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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
75/145

誓い

 古代の施設から出てきたライトたちを待ち構えていたかのように現れたファイニー相手に、三人は警戒態勢を取る。


「ファイニーさんどうしてここに?」


「ライトさんは変なことをおっしゃいますね。ここは孤児院の敷地内ですよ、いて当たり前じゃないですか」


 確かにその通りなのだが、さっきの口振りといいファイニーは地下の施設もロジックがメイスにいることも、初めから知っていたと考えるべきなのだろう。とライトは結論を出し、警戒を解くことなく構えていたメイスだけは地面へと下ろす。


「では、質問を変更しますね。貴方は地下の施設を知っていたようですが、それは何故です。それにロジックのことは何時から」


「地下施設の責任者は私ですし、ロジックのことはライトさんがメイスと会話しているのを何度か耳にしましたので」


 気軽に答えるファイニーの言葉に聞き逃せない単語が含まれていた。


「施設の責任者ですか。それは最近のことですか、それとも――千年以上前からですか」


 ライトの質問を聞き、目を見開いて感心したように手を打ち鳴らす。

 ファイニーは笑顔を崩さずに小首を傾げ悩んでいる様子だったが、考えがまとまったらしく、何度も頷きゆっくりと口を開いた。


「ライトさんやるわね。私は千年以上前から地下の施設を管理している――魔族よ」


 イリアンヌとロッディゲルスが魔族という言葉に反応して、ライトの後ろから一歩前に出ようとするのを、ライトは手で制した。

 そして、新たな質問をぶつけようとしたライトを遮ったのは、メイスから流れてくるロジックの悲痛な叫びだった。


『母さん! 若さの秘訣は好き嫌いせずに食べることと、独自に編み出した美容体操だというのは嘘だったのかっ! 本当だと思って仲良くなった女性に片っ端から教えてしまったのだけれど!』


『えっ、嘘だったの!? あの変な踊り風呂上がりに毎晩やっていたんですけどっ!』


『私もよ! 貴重な時間どうしてくれるのよっ!』


 ロジックに続いて、女性の金切声と非難する男の野太い声が響いてくる。

 貴方たちはもう死んでいるのだから若さも何もないのではと、ライトは突っ込みたかったが、空気を読んで、ぐっと堪えた。


「駄目よ、ロジック。あれ全部嘘なんだから」


『母さん! あれ程、僕たちに嘘をついたら駄目だと教え込んでいたではないですか』


「笑える嘘はついてもいいって、言ったでしょ?」


『笑えないよ!?』


 ファイニーとロジックのやり取りを聞いて、敵意はないと判断し、ライトたちは少し警戒を緩める。


「ご歓談中に申し訳ないのですが、会話を続けさせてもらっても良いですか?」


「あらあら、失礼しましたわ。ええと、魔族だというのは答えたから……あと、聞きたいのは施設が何なのかとかでしょうか?」


「そうですね。あと、貴方の立ち位置も教えていただきたい」


「立ち位置ね。安心してください。私は人間に敵対するつもりはありませんよ。こうやって孤児院で子供たちの面倒を見て、立派な大人に成長していくのを見守る。それが私の生きがいですから。悪魔側に味方する気は毛頭ありませんので。ロッディちゃんと同じようにね」


 そう言ってファイニーはロッディゲルスへ顔を向けると、茶目っ気のあるウィンクをした。『ほっ』という安心して漏れた息はロッディゲルスのものだろう。


「あの施設は、皆さんの想像通りじゃないかしら。邪神の欠片を監視する為に建てられた物よ。赤の扉の先は螺旋状の階段になっていてね、遥か奥深くに邪神の体が眠っているわ。古代人が邪神の存在を知り、復活することがないようにずっと見守ってきた場所。私は魔族になった後も一人あそこを守り続けてきた。何もない平野だった場所に村ができ、町になり、王国が築かれても私はここで見守ってきたの」


