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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

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葛藤

 神体ですか。審査の結果を知りライトは声に出さず胸中で呟く。

 熟練度の高さにより能力が上がっている審査は、対象者の通常より細かいポイントまで知ることができる。

 本来の審査だと得られる情報は、贈り物ギフト特別な贈り物スペシャルギフトの有無。全体的な能力の良し悪しといった程度しかない。それも数値で正確な値がわかるのではなく、頭が人より少しいいかな~、手先が器用かな~、といった曖昧な感覚が術者に伝わってくるぐらいだ。

 だが、ライトの審査は上記で触れた結果以外にも、贈り物、特別な贈り物を所有しているのであれば、その能力の簡単な説明。知力、筋力、器用さ、魔力量等が、かなり詳細に伝わってくる。他にも病気の有無や先天的な肉体の欠陥等も知ることができる。


「ライトさん! 結果は出ましたか!」


「すいません、もう少し時間がかかります」


 期待に胸を膨らませ純粋な目で見つめるシェイコムに、ライトは言い淀んでしまう。

 ライトが得た内容は、シェイコムが特別な贈り物『神体』を所有しているということ。身体能力が同ランクの冒険者と比べてかなり上回っていること。そして問題の一つが、その神体について知ってしまった能力の内容だ。

 『神体』――常時微量ながら体の内外に神気を巡らし体を強化する。あらゆる病状や体への悪い影響も無効化される。

 その情報を知りライトの頭をよぎったのは、この神体は母が目指していた理想形ではないのかということだ。

 幼少の頃から、内臓や骨が筋肉に壊されないように鍛えられてきたライトの体に、もし神体も備わっていたのなら、これ程までに体を痛めつけずに済んだのではないか。

 昔だけではない――今、もし神体を得られたなら、常人より鍛えられた肉体に神体を所有することにより、神力を無制限で使える可能性もある。

 だが、シェイコムの神体を自分のものにしようとは微塵も思わなかった。ライトはもう一度、起動中の審査で得られる情報を確認する。


 神体の所有者、その情報。身体能力の高さ。もう一つライトの知ってしまったシェイコムの情報がある。

 先天性のライオニック痛症に侵されているという事実だ。それも軽度ではなく重度である。

 ライオニック痛症とは百万人に一人の確率で発病すると言われている非常にレアな病気のことである。

 全身の痛覚がむき出しになったかのような激しい痛みが襲い、皮膚に衣類が擦れただけでも、その身を切り裂かれたような感覚に襲われる恐ろしい病である。皮膚だけではなく、それは内臓にも適応される為、飲食をしただけでも体内部に激痛が走る。

 多くは後天性で現れる病気なのだが、未だに原因も究明されておらず、治療法も確立されていない。だが、その病状の恐ろしさだけは人々に知られている。この病気が一般に知られるようになったのは、病名にもあるライオニックという、とある国の王がこの病気にかかったことにある。

 病状も軽度、中度、重度とあるのだが、軽度なら何とか日常生活を送れる。

 中度となると衣類を一切身に着けず、体が触れる部分を極力減らし、魔力による栄養補給を行い病院で一生を過ごすか、自殺するしかないと言われている。

 重度となると呼吸や風が吹いただけで耐えられない痛みが発生するので、我慢強い者でも数日のうちに発狂して、苦しみぬいた末に死亡すると言われている。


「あの、大丈夫ですか! 苦しそうな表情をしていますが。魔法に無理があるなら、また後日でも全然平気ですので!」


 純粋に身を案じてくれているシェイコムの顔をライトは直視できないでいる。

 彼は生まれつきライオニック痛症に体を侵され、普通であれば、その痛みに赤子の体と心は耐えられず死にゆく定めだったシェイコムは、特別な贈り物を所有していたことにより今日まで生き延びてきたのだ。

 神体は病状を無効化するのであって、病気が完治するわけではない。もっとも、病状が現れないのだから、それは完治していると同じ状態だとも言える。

 そう、神体を生涯持ち続けているのであれば、何ら問題ない事なのである。


「いえ、大丈夫ですよ。久々に使ったので思ったより魔力の消費が激しかっただけです。結果をお伝えしますね。確かに特別な贈り物を所有していますよ。力の名は『神体』体が異様に頑丈になる能力です。病気や精神への悪い影響も防げるようですよ」


