西軍
「ライトよ、こちらは方角が違うのではないか」
隣を歩くロッディゲルスが目を細め進路方向を訝しげに睨んでいる。
「いえ、間違っていないですよ。最終的には西へと向かいますが。まだ少し時間があるようですので。先に北を片付けます。他の冒険者たちには言付けを頼んでおきました。さて少し急ぎましょうか」
速足程度だった速度を一気に上げ、町中を駆け抜けていく。
現在、日が落ち普通であれば夕飯時なのだが、町の建物から漏れ出る明かりもなく、人々の話声は殆ど聞こえてこない。
ライトがかなりの速度で走っているのだが、人とすれ違うことも殆どなく繁華街を横切った時も、人気のなさは変わらなかった。
「殆どが避難しているのだろうか」
追走するロッディゲルスが町の様子を見て、ぼそりと呟く。
「どうでしょう。避難するとしても王城に入れてくれるわけもなく、行くとしたら大神殿ぐらいでしょうか。殆どの方は、息を殺して閉じこもっているのでは」
避難所としての大神殿がある意味、今は一番危険な場所なのを住民は知る由もない。
それに逃げるとしても、家財道具や家を捨てる踏ん切りがつかない者も多く、まだ確定でない噂では動けないと言ったところだろう。他にも家を空けることにより空き巣の心配もある。
ライトは最近通ったばかりの道を進み、孤児院の庭に出るとファイニーから預かったカードの形状をした鍵を取り出すと、庭の片隅に隠されている扉へ押し当てた。
静かに開いた扉から中へ侵入し、万が一敵がここまでたどり着いた時のことを考慮し、扉を閉め鍵もかけておく。
「さて、あとはイリアンヌが上手くやってくれると良いのですが」
ライトは階段を静かに下りながら、ここにいない自称凄腕暗殺者を心配していた。
「どうなっている! ゴーリオン様の指示はまだなのかっ!」
首都の北に位置する森では下位の悪魔たちが声を荒げ、不測の事態に対応しようと躍起になっている。
北の森で息を潜めていたのは下位の悪魔ばかりで、人語を淀みなく話すことができる程度は知能がある者か、人間が悪魔へ魂を売り渡し悪魔へと転生した元人間で構成されていた。
全員が深くフードを被り、ゴーリオンからの指示を待っていたところに、人間たちの奇襲にあい事態は混乱の一途を辿っている。。
外壁の上部から攻撃魔法が降り注ぎ、環境破壊など全く気にもせず木々ごと悪魔を撃ち落している。とはいえ、火事を恐れ火属性の魔法は控えているようだ。
「おい、そんな場所で突っ立っているとやばいぞ。指示はまだだが、施設へ急ごう!」
悪魔の一人が近くに立っていた仲間に声を掛け、フード付きマントの肩に手を置く。
話しかけられた仲間は小さく頷くと、背を向け走り出した悪魔の背に――剣を突き刺した。
「なっ!? きさ……ま……」
胸から剣先が飛び出た悪魔は、よろめきながらも最後の力を振り絞り反撃を試みるが、鋭く伸びた爪の縦薙ぎをあっさりと躱されてしまう。
「二十五、始末完了。二十三へ移動する」
足元の剣を回収すると、悪魔が完全に死んでいるのを確認し次の目的地へ移動する。
北の森では一方的な殺しが実行されている。
全員がフードを被っているのを利用し、敵に化け、潜み、近づき、殺す。盗賊や暗殺者が得意とする手口である。暗殺というのは普通に戦って勝てない相手に対しておこなわれる手段の一つだ。下位とはいえ敵は悪魔。身体能力で相手が上回っていても、腕利きの盗賊や暗殺者による不意打ちで、実力を出せないまま次々と葬られていく。
命令系統が起動していない悪魔たちは、成すすべもないまま数を減らしていくしかなかった。
「くそ、敵が味方に化けているぞ。近づいてくるものを信用するな! 全て敵だと思え!」
森に響き渡る叫びを聴いた悪魔たちは警戒を強め、目についた相手を片っ端から襲っていく。
「なっ、お前も敵かっ! 人間ごときが我らと戦って勝てると思うなっ!」
今度は疑心暗鬼に陥った悪魔が同士討ちを始める。
あの叫びを聞いて直ぐに、盗賊、暗殺者は気配を殺し闇に紛れている。あれは悪魔が上げた声ではなく、盗賊の一人が敵の振りをして叫んだにすぎない。