 一瞬、ファイニーに浮かんだ表情をライトは見逃さなかった。それは人生に疲れきった老人のような顔をしていた。

 ライトは右後方に控えているロッディゲルスの様子を横目で確認する。似たような境遇だった彼女は思うところがあるようで、視線を空へと向け物憂げな表情を浮かべている。


「ゴーリオンは貴方のことを知っているのでしょうか?」


「ええ、知っているわ。それを知ったうえで自ら悪魔だと明かし、孤児院を譲れと言ってきてね。秘密を子供たちに話してもいいのだぞ、と脅し、それでも断り続けていると、最近では手下の悪魔を使い、子供を害するような動きを見せてきました。何とか子供たちを守ってきたのですけれど……そろそろ限界だったところに、ライトさんたちが来てくれたの」


 そこまで話すとファイニーは安堵の表情を浮かべる。行き詰まっていた現状において、ライトの訪問は暗闇に射す一筋の光明だったのだろう。


「対応策も考え付かないまま、子供の命と引き換えに青色の扉を通る為の鍵を渡してしまって、状況は悪化の一途をたどっていたわ」


「話を聞いて得心がいきました。後のことは我々にお任せください。友人の大切な家族、守ってみせますよ」


 事もなげに言うライトをファイニーはぼーっと見つめている。

 その顔に浮かぶ表情を見て、女性二名が別の意味での警戒心を持つ


「ロジック、お父さん欲しくない?」


『えええええっ!? じょ、冗談だよね! 嘘だと言ってよっ!』


「うふふ。どっちでしょう~」


『嫌だあああっ! 友人をお父さんと呼びたくないぃぃぃ』


 ロジックの悲痛な叫び声が孤児院の庭にいつまでも響いていた。





 首都を守る巨大な壁の近くを一人の商人が歩いている。

 その商人は髪が一本もない頭に、顎の下がたるみ顔はギトギトと脂ぎっている。目つきは何かに飢えている獣のように鋭い。お世辞にも魅力的とは呼べない容姿をしている。

 服装のセンスも最悪で、両手の指には全て巨大な宝石が付いた指輪をはめ、魔獣の毛皮で作られたコートを身に纏っている。


「やれやれ、鬱陶しい。あの根暗な馬鹿がしくじったせいで、ワシが動かねばならなくなったではないか。主様の近くにいられるのはありがたいことだが、動くことが鬱陶しい。赤の扉は相も変わらず開きもせん。鬱陶しい。もう、あの魔族の女もガキも全員殺して食ってしまうか。小骨が鬱陶しいが、肉は柔らかそうだからのう。しかし、そうなると施設の情報と赤の扉解除方法がわからぬままとなる。鬱陶しい、鬱陶しい、鬱陶しい!」


 喚き散らしながら森を進み、目的地の施設にずかずかと入っていくと、隠し扉を無造作に開ける。

 大人一人が通るには十分の幅がある筈の階段に、両脇腹を擦りながら何とか地下まで下りていく。無造作に開かい扉に歩み寄ると、扉に手を当て何かをしているようだが、扉は何の反応も示さない。


「ああ、鬱陶しい! やはりガキをだしに使い魔族の女から無理やり聞き出すか。腕の二三本食ってしまえば、あっさり吐くだろう。昨日から人間を食っとらんしな。それでこの鬱陶しさからさらばだ。鬱陶しいことに、あやつが文句を言うかもしれんが、今は首だけの身。何とでもなる」


 自分の考えに整理がついたようで、下卑た笑みを浮かべ「むふふふ」と気色の悪い笑い声を漏らし、今度は青の扉の前に立つ。


「無能な配下どもが鬱陶しすぎて、全部食ってしまったのは失敗だったか。このような確認など手下にやらせれば済んだものを。まあよい、この通路を通り過ぎれば食べ放題が待っておる。楽しみじゃわい」


 涎を毛皮のコートの袖で拭うと、扉を起動させ、新鮮な肉が待つ孤児院へ一歩踏み出そうとする。

 だが、ゴーリオンを待っていたのは柔らかい子供の肉ではなく――歯ごたえのありすぎる鉄塊だった。


「ぐぼらあああああっ!」


 鉄塊を顔面に受け、歯と血を撒き散らしながらホール中央まで転がっていく。


「骨もちゃんと食べないと歯が丈夫になりませんよ?」


 通路から出てきたライトがメイスを振るうと、メイスにこびりついていた血糊と唾液が施設の壁と床に飛び散る。


「突っ込むところが違うだろ。ライト、殺していないだろうな。こやつには色々と聞かねばならぬことがある『黒鎖』」


 続いて通路から姿を現したロッディゲルスの黒鎖が、床に転がったままのゴーリオンを縛り上げる。全身に何重にも鎖が巻き付いた状態で暴れているが、鎖が破壊されることも、ほどけることもない。


