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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
8/145

武器防具職人

「おはようございます、ライト様」


「おはよう、イリアンヌ」


 枕にナイフを突き立て、爽やかに微笑むイリアンヌに朝の挨拶を返す。

 毎朝の恒例行事である暗殺を軽くかわし、ベッドから降りると体を伸ばす。

 イリアンヌが拉致されて、ここで働かされるようになって一週間が過ぎた。

 当初は逃げることも考えていたようだが、ここで働いていればライトを殺すチャンスも増えるだろうという憶測により居座るように決めたようだ。


「事も無げにかわしてくれるわね」


「独りで狩りを続けていれば、寝るときも見張りを立てることもできませんからね。自然と寝ていても体が反応するようになるものですよ。目が覚めたら周囲に魔物の死体があるなんて、よくある話ですよね」


「よくないわよ」


「さて、今日も毎朝の日課をしますか『聖光弾』」


 光り輝く弾が辺りを照らす。


「ふあああー。この光浴びると生き返る気がするわ。何か、憂鬱な気分も吹き飛ぶわね。よっし、ご飯もうすぐできるから下に降りてきなさいよ」


 イリアンヌは先ほどの攻防などなかったかのように、軽い足取りで階下へ降りていった。

 ライトは変わり身の速さに苦笑すると、ゆっくりと後を追うように部屋を出た。



 いつもの席に座ると、目の前に手早く朝食が並べられた。

 イリアンヌの給仕姿も様になってきている。

 食前の軽い祈りを済ませ、食事に取り掛かろうとしたタイミングで、宿屋の扉に取り付けられたベルが鳴り響いた。

 早朝であるにも関わらず、珍しく客がやってきたようだ。


「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞー」


 その客は少し特徴的な容姿をしていた。百九十はあるであろう長身に、黒く日焼けした筋肉の浮き出た体にスキンヘッド。目に悪い蛍光色のピンク一色のノースリーブに、下半身はぴったりと体に密着した黒革のズボン。口にはピンク色の口紅がベッタリと付けられている。


「あーらまあ、本当に生身の女性じゃないのぉ。やっだーもう、この黒髪素敵ねぇ。ちょーっと胸は寂しいけど、防具を身につけるにはちょうどいいわね」


「え、ちょっと何」


 イリアンヌに走りより、体を舐め回すように見て、好き勝手な感想を口に出している。


「んまもう、綺麗な手足ね。嫉妬しちゃうわ。この体で何人の男をモノにしてきたのよ。ほらもう、言っちゃいなさいよ」


「なんなの、このオカマはー!」


 本気で逃げているイリアンヌを、笑顔で黒い巨体が追いかけている。


「オカマだなんて失礼しちゃうわ。私はキャサリンというプリティーな名前があるのよ」


「絶対偽名だああああ」


 半泣き状態で逃げ回るイリアンヌを流石に哀れと思ったらしく、ライトは口を挟むことにした。


「それぐらいにしてあげてください、カーマインさん」


「やだ、私ったら。綺麗な子を見るとつい興奮しちゃうのよ。女将さーん、私にも朝食二人前くださいな。それにライトちゃん。私の名は、キャ、サ、リ、ン」


 人差し指を唇の前で軽く左右に揺らして言うと、しなを作って笑いかける。そして、ライトの対面の席へと座った。


「すいません、キャサリンさん。今日はどうしたのですか。朝は苦手じゃなかったので」


「そうなんだけどね。私の可愛いメイスのご機嫌を伺いに来たのと、ちょっと頼みごとがあるのよ。まずはメイス見せてくれる」


「そろそろ、メンテナンスに行こうと思っていたのですよ。わざわざすみません」


 椅子の横に置いてあった、背負袋に手を入れ巨大なメイスを取り出す。


「しっかし、その袋便利よね。私の時代にはそんな物なかったわよ」


 しげしげと、ライトの背負袋を観察している。


「冒険者必須の収納袋ですからね。これはかなり良いもので、民家一戸分ぐらいの容量が入りますよ」


「収納袋も知らないって何処の田舎出身よ」


 キャサリンから少し離れた場所に朝食を並べている。少しでも近寄りたくないようだ。


「失礼しちゃうわね、私は都会っ子よ。ただ、百年前にはこんな便利アイテムなかったもの」


「ん? こいつこう見えて、人間じゃないの? 長寿の種族となるとエルフには……どうあがいても見えないし」


 長寿で有名であるエルフという種族の外見は華奢で耳が尖っていて、男女ともに美形とされている。

 彫りの深い顔に血管が浮き出るほどの筋肉。長身に普通の耳。キャサリンの容姿はどの特徴にも当てはまらない。


「何言っているのよ。私は人間に決まってるでしょ。エルフと見間違うほど美しいのは認めるけどねっ」


 ピースの形にした右手を目元に当て、ウインクしている。


「カーマイン……いえ、キャサリンさんは元々人間ですよ。ただし、百年前にお亡くなりになられて、ここの住人になったのですが」


「いや、それって、おかしくない。ここの住人は女将さんみたいに半透明の体をしているものでしょ」


 キャサリンの体は半透明ではなく、質量のあるしっかりとした体がある。


「ああ、イリアンヌは知りませんでしたか。ここの住民は二種類の肉体から選べるのですよ。ここに来た時にね」


 半透明の体を持つ人には一般市民だった者が多い。この身体のメリットは物理的干渉を受けずにすむことだろう。

 物に触ったり持つことは可能なのだが、自分で意識しなければあらゆる物体は身体を素通りする。体が汚れることもなく、半永久的にその肉体は変わることがない。

 もちろんデメリットも存在する。服装が生前に一番よく着ていた服装のままだということだ。服も半透明化されているので、着替えの服も存在しない。ずっと同じ服装で通さなければならない。

