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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
82/145

投擲

 夜空に無数の星が煌めく神秘的な夜。薄汚れた路地裏で一人の女性が目を覚ました。


「はっ、夜に人気のない場所に連れ込んでナニをする気っ!?」


 正気に戻ったイリアンヌの第一声がこれである。


「そういうのいいですから。敵をおびき寄せている最中なので、邪魔をしないように」


 廃村の奥深くにまで入り込んだライトたちは、誰も住んでいない民家の裏手に回って息を潜めている。ロッディゲルスは闇属性魔法の一つを使い、闇と同化して民家の屋根へと登り魔物たちの動向を見張っている。


「予想通り、村の中心部にある広場へと向かっているようだ。先頭がそろそろ着きそうだな。他の魔物も殆どがこっちへと行軍している」


 闇属性の魔物よりも闇に見事なまでに溶け込んでいるライトたちがいる。

 闇属性の魔物というのは夜目が利き、闇の中であったとしても何不自由なく動くことができる。ロッディゲルスは魔族であり、その体は闇属性である為、昼間と同様に闇の中でも見ることができる。

 イリアンヌも暗殺者として鍛えられているので、星明り程度でも十分すぎるぐらい目が良い。今はそれに加えて神聴の力により、音で周囲を識別できるようになり闇の中でも何の問題もない。

 ライトにしてみれば闇は空気のような存在で、明るすぎる場所より薄暗い方が心落ち着くという特異体質である。闇に馴染み過ぎた生活をしてきたことにより、全く見えない状況でも何となく周囲がわかるという人間離れした感覚を所有している。

 つまりこの三人にとって夜の闇というのは、行動を妨げる要素は薄く、闇に潜むことなど容易であった。


「で、今どうなっているの? あの歌を聞いてから記憶が曖昧なんだけど」


「貴方も夜目が利くのですから、自分で確認してみればどうです」


 イリアンヌは雨どいに手を掛けると、一気に体を屋根の上へと持ち上げる。

 村全体を見回してみると、思ったより大きな村だったようで、村を囲む石造りの高さも幅もあり頑丈そうに見える外壁が並んでいる。

 廃村の中心部には円形の大きな空き地があり、そこに魔物たちが密集している。空き地の中央をじっと見つめたまま魔物たちは動かず、後続も動かない魔物を取り囲むように次々と増え魔物の円は段々と大きくなっていく。


「何やっているのあいつら」


「あそこにメイスを突き刺してきたのですよ。土塊さんの望郷の念に訴えかける歌を聞いた魔物たちが溜まってきているようですね」


 魔物が何故これ程までに土塊の歌に惹かれるのか。それには理由がある。ここにいる魔物の殆どが人の魂を宿し、意識はないとしても魂に訴えかける歌声は人である部分へと沁み込んでいく。