「きひゃまひゃ。にゃにひょひょら!」


 顎が破壊され歯も残っていないので、まともに話すことができず、気の抜けた声でライトに怒鳴りつける。


「貴様ら何者だ。でよろしいでしょうか? 悪魔ならご存知ではないのですか。計画をことごとく邪魔している、ごく一般的な聖職者です」


 その説明で何者か瞬時に理解したゴーリオンは、目を血のように赤く染め、全身から膨大な闇の魔力を吹き出させる。


「させる気はないぞ」


 ロッディゲルスが軽く手を振るうと、ゴーリオンの体に巻き付いていた鎖の締め付けが、更に強くなる。


「ぐうおああぁ!」


 ゴーリオンが痛みに顔を歪め身もだえすると、全身から吹き出ていた闇の魔力も完全に消える。それを見たロッディゲルスは締め付けを少しだけ緩める。


「貴様ら何のつもりだ! 商人であるワシを問答無用で痛めつけるとは、正気か!」


「おや、人間という設定でいくのですか。手加減していたとはいえ、私の一撃を受けても命を落とさず、砕かれた筈の歯が再生している人が、ただの商人を語られても」


「ふっ、それはワシの指にはめてある、魔道具の指輪の効果だ。自動防衛結界と自動回復の効果が付与されてる。一人でこんな危険な場所に来ておるのだ、それぐらいの備えは常識だろう」


 もっともらしい事を並べて言い逃れようとしているようだが、ライトやロッディゲルスの顔に動揺の二文字はない。むしろ、蔑んだ視線に変わっている。


「お主は馬鹿なのか。お前が悪魔だと名乗ったという確言を得ているんだぞ」


「誰がそんな情報を流したのかは知らぬが、何故、そいつが嘘をついているとは思わないのだ。知り合いだったからか? そんなもの理由にも証拠にもならんぞ」


 ロッディゲルスの追及を、即座に切り返す。あまりにも堂々とした言い分にロッディゲルスは気圧され、自信のない顔をライトに向ける。


「なに言い負かされそうになっているのですか。悪魔だけにあくまで認めないというのであれば、こちらにも考えがあります。ええと、ちょっと待ってくださいね」


 ライトは収納袋に手を入れ、何かを探して内部をかき回している。


「あっ、ありました。よっこいしょっと」


 収納袋から引き抜くように取り出したのは巨大な樽だった。

 樽の高さはライトの肩まであり、樽の上部にある蓋にライトは手を置いている。


「何だそれは。酒でも出して今までの非礼を詫びようとでも言うのか」


「いえいえ。これは酒ではありませんよ。水です。これは私の生まれ故郷の水で、霊峰から流れてきた湧水が詰まっています。少しだけ聖属性が付与されている、微弱な聖水のようなものですね」


 聖水と言ったタイミングでゴーリオンが身じろぎをしたが、ライトは気付かないふりをして話を続ける。


「そして、この樽なのですが霊峰で育ち聖樹と呼ばれた大木で作られています。この樽に詰めたものは何であれ聖属性が染み込むので、神への供え物を一時的に保存する為に使われることが多いようです。そんな樽に故郷の湧水を溜めておきました。たまに私が聖属性を注いだりもしていましたが」


 つまり、この樽の中にはかなり濃厚な聖属性が付与された聖水が詰まっているということだ。

 そんな樽の上部にある栓を抜くと、樽を抱えゆっくりとゴーリオンへにじり寄る。


「お、おい、何をする気だ!」


「聖水は身を清め祝福を授けるものですから、人であるならば飲んでも平気ですよね。不浄が取り除かれ健康になったという話も聞いています。これだけありますので、遠慮なく一杯やってください」


「いや、待て! ワシは無神論者だ。聖水なんぞいらぬ! 無理やり飲ますというなら考えがある。ワシが人間だった場合、このことを国に訴え貴様を処罰してもらう! ワシの金と権力を甘く見るなよ! だが、もし止めるというのなら、寛大な心で殴られたことも黙っておいてやろう」


