うんうん」


 誰もいないというのに大きな声で独り言を呟くと、辺りをきょろきょろと見回している。

 そして「おおーっ」と声を上げると飛び跳ねる様に駆け出し、戦場の中心部からかなり離れた場所で、砂に埋もれた二体の悪魔の死骸を見つける。


「このワニとカバちゃんは確か、ザリーちゃんの側近よね。ってことは……ザリーちゃーん、朝ですよ~」


 身動きどころか呼吸も完全に止まっている悪魔の死骸に向けて、少女は大声を張り上げる。満足そうに頷くと、耳に手を当て死骸からの返事を待つが、いくら待っても返ってこなかった。


「もう、まだ寝た振りするなら、頭小突いちゃうんだからね」


 頬を膨らませ「ぷんぷん」とわざとらしく声に出し、拳を振り上げる。それでも反応が無いので容赦なくその拳を振り下ろす直前に、その腕が掴まれた。


「やめろ。誰かわからず警戒していたが、なりは違うが、てめえ、キルザールか」


 むくりと起き上がったカバ型獣人の悪魔は、口を一切動かさず声を発した。

 その声は死んだはずのザリーフォンなのだが、その姿は見えない。だが声は確かにカバ型から流れてきている。


「残念でした、今はミリオンですぅ。ザリーちゃん見違えたわよ」


 焦点の定まらない虚ろな目をしたカバ型の顔は見ないで、胸元に向かってミリオンは話しかけている。


「てめえも、見てくれ変わったな。いつ若返ったんだ。って服が邪魔だ」


 カバ型はボロボロの燕尾服の胸元に手を掛けると、左右に開くように一気に引き千切った。


「きゃっ、乙女の前で何するのよっ」


「完全にキャラが変わってやがるな」


 呆れたように口元を歪めている口と、以前と変わらぬ鋭い目つきのザリーフォンが――カバ型悪魔の胸元にいた。胸に浮かぶ目と口は確かにザリーフォンの物だった。

 カバ型悪魔の胸元にザリーフォンの顔があるという異様な容貌に、普通の神経をしていれば怯えるか驚くものなのだが、ミリオンは笑顔を絶やさず、眼も逸らさないで楽しそうに話しかけている。


「しかし、何で俺が生きているとわかった」


「だってー、ザリーちゃんの魔力が主の元に向かってなかったしぃ。昔、ザリーちゃんと双子ちゃんが喧嘩して、ザリーちゃんが双子ちゃんの一部分食っちゃったじゃないの。その時に能力もらったんでしょ?」


 軽い口調で話すミリオンに、ザリーフォンの目が鋭い眼光を飛ばす。


「悪食って凄いわよね。相手の力を奪うんじゃなくて、自分のものにする。相手は能力を維持したままだから、取られたことに気づかないし、自分は相手のその力を使えるようになる。まあ、悪魔は殺したら全部奪えるから、あんまり目立たない力なんだけど、ちょっとかじっちゃうだけで、全部とは言わないけど力の一部が使える様になるなんて……ね」


 子供っぽい笑みを浮かべたまま、その目は真剣な光を宿している。


「ちっ。まさか、気付かれていたとは。悪食は相手を全部食えば、その能力と同じ力を得ることができる。と説明していたが、それは悪食の力の一部に過ぎん。相手の体を少しでも食うことが出来れば、その力の一端を得ることが可能となる」


 そこまで話すと一旦言葉を区切り、ザリーフォンの顔が浮かび上がったカバ型悪魔が、自分を指さす。


「この二体の獣人型悪魔は双子から手に入れた『分裂』の力を使い生み出した、俺の予備だ。やつらのように、同レベルの体を作ることは出来なかったが、いざという時の回復薬代わりと、万が一やられた時にこうやって生き延びられる避難場所として役立ってくれる。あの時、もう一組の予備の体から力を吸ったが、こいつらの存在に気づかれてないか冷や冷やしたぜ」


 元々豪快な性格をしているので、予備の体を四体作ったのはいいが容姿に拘るのが面倒になり、双子を参考として始めの二体と同じ型の二体を作ってしまう。戦場の後方で控えていたので、姿は見られずに済んだが、もし見られていたらファイリの目により見抜かれていた可能性があった。


「だよねー。ほんっとザリーちゃんが生きていた良かったわ」


「てめえ、その姿になって丸くなったな。前まではもっと殺気立っていただろ。ちょいと不気味なぐらいだ」


「そう? でも、生きていて嬉しいのは本当よ。ザリーちゃんの魂、見過ごしちゃったのかと思って焦ったんだからねっ」


 そう言って片目をつぶると、右腕をザリーフォンの顔の中心に突き刺した。カバ型悪魔の体が大きく仰け反り、その背から腕が飛び出す。


「て、てめえ、何しやが、る」


「だってぇ、生きてないとこうやってちゃんと奪えないし、悪食の力があれば、私の修復早く終わりそうだもん」


 一切悪びれることなく無邪気な笑みで答えると、ミリオンは突き刺している腕とは反対の腕を、無造作に振り下ろした。

 腕から飛び出した漆黒の刃が、地面に埋もれていた、もう一体の予備を破壊する。


「くそっ、くそっ、くそがあああああああああっ!」


 ザリーフォンの断末魔が戦場跡に響き渡る。


「生きる事に意地汚い男って嫌われるわよ」


 蝿でも払うように手を振ると、突き刺されていたザリーフォンの予備は霧散し、周囲に散らばった黒い魔素は全てミリオンに吸収されていく。


「んー、無駄に魔力バカ食いしてないわね。これなら完全復活も早そう。悪食もちゃんと使えるみたいだし、ザリーちゃんの予備はもうないようね。あー、でもキンちゃん、ギンちゃんの力は貰えないのかー。残念。分身したかったのにぃ」


 口を尖らせ不満を口にしているが、目は笑っているので、そんなに悔しくはないのだろう。


「んふふふ。早く完全復活してライトに会いたいなー。やっぱり、感動の再会を演出するには最終決戦の場がいいわよね。次の欠片は任せるとして、さっさと栄養集めてこないと」


 ミリオンは目の前に闇の渦を発生させると、踊るように飛び跳ねながらその渦へ跳びこんでいった。



長かった首都での戦いに区切りがつきました。

真面目な戦いの場面が多すぎたので、次話は少し雰囲気を変えた話を書こうかと思っています。

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