「ライトよ、熟練度を上げた審査は、そこまで見抜けるものなのか」


「簡単な能力の内容はわかりますよ。でも、この程度までですが。それで、シェイコム君はこの力について心当たりがありますか」


 ライトに問われて、懸命に頭をひねっている。


「あ、はい! 昔から病気知らずで、風邪にかかったこともありません! あと、何を食べても平気なのが自慢です!」


 胸を張って、そう答えるシェイコムに平静を装ったライトが笑みを返す。


「ライト、ライト。この子の神体ってライトの神力とかなり相性いいんじゃないの? もし、相手が納得して――」


 ライトの耳元に口を近づけ、小声で囁くイリアンヌの口をそっと手で塞ぐ。


「力を譲渡できるという話は他言無用でお願いします。説明は後ほどしますので」


 本人ですら聞き取れない程の小声で返すが、神聴の所有者であるイリアンヌには充分聞こえたようで、納得しきれていない様子だが頷き返す。


「シェイコムさん。特別な贈り物というのは、神から与えられた強大な力です。これからも、この事実に慢心せず己を鍛え上げてくださいね」


「はい、勿論です! いつか、ライトさんと肩を並べて戦うのが自分の夢ですから!」


 それから他愛もない雑談を暫く続けた後に、ここから先は機密事項になるという説明をして、シェイコムとサンクロスには先に退室してもらう。

 彼らの気配が一階ホールへ向かったのを確認すると、ギルドマスターは鋭い目つきでライトを睨む。


「でだ、ライト、何か隠しているな。シェイコムに言わなかった事と、お前らが急激に強くなったことと関係しているのか?」


 核心を突く鋭い指摘にライトを除く女性陣三名がたじろぐが、ライトは平然とお茶をすすっている。全てを飲み干すとカップをゆっくりと机に置き、ギルドマスターを見据える。


「ギルドマスターに隠し事をすると、後々厄介なことになるのは重々承知しているので、全てを話しますよ。審査で得た情報も公開しますので、皆さんもちゃんと聞いておいてください」


 ライトは包み隠さず全ての情報を伝える。

 孤児院がらみの出来事から、特別な贈り物が贈与可能だということ。そして、神体の詳細とシェイコムの病について。

 全てを聞き終えたギルドマスターは机上に足を放り出すと、首を逸らし天井を見つめる。


「まいったね。取り敢えず、孤児院の方はこちらからは何もせんが、もし助けが必要ならいつでも頼ってくれと伝えておいておくれ」


 ギルドマスターの気質を知っているので、あまり心配はしていなかったのだが、それでも確言を得られた事に安堵のため息をつく。


「特別な贈り物を人に渡すことが可能だというのにも度肝を抜かれたが、そうなると惜しいな。シェイコムなら、ライトが頼み込めば神体を譲り渡す可能性も高いのだが……ライオニック痛症か。あれはシャレにならんぞ。知り合いに中度の患者がいたのだが、奴は名の売れた戦士でな。どんな苦境にも前衛として立ち向かい、体につけられた無数の傷跡は男の勲章だと笑う頑強な男だった。そんな男がライオニック痛症にかかり、あまりの痛みに耐えきれず自ら命を絶ったよ」


「やはり、シェイコム君には特別な贈り物が贈与可能なことは黙っておきましょう。正義感溢れる青年のようですし、可能性は低いと思いますが渡したいと言い出す可能性もありますので。受け渡しは死を意味しますからね」


 ライトは頭を切り替えると、今後も継続して特別な贈り物所有者の探索をギルドマスターに頼み込み、冒険者ギルド本部を後にした。

 窓際に立つギルドマスターは遠ざかるライトの背を眺めながら、考えあぐねている。


「ライトの性格なら一生、シェイコムに伝えることはない筈だ。ならば、汚れ役を引き受けねばならんか。結論は当人に任すしかないが。やれやれ、難しいことなど考えずに魔物を倒していた頃が懐かしいね。大勢を守る為に誰かを犠牲にする。昔、嫌っていた人間に自分が成る日が来るなんて思いもしなかったよ」


