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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

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 ライトは念の為に巨大メイスを収納袋へ戻し、代わりに控えとして買い溜めしておいた、二本のメイスを取り出し両手に構える。


「一応これもそれなりに頑丈な鋼鉄製ですからね」


「誰に言い訳しているのよ。兎も角、魔法が効かないなら私たちが何とかするしか、ないわよね」


 ファイリは支援に徹するようで、後方でいつでも呪文を発動できるように意識を集中している。その前方にはシェイコムが大楯を構えた状態で目を光らせている。

 ロッディゲルスとメイド長は生き残りの魔物を受け持つようで、鎖と鞭が敵を一定距離内に近づけさせることなく、次々と葬り去っていく。


「物は試しです。行きますよ」


「「「「「さっさとこい」」」」」


 右手で手招きするザリーフォンに右肩を狙った振り下ろしと、脇腹に狙いをつけた横薙ぎを同時に放つ。斜めから挟み込むように繰り出された攻撃を、ザリーフォンは軽々と手のひらで受け止めメイスを握りしめる。

 掴まれ動かない筈のメイスが急に軽くなり、ライトがメイスを引き抜くと先端の鉄の塊が綺麗さっぱり無くなっている。良く見ると柄の先に先端だった鉄の欠片が残っている。そこにはくっきりと歯型の跡があった。


「果実じゃないのですから」


 ザリーフォンの両掌からゴリゴリという硬い物が磨り潰される音が響き、その手を見せつける様にライトへ向ける。両掌には人間の口があり、その口が何かを噛み砕くように蠢ている。


「鋼鉄製は美味しく頂かれてしまうと。じゃあ、次ですね」


 今度は収納袋から巨大な丸太を一本掴み出した。ライトは右手に少し力を込め、指先を丸太にめり込ますと頭上へ振り上げる。


「この大きさならどうです」


 頭へ振ってきた丸太を、ザリーフォンは無造作に突き出した右拳で容易く粉砕する。


「「「「「何を勘違いしているのか知らんが、別に全てを喰う必要はない」」」」」


「それもそうですね」


 またも武器を失ったライトは、再び収納袋からメイスを二本取り出す。


「またそれか。懲りない男だ。そろそろ、こっちから行くぞ」


 異様な姿のザリーフォンを警戒して、少し広く間合いを取っていたにも関わらず、ライトは一瞬にして懐に飛び込まれてしまう。


「早いっ」


 ザリーフォンの足さばきが早すぎて、まるで脚が幾つも生えたかのように残像が見える。鋭い踏み込みからの打突を警戒して、ライトは相手の動きに集中するがザリーフォンは突きを放つわけでもなく、拳を固めず開いた両手で掴みかかってくる。

 何も知らない状態なら、手甲で捌いていた可能性が高いが悪食の能力と無数の口を知った今、触れられることは避けるべきだと、後方へ飛びのきながら右手に魔力を集中する。


『聖光弾』


 喰われるのを覚悟の上で射出した直径一メートル程度の聖光弾は、目論見通り突き出された右手に開いた口に吸収される。


「体が軽く痺れる刺激的な味。最高だぜ」


 光が消えた先にいるザリーフォンはその動きを止めず、残った左手をライトの顔面目掛け伸ばしてくる。


「メインディッシュはどうですかっ!」


『聖属性付与』を掛け白く光を放つ右手のメイスを、ピンと伸ばされた左手の指先を上から押し潰すように叩きつける。


「これならっ」


 指と手の甲を狙いすました一撃は掌にある口に喰われることはない、ライトはそう考えた。だが、ザリーフォンは伸ばしていた指を曲げ、拳を作ると、メイスの一撃を手の甲で受け止める。


「全身に出せる、と言ったはずだぜ」


 手の甲に新たに現れた無数の牙が生えた野獣の口がメイスに噛り付き、噛み砕く。

 ここまではライトの目論見通りに事が運んでいる、両手に喰わせることにより相手の腕を一時的に封じ、残った左腕の武器で相手の脳天を狙う。


「食後のデザートがまだですよっ!」


 左手の武器を相手の頭頂部目掛け渾身の力で振り下ろす。


「頂いておこうかっ!」


 顔を上げ喰らうために口を向ける時間はないと考えていたライトの目の前で、ザリーフォンの頭が真っ二つに割れる。頭頂部から首元まで裂け、大きく長く広がる口には鋭く尖った牙が奥深くまで並んでいる。


