集まる力
古代人の施設から出たライトたちは入り口付近で、増援が来ないか見張りをしていたイリアンヌと合流する。中での出来事は神聴を使って盗み聞きしていたので、今更、説明する必要はなかった。
念の為に入り口付近で少し時間を潰し、ゴーリオンが死んだのを確認すると青の通路を利用し孤児院へと戻る。途中、ゴーリオンの死体から粉々になった鍵を拝借するのを忘れない。
ファイニーから借りた予備で持っていた青の扉用の鍵を、ライトは返そうとしたのだが、「これは、ライトさんが持っていてください。それにこの鍵も」そう言って、赤の扉用の鍵を新たに手渡される。
ライトは有難く鍵を預かることにすると、疲れ果てて眠っているキマイラを回収し、名残惜しさはあったが、孤児院を後にした。
「あんた、本当は残りたかったんじゃないの? お父さんにならなくて良かったのかなー」
宿屋へと向かう道で、イリアンヌが下卑た笑みを浮かべ、ライトの脇腹をつついている。
しつこく、かなり強めで脇腹に肘を連続で叩き込んでいるイリアンヌを払うと、ライトは大きく息を吐く。
「勘弁してください。確かに、私の身の回りには、い、な、い、大人しくて、包容力があり、母性溢れる魅力的な女性でしたが。今は色恋沙汰にかまけている場合ではありませんからね」
『僕の目の黒いうちは、母さんとの結婚を認めませんよっ!』
『『死んでる死んでる』』
姑のような意見を言うロジックに、エクスとミミカは突っ込みを入れずにはいられなかったようだ。
魅力的な部分を強調するように話したライトに、三方から冷たい視線が突き刺さる。この状況にも慣れたもので、視線を完全に無視してライトは話を続ける。
「わざわざ大神殿を経由しなくても邪神の欠片へ行く道ができたのは良いのですが、先に見つけたところで何もできないのが困ったところです」
悪魔より先に邪神の欠片に近づいたところで、強固な結界がある為に近づけず、距離を置いて眺めているしか、することがない。何とか結界を潜り抜けるか解除させたとしても、ライトが今の神力を使ったところで、邪神の欠片を消滅――どころか、損傷を与えることが可能なのか、それすらも怪しい。
「悪魔どもの邪魔をするしかないというのが。後手に回るしか手がないのが口惜しいぞ」
「永遠の迷宮でかなり実力が上がった筈だけど、欠片とはいえ神だもんね。人の身で倒せるとは思えないし」
二人の意見は確かにその通りだとライトは思う。だが、それは人の身であればの話だ。ライトの中に眠る力は神の力。この力の持続時間と威力を伸ばせるのなら、神の欠片であろうと滅ぼせるのではないかと考えている。
ならば、どうやって神力を強化するのか。
方法は――わかっている。特別な贈り物を集め自分の力とすることだ。ライトは現在、神力、神嗅、神声を手に入れている。新たに二つの特別な贈り物を得てから、持続時間、威力が格段に向上している。副作用と体の負担も軽減され神力が体に馴染んでいるのを実感している。
ライトは横目でイリアンヌを盗み見る。
「いい加減こっちから攻め入りたいわよね。待ってるばかりじゃストレス溜まるわ」
「わからないでもないがな」
ロッディゲルスと会話をしているイリアンヌ――彼女は二つの特別な贈り物を所有している。彼女から、神速、神聴の二つを譲り受けることができれば、ライトは更に高みへと昇る事ができるだろう。
それに、神眼を所有するファイリ。
二人の特別な贈り物が自分の物になれば……。
「やめましょう」
自分の中に芽生えそうになる暗い感情をライトは掻き消す。二人は貴重な戦力であり、大切な仲間だ。それに特別な贈り物は当人に譲る気持ちがなければ、贈与することが不可能だ。無理やりに奪えるものではない。
「ああ、そうです。ちょっと冒険者ギルドに立ち寄っていいですか」
戦力補強を考えギルドマスターに頼んでいたことを思い出し、まだ二日しか経っていないが、わずかな可能性にかけて一度寄ることにした。
「どうも、ライトアンロックです」
冒険者ギルドの扉をくぐり、開口一番、誰に聞かれたわけでもないのに名乗ると、ホール内にいた冒険者と職員が蜘蛛の子を散らすように左右に分かれ、受付までの道ができる。
「いやー、ここは待たずに済むので楽ですね」
「あんたの名前はギルド本部限定の魔法か何かなの」
色々とやらかしているライトの名と存在を、冒険者ギルド本部に関わりのある者で知らぬものは殆どいない。仲間以外の冒険者と接点があまりないライトは、絡んでくる元気な若者とのやり取りを実は楽しみにしていたので、この状況には内心がっかりしている。
