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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
73/145

生贄

 暫くしてやってきた衛兵に三人組を突き出すと、ライトは孤児院の縁側に座りながら、これからの行動を思案する。

 イリアンヌの実力ならゴーリオンの居場所を探り終えるのは時間の問題。となると、そこからが大事になってくる。三人組との繋がりを残している程、愚かではないはず。押し入って力で罪を認めさせるという手もあるが、下手したらライトが捕まってしまう。


「困りましたね」


『困っているのはこっちだぞ! 助けてっ! こらー、たてがみ引っ張るなー』


 ライトの呟きを聞き取ったキマイラが子供たちの手から逃れようと、懸命に庭を駆け回りながら、突っ込みを入れてくる。

 イリアンヌが戻ってくる代わりに、何故かやってきたロッディゲルスは物珍しそうに寄ってくる子供の対応に困り、キマイラを身代わりに召喚してライトの傍らに座っている。

 キマイラは呼び出された当初は全く現状が掴めずに、落ち着かない仕草で周囲を見回していたが、周りにいる好奇心旺盛な視線をぶつけてくる子供と、主であるロッディゲルスの申し訳なさそうな表情を見て悟ったようだ。

 身体能力的には同族に劣るキマイラだったが、二つだけ同族にも負けない能力がある。

一つは、逃げ足。弱肉強食の世界で生き延びる為に鍛え上げられた脚力は、馬車を引くために鍛えられたワイルドホースよりも速く、耐久力もあると自負している。

 そして、もう一つ。肉体変化である。と言っても姿形を全く別の生物に変化させられるわけではなく、拡大、縮小ができる能力である。実際の大きさよりも巨大化させることにより、相手を威圧し戦わずして勝利を収める為に利用されることが多い能力ではあるが。

 町中で通常状態のキマイラ姿では討伐される危険性があるので、現在は自分がなれる最小の大きさに体を縮めているのだが、その姿がとても愛らしい。

 普通に姿が縮小されるのではなく、小さくなった体には子供の山羊と獅子の顔がついており、子獅子だというのに立派なたてがみはそのままなのだが、それが余計に可愛らしさを増す要因になっている。尻尾の蛇は口から飛び出ている鋭い牙もなく、目も少し垂れ気味となっていて、もはや蛇という生き物では無い様に見える。

 そんなキマイラが目の前に現れたのだ。その姿を見た子供たちは一瞬でキマイラの虜になった。


「きゃああああ! 可愛いぃぃ」


「もふもふ、もふもふさせてえええっ!」


「おーライオンだ。かっけええ」


 目を輝かせて迫ってくる子供たちに恐怖を覚えたキマイラは、慌てて背を向けると庭を全力疾走して逃げ回り、それから二時間の時が流れ、現在に至る。


「ところで、何故イリアンヌではなく、ロッディゲルスが来たのですか。ファイリの護衛は大丈夫なのです?」


「ああ、ファイリの護衛には連絡が取れて集まった親衛隊? が付いているからな。その中に虚無の大穴で同行した、聖騎士の二人もいたから大丈夫だろう」


「サンクロスさんとシェイコム君ですね。なら、人間性という意味でも安心ですよ。あちらは、順調でしたか」


『ぎゃあああっ! 追いかけてくる人数が増えてるぅぅ』


「そうだな。すぐさま現れた親衛隊が護衛と連絡係をこなしているので、思ったより早く話がつきそうではあった」


 離れた場所からキマイラの叫び声が響いてくるが、二人は聞こえなかったことにして話を続ける。


「イリアンヌはどうしました。戻ってきていないようですが」


「ライトの現状を我らに伝えると、そのままゴーリオンとやらを調べに行ったな。我は護衛の必要性もなくなったので、こちらに来たまでだ」


『はっはっは! 僕の足についてこれないだろ! 人間の子供ごときが僕に追いつけるわけが、はっ! 囲まれたっ!』


「なるほど、そういう訳だったのですね。しかし、今更なのですがキマイラを町中で人目に晒して大丈夫なのですか。魔物騒ぎが起きている現状で、かなり危険なのでは」


「ああ、その点は大丈夫だ。あれは我の使い魔として、冒険者ギルドに登録してある。ギルドマスターが融通を利かせてくれてな」


 そう言ってポケットから冒険者ギルドカードを取り出したロッディゲルスは、手にしたカードをライトへ突き出した。

 ライトはカードに書かれている職業の欄に目を通す。そこには、魔法使い(闇)補足、召喚獣キマイラと書いてある。


「闇属性の魔法には魔物を召喚し、契約をして下僕とする魔法がありましたね。確か、他の属性をメインで使う魔法使いも、初期の闇属性魔法だけを覚えて、意のままに操れる魔物を得る人がいるとかどうとか」