 それ以外の格好となると、服を脱ぎ全裸にはなれるそうだ。


 もう一つの体というのがキャサリンのように、物体として存在する体。

 この体は生前とほぼ同じ肉体を有している。痛覚は存在しないが、体を切られれば傷を負うし、骨も折れる。そして鍛えれば肉体は強化されていく。もちろん、着替えることもできる。

 その為、生前冒険者であった者はこちらの肉体を選ぶことが多いようだ。死しても強さを求め続ける冒険者には、鍛え上げられる肉体が必要だった。


「私は武器防具屋として、自分の作った物の使い心地を調べないといけないからね。それに肉体がないと、槌を振るう力加減とかわかんないし」


 話しながらも、真剣な表情でメイスを調べ、柄や先端等に不具合がないか触診しているようだ。


「ん、異常は見当たらないわ。結構乱暴に使われている形跡があるけど、問題はないわ。ほんっと、ここで採れる鋼鉄は頑丈よね」


 この死者の街には住民のみが出入りを許される場所がある。そこで採れる鉱石はどんな鉱物よりも頑丈だと言われている。ただし、異様に質量が大きく重いため、扱いが難しい。

 キャサリンは生前凄腕の鍛冶屋だったが、ここに来た当初はこの鉱石をうまく扱えず、十数年の時を経てようやくモノにできた。

 時折やってくる行商人の目当ての大半は、キャサリンの作った武器防具である。


「あ、そうそう、頼みごとの方なんだけど。新しく作った武器の試し切りがしたいのよ。結構な数があるから、ライトちゃんには、いつものように荷物持ちをお願いね。それと、鉱石も不足してきたから、それの掘り出しと運搬もお願いしたいわー」


「構いませんよ。いつもお世話になっていますし」


「ありがとうー。少し前に、ほら、結構いい腕していた冒険者グループが成仏しちゃったから、最近鉱石が不足気味で困っているのよ。永遠の迷宮で目的を果たしちゃったみたいね」


 キャサリンの表情は嬉しそうであり、悲しそうにも見える。


「ねえ、永遠の迷宮って何」


 部外者として口を挟むべきではないと、空気を読んでイリアンヌは黙っていたのだが、その一言を聞き逃すことはなかった。


「あちゃー。これって生者には秘密だったわね。やだ、どうしましょう!」


 キャサリンが口元に両こぶしを当て、周囲を忙しなく見回している。何者かに本気で脅えているように見えた。


「ど、どうしたの。え、何か起こるのか」


 余裕のある雰囲気で話していたキャサリンが、急に取り乱し慌てている様子を見て、イリアンヌがスカートの中に隠していた短剣を手に取り警戒をする。


「落ち着いてください二人共。あの方はそれほど狭量ではありませんよ。ですが、問題は問題ですね。イリアンヌさん、これから話すことを誰にも話さないと誓えますか」


 いつになく真剣な表情でたずねてくるライトに、イリアンヌは頷き返した。


「わかったわ、誰にも話さない」(お金になる情報なら、口が滑るかもしれないけどね!)


 一見、神妙な顔つきに見えるが目元口元がひくついているので、これは釘を刺しておいたほうがいいとライトは判断した。


「なら安心して話せますよ。万が一、ありえないとは思いますが、約束を破った場合、あなたの死後は保証されませんよ」


「ど、どういうこと」


「ここを何処だと思っているのですか。死者が集まる死者の街ですよ。ここを統括しているのは死を司る神。死後の支配者といっても過言ではないでしょう。ここでの決まりごとを破った者は、死後の安らぎも許されず永遠の闇の中で、もがき苦しむはめになりますから。イリアンヌなら大丈夫だと思いますが」


 正直ライトはそこまでの事態になるのかは知らないのだが、大げさに言っておいたほうが良いと結論づけた。


「う、うん、気をつけるね」


 イリアンヌは顔面蒼白で、冷や汗がこめかみを流れ落ちている。

 その姿にちょっとやりすぎたかと反省したライトは、一つの妙案を思いついた。


「それだけでは、誰にも言えない秘密を知っただけで何の得にもなりませんから、イリアンヌさえ良ければ、一緒に永遠の迷宮に行ってみませんか」


「えっ、いいの!」


「はい、私は永遠の迷宮への入場許可を頂いていますからね。知り合いであれば五人まで一緒に連れて行っていいと直々に説明されましたから」


「やったー! いやー楽しみね。って、私まだ永遠の迷宮が何なのか聞いてないわよ」


 大事な部分を話していないことを、すっかり忘れていたライトだった。


「永遠の迷宮とは死者の街にある魔境ですよ。下へ下へと降りていくダンジョンで、その名が示すように終わりがないと言われています。そこで採れる鉱石や魔物が落とす素材や魔石には、かなりの価値がありますよ」


 この魔境には死者の街の住人となった冒険者たちが、心残りを払拭するために日夜挑んでいる。彼らはこの魔境で採れた資源をこの街の冒険者ギルドに売り、得た金でキャサリンの武器防具やほかの店でアイテムを購入するという金の流れができている。

 そのような説明をイリアンヌにすると、かなり驚いた表情でライトを見ている。


「え……この街に冒険者ギルドあるの?」


「ありますよ。死者のみで構成された冒険者ギルド死者の街支店が」


「冒険者ギルド手広いわね……」


 頭を抱え唸っているイリアンヌが、ここに来た当初の自分の姿と重なり、ライトは苦笑いを浮かべた。



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