「これは、さっきのワニ型っ」


「そういうこった」


 左手に掴んでいたモノが口内に呑み込まれる。ガリガリと――陶器が砕かれる音が閉じたザリーフォンの頭内部から微かに聞こえてきた。

 両手の武器を失い、攻撃を終え無防備な状態のライト。

 ザリーフォンの両手に現れた口は物を咀嚼しているため閉じているが、拳を握りしめ殴るのには何の問題もない。それに、一度見せた口から吐き出す高威力の魔法という手段も残されている。

 回復魔法の用意をしていたファイリは手の出しようがなく、様子を見ていたイリアンヌも助けに入るタイミングを逃していた。

 一撃が入る。誰もがそう思い、ライトが何とか耐えてくれることを祈った。

 その時。


「「「「「うるぐあああああああっ!」」」」」


 全身を仰け反らせ、ザリーフォンが絶叫を上げる。

 反撃をもらうことなく、ライトが地面へと足を突く。這いつくばり、体を痙攣させながらも涙目でライトを睨みつけているザリーフォンに、ゆっくりと歩み寄る。


「ライト、お前、何やったんだ」


 状況が掴めないファイリがライトに疑問を呈する。


「吸収タイプの魔物への対処法。定番とは何ですか」


 歩みを止めることなく逆に質問を返した。


「吸収する魔物と言えば打撃も魔法にも強いスライムか……一つは、吸収できない程の高威力で吹き飛ばす。は、無理か。今そんな魔法使ってないな。なら、消化できない物を放り込むか、体に害を与えるものを……それかっ! 毒か痺れ薬を使ったな!」


「惜しいですね。魔法を食べるぐらいですから、そっち方面は無効化されるかと判断して使っていませんよ。ただ、さっきから何かを食べるたびに味について語っていたので、味覚や触感や香りは感じていると判断しまして」


 そこで言葉を区切ると、再び収納袋から巨大なメイスを取り出す。


「辛味の強い香辛料でしょ!」


 いつの間にかライトの近くまでやってきていたイリアンヌが、手を打ち合わせると大きな声で回答する。


「残念ながら間違いです。正解は――」


「「「「「てめえ……何てもの喰わせやがった!」」」」」


 怒鳴りつけるザリーフォンの本来の口以外が体内に入ったものを吐き出そうと、懸命になって唾を吐いている。


「おや、何でも食べるのではなかったのですか? 一部の特殊な性癖の方は好んで食べられるそうですよ。人の排泄物を」


 ライトは聖光弾を放ち相手の視界を遮った瞬間に、メイスを収納し排泄物を溜めこんだ壺を取り出していた。そして、それを武器と見せかけ食べられるのを目的として殴りかかった。

 ライトの説明を聞き、女性陣は何とも言えない表情を浮かべ、半身を逸らした状態で眉をひそめている。


「「「「「てめえは、殺すっ!」」」」」


 怒りに冷静さを失い、全力で突っ込んできたザリーフォンに『神力開放』全身から白い炎を巻き上げ迎え撃つ。

 高密度の神力を吹きだすライトの白い炎を呑み込もうと、ザリーフォンは全身の口を開こうとするのだが、さっき呑み込んだ汚物の味と感触が頭に浮かび一瞬、口を開くのを躊躇ってしまう。

 それは、ライトにとって充分すぎる隙だった。

 地面すれすれを擦るように振り上げられたメイスの一撃は、顎を粉砕しそのまま頭を吹き飛ばす。頭を失った三メートルもの巨体が天高く舞い上がり、地上から見上げるライトたちの視界から小さくなっていく。

 ライトは神力を維持したまま、両足を踏ん張り上半身を限界まで捻じると耳を澄ました。

 上空からザリーフォンの体が風を切って落ちてくる音が近づいてきている。その音が徐々に大きくなり、ライトはかっと目を見開いた。

 そして、捻じれを解放した渾身の横薙ぎが、ザリーフォンの胴体へ激突する。

 メイスは素振りをしたかのように振り切られると、ザリーフォンの体が有った筈の場所には何も存在せず、一瞬にして跡形もなく消滅させられていた。


「悪食を名乗るなら、それぐらい平気で食べてくださいよ」


 ライトは最後にそう口にすると、後方で待っている味方へと振り返る。

 そこにはライトの勝利を喜ぶ――姿は無く、引き気味の女性陣と、無理して表情を作り喜ぼうと努力しているシェイコムがいた。


「ライト、お前な……もう少し倒し方はなかったのか。一応、上位悪魔なんだぞ! 大群を指揮して国の兵士を大量に殺した指揮官を糞食わせて倒しました、何て……どう報告すればいいんだ」