全てが計画通りだった。
「やめろ、やめるんだ! 同士討ちだ! 皆一旦落ち着け! このままでは相手の思う壺だ。まずは施設に集まれ、そこなら相手の顔も確認できる! 急げ!」
冷静さを取り戻した悪魔の一人が大声で指示を出すと、その言葉に従い悪魔たちが一斉に、森に隠された古代の施設入口へ殺到する。
「早く、早くしろ! 後ろから黒い風が迫っているんだ! 黒い何かが吹くと、そこには仲間の死体しか転がっていなかった……頼む、急いでくれ!」
かなり衝撃的な光景を目撃してしまったのだろう。完全に取り乱した様子で仲間を急かしている。森の中に切り開かれた要塞跡に悪魔たちが続々と集まり、次から次へと落ちるように地下施設へ流れ込んでいく。
施設内部へ乗り込んだ悪魔たちはフードを外し、お互いの顔を確認する。
「どうやら、この中には敵が紛れ込んでいないようだ。再び出るのは危険すぎる。どうする?」
「ここは、予定通り進むべきだ。通路を進み首都内部へ潜入する。そういう手筈だった。そうだろ」
「俺もそう聞いているが……どっちの通路なのだ。赤い扉は閉まっているが、あと二つ扉が開いている。これはどっちが正しい道順だ」
「さあ、通路を進めとしか聞いてないからな」
悪魔たちが迷う原因の一つがゴーリオンのいい加減さである。面倒を嫌い、説明も最低限だったので下位の悪魔たちに情報が行き届いていなかった。
それに扉が一つしか開いてないのであれば、必然的にそちらへ向かえば済んだのだが、今回は施設の設備を操作し、予め黄色と青の鍵を解除し、扉を開けっ放しにしておいたのだ。
「二手に分かれて進むしかないだろう。このホールもこれ以上収容できないようだからな。じゃあ、俺は右に」
「左へ行くか」
後から逃げ込んでくる仲間に押されるように、先に入っていた悪魔が二手に分かれ、通路を進んでいく。
左の通路――黄色の扉側を選んだ悪魔たちは通路の半ばまでは順調に進んでいる。
「問題はないようだ。かなり進んだはずなのだが、終りが全く見えんな。そろそろ着くか」
悪魔の声はそこで途切れる。後方で話していた仲間が急に黙り込んだのを不審に思い振り向くと、そこには誰もいなかった。
「は?」
つい先程まで、後ろを歩いていた仲間たちが数十体、跡形もなく消えてしまっている。仲間が居た筈の場所には大きな穴が開いていて、身を乗り出し恐る恐る穴を覗き込むが、かなり深いらしく穴の底は全く見えない。
床の大穴を挟んで通路の向こう側に悪魔たちが立ち往生しており、大穴は容易に飛び越えられる幅ではないので、飛行能力を持たない悪魔は引き返すことを検討していた。
「おい、何をしている! 早く進め、後ろから魔導兵が来ている!」
穴の付近に立っていた悪魔が後ろからやってきた仲間に押され、大穴へと落されていく。
悲鳴と怒号が飛び交うが、後続もかなり酷い状況らしく命からがら逃げてくる悪魔に押され、水が流れ落ちるかのように深淵へと悪魔が吸い込まれる。
「後ろはやばい! 先へ進むぞ……おおおおっ!?」
運よく大穴を越えた先にいた悪魔がその場から逃げだす為に前を向くと、そこには様々な罠が発動し、見るも無残な姿と化した悪魔たちの姿があった。
ある者は、体に無数の鉄棒が突き刺さり、またある者は、天井から落ちてきた巨大な斧のような刃物に頭から真っ二つに切断されている。
今、黄色扉の通路は罠の難易度が最高レベルに設定されている。その内容は施設の設計者が半ば趣味で、絶対に越えられないレベルの設定を作ってしまったのだ。
壁からは触れた瞬間鉄が溶解する火炎が吹き出し、同時に四方八方から目視不可能な速さの丸鋸が飛び出し体を切り刻む。その他にも、利用者のことなど全く考えない即死罠の数々が待ち構えている。
この通路を選んだ悪魔は阿鼻叫喚の地獄へ自ら足を踏み入れたようなものだ。
一方その頃、青色扉の通路を選んだ悪魔はどうなっていたかというと、至って平和だった。
罠も一切なく、ホールで暴れている魔導兵は何故か皆、もう一つの通路へ流れ込んでいるようで、こちらは何の問題もなく通路の終着点である扉が見えてきた。
