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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
72/145

高い高い

 孤児院で朝を迎えたライトは子供達と一緒に朝食を取り、食後に慌ただしく働いている孤児院の母――ファイニーに手伝いを申し出ると、子供達と一緒に遊ぶという大任を仰せつかった。

 当初はそんなことでいいのかと、深く考えずに軽く了承したのだが、大人数の子供の破壊力を見せつけられている。

 年長の子供たちは乳幼児の世話をしているので問題はないのだが、残りの六歳児から十歳児までの遊び相手を、ライトがその身一つで受け持っていた。


「ライトのお兄ちゃん、オーガごっこしようよ!」


「兄ちゃん体がオーガっぽいから、オーガの役な!」


 子供相手に法衣姿でいるのも違和感があるので、今は法衣を脱ぎ去り黒の半袖一枚で対応している。

 顕になった二の腕と、胸板の厚さに驚いた子供たちがオーガっぽいと判断したらしく、オーガ役に任命されてしまう。

 ちなみに、オーガごっこというのは、オーガ役になった人に触れられると、触られた人が今度はオーガ役になり、相手を追いかけるといった遊びである。この遊びの由来は、昔話の一つに村人がオーガに触れられてオーガになったという話があり、そこでの逸話が遊びとなって広まったという説が有力のようだ。


「じゃあ、十数えますから、皆さん逃げてください」


「「「「わーーっ!」」」」


 蜘蛛の子を散らすように、子供たちがライトから離れていく。


「九、十。ではいきますよ。『下半身強化』」


 一番遠くまで逃げていた子供の前にあっという間に回り込むと、頭に手を置く。


「兄ちゃんはえーっ!」


「勝負事は子供相手でも、私は全力で勝ちに行きますよ」


「大人気ないぞー。今魔法使っただろ、ずるだ!」


「ひきょうだー」


「反則だぞー」


 ライトに対して不満の声が上がるが、それを平然と受け止めると笑顔を顔に貼り付けたまま口を開く。


「大人とはずるくて、卑怯な者なのですよ。一つ勉強になりましたね」


 そんな言葉で子供が納得する訳もなく、魔法なしでのやり直しを命じられるが、結果は同じだった。

 その後も対戦する遊びに強制参加させられたのだが、ライトが全勝すると子供たちは遊びにライトを誘わなくなった。この結果はライトの計画通りで、自分たちで遊べる年代の子よりも手のかかる幼児の面倒を見るつもりだったからだ。

 手が空いたライトは狙い通り、三歳から五歳ぐらいの子供の面倒を見る係りを受け持つことになる。


「おっちゃん抱っこー」


「お、に、い、さんですよ」


「お兄ちゃんおんぶー」


 と次から次へとやってくる子供たちを体に乗せていくと、子供という名の葉っぱが茂った木のような状態になってしまう。


「一度皆さん降りてもらえますか。高い高いしてあげますので」


 そう言うと、子供たちは一斉に降りていきライトの前に行儀良く並ぶと、期待に満ちた目で順番を待っている。

 高い高いとはご存知のとおり、子供の脇に手を当て持ち上げ「高い高い」と言う単純な行為なのだが、この保育園ではやってもらえる機会が滅多にない。幼児は皆やって欲しがるのだが、この高い高いは結構な力と身長差が必要となるため、子供ばかりの孤児院ではやれたとしても、年長の子供が頑張って二三回できるかどうかなのだ。

 故に、高い高いは子供たちの間では、かなり貴重で楽しみなアトラクションのようなものなので、こうやって素直に整列して待っている。


「では、順番にしていきますね。高い高いー」


 真っ先にライトの前に並んだ、三歳児ぐらいの男の子をライトは掲げる。そして、一気に地面すれすれまで下げると、再び「高い高いー」と急上昇をする。男の子は満面の笑顔で喜んでいたが、三回同じ動作を繰り返し地面に下ろされると、一転して不満顔へと変化する。