 ファイリはこの後、国の重鎮に説明する内容を想像し、頭を抱えている。


「罠に汚物を使うというのは良くある話ではないですか。落とし穴に汚物を放り込み、相手を落す。相手の精神にも堪えますし、体に傷があれば傷口から入り込み傷が悪化し、体調を崩しますからね」


 過剰なまでに拒絶反応を示す女性陣を見て、ライトは首を傾げている。


「一応さ、あんたは国を救った英雄と呼んでもいい活躍をしたわけよ。後に英雄譚として語り継がれる時が来たらどうすんのよ。子供の絵本にできないわよ、この場面は。何でアルコール度数の高い酒とかにしないのよ」


 英雄に憧れていた夢見がちな一人の女性は、三英雄に夢から覚めさせてもらい、そして今、ライトに憧れの英雄像を木端微塵に打ち砕かれた。

 イリアンヌは額に手を当て肺の空気が全て抜け出るぐらい、大きく息を吐いた。


「見るからに酒に強そうでしたからね。それに、そんな日が来るとは思えませんが、どちらにしろ今更ですよ。故郷での戦いでも悪魔に汚物ぶつけていますし。」


 ライトと女性陣の距離が更に開いた。


「ライトよ。今更、何だが……本当に聖職者だよな?」


「ええ、紛れもなく」


 後ろめたいことは何もないと、胸を張り堂々と答えるライトの態度に、聞いた方のロッディゲルスが気圧されそうになる。


「ライト様、お見事でしたわ! 戦いとは勝つことが全て。ライト様は何も間違っておりません!」


 さっきまで他の女性たちと一緒に距離を置いていた筈のメイド長が、ライトに駆け寄り賛辞を贈る。全員が素直に喜べない中、数多の人々の頭を覗いてきたメイド長は、そういったことにも抵抗が少なく、誰よりも素早く頭を切り替えられた。