「やっぱりこっちで正解かっ。この扉を抜けて首都で暴れるぞ」
先頭に立ち息巻いていた悪魔が扉を開けた瞬間――爆ぜた。
仲間の肉片と血に塗れた悪魔共は意味がわからず、呆然と突っ立っている。虚ろな瞳が見つめる先には、巨大なメイスを肩に担いだ黒の法衣を着た聖職者がいる。
「ゴールに到達おめでとうございます。人生……いえ、魔生の終着地点へようこそ。では、名残惜しいですが、さようなら『聖光弾』」
ライトは片手を突き出し通路の横幅いっぱいまで増幅させた聖光弾を胸の前に作り出すと、もう片方の手で聖光弾を殴りつけた。
殴られた部分が大きく歪み聖光弾が前へと弾き出される。
眼前に迫る光の壁を眺めながら悪魔一団は、こっちの方が外れだったかと自分たちの運のなさを呪っていた。
足元に無数の悪魔の躯が転がる施設のホールで、ライトは戦果を確認している。
「ざっとこんなものでしょうか。思ったより歯ごたえがなかったようですが」
ライトがそう呟くのも当然のことで、北に配備されていた悪魔たちは全てBランク以下Cランク程度の者ばかりが集められていた。
本来、北を担当する予定だったのはミリオンだったのだが、死者の街での戦闘により療養中の身である為、全ての権限をゴーリオンに一任していた。ゴーリオンは己の欲望に忠実で成り上がることには興味があるのだが、自分より優れたものを毛嫌いする気性の持ち主だった。それが悪魔側にとって災いとなる。
「森にまだ何体か隠れている可能性はありますが、全滅と考えて間違いはないでしょう」
「ざっと通路を見てきたけど生存は無しみたいよ。森の残党はここの面子に任せていいんじゃないの」
「我もそう思う。我々は急いで本来の持ち場へ向かうべきだ」
ライトの後方から現れたイリアンヌとロッディゲルスの意見に反論する理由もないので、北を担当していたリーダー格の盗賊に自分たちが立ち去ることを伝えると、畏まった顔で頷きライトたちを送り出した。
孤児院の庭から滑り出たライト一行はそのまま西を目指し疾走する。
「思ったより早くけりがついたので、充分間に合いそうですね」
「まあ、そうね。まだ、敵軍が迫ってきているという連絡も入ってないし。西の軍隊もまだ出発してない筈よ。で、前も思ったんだけど、何で私の足についてきているのよ。怪力ってのろまなのが定番でしょ」
並走しているイリアンヌが同じ速度で走るライトに納得がいかないようだ。
「まあ、普通は筋肉をつけると必然的に体が重くなりますので、素早い動きが困難になるようですが……私の力だと筋肉の重さなんて、あってないようなものですから」
あの馬鹿でかいメイスを常時背に担ぎ、平然と走れるライトが自分の重さなど問題になるわけがない。今は急いでいるのでメイスは収納しているが。
ロッディゲルスは二人から少し離れた上空を飛ぶように――いや、実際飛んで移動している。手から出した黒鎖の先端を鉤爪状に変化させ、建物の屋根や壁に引っかけ鎖を引き寄せる力で、自分の体を浮かし前へ前へと進んでいる。
「くっ、ロッディの移動方法カッコいいわね。今度闇属性の魔法教えてもらおう」
先を進むロッディゲルスの背を羨ましそうにイリアンヌが見つめている。
「闇属性の魔法は形状が様々に変化できる汎用性が他とは違いますからね」
「何でもというわけではないのだがな」
二人の会話が気になり聞き耳を立てていたロッディゲルスは、自分の話題になったのを確認すると黒鎖を収納し、ライトの隣へ降り立つ。
「闇属性の基本魔法は誰しもが同じなのだが、一つ特異な魔法があるのだよ。我の黒鎖がそれにあたるのだが、この魔法正式名称は『黒鎖』ではなく『具現化』という。個人の気質が形となって現れる魔法。つまり、その人に一番適した形が創造される魔法なのだ」
「もしや、フォールさんや、百一、百五、百八さんが戦いで見せた攻撃方法も、具現化なのですか?」
「その通り。全て形は違うが、具現化で各自が創造した魔法の形だ」
フォールは無数の腕。百一は翼と黒い斬撃。百五は黒いリボン。百八は体に纏っていた黒い闇。ライトたちは全て別々に存在する闇属性魔法の一種だと思っていたのだが、それは全て同じ魔法であった。