ライトは入り口から、受付までの道を真っ直ぐ進むとそこには、三度目となるショートカットの女性職員がいた。
「おや、奇遇ですね。三回連続同じ人が受付とは」
「そ、そうですね! ライトアンロック様、何かご用でしょうか!」
わざわざ、椅子から腰を浮かし敬礼する女性職員。
ちなみに、彼女がライトの受付をするのは偶然でも何でもない。職員の無言の圧力により、彼女はライトの専任受付として任命されている。
「大げさに挨拶しなくてもいいですよ。座ってください。何度もすみませんが、ギルドマスターとの取次ぎをお願いします」
「はい、今日は何も予定がなく部屋にいらっしゃいますので、そのまま二階へとお進みください! ギルドマスターから、ライトアンロックが来たら通してやれとの指示を受けていますので!」
直立不動の状態で淀みなく発言をする女性社員の姿に、軽く引いているライト一行は受付に礼を言うと二階へと上がっていく。
彼らの姿が完全に二階へと消えたのを確認すると、全身の力が抜けた受付職員は椅子に体を預ける。
「リリーム凄いじゃないの! あの闇の聖職者ライトアンロックと対等に会話できるなんて!」
「そうよそうよ。私なんて遠くから見ているだけで、身も凍る思いだったわ!」
駆け寄ってきた職員たちが口々にリリームを褒め称える。遠巻きに眺めていた冒険者たちも「あの受付の子、凄いな。ライトアンロックと会話していたぜ」と騒めいている。
この一件で、受付担当職員リリームは同僚や冒険者から一目置かれる存在となり、ギルド内で出世街道を進むことになるのだが、それはまた別の話。
「あんた、どんだけ恐れられているのよ」
一階での騒ぎ声を聞き逃さなかったイリアンヌが、ため息交じりに呟く。
「身に覚えは全くないのですが、噂話が独り立ちしているのでしょう。困ったものです」
自覚のないライトは首を傾げている。
もう何を言っても無駄だと悟ったイリアンヌとロッディゲルスは、黙ってギルドマスターの部屋まで付いて行く。
扉を三回ノックすると中から「あー、勝手に入ってこい」とぶっきらぼうに答えるギルドマスターの声が扉越しに響いてくる。
「失礼します」
ライトが室内に足を踏み入れると、そこにはギルドマスター以外に三名の人物がいた。
「また、凄いタイミングで来たな。俺たちがいるのを知っていたわけじゃないのだろ」
「お久しぶり……とは言えませんね。ファイリは何故ここに?」
「現状の確認とお互いの情報交換ってところだ。あと護衛であるこの二人が、ギルドマスターに呼び出されたってのも、あるのだけどな」
ライトに背を向ける形で立っていた全身鎧の二人組が振り向くと、その二人は見知った顔だった。
「お久しぶりです、ライトアンロック殿」
「また会えて光栄です!」
サンクロスとシェイコムの両名が頭を下げる。ライトも同様に頭を下げると二人に歩み寄った。教官と教え子というのが二人の間柄なのだが、ライトの見立てではもっと親しい関係に見える。
「虚無の大穴以来ですね。お元気でしたか」
「はい、元気にしていました! 実は、虚無の大穴以降に一度お会いしています」
「あのような状況でしたので挨拶もできませんでしたが、ライトアンロック殿の故郷での戦いに我らも参戦していました」
故郷での戦いで思い出すのはライトが神力を使った直後で動けず、透明な箱に入り、ファイリとロッディゲルスに助けられた場面である。少なくともあそこにはいなかった、となると、直後に現れた教皇の精鋭部隊しか考えられない。
「あの精鋭部隊の一員だったのですか。その節はお世話になりました」
ライトがあの時の礼を丁寧に述べると、二人は恐縮しながらぺこぺこと頭を下げている。
「おう、友好を深めるのも悪くはないが、先にこちらの話を進めさせてもらうぞ。お前たちもそこに座っていろ。関係のある話だからな」
話し終わるのを律儀に待っていたギルドマスターが、面倒臭そうに頭を掻いている。
「これは失礼しました。では、お話を続けてください」
ライトたちはギルドマスターから見て、机を挟んで右手側のソファーに腰を下ろす。
ギルドマスターは机に両肘をつき両手を組み合わせると目を閉じ、大きく息を吐き出すと話し始める。
「サンクロス、お前はそこのシェイコムと師弟関係にあると聞いたので同席してもらった。呼び出しの本命は、シェイコムお前の方だ」
「はぁ。自分に何か?」