 吐き捨てるように呟くと、踵を返し部屋から出ていく。





 ライトたちがギルド本部を出ると、夜のとばりが下り始める時刻だった。

 食事を提供する店舗以外は殆ど店を閉め始めている。


「これからどうしましょうか。赤の扉の先に降りたところですることはありませんし、かといって悪魔の動きを何もせずに待つのも」


「何をするにもまずは食事にしないか。その後、俺の隠れ家に来ればいい。寝床ぐらいは提供するぞ」


 ファイリからの申し出を断る理由もなかったので、ライトたちはその言葉に甘えることにする。一度宿屋に寄り各自荷物をまとめると、ファイリお勧めの店に寄った後に護衛役であるサンクロスとシェイコムと合流し隠れ家へと向かった。

 町の南東部に位置する貴族や商人などの富裕層が住む一角に、年季の入った屋敷がある。そこは庭の手入れも滅多にしていないので、雑草は生え放題で一見すると空家のようなのだが、毎日、結構な人の出入りがあるので、近所の住民は変わり者の金持ちでも住んでいるのだろうと噂している。


「如何にも悪党の隠れ家という感じがするのは私の気のせいでしょうか」


「珍しく我も同意見だ」


「実は私も」


 前を歩くファイリの背後から、ライトたちの呆れた声が流れてくるので、振り返りもせずにファイリは堂々と言い放った。


「大丈夫だ。あれは俺の名義で買ってある屋敷だからな。変な輩は住み着いていないぞ。メイドも常駐させている。まあ、とにかく入れ。話はそれからだ」


 錆びた門扉を開け、雑草が生え放題の庭を抜けているのだがライトはそこであることに気付く。背の高い雑草が所狭しと生えているのだが、門扉を抜けてから緩やかなカーブを描くように人が二人程度なら並んで歩けるように道が整備されていた。

 屋敷の扉の前に立つと表面に赤さびの浮いた歴史を感じさせる鉄扉が、ライト一行を待ち受けていた。玄関脇の呼び鈴をファイリが鳴らすと、両開きの鉄扉がゆっくりと内側に開かれていく。


「うわぁぁ」


「ほぅ」


 屋敷内部の光景にイリアンヌとロッディゲルスが感嘆の声を漏らす。

 外観とはまるで正反対の気品あふれる玄関ホールが目の前に広がっている。

隅々まで掃除の行き届いた清潔な室内に、無駄に高価な品を多数飾るのではなく必要最低限にまとめられている。

 入り口付近には五人のメイドが並び出迎えてくれている。

 メイド五人の顔にライトは見覚えがあった。一番手前に立ち微笑んでいるメイドは、整ってはいるのだが特徴がなく印象に残りにくい顔をしている。ライトがファイリの住む大神殿の一角へ初めて訪ねた時に道案内をしてくれたメイドだった筈だ。


「お帰りなさいませ、ファイリ様。ご友人の皆さま方も我が家と思い寛いでくださいませ。わたくしは、この屋敷を取り仕切っておりますメイド長でございます。……はっ! その凛々しいご尊顔は、ライト様ではありませんかっ!」


 メイド長はライトの姿を見つけると、体をくねらせながら内股で女性の健気さを大げさにアピールするかのような走り方をしている。もう少しでライトへ届く距離でメイド長は足を躓かせ、ライトの胸に飛び込むような形で倒れこむ。


「大丈夫ですか。良かった、無事だったのですね。貴方が行方知れずになったと聞き、眠れぬ夜を幾晩過ごしたことか」


 メイド長を優しく抱き留めたライトは、仲間の三人娘には滅多に見せない慈愛溢れる微笑みをメイド長に向ける。


「勿体ないお言葉ですわ。ですが、そのような事は二度とおっしゃらないでください。私は教皇様の陰に佇む存在。主を差し置いて光の場に出るわけにはいかないのです。いくら、見た目の女性らしさや、性格の良さが教皇様より優れているとはいえ、私は所詮メイドですから」