 人であった頃の意識の残痕がそれに反応し、故郷を憂い、無意識のうちに声を追ってしまっている。


「彼らも元は人だったのです。帰りたいのでしょう故郷へ。聖職者として彼らに安らかな眠りを与えてあげたい。そう思います」


 神妙な顔つきで、ライトはその場に膝をつく。

 聖職者らしく、救われぬ者への祈りを捧げているのかとイリアンヌが屋根から下を覗き込む。


「ライト、何やってんの」


 祈りどころか、その両手を地面へ突き刺しているライトに、不審な者を見るような目つきで訝しげな視線を飛ばしている。


「安らかな眠りを与えてあげようかと思いまし、てとっ!」


 ライトが持続させていた強化呪文の出力を上げ、身体能力を更に強化すると、地面に突き刺していた両腕を振り上げる。


「うわわわっ、何よ地震!?」


 足元が大きく揺れ、慌てて屋根にしがみついたイリアンヌは驚きの光景を目にする。ライトは自分が乗っている民家を基礎ごと地面から引っこ抜いたのだ。


「イリアンヌ、ちょっと邪魔なので、そこをどいてもらえますか」


「あんた、まさか……」


「良く言うじゃないですか、死ぬときは家で静かに息を引き取りたいと。ならば私がその願い叶えてあげようかと思いまして」


 民家の真下にいるライトの姿は屋根にいるイリアンヌからは全く見えないが、嘘っぽい優しい笑みでも浮かべているに違いないと確信している。

 再び、民家が大きく揺れたのでイリアンヌは慌てて飛び降りると、ライトから距離を置く。


「家って絶対そっちの意味じゃないわ」


「では、民家一号さんお達者で『聖属性付与』ふんっ!」


 小さな民家一軒分に聖属性を付与させ、白銀に輝く民家を掲げると全身の力を込めて放り投げる。

 メイスに集中していた魔物たちは、上空が仄かに明るくなったことに気づき顔を上げると、上空から白く輝く民家がここに落ちてくる姿が目に入った。

 ライトたちが身を潜めている場所まで振動が伝わってくる。


「メイスの数メートル手前に着弾したぞ。魔物が慌てて周囲を見回しているな」


「結構いいところに飛んだようですね。では、第二弾。民家二号さん出番ですよっ」


 ライトは基礎ごと持っていかれた民家の隣にある、さっきより一回りは大きい民家を同じように持ち上げ、聖属性を付与する。


「魔物はメイスのどちら側に密集していますか」


「右手奥が一番多いだろうか」


「そうね、私もそう見えるかな」


 ライトは先程の感覚を思い出し、増えた重量と距離を計算し第二弾を投げつける。民家二号は放物線を描くと、少しの誤差はあるが狙った場所へと落下していく。

 いくら強靭な肉体を所有する高ランクの魔物とはいえ、聖属性を付与された民家に上空から押し潰されては、防御力など何の意味もない。


「またも爆撃に成功。衝突音で歌の効果が切れたみたいよ。敵が村の外へと逃げようとしているわ」


「ならば、村の入り口付近をこれで塞ぎますか……身体強化の出力上げますよっ!」


 ライトの全身から金色の炎が吹き上がる。その体で左後方にある廃れた屋敷の地面に手を差し込むと、全身の力を漲らせて踏ん張る。


「いやいやいや! 民家でも大概だけど、それ小さめとはいえ屋敷よ! さっきの五倍はあるのに持ち上がる……わけ……が」


 イリアンヌがいくらライトでも無謀だと止めに入ろうとしたのだが、徐々に地面から離れていく屋敷を見て、大きく口を開けたまま硬直している。

 ライトは屋敷の下に手を突き刺すとそのまま頭上へ持ち上げると、同じように聖属性を付与する。


「ここまでの規模ですと、付与とはいえ結構魔力持っていかれますね。ロッディゲルス、入り口は私から右奥とみて間違いありませんか」


 ライトに声を掛けられるまでイリアンヌと同じように驚愕に目を見開いていたロッディゲルスだったが、我に返ると瞬時に確認する。


「ああ、間違いない。門付近に殺到しているので今ならかなりの被害が期待できる」


 あまりの重量に膝まで地面に埋まっている状態で体を少し仰け反らすと、反動をつけ渾身の力を込め投擲する。

 ライトの手から離れた屋敷は放物線を描き魔物たちの上空を滑空すると、廃村を囲う古びた石の壁に取り付けられた、唯一の出入り口である門の上に激突する。

 長年に渡り魔物の恐怖から人々を守ってきたであろう、年代ものではあるが頑丈な門があっさりと崩れ、巨大な屋敷の瓦礫が入口を完全に遮断する。

 瓦礫の下には押し潰された無数の魔物たちがいるようだが、確かめるまでもなく全て即死している。


「逃げ場もなくなったようですし、ガンガンいきましょう」


 既に民家三号を持ち上げているライトは、白銀の光に照らされニヤリと笑う。いつもの薄い笑みなのだが、仲間の二人は背筋がぞくぞくするような感覚に身を震わせる。


「少し、魔物に同情してしまうな」


「だ、だよねぇ」


「冗談はいいですから、イリアンヌは敵が多く集まっている場所の指示をお願いします。ロッディゲルスは近づいてくる魔物を鎖で密かに倒してください。できるだけ、こちらの居場所が相手にばれないように」