これと言って心当たりがないシェイコムは惚けているわけでもなく、本気で状況が掴めていないようだ。
「回りくどい駆け引きやらは得意ではないので、はっきり言わせてもらうが。お前さん、特別な贈り物の所有者だろ」
事前に誰も聞かされていなかったようで、室内の空気が一瞬にして張り詰める。周囲の視線がシェイコムに集中するが、当の本人は呆けた顔でギルドマスターを見つめている。
「すみません。一つ質問をしてもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだ」
「特別な贈り物って何ですか?」
今度はギルドマスターが驚かされる番になった。
「お前は特別な贈り物の存在を知らないのか。贈り物は知っているな?」
「ええ、それは知っています。私も持っていますので。神から与えられた人を超えた力の事ですよね。一般的に知られているのは怪力や魔力増加でしょうか」
その他にも五感が強化される能力等が一般にも知られている。このやり取りでわかったことは、シェイコムは贈り物について一般人と変わらぬ程度の知識しかないということだった。
「意外な盲点だった。もしや、そういった知識しかないから、今まで己の力に気が付かなかったのか……シェイコムよお主ギルドカードには『頑強』と書いてあるが、間違いないか」
「はい、間違いありません。この能力のおかげで頑丈な体を得ることができ、助かっています」
頑強。贈り物としてはそれ程珍しい部類ではない。能力はその名の通り体が頑丈になる。常人なら死ぬような衝撃を受けても生き延びる事ができ、この能力を持つ者の多くは冒険者チームの守りを一手に担う前衛として重宝される。
他に特徴としては、頑強を持つ者は自分の意思を曲げない頑固者ばかりだとも言われている。
「ふむ、ではサンクロス。お前は傍で見ていてシェイコムの贈り物、頑強に違和感を覚えたことはないか」
「以前から少し思うところはありました。私も贈り物を二つ所有していまして、同じく頑強と怪力なのですが、私の頑強よりも明らかに能力が優れています。同じ威力の攻撃を受け、腕の差があるというのに、私よりも被害が軽減されている場面が何度かありました」
説明を聞きながら手元の書類に目を通していたギルドマスターは、指先でトントンと書類を軽く叩いている。
「概ね、職員の調べた情報と一致するな。以前、結構な数の冒険者たちに魔物の異常発生を調べてもらったのだが、その時、飢えて山から下りてきた高ランクの魔物が現れてな。多大な被害を受けたのだが、現場に出くわしたシェイコムだけは、援軍が来るまで一人で耐えきったという報告があったのだよ。Cランクが耐えられる相手ではなかったにも関わらず、長時間耐えきり生き残った。ランクが格上の魔物を倒す新人冒険者――というのは、正直それ程珍しくはない。有能な者の下積み時代に良くある話だからな。だが、倒すのではなく耐えきった。これは中々聞かない話だったから印象に残っていたのだよ」
渦中の人であるシェイコムは自分の事であるというのに、他人事のようにぼーっと突っ立っている。どうも、事の重要さを理解していないようだ。
「すみません。シェイコムは猪突猛進で考えるのがあまり得意ではないのです。今の話も半分理解できたかどうか、怪しいものです」
サンクロスにそう説明されたシェイコムは、皆からの視線を浴び、照れたように頭を掻いている。その姿は状況を把握しているようには見えない。
「あの、少々よろしいでしょうか! 結局、特別な贈り物とは何なのでしょうか!」
言われてみれば、その事について全く説明していない一同だった。
「なるほど、そんな力が存在していたのですね。自分の力はそういうことなのでしょうか? 自分としては全く自覚がないのですが」
「そもそも、今まで知らなかったというのが信じられないのですが。この国の者はほぼ例外なく十歳の誕生日を迎えた日に、教会で能力検査を受けることになっている筈なのですが」
司祭以上の聖職者が覚えられる魔法の一つに『審査』という魔法がある。この魔法は対象者の適性や特殊な能力を見抜く魔法である。と言っても、特殊な魔法陣とやたらと長い詠唱が必要となる為、戦闘中や魔物に対しては全く使い道がない魔法である。
十歳の誕生日を迎えた日に、国民全てが受ける義務がある能力検査でのみ利用価値がある魔法と言われている。
「ああ、その事ですか。私は貧困街出身ですので、受けたことがありません。サンクロス教官に拾われたのが十二の頃ですので」