 言葉を並べ必死に抵抗するゴーリオンに、ライトは抱えていた樽を地面に置き、思案する素振りを見せる。


「そうですか。万が一ですが、貴方が人間だった場合……そうですね、ファイリに頼んで揉み消してもらいましょう」


「……えっ?」


 あまりにも予想外な言葉がライトの口から飛び出し、ゴーリオンだけではなく、ロッディゲルスも呆気にとられている。


「ファイリと言ってもわかりませんか。私の仲間が教皇なんてものをやっていまして、彼女に頼めば、大抵の不祥事はなかった事にしてくれる筈です。これこそ正しい権力の使い方ですよね」


「聖職者としてそれはどうなんだ!?」


「人としてもダメだろう……」


 ロッディゲルスの呟きを聞かなかったことにして、ライトは再び樽を持ち上げ、ゴーリオンの前に立つ。


「大丈夫ですよ、人なら。もしも、悪魔でしたら、それこそ体内に溶けた鉄を流し込まれるような苦痛を感じるかもしれませんが。さあ、口を大きく開けてください」


 笑顔を絶やさぬまま樽を少しずつ傾けていくライトの姿が、ゴーリオンよりも悪魔に見えるロッディゲルスだった。


「わ、わかった! 悪魔だと認める! だから止めてくれ!」


 長い年月を生き、人を脅迫し、いたぶり、拷問し、食らってきた悪魔だったが、悪魔を脅し拷問しようとする人間には、当たり前だが会ったことがなく、ゴーリオンの心は折られていた。

 加害者が被害者側に回ると思ったよりも脆かったりするものである。今までの経験で被害者の苦痛を知っているからこそ、簡単に折れたとも言えるのだが。


「では、悪魔側の規模を教えてもらえますか。特に上位悪魔と呼ばれる存在の数と強さ。後は残り一つの邪神の欠片が眠る場所を。予想はついていますが念の為にお願いします」


「……話したらワシを見逃してくれるのだろうな」


「ええ、神に誓って。私は貴方を殺したりしませんよ」


「お前の仲間がワシを殺すというのも無しだ」


「はい、もちろん。ライトアンロックと仲間が貴方に手を出さないことを、神名に誓います」


 聖職者が神に誓う。口約束としてはこれ程信頼できるものはないと思われている。本来、神の名を容易く口に出すことすら禁じられている聖職者が、神の名に誓うという行為は己の信仰心をかける、最も尊い誓いとされている。

 この世界において、神聖魔法の力は神によってもたらされていると信じられている為、神への誓いを行い、破ったものは聖なる力を失う。少なくとも、イナドナミカイ教ではそう教え込まれている。

 悪魔であるゴーリオンもその事を知っているので、ライトの誓いを聞き密かにほくそ笑む。閉じ込められたところで、抜け出す手段など幾らでもあるからだ。

 その場にいる残りの一人であるロッディゲルスの反応は全く違った。ライトの誓いを聞き、ため息をつくと二人から顔を背ける。


「ならば、全てを話そう。規模だが、正確には何とも言えん。各勢力が自らの戦力を明らかにせんからな。十万とも百万とも言われておる」


 ライトは相手の話を聞きながら、神嗅の力を開放している。確実ではないのだが、相手が嘘をついた場合、心の揺れを臭いで嗅ぎ取ることができる。今のところ、ゴーリオンの話に嘘を感じていない。

 それもそのはず、ゴーリオンは嘘をつく気など微塵もない。正直に話せば助かるというのであれば、嘘を考えることすら鬱陶しいと考える。己が欲望に忠実でそれ以外に興味がない悪魔、それがゴーリオンだった。


「やはり悪魔たちは協調性がないようですね。情報の伝達も甘いようですし。そこがつけ入る隙でしょうか。では、上位悪魔の人数と能力を教えてもらえますか」


「上位悪魔については詳しくは知らん。直属の上位悪魔については流石に知っておるが、他の上位悪魔については上位悪魔にしか知らされておらんからな。十を超えないとは聞いたことがあるが、それも定かではない」