 冗談ではないと言い返したかった二人だが、時間が惜しいのでライトに従い行動に移す。

 その後も無数の民家が降り注ぎ、ライトの周辺の民家が軒並み消え去り、かなり大きな更地が出来上がる頃には、魔物たちの残りは数少なくなっていた。


「さて、矢も尽きた事ですし」


「「矢っ!?」」


「残りは正々堂々と闇討ちしましょうか」


「それって正々堂々と真逆まぎゃくだよね! 聖職者が口にしていい言葉じゃないわよね!」


 ライトの戯言を無視すれば済むというのに、突っ込まずにはいられないイリアンヌ。


「何をおっしゃっているのですか。戦場では死力を尽くして戦うのが礼儀です。勝つ為に全力を出す。自分の持ちうる全てをぶつけるのが常識です。それは武力であり戦略でもあるのです。闇討ちは立派な戦略ですよ」


 咄嗟に反論が思いつかないイリアンヌは腕を組み唸っている。ロッディゲルスは二人で過ごした虚無の大穴での経験があるので、言うだけ無駄だと悟っている。


「ですが、少し意外ですね。最後まで村から離れずにいるとは」


「そう? 闇属性の魔物には恐怖という感情はないって言われているし、この状況でも敵を見つけて殺そうと思うんじゃないの。それに入口封鎖されてるし」


 駆けながら敵を見つけては一撃で粉砕しているライトに、敵の攻撃を躱し即座に切り付けているイリアンヌが意見を口にする。


「そうなのですが、街道に戻ろうとしていた魔物たちが歌の効力も消えた状態で居座り続ける理由が。入り口は封鎖しましたが、三メートル程度の石壁を乗り越えられない程、弱い魔物ではないですからね」


 全ては計画通りなのだが、上手く行き過ぎている。ライトは胸中で蠢いている小さな違和感を拭い去ることができないでいる。


「ライトの言わんとすることもわからないではないが、それよりも重要な問題が残っているだろう」


「そうですね。戦闘開始時から全く動いていない存在がいますから」


 かなり距離があるというのにライトたちは濃密な闇の存在をその身に感じていた。肌を撫でる例えようのない不快な寒気が西の門を抜けてからずっと肌に纏わりついている。

 ライトは大きく息を吐き頭にこびり付いている迷いを拭い去ると、今は戦いに集中するように頭を切り替える。


「あと少しです、先に片付けましょう」


 十分もしないうちに敵を掃討し終え、ライトたちしか生存者のいない廃村で一息ついている。


「何とかなりましたが、魔力が心もとないですね」


「我も残りの魔力は半分以下だ」


「私は魔力使ってないから、それは大丈夫なんだけど、神速ずっと使っていたから二十分ぐらい休息挟まないと神速発動させられないわよ」


 ライトの無茶な遠距離攻撃によりかなりの敵を殲滅できたとはいえ、彼らの消耗は激しかった。これだけの数を相手に無傷とはいかず、ライトの治癒で自らの傷と、イリアンヌの傷を治療する。