「その通りだ。召喚された魔物は別名使い魔とも呼ばれており、視覚を共有できるので魔法使いから重宝されているようだな。今は外しているが、町中を連れ歩くときは闇の鎖を首に繋げるようにという注意はされたが」


『な、なんとか包囲網を抜けたぞ! みんな疲れてきたな。さあ、大人しくお昼寝するんだっ! 何っ、一人だけ全く疲れを見せない子供が……何だあの子供。両手をわきわきと動かしているのがすっごく不気味だよ。口から涎出てるし。あのエプロンスカートの子供只者じゃない!』


 キマイラのセリフ口調に興味を惹かれ、庭の方に視線を向けると、一定の距離を空け見つめ合うキマイラと孤児院の母ファイニーがそこにいた。


『母さん無類の動物好きなんだ……』


 昼間は邪魔になるので庭の隅に植えられたメイスから、ロジックの疲れたような声が流れてくる。


『やめろぉぉっ! 僕は偉大な魔物キマイラなんだぞ。人間ごときが、って、喉を撫で撫でしないでぇぇ。はふぅぅ』


「いやああ、可愛いぃぃ! ここが、ここが、いいのね! はぁはぁはぁ」


 奇声を上げ、キマイラを撫で回しているファイニーから、ライトとロッディゲルスは目を逸らすと今後について語り合う。


「三人組が捕まった情報は既に相手に伝わっていると考えるべきでしょうから、何らかの行動を起こすのを待つか、こちらから動いて相手の出方を見るか、どうしましょうか。人間相手だとこういうところが面倒ですよね。魔物なら倒して終わる話なのですが」


「だったら話は簡単よ」


 またも突然背後に現れたイリアンヌが話に割り込んでくる。


「お疲れ様です。予想以上に早かったですね、イリアンヌ。さっきの言葉はどういうことです?」


 イリアンヌは背後からライトの傍に歩み寄ると、ロッディゲルスとライトの間に割り込み、人がぎりぎり一人入れるかどうかの隙間に体をねじ込み、腰を下ろす。

 隣でロッディゲルスが鋭い視線を飛ばしてきているが、イリアンヌは完全に無視している。


「それがね、ゴーリオンの事調べたら、まあ、ちょっと調べただけで、出るわ出るわ怪しい情報の数々が。元々この町の出身じゃない商人でね、一ヶ月程前に首都に来たばかりなのよ。来て早々、中規模の商店を買い取ると、そこで商売を――始める訳でもなく、ただ買い取っただけで商売を始める気配が全くないらしいわ。その割に人の出入りは激しくて、私がちょっと見張っている間にも十人以上の人が出たり入ったりを繰り返していたし」


「ということは、この町に来て直ぐに、孤児院を買取りたいと言い出したという事になりますね。お世辞にも立地条件が良くないこの土地を高額で買い取る。普通の商人なら絶対にやらない愚かな行動ですが」


「でしょ。でまあ、見事なぐらいに怪しいから神聴使って、遠くからゴーリオンの部屋盗聴したのよ。そしたら部下とトンでもないこと話している場面でね。それがもうね、驚くわよー。凄く驚くから、気持ちの準備しておいて。ごほんっ! 結論から言うとゴーリオンって実は悪魔だったのよ!」


「へー、そうですか」


「だろうな」


 大事な部分を溜めに溜め、決め顔で言い放った驚愕の事実に対して、ライトとロッディゲルスの返答はあまりにも素っ気無かった。


「え、何その反応。ま、まさかっ! って驚く場面でしょ、ここは!」


「まあ、予想通りと言いますか、一か月前からといい時期が一致していますからね。教皇の行方不明に、魔物が町中に出没。実際に誘拐しようとしていた悪魔は倒しましたが、別の悪魔がこの町で暗躍していると考えるのが妥当ですから。この孤児院を買い取ろうとしているのも、外壁近くなので、外から忍び込むには便利な場所だからなのでは」