「ちょっと待ってください。貴方は上位悪魔ではないのですか」


「あ、ああ。上位悪魔候補ではあるが、今は中位悪魔だ」


 ライトはその発言に心の揺れを感じたが、それぐらいの見栄なら暴く必要もない。


「では、直属の上位悪魔について教えてもらえますか」


「お前たちは会っているはずだ。上位悪魔の頂点に立つ悪魔キルザール様、それがワシの主だ。今はミリオンと名乗っていらっしゃるようだが」


 その名を聞き、二人の表情が一変した。ライトの顔に常時貼りついている薄い笑みは完全に消え去り、鋭い目つきでゴーリオンを睨みつけている。ロッディゲルスも同様に怒りを隠そうともせず、抑え切れない感情が鎖に伝わりゴーリオンを締め付ける。


「ぐおおおっ……何をする! ワシは素直に答えただけだ。怒りをぶつけるのはお門違いというものだろう! 後は残りの邪神様の欠片のある場所だが、ワシは担当ではないので全く知らぬ」


 最後の質問に答えたゴーリオンにライトは正直なところ失望していた。結局質問で分かったことは以前から知っていたことばかりで、肝心なところは何も知らされていない。はっきり言ってしまえば、時間の無駄だった。


「この施設についての情報は他の悪魔も知っているのですか」


「知らぬな。他の悪魔も探っているようだが、大神殿の地下に眠っているとしか伝わっていない筈だ。ワシはこの情報を独り占めして手柄をあげ、上位悪魔へ駆け上る予定だったからな」


「それは好都合ですね。貴方さえどうにかすれば、この施設の秘密は守られるということですか」


 不穏な発言をして、意味深な笑みを浮かべるライトを見て、ゴーリオンは背筋が冷たくなる。この時、生まれて初めて死の恐怖というものを感じた。


「お、おい。何のつもりだ。お前は神に誓い俺に手を出さないと言ったはずだ! 聖職者が神の誓いを破ると言うのかっ!」


「神の誓いですか。そんなものどうでもいいのですが、人として約束を破るのは確かによくありませんね。ロッディゲルス、その黒鎖を切り離した場合どれぐらいの時間、存在し続けられるのですか」


「目一杯、魔力を込めれば三十分は大丈夫だろう」


「なら、魔力を注いで切り離してもらえますか。さてと、ゴーリオンさん。では誓いに従って貴方には我々は手を出しません。それで納得してもらえますね」


「あ、ああ」


 ロッディゲルスとのやり取りに一抹の不安がよぎるが、今は生き残ることに必死でその事には触れないようだ。


「それでは、三十分ここに閉じ込めさせてもらいます。では、頑張って生き延びてください」


 ライトは聖水の入った樽を抱え階段まで後ずさりすると、樽を床に置き『聖光弾』と魔法を唱える。両手に直径一メートルの光の弾が現れ、そのまま停滞している。


「お、おい。約束が――」


「これを貴方にぶつけたりはしませんよ。貴方にはね。さて、真ん中をお願いしてもよろしいでしょうか」


 ライトのその言葉だけで考えが読めたようで、ロッディゲルスは軽く頷く。

 大きく両腕を振りかぶると、全力で聖光弾を赤と青の扉にぶつける。ロッディゲルスもライトの意図を読み取り黄色の扉へ黒鎖を当てる。

 ホール内に警報が鳴り響き、室内を照らしていた灯りが赤い光を発する。

 床に九つの穴が開き、そこから黒い球を繋げた人形のような魔導兵が九体現れる。


「貴様それでも聖職者か! いや、人間なのかっ!」


「はい、人間ですよ。では、せいぜい頑張ってください。あっと、足が滑りました」


 ライトに蹴飛ばされた樽はゴーリオンの近くまで転がると、栓が外れていたようで中から聖水が溢れ出す。


「ぐあああっ! ひいいいっ、焼ける! 皮膚が体がっ!」


 聖水から少しでも離れようと地面を転がり、何とか聖水から逃れることができたのだが、その転がった先には、九体の魔導兵が待ち構えていた。

 階段を上っていくライトの背後から鈍い打撃音と悲鳴が響いてきたが、ライトは歩みを止めることも、心を動かされることもなかった。


「ミリオンの配下でなければ楽に送っても良かったのですが……これではただの八つ当たりですね」


 振り返りもせずに言い放った一言は、ゴーリオンの断末魔に掻き消され、ロッディゲルスの耳にも届かなかった。



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