「おい、メイド長」


 ファイリが半眼でメイド長を睨みつけているが、どこ吹く風と聞き流している。

 ライトを押しのけ腕の中から抜け出すと、その場に力なく崩れ落ちる。ライトはその場にかがみこむと、泣き崩れたメイド長の髪をそっと撫でる。


「悲しい事を言わないでください。確かに素直じゃないですし、口も悪く、体つきもあれな教皇様ですが、権力を振りかざすような方じゃありませんよ。きっと二人の新たな旅立ちを祝ってくれるはずです。だから、泣かないでください。貴方の曇った顔は見たくありません。さあ、私の為に笑ってください」


「ラ、ライト様ーっ!」


 芝居がかった動きで抱き合う二人をファイリは冷めた目で、残りの仲間は目を極限まで見開き、驚きのあまり声も出ないようで口をただパクパクと開閉させている。


「お前ら、予め打ち合わせでもしているのか」


「「打ち合わせ無しの一発本番ですが、何か」」


 呆れた口調のファイリに二人は即答する。


「ラ、ライト! 付き合っている女がいたのかっ!」


「「いえ、付き合っていませんよ」」


 驚きのあまり現実から逃避していたイリアンヌが我を取り戻すと、唾を撒き散らしながらライトに迫る。

 二人はすっと離れて並ぶと何もなかったかのように、いつもと変わらぬ様子で同時に返答する。


「う、嘘だ! そんなに息もぴったりで。我らに隠れて逢瀬を何度重ねていたのだ!」


「「お会いしたのは、二度目ですよね?」」


 ロッディゲルスの追及に二人は顔を見合わせ、同時に首を傾げる。

 仲間の女性三名は全く信用していないが、事実、メイド長とライトが会ったのは二回目である。ライトも不思議ではあるのだが、相手の考えが手に取るようにわかるのだ。だからと言ってお互いに恋愛感情があるわけでもない。奇妙な関係である。


「では、話もまとまったところで」


「「「まとまってない!」」」


 女性陣からの突っ込みに、たじろぐこともなく平然と受け流すと、メイドたちに指示を与え、納得がいかない彼女たちを強制的に屋敷へ招き入れた。

 メイドの一人に案内されるがままにライトは指定の部屋へと入り、収納袋を部屋の隅へ無造作に置く。食事の用意ができたら連絡に来るとの事だったので、ライトはベッドにその身を投げ出し、ぼーっと天井を眺めている。


「最近は色々ありすぎました。世界の危機を救うなんて柄じゃないのですが、他に適任もいないのが何とも」


 ライトとしては己を鍛える事に抵抗はないので戦いの日々というのは問題ないのだが、世界の未来を託されるという事実が重すぎた。物語に都合よく出てくる勇者にでもやって欲しい。というのが正直なところだ。


「いくら怪力でも、世界を背負うには力が足りませんよ……力ですか」


 自分が手っ取り早く強くなる方法。それが目の前に転がっているというのに、ライトは手を伸ばしてそれを掴む気にはならない。

 激痛に悶え苦しみ死ぬことがわかっている相手へ、その力を譲れと言えるわけがない。いや、本気で世界の未来を救いたいという志があるのであれば、その判断をするべきなのだろう。


「私はそういう葛藤をしたくないから、地位や権力から逃げてきたはずなのですが」


 最近は周りに人がいることが多いので、ライトは独り言を呟く機会があまりなかった。考え事をする時は昔から口にした方が情報の整理がしやすい。もはや癖になっているようだ。


「もう一つ抜け道はあるのですが、それも難しいですかね。兎にも角にも、まずは次の一手を防ぐことですが、悪魔が次に打つ手はおそらく」


 ゴーリオンが計画していた内容。ライトの故郷。そして死者の街で悪魔たちがやったこと。それを考えると必然的に見えてくる。闇の魔素を増やし、光の神が張った結界を打ち破ることが狙いの筈。つまり――ライトの思考はそこで妨げられる。


「すみません、ライト様! 至急、下の談話室にお集まりください!」


 ノックもせず扉を開け放ち、メイド長が駆け込んできたからだ。

 彼女の顔に浮かぶ焦りの表情を見て、ライトは悪い予感が的中していないことを祈るしかなかった。



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