「シェイコム、私が能力について質問した時に『頑強』を所有していると言っていなかったか?」
サンクロスの疑問にシェイコムは眉根を寄せ、必死になって当時のことを思い出そうとしている。腕を組み暫く唸っていたが、不意に思い出したらしく、目を輝かせ両手を打ち鳴らす。
「昔から母や近所の人にお前は頑強なところがあるよな。と、よく言われていましたので、それが贈り物というものではないのですか?」
元気よく答えるシェイコムにサンクロスは額に手を当て、ため息をつく。
「なら話は早い。早速大神殿で『審査』を掛けてもらってこい。それとも、教皇様が自らここでやってくれるなら楽なんだが」
「ギルドマスター、わかって言っているな。審査は使えるが、あれは馬鹿でかい魔法陣が必要だからな。それも一から描くと丸二日はかかる代物だ。教会に予め設置されている魔法陣でやってもらうのが一番早いだろ。まあ、特別な贈り物だった場合、広まると厄介だから信頼のおける司祭への招待状を持参させよう」
二人の会話を黙って聞いてたライトだったが、何を思ったのか、その場にすくっと立ち上がった。そして、法衣の裾を翻すように大げさに体を半回転させ、胸元に手を添える。
「では、私が審査を掛けましょう」
「何……を言っているんだ。あの魔法、無駄に制御が難しいから、才能がそれなりにある者しか使えないのだぞ? 貴様、自分を何だと思っているのだ」
「酷い言われ様ですね。私が使える数少ない魔法の一つ、それが審査なのです」
ここで、ライトアンロックの使える魔法についておさらいをしておこう。
助祭時代に覚えた魔法が『治癒』『上半身強化』『下半身強化』『聖光弾』『聖属性付与』の初歩中の初歩魔法である。
そして、司祭となり覚えられた魔法が三つある。『聖域』『精霊召喚』は現在進化して『聖霊召喚』となっている。ライトの使える魔法の貴重な残りの一枠が『審査』の魔法である。
「ライト……本当に、碌に使えない魔法ばかり覚えるな」
「放っておいてください。貴方のように全種類の魔法が使える人にはわからないでしょうが、私にとっては司祭時代に覚えられた大切な数少ない魔法なのです」
審査の魔法はライトが最後に覚えられた魔法で、一通り全ての魔法を試してみて、審査の魔法が発動した時は嬉しくて、意味もなく毎日何回も使っていた。
「まあ、使えるというのなら信用してもいいが、結局魔法陣があるわけではないからな。大神殿の魔法陣使用許可を出しておくから、シェイコムを連れて行ってくれるか」
「いえ、ここで構いませんよ。審査の魔法もかなり使い込んでいますからね、少々時間はかかりますが、魔法陣を予め描いていなくても発動できるようになっています」
「魔法の熟練度が上がって強化されたというのか。いや、しかし、大神殿や教会には審査担当の者が常駐しているが、審査の魔法が強化された話など届いてこないぞ」
「それは当たり前かと。審査を受けに来る人は、皆魔法を受け入れる気持ちで来ているわけです。抵抗しない相手への魔法など熟練度は殆ど上がりませんよ。私のように、独りが多い身の上だと、魔法を試さしてくれる相手もいませんので、日々、野山で捕まえた動物や魔物相手に審査を試すぐらいしないと」
「魔物に審査が通用した等聞いたこともないぞ。いったいどうやって」
「それは秘密です」
ライトにしては珍しく茶目っ気のある言い方をし、人差し指を口の前で左右に振る。
実際ライトが取った方法というのは、魔物を物理的に弱らし抵抗力の少なくなった状態に追い込み、巨大な石材の板に彫り込んだ魔法陣を収納袋から取り出し、その上に魔物を置き魔力が尽きるまで掛け続けた、ただそれだけである。
初めの頃は全く効果が出なかったのだが、ライトの使える貴重な魔法。自分が行使できる魔法があるということ。それだけでライトは嬉しくなり、毎日何度も審査を掛け続けていた。
魔物を狩り、最後の一体になると魔力が尽きる寸前まで審査を唱える。それが、若かりし頃の日課だった。
「まあ、ともかく審査の魔法ならいつでもいけますので、ここでやりましょうか。詠唱は一分程度かかりますが」
魔法陣を描く手間は省けたのだが、詠唱は一分続けなければならないので結局実戦で使える代物ではない。それに魔力が一定量を超えるものに抵抗されたら通用しないので、魔物であっても低ランクのみにしか使えない。
熟練度が上がっても微妙な魔法のままではある。
シェイコムの承諾を得て、ライトの審査により判明した能力は特別な贈り物――神体だった。