「メイド長。貴方ならわかってくださると、信じていましたよ」


「策略の一つも理解できない、いい歳して哀れな生娘共をお許しください」


 二人は芝居がかった動作で手を取り合い、熱い眼差しで見つめ合う。

 この時、初めて取り残されていた三人の女性が、メイド長にこの場での好感度を根こそぎ持っていかれたことに気づく。


「あ、あんたも一緒になって、ライトから離れただろっ!」


「だ、誰が生娘か! わ、我が千年もの時を、お、男の一人も作らずにおられられらたかっ」


「そう言うメイド長だって、男に興味が全くなかったくせに! 自分だって処じ――」


 素早く顔だけ向けられたメイド長の怒気を含んだ眼差しに、ファイリの言葉は封じられてしまう。


「とまあ、戯言はこれぐらいにしておきましょうか」


 ライトは握りしめていたメイド長の手をそっと放す。メイド長は名残惜しそうに、手をじっと見つめている。


「あとは残った魔物の掃討だけですし、そろそろいいですよね」


 ライトは薄い笑みを浮かべたいつもの表情のまま、後方へと倒れていく。

 回復直後の神力発動により短時間とはいえ、かなり肉体を酷使していたので体の限界をとっくに超えていたらしく、受け身も取らず地面へとその身を投げ出した。


「今日は本当にご苦労だったな。後の処理は俺たちに任せろ。ゆっくり休んでくれ『再生』」


 ファイリから注がれる暖かい聖属性の光に包まれ、ライトは安心して目を閉じた。





「少しは小物を置くか、花を植えるかした方がいいのではないでしょうか」


 白以外何もない空間で目を覚ましたライトは、驚く素振りを微塵も見せず、立ち上がることもなく寝転がったまま感想を口にした。

 神力を使い意識を失った後に度々連れてこられる、神と対話する空間に順応しているライトは、両手両足を伸ばし大の字に転がってくつろいでいる。


「収納袋があれば、携帯食かじりながら本でも読みたいところですが」


 この空間にはライトの体と着ている法衣しかなく、ただ寝るぐらいしかすることが無い。


「取り敢えず、前回やりそびれた、ここの地面を全力で殴ってみますか」


 ライトは右拳を握りしめ、脚を肩幅以上に広げ腰を下ろし、地面へ顔を向ける。

 深呼吸を繰り返し、体中に力がみなぎったのを確認すると一気に振り下ろそうとした。


『やめてください。ライト様、前回もそう言いましたよね』


 またも、寸前のところで制止を促す声がする。もはや聞き慣れてしまった、神々しくも穏やかな死を司る神の声に少し呆れたような響きがあった。

 ライトは正面に顔を向けたまま、その声に従わず拳を地面へ叩きつける。

 拳は地面らしき場所の表面に触れた場所で、ぴたりと止まっている。ライトが寸止めしたわけではなく、全力で殴りつけたにも関わらず地面には傷一つ付いていない。


『っく、この世界は物理的な影響を受けません。殴っても貴方の拳が傷つくだけですよ』


 ほんの小さな声だったのだが、一瞬、死を司る神が何かに耐えるような声を出したのを、ライトの耳が捉えた。姿が見えないので死を司る神の身に何か起こっていたとしても、ライトに知るすべはない。


「……そのようですね。失礼しました。今回は何故呼ばれたのでしょうか」


 ライトは姿勢を正すと、見えない相手に話すには何処を向くべきなのかわからず、何となく上を向いて声を出している。


『三人の上位悪魔を倒したことについてのお礼と、悪い情報を一つお伝えしなければなりません』


「ちなみに上位悪魔が何体残っているか、ご存知でしょうか」


『申し訳ありませんが。今回の首都を襲った三体の上位悪魔は生粋の悪魔ではありません。元、人間や、獣人であったものが悪魔と契約し堕落したものです。邪神により生み出された直属の上位悪魔というのは十体前後いた筈ですが、神々の戦いで命を落とした者もいるようですし、今は何体残っているのか確認が取れません』


「そうですか。不躾な質問、失礼しました」


 ライトは話を遮ったことを謝り、頭を下げる。

 悪魔側の情報があまり手に入らないので、少しでも情報が欲しかったのだが、直接、悪魔側に訊くしか手段がないようだと、ライトは頭を切り替える。


「それで悪い情報とは何なのでしょうか?」


『はい、そのことなのですが。目が覚めればわかるのですが――解……され……す』


 急に死を司る神の言葉に雑音が混ざり、語尾が聞き取れなくなる。


「申し訳ありません、良く聞こえなかったのですが」


『体……放……魔素が……くなって……』


 途切れ途切れだった声が聞こえなくなり、再び声を掛けようとしたライトの目に突然、空を見上げている仲間の後姿が映る。

 何の前触れもなく目覚めたライトは、状況を確認する為に周囲を見回す。

 体が上下左右に揺れ、周囲の風景が飛ぶように過ぎ去っていることから、ここが透明の箱内部で、ナイトシェイド号に運ばれていることは瞬時に理解できた。

 東の戦場での戦いが終わり、首都へ運ばれている最中だというのはわかるのだが、何故、仲間たちは皆、首都上空へ顔を向けているのか。

 体の違和感が消えていることから、夜明け前の戦いから二、三時間は過ぎている筈なのに、何故、辺りは真っ暗で夜が明けておらず、空は暗雲に覆われているのか。

 意識を取り戻したばかりの頭に疑問が次々と湧いてくるが、考えるよりも聞いた方が早いと、一番近くにいたロッディゲルスに話しかける。


「あれから、どれくらい時間が過ぎました。まだ朝になっていないようですが」


 ライトに声を掛けられたロッディゲルスはゆっくりと振り返る。

 その顔には覇気がなく顔色も悪く、呆然自失といった感じで、ライトをじっと見つめる瞳には恐怖の色が見える。


「ライト……あれを」


 震える指先の示す方向にライトが目を向けると、そこには――青白く発光する巨大な物体があった。

 首都の上空に浮かんでいる恐ろしく巨大な物体。その大きさは首都全体の三分の一はあるだろう。

 目を凝らしてその物体を見つめるライトは、それが大きな女性の胴体だということに気づく。頭、手足、が切り取られた巨大過ぎる人型の胴体は、凹凸のある女性の体形をしている。


「あれが……邪神の体」


 首都中の人々が天を仰ぎ、空に浮かぶ禍々しくも神々しい邪神の体に見入っている。

 大神殿の地下深くに眠っていた邪神の体が今、復活を遂げた。


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