「ってことは、もし私が闇属性を覚えられたとしたら、具現化でどんな形になるかわからないってことなのか。ふむぅ。気質ね……つまり性格とか内面でしょ。なら、きっと私の場合は天使の羽とかそんな感じね!」
貴方はきっと、金貨とか偽のお金が現れますよ。と、ライトは言いたかったのだが、ぐっと堪えた。
「ならば、ライトならどうなるのだろうな」
話を振られたライトは走る速度を緩めることなく、少し考えてみる。
自分らしい形。客観的に自分を顧みるがこれといって思いつく自分の形というものが無く、何の捻りもなく巨大なメイスが出てきそうな気がしてならない。
「あー、私の予想だと、いい人ぶっているけど実は性根が腐っているから、ヘドロのような闇が吹き出すんじゃないの? くーぷぷぷぷっ」
「ははは、そうかもしれませんね。イリアンヌはきっと願望が具現化されて、胸部が隆起するかもしれ」
イリアンヌから繰り出される鋭い手刀がライトを襲うが、いつもの薄い笑みを崩すことなく走りながら器用に避けている。
ライトとしては深く考えず、仲間の女性陣が何かにつけ話題にしていたことを声に出しただけなのだが、それは彼女にとって禁句の一つである。そう、イリアンヌだけではなくロッディゲルスにとっても。
「ほう、それは遠まわしに我に対しての嫌味なのかい?」
左からは凍てつくような鋭い視線。右からは空気を切り裂く鋭い突き。
右腕で攻撃を捌きながら何かしらのフォローが必要だと、女性の心理など全く読めないライトがひねり出した言葉は、
「女性の胸は脂肪の塊らしいですよ。無駄なものが無くて良かったじゃないですか。どうしても膨らみが必要ならいっその事、筋力増強をして大胸筋を増やしてみるというのはどうでしょうか。その方が実用性ありますし」
碌でもなかった。
その発言を聞いたイリアンヌは攻撃の手を止め、ロッディゲルスからの冷たい視線が消える。上手く取り成すことができたことに安堵の息を吐くライト。その脇を走る二人は、黙ったまま俯き肩を震わせている。
沈黙は機嫌が直った証拠だと完全に安心しきっていたライトの肩を、左右から鷲掴みにされる。額やこめかみから流れ落ちる汗を感じながら、交互に二人に視線を向けると、そこには満面の笑みを張り付けた鬼女がいた。
「一度死んで乙女心を、あの世で学んでくるというのはどうよ」
「いいかもしれない。死んで転生して女に生まれ変わったら、少しはましになるだろう」
この後ライトは西の軍隊が見えてくるまで、二人から女心とはどういうものかというレクチャーを受け続ける羽目になる。
何とか無事に西で待機していた王国軍に合流できたライトは、ここで初めて冒険者たちの代表に任命されていたという事実を知る。ギルドマスターの指名らしく、誰からも反論はなかったということを後で教えられた。
「ライトさん。将軍が呼んでいますが」
ライトに委縮し異様なまでに従順な冒険者たちと今後の行動について話し合っていると、王国軍の方向から走り寄ってきた冒険者の一人に声を掛けられる。
「はい、わかりました。面倒ですが行ってきます」
軽いノリで返事をすると、誰も伴わずに兵士が集まっている場所へと足を運ぶ。
どんな人柄であるのか、腕の方はどうなのか、殆ど情報がないライトは直接会って確かめるのが手っ取り早いと判断した。
五指将軍の名を知らぬものは首都にはいないと言われる程の有名人なのだが、ライトは誰一人として名前と顔が一致しない。
冒険者になってからというもの、虚無の大穴で三年過ごし、暫く首都でファイリの手伝いをしていたものの、次は死者の街で五年を過ごすという生活を続けていたので、世の中の情勢にはかなり疎い。
ライトが町の西門前の空き地に顔を出すと、五千人近くの兵が一兵の乱れもなく整列している。無駄口を一切叩かず、全ての兵士が鍛えられたバランスの良い身体つきをしていた。
兵たちの統率力を見る限り思っていた以上に優秀なのではないかと、小、人将軍の評価を一段階上げる。