 ライトが自分の推測を口にすると、イリアンヌが「けっ」と鼻を鳴らし、耳を小指でほじり始める。


「何でわかっていて調べさせるかなー。はいはい、その通りですよー」


 自分の調べてきたことが、全くの無駄に思えたイリアンヌが拗ねている。


「いえいえ、確証がありませんでしたからね。憶測で動くわけにもいきませんし。イリアンヌには先入観を持って欲しくなかったので、あえて口にしなかったのですよ」


「悪魔かもしれないという情報は伝えておくべきじゃないの?」


「信じていますから、イリアンヌを」


 そう言ってイリアンヌと向き合えるように体を半回転させ、真摯な態度で見つめてくるライトに、イリアンヌは頬が熱を帯び始めたのを自覚し、視線を逸らす。


「あれをわかってやっているのか、考えなしなのか未だに掴めん」


 ライトに背を向けられる形となったロッディゲルスが、半目で背中を睨んでいる。


『あれが天然ジゴロというやつか。参考になるぜ』


『孤児院の子には手を出させないぞ』


『あんたじゃあるまいし、大丈夫でしょ』


『ライトちゃんの時折見せる、ああいうところが末恐ろしいわよねぇー』


 メイスから流れてくる官能的な曲と中の住民たちの声が、ライトには届いたはずなのだが何の反応も示さない。あえて聞こえなかった振りをしているようだ。


「さて、有力な情報が手に入りましたので今後の方針を決めておきましょうか」


「今更聞くまでもないでしょ」


「わかりきったことだな」


 全員が腰を浮かし、ライトは近くに立てかけていたメイスの柄を掴んだ。


「では、聖職者らしく殴り込みに行きましょうか」


 ライトの発言に、二人は最早突っ込む気も起らないようだ。額に手を当て、頭を軽く左右に振ると、黙って歩き始めたライトの後ろに並んで付いていく。


「おや、ライトさん。お出かけですか?」


 ファイニーがキマイラを抱きかかえたまま、撫でる手は休めずにライトへ声を掛けてくる。


「はい、彼女たちと一緒にちょっと行ってきます。晩飯時には戻る予定ですが、時間がかかるかもしれませんので、先に食べておいてください。あ、そうそう。そこのキマイラ君は置いていきますので、皆さん仲良くしてあげてくださいね」


『え、やだっ! 冗談だよね? 連れて行って! 主様ーーっ!』


 悲壮な声を出し、潤んだ瞳でライトとロッディゲルスに懇願するキマイラに「ライトの代わりを頼む。すまない」と視線を逸らしたまま、ぼそりと呟いた。

 ライトはいつもの笑みを浮かべ「「「「いってらっしゃーい」」」」と大声で送り出してくれる子供たちへ手を振った。





 ライトは首都の南門から外に出ると、外壁に沿って北東部へ移動する。

 町のこちら側は木々が生い茂る巨大な森があり、外壁付近は伐採されているのだが、少し離れると全く手の付けられていない自然が待ち構えている。


「隠れるのには、もってこいの場所ではありますね」


 外壁は上部を人が余裕をもって通れる程の厚さがあり、衛兵が頻繁に見回っているのだが、森内部の様子は上からでは窺い知ることができない。


「もう少し進んだところに目印をつけておいたから」


 イリアンヌは周囲を警戒しながら先行し、少し離れた場所に立っている大木の表皮に触れている。


「あったあった、ここよ。ここから森の中に少し入った場所に古びた建造物があってね、建物は既に廃墟で、屋根も残ってないけど地下への隠し扉があるのよ。ゴーリオンが町中の商店から、たった一人でここに入っていくのが見えて、あんたを呼びに来たってわけ。見るからに怪しいでしょ」


 確かに、一介の商人が一人で来るような場所ではない。

 外壁の近くとはいえ、この森にはランクが低いとはいえ魔物が存在している。低レベルの冒険者がチームで魔物の素材集めや、腕試しに来ることが多い場所だ。

 群れを成す魔物が多いので、中堅どころの冒険者であっても一人で入る者は滅多にいない。


「ゴーリオンって太り気味で高そうな宝石をジャラジャラと身に着けている、強欲な商人ってのを絵に描いたような見た目で、運動神経なんて全くなさそうなんだけど、悪魔だったら話は別よね」