「もういっかい! もういっかい!」


「みっちゃんダメだよ。次はわたしなんだから」


「いーやーだー、もういっかいぃぃ」


 駄々をこねる男の子と次に待つ女の子との喧嘩が始まりそうだったので、ライトが間に入って何とかなだめる。

 小さい子供というのは辛抱が効かないものである。ずらっと十名もの子供が待っている状態で、一人の子供にあまり時間をかけることもできないなと、ライトは何か良い策がないか頭を悩ます。

 その時、ふと子供時代に母から力の調節を学ばされた時にやった訓練を思い出した。あれを応用したらできるのではないか。ライトは母に叩き込まれた大道芸人も真っ青な芸を子供たちに披露することに決めた。


「皆さん注目してください。じゃあここから、ここまでの五人は膝を抱えた状態で座れますか。そうそう、よくできました。じゃあ、そのまま手を離さないようにギュッと力入れておいてくださいね」


 ライトの言うことを聞き、体を丸め座り込んでいた子供の後ろに回り込むと、挟み込むようにして掴み上げると、そのまま上空へ軽く投げる。


「えっ?」


 自分が宙に浮いていることの意味がわからず子供が硬直している。そんな子供を気にもとめず、ライトは次々と子供を上空へと放り投げた。

 地面から四メートル以上の高さに舞い上がった子供たちをライトは順番に左手で受け止めると、すぐさま右手へ投げ渡す、そして右手に受け止められた子供は再び、上空へと飛ばされる。

 ライトはジャグリングの要領で子供たちをぐるぐると回し続けている。初めは悲鳴を上げていた子供達だったが、直ぐに慣れると「もっと高く投げてー」「あははは、おもしろーい」とはしゃいでいる。

 その声を聞いた庭にいた子供たちが集まると、列の最後に並びだした。気がつくと倍以上に人数が増えている。かなり楽しそうに見えたのだろう、十代前後の子供も並んでいる。

 ライトは期待に満ちた子供たちの無垢な目を見て覚悟を決めた。


「じゃあ、十回転したら交代ですよ。こうなったら、体重も年齢も制限無しです。遠慮なく、誰でも歓迎しますよ」


 手は止めずに庭中に響く声でそう言い放つと、遠慮がちにこっちを見ていた十代以上の子供たちも駆け寄ってくる。

 二歳児以上の子供がずらりと並び、最後尾に目を輝かせた孤児院の母ファイニーの姿を見つけたライトは、軽くため息をついた。

 全員を最低二度は回すと、子供たちも満足してくれたようで別の遊びへと移行していく。

 ようやく解放されたライトは、縁側に腰掛け庭を眺めていると子供の騒ぐ声が聞こえてきた。


「この木の下にある袋なんだろう」


「昨日までこんなのなかったよな! 蹴ってみようぜ」


「棒で突っついちゃえ」


 大きな木の下に黒い布を被せられた何かがあり、それを見つけた子供たちが蹴ったりつついたりしているようだ。ライトはぼーっとその光景を眺めていたのだが、あることを思い出し止めに入る。