「貴方が噂の聖職者、ライトアンロック殿ですか」
「本当にあんなに大きなメイスを……」
前列の兵たちに指示を出していた、見るからに高額な鎧に身を包んだ背の高い青年が、近づいてきたライトの存在に気づき馬から下りると、歩み寄ってくる。
その後ろには、ライトの相棒であるメイスを見て驚きの色を隠せない少女が続いている。少女は背の高い青年と同じ造りをした鎧を着ているのだが、正直鎧を着ているというより、鎧に着られていると表現した方がぴったりくる。それぐらい鎧が似合っておらず、花屋でもやっているのがお似合いなショートカットの優しい目をした少女だった。
「初めまして、ライトアンロックと申します」
「やはりそうでしたか。私の名は……いえ、人将軍と名乗った方がわかりやすいですね」
「小です」
背の高い如何にも好青年といった感じの方が人将軍で、小柄でどう見ても十代半ばにしか見えない少女が小将軍ということになる。ライトのイメージではかなり年上の熟練の戦士風だったのだが、その予想は完全に覆させられた。
「こちらから挨拶に伺うべきだとは思ったのですが、これだけの兵を率いる立場なので、場を外すことができず、ご足労いただきました。お会いできて光栄です」
冒険者を取りまとめる立場であり、実力者として名も売れているライトだが、それにしても将軍としてあまりにも腰の低い応対に内心驚いている。
「一介の聖職者である私ごときに、このような心遣い痛み入ります」
「こう言っては失礼なのですが、かなりイメージと違い少し驚いています。噂では身の丈二メートルは軽く超え、筋骨隆々のオーガより恐ろしい顔をした御仁と聞いていましたので……貴方のような穏やかな方がいらっしゃるとは露程も思いませんでした」
実際にライトがやってきた偉業の数々と怪力という特徴が大げさに混ざりあい、人々は自分勝手に架空のライト像を創り上げている。人将軍が聞いた話は、怪力が強調された結果生まれた噂のようだ。
「噂は所詮、根も葉もない噂だということです。ところで、私が呼ばれた理由はお互いの顔合わせの為なのでしょうか」
「これは失礼しました。本題がまだでしたね。この度、西の防衛戦には我が直属の配下である四千名の兵士と、小将軍が率いる千名の兵士が参戦する運びとなりました。基本我々で全ての敵に対応する意気込みなのですが、敵はそれ程甘い相手ではないようです」
自分たちの力を過信せず、冷静に戦力分析を行っている人将軍にライトの中での評価が更に上がる。
「そこで、冒険者側がどう動くのか予め教えていただけたら連携も取りやすいと考え、呼び出させてもらいました。こちらの戦力としては、槍兵三千、弓兵千、騎兵千となっています。小将軍の率いる兵は全員魔法が使えるので、後方からの魔法による攻撃と支援を担当する予定です」
「なるほど、了解しました。正直な話、冒険者というのは個、もしくはチーム単位で動く面々ばかりです。私もそうなのですが。なので、正面を切っての戦いはそちらにお任せして、我々は側面からの不意打ちや陽動、状況に応じて臨機応変に対応させていただこうかと考えています」
「なるほど、それはこちらとしても願ったり叶ったりです。我らは馬鹿正直に戦うことしかできませんので、魔物との戦い慣れしている皆さんの活躍期待させてもらいます」
手袋を外し、利き腕側の手を差し出してきた人将軍の心意気を汲み取り、ライトは力強く握り返す。もちろん、本気で握ると大惨事になるので適度に力は抜いているが。
その後、二三言葉を交わし友好的な空気を継続したまま、ライトはその場を離れる。
心を読めるわけではないので、あれが本心なのかは判断がつかないが、少なくともライトの神嗅には相手の動揺や極端な心の動きは感じられなかった。
「頼もしい味方と判断してよいのでしょうかね。どちらにしろ、やることには変わりないのですが」
正規軍、五千。
イナドナミカイ教団から回復役、五十。
Bランク冒険者四十。
Aランク冒険者十六。
暗殺者イリアンヌ。魔族ロッディゲルス。聖職者ライトアンロック。
合計五千百九名。これが西軍の総戦力である。