 ロッディゲルスは闇属性なので聖属性魔法である『治癒』を受けるわけにはいかず、ライトが収納袋から取り出した回復薬で傷を癒している。


「ねえ、回復薬があるなら魔力回復する薬か何かないの」


 イリアンヌは魔力を消費することがなく、そういった事には詳しくないようで単純な疑問が湧いたようだ。


「あるにはあるのですが、ちょっと待ってくださいね。確か……ありました。これです」


 瓶に入った琥珀色の液体を収納袋からライトは取り出した。大きさは手のひらサイズ程度で、これなら三口ぐらいで飲み干せそうだ。


「何で飲まないのよ。こんな便利なものがあるなら出し惜しみしている場合じゃないでしょ」


 イリアンヌの尤もな意見を聞き、魔法が使える二人は顔を見合わせると苦笑いをする。


「この魔力回復薬というのは高価なのもあるのだが、それ以前に効果が微々たるものなのだよ。これぐらいの量なら私の魔力容量なら千分の一も回復しないだろう」


「魔力容量の少ない私ですら同じようなものです。魔力を含んだ特殊な薬草をすり潰し濃縮して作られた薬なのですが、これで私の魔力を完全回復させるとしたら……そうですね。五百本ぐらい飲めば何とか」


 この回復薬は魔法が扱えるものなら誰しもが所有しているのだが、実際の使い道は限界まで魔力を振り絞った時に、枯渇状態で気を失うのを防ぐ為の非常薬として愛用されている。


「回復するまでに胃袋が破れそうね。となると自然回復を待たないと駄目かな」


「そうなります。相手は動く気がなさそうですし、少なくともイリアンヌの神速が使えるようになるまでは、仕掛けない方が無難です。相手が許してくれるならばですが」


 首都の南や東の様子が気にはなるが焦りが冷静な判断を奪わぬように、ライトは平常心を保つよう自分に言い聞かせている。




 ライトたちが休息をしている間、街道の上に居座り動く気配のない悪魔は廃村へと視線を向けていた。

 白骨の馬にまたがった悪魔は、味方である魔物が壊滅状態になっても助けるどころか、敵を倒せとだけ指示を送り、そのまま放置していた。


「ほう。あの数を全て倒しきるか。無謀な突撃を命令したとはいえ、あの話は本当だったようだ。運が良い、真っ先にライトアンロックと殺り合えるというのだからな。あやつ……ザリーフォンは歯ぎしりして悔しがりそうだが」


 騎乗の悪魔は兜の奥からくぐもった笑い声を響かせている。

 周囲に立つ十もの首のない騎士が仄かに発光する白銀の鎧に手を当て、敬礼した姿勢のまま、ずらりと並んでいる。


「我に付き従う馬鹿者共よ。今度こそ、安寧が得られるかも知れぬぞ。この呪われし運命に終止符を打てるのか、それとも永遠に逃れられぬのか」


 ハルバートの穂先を地面へと突き刺すと、悪魔は腕を組みただ時を待つ。ライトアンロックがこの場へとやってくるのを。





 二十分後。


「私の魔力もほぼ回復したようですし、イリアンヌも神速使用可能になりましたか?」


「大丈夫よ。問題ないわ」


「ロッディゲルスはどうです?」


「我も問題ない。魔物たちの闇の魔素が周囲に散っていたから回復も早かったようだ」


 傷は全て魔法で完治し、魔力も充実している。万全の態勢になったライトたちは休息を終え、何とか形状を留めていた民家から外へと出る。


「んじゃ、そろそろ本命とご対面といきますか」


「そうだな。我らが力を合わせればやれるはずだ」


 二人は覚悟の決まった顔で同時に頷くと、一歩後方で佇んでいるライトへ視線を移す。やはり、締めくくるのはライトであるべきだと思っているようだ。

 そんな二人の視線を向けられ、ライトは優しく微笑む。


「では、一時撤退しましょうか。相手が動かないのならわざわざ不利な状況で戦う必要はありませんし」


 二人の決意を台無しにする発言を躊躇いもなく口にした。

 目の前で大きく口を開く二人を見て、ライトは素早く耳に手を当てる。


「「はあああああああああああっ?」」


 廃村に絶叫が広がるが、ライトは耳を押えたまま涼しい顔をしている。



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