 上位悪魔であるならば、この森に住む魔物程度、全く問題ないだろう。

 先導するイリアンヌに従い、二人は静かに歩を進める。完全に気配を断ち目の前にいるというのに存在感が希薄なイリアンヌを、ライトは目を細めじっと見つめる。


「見えてはいるのに居ると感じさせない。見事なものですね。幽霊系の魔物のようです」


「もうちょっと、ましな例えはないの」


「実際見事なものだぞ。一度視線を外すと、何処にいるかわからなくなるからな」


 ライトと違い素直に称賛するロッディゲルスに「それ程でもあるわよ」と言いながらも頭を掻き照れているようだ。


「神聴を譲り受けてから、かなり音に敏感になってね。音を立てないように動く技術に磨きがかかってきたみたい。自分で言うのも何だけど、暗殺者として超一流じゃない私って!」


「超一流の暗殺者は声が反響しやすい森で大声上げませんけどね」


 ライトの冷静な指摘に、慌てて口を押えて周囲を見回しているが魔物や他者の気配は感じられなかった。


「そ、そろそろ、着くわよ。みんな準備は大丈夫。ほら、見えてきた」


 木々の間を縫うように進んでいたライトたちは、森が開けた場所の少し手前に立つ大樹の陰に身を潜める。

 イリアンヌが指差す場所は、明らかに人の手が加わった形跡がある空間で、丈の高い雑草は生えているものの円形状の土地には木が一本も立っていない。

 雑草以外に見えるものは円の中心部に建つ、二階建ての小さな建造物ぐらいだ。住宅として考えるなら十分な大きさだが、石造りで無骨な外観をしているこのような住宅は滅多にないだろう。


「この建物って元々は見張り小屋だったらしいわよ。魔物が異常発生した年があって、その時に衛兵が何人か寝泊まりできる施設として作ったんだって。で、魔物の大量発生もなくなり出番がなくなった建物は絶賛放置プレイ中ってわけ」


「それって何十年前の話なのでしょうね。屋根はありませんし、壁もかなり風化していますよ。ほら、この通り」


 誰の姿も臭いも感じなかったので、ライトは建物まで歩み寄ると古ぼけた壁を軽く殴った。拳が触れた個所から亀裂が広がり壁の一角が完全に崩壊する。


「これは老化が原因なのか、ただ単に、あんたの怪力で破壊されただけなのか、判断に苦しむわね……」


 かなり大きな音を立てて壁が崩れたのにも関わらず、誰も出てこないところを見ると、建物内部には本当に誰もいないようだ。


「まあ、大きな入口ができて入りやすくなったけどさ。あ、ロッディちょっとこっち来て。私が引き返した理由の一つなんだけど、これ何かわかんない? ここの床板が剥がれて地下への扉が見えるんだけど、鍵穴も取っ手もないし開け方がわかんないのよ。何か扉に魔道具っぽい装置があるんだけど」


 床を探っていたイリアンヌが、部屋の片隅にある床板を上げると、その下に傷一つない漆黒の扉があった。


「これは、古代人の遺産だ。ああ、これは単純な開錠装置だな。扉の水晶が埋め込まれている場所にこうやって手を当てて、闇の魔力を流し込めばいい」


 説明しながらロッディゲルスが実践すると、イリアンヌが何をやっても開かなかった扉がゆっくりと開いていく。

 扉の先には大人一人が何とか通れる程度の幅しかない階段が見えるが、明かりも何もないので先が全く見えない。


「古代人の遺跡ですか。案外、魔物見張りは建前で、この扉を隠す為に国が建てたのかもしれませんね。先からは今のところ、悪魔や魔物らしき臭いは直接的には感じませんが、微かに闇の残り香があります」


「うーん、音は何も聞こえないかな。少なくとも近くには誰もいないわよ」


 神嗅、神聴を使い調べた結果なので、間違いはないだろう。

 床にぽっかりと開いた入口を見下ろしているライトたちは、顔を見合わせると無言で頷き、イリアンヌを先頭に階段を下りていく。



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