「皆さん、そこまでにしてください。ちょっと離れてくださいね。ここに居るのは昨日、孤児院に勝手に入ろうとした人たちですので」


 ライトは子供たちを遠ざけると、布を取り払った。黒い布の下から現れたのは、昨日気絶したままここに放置されていた、三人組だった。

 どうやら、子供たちがちょっかいを掛けるまで目覚めていなかったらしく、状況の掴めていないボーッとした顔で、眩しそうに目を細めている。


「おはようございます。よく眠れましたか」


「え、あ、何処だここ。確か、夜に化物がいて、叫び声を聞いたまでは覚えているんだが」


「あっしもそうです。そこから全く覚えていやせん」


「俺もそう」


 三人組が昨日あったことを思い出そうと、懸命に頭をひねっている。

 そんな三人組の前にライトはしゃがみ、至近距離から顔を覗き込んでいる。


「昨日、貴方たちは気絶させられて、ここに縛られているのですよ。そこで質問なのですが、貴方たちは誰の依頼でここにやってきたのですか」


「おいおい、そんなこと素直に話すと思うのか。それとも、子供たちの前で、拷問でもやって無理に聞き出してみるか?」


 リーダーの男がケラケラと笑いながら、余裕の態度を見せている。

 目が覚めた瞬間は焦っていた仲間の二人も、リーダーの態度を見て安心したらしく、一緒に笑い声を上げている。

 ちなみに三人組は目の前にいるライトが、以前町で出会い因縁をつけたところ返り討ちに合い、冒険者ギルド本部への道案内をさせられた相手だとわかっていない。

 ライトが目立つ黒の法衣を脱いだ状態である事と、敵に捕まっている状況で冷静さを失っているが故に気がつかないのだろう。


「情操教育の一環として、正しい拷問の知識を身につけてもらうのもありですね」


 さらっと飛んでもないことを口にしたライトを、三人は驚愕の表情で凝視している。


「じょ、冗談だよな。お前、子供の前だぞ」


「子供って結構残酷ですよね。虫の足を千切ったり、水溜りに入れて溺れさせたり平気でしますから。そういうことを人間にしたらどうなるのか、早いうちにちゃんと理解させておくことって大切だと思いませんか?」


 笑顔で言い切るライトに恐怖を覚えた三人組の額には、大粒の汗が浮かんでいる。

 腕を組み「水責め、火責めもありですが、地面に埋めてからの……のこぎり何処にありましたかね」と呟いているライトの声を聞いて、三人組の顔色は真っ青になる。


「お前、正気か! 子供たちがそんなの見たら心に傷を負うぞ!」


 リーダーの常識的な意見に、ライトは大きく頷き納得する。


「それもそうですね。肉体に損傷を与えるのは、確かによくありません。では、皆さんは孤児院の中で遊んでいてもらえますか? お兄ちゃんはこの人たちとお話があるので。あ、昨日の夜に作っておいたケーキがありますので、皆さん食べていいですよ」


 興味津々で男たちを眺めていた子供たちだったが、オヤツの一言で好奇心という名の天秤が大きく傾いたようで、一斉に孤児院へと飛び込んでいく。


「さて、これで邪魔者はいなくなりましたね」


「あ、いや、あ、そうだっ! 俺たちを傷つけたらバックが黙っちゃいねえぜ。俺たちの雇い主はかなりの権力者だからな」


「そうなのですか。つまり、雇い主を知らないという、定番の逃げ口上は使えなくなったわけですね」


 自分の失言に気がついたリーダーは慌てて否定の言葉を口にしようとしたが、何を言っても今更無駄だと悟り、黙りを決め込む。


「おや、沈黙ですか。私も非情な手段は取りたくないのですが。困りましたね。暴力に訴えるのは、子どもの教育によくありませんから……なるほど、貴方たちは子供の頃に親からの愛情が薄く、親の愛に飢えているのですね」


 急に見当違いも甚だしい事を言い出したライトを、三人組は頭のおかしな人を見るような目で見ている。


「ならば、私が貴方たちの親代わりとなり、愛を与えようではありませんか」


 涙など一滴も出てない目元を拭う振りをすると、縛られた状態の三人を大木に括りつけていた縄だけを引き千切る。

 三人を纏めている縄はそのままで、ライトはそっと三人組を抱きしめる。


「お、おい、何を考えている。野郎に抱きしめられる趣味はねえよ!」


 ライトは暴言を吐くリーダーに優しく微笑みかけると、抱きしめていた腕を上げた。


「なっ!?」


 三人の大人の男が、地面から四メートル離れた高さまで浮く。そして、重力に従いライトの腕へと戻ってくる。そして、地面に体がつくスレスレのところでライトは三人を捕らえた。


「親に与えられなかった愛情を受け取ってください。高い高ーい」


「「「うおおおおっ」」」


 再び同じ高さまで放り投げられ、またも受け止められる。


「てめえ、なんのつもりだ!」


「次いきますね。高い高い高ーい」


 返事をせずにライトは三度上空へと三人組を放る。ただ、前回までと違いその高さは倍の八メートルとなっていた。


「「「おおおおっ!」」」


 高度が倍になった三人組が見下ろす先には、小さくなったライトの姿がある。かなりの高さまで打ち上げられているので、孤児院はおろか周辺の住宅の屋根がはっきりと見えている。

 限界まで上昇し体が停止した状態から見える町並みは、まるでミニチュアの玩具を見ているかのようで、三人組は思わず目を奪われる。

 だが、そんな感想は一秒後には完全に消え去っている。体が落下し始めたからだ。


「「「ひいいぃぃー! 落ちるうぅぅ」」」


 迫り来る地面に対し受身も取れない状態の三人組は、そのまま地面に激突するしかない。

 急速に巨大化するライトの姿を視界の隅に収めながらも、彼らの目は地面しか認識していない。徐々に鮮明となる地面に耐えられなくなった三人組はギュッと目を閉じた。

 やってくる衝撃に身構えるが、いつまでたっても体が叩きつけられた感覚はなく、代わりに柔らかい高級な布団でくるまれたような、感覚に包まれる。

 怯えながらもそっと目を開けたリーダーが見たのは、自分たちを抱きしめるライトの姿だった。


「どうですか。受け止めた時の勢いを殺す技術は中々なものでしょう。母との特訓で大きな革袋に水を限界まで積めて、放り投げて受け止めるという特訓の成果がこれです」


 何の為にそんなことを、と言いたかったのだが、死を覚悟し恐怖で口が動かない三人組は、ただ唇を震わせることしかできなかった。


「さて、依頼主を話してくれる気になりましたか。あ、黙りを続けるのですね。そうですか、まだ愛情が足らないのですね。わかりました、次は更に倍の愛情を注ぎます」


 声が出ない状態の三人組は、恐怖で引きつった顔面を激しく左右に振っているのだが「そこまで頑なに依頼者を守ろうとは立派です」と見当違いな解釈を口にし、両腕に力を込める。

 そして、四度目の空への旅が強制的に決行された。

 先ほどの倍十六メートルの高さまで放り上げられた三人組の視界には、外壁の向こう側の景色が見えている。

 草原に小さく見える粒のような物は荷馬車だろうか。三人組の一人はそんなことを思う。

 リーダーは今までに見たことのない高さからの風景を眺め、ああ、鳥ってこんな景色を眺めているのかと感動する。

 三人は上空で現実逃避をしていた。

 だが、現実は残酷で浮遊感が完全に失われると、後は地面への熱い抱擁が待っているだけだ。真っ逆さまに落ちていく三人組は、顔中の穴から水分を撒き散らし、絶望の表情を浮かべている。

 予想通りというか、三人組は地面に叩きつけられることはなく、またしても絶妙な体捌きで、衝撃を殺したライトに受け止められる。


「どうでしたか愛のこもった高い高いは。さて、もう一度質問です。貴方たちの雇い主は誰ですか?」


「い、い、言う! 話しますから! もう、勘弁してくださいっ!」


 何とか口を開くことができたリーダーは、二人の気絶した仲間を背負ったまま、頭を地面に擦りつけている。

 その後の話し合いは滞りなく進み、依頼人がゴーリオンであること。依頼料が幾らで依頼内容が放火目的だったことなど、包み隠さず全てを懇切丁寧に教えてくれた。


「えっぐいわぁ。この人たちこれから高いところダメになるでしょうね」


 ライトの右隣に突如現れたイリアンヌが、哀れな姿の三人組に同情する視線を向けている。


「無傷で相手から聞き出す。聖職者らしく愛の溢れる尋問でした」


 イリアンヌは、悪びれもせず胸を張って言い切るライトを、半眼でじっと見つめている。

 ライトは全てを聴き終えたタイミングを狙ったかのように現れたイリアンヌに、衛兵への連絡とゴーリオンの住居を調べるように頼む。


「わかったわよ。後でちゃんと、この状況の説明しなさいよ」


 瞬時に隣から姿を消したイリアンヌが去っていった方向へ手を振ると、ライトは孤児院の方向へ向き直った。


「私の分残っていますかね」


 今、ライトが心配しているのは、新鮮な果実をたっぷり使ったお手製のケーキが残されているか、それだけだった。


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