再び首都へ
「久しぶりに来ましたが、何だか物々しいですね」
露天商が街道脇で品物を並べていると、背後から穏やかな声で話しかけられ、手にしていた品物を近場に置くと振り返る。
「最近は衛兵も増えていて、何かを探しているようだよ。一ヶ月前ぐらいから急にだね」
声を掛けてきた男を見て、露天商は思わず息を呑む。
「変わった格好しているなお客さん。見たところ冒険者ってところかね」
「ええまあ。少し遠出をしていまして、帰ってきたら街の雰囲気が変わっていたので、どうしたのかなと。ああ、その鶏肉が挟まったパン四つもらえますか。お昼がまだでしたので」
「はい、毎度有り。飲み物も一緒に買うと割安になるけど、どうだい?」
露天商は品物を差し出しながら、首を動かし顔で露店脇の看板を差す。そこには、セットでお得な果実水付き。と書いてある。
「商売上手ですね。では、それも四ついただけますか。衛兵が探し物ですか。それって、何なのでしょうね」
客の男は後方で周囲を眺めていた仲間らしき人物に目配せすると、近くまで歩み寄ってくる。一人でこれだけの品物を持つのには無理があるので、露天商は客の連れに一セットずつ渡していく。
「ほう、お客さんも隅には置けないね。こんな美女が仲間だなん……美人さん?」
自分で言っておきながら、途中からその言葉に疑問が生じてしまったようだ。
近づいてきた三人の姿をチラッと確認した時は、背後から日光が射し逆光で顔がよく見えず、体型のみで女性だと判断した。
だが、品物を手渡しする際に、相手の顔を確認した露天商は、自分の判断が正しかったのか自信が持てずにいる。
一人目の女性は間違いなく美女だ。黒の光沢がある革製の服を着こなし、大胆に露出した腕や脚に思わず目がいってしまう。顔も目鼻立ちが整っていて、鋭い目つきが知性的な雰囲気を醸し出している。
問題は、次の二名だ。聖職者が好んで着る、白の法衣にその身を包まれた、大人にしては少し小柄な女性がそこにいる。法衣が女性の用である為、性別は間違っていないはずなのだが、その顔には目元を覆う白い仮面が付けられている。
そして、最後の一人は微妙ではあったが体型にわずかな膨らみがあったので、女性と判断したのだが、その格好は男性用の燕尾服であった。ならば、顔で判断すればいいのだが、その顔はあまりにも美形過ぎて、男性とも女性ともとれる彫刻のような造形をしている。
「ええ、皆さん見た目は美人ですからね。美しい女性に囲まれてワタシハシアワセデスヨ」
何故か語尾が言葉の不自由な人のように片言になったのは、突っ込まない方がいいのだろうなと露天商は空気を読んだ。
「いやー、羨ましいね。冒険者に仲間ってことは、この面子で一緒に依頼をこなしているのか。お客さん、ハーレムじゃないか」
「ハーレム……ですか」
ニヤけた顔して肘で脇をつついてくる、露天商にその客は疲れたような表情を向ける。
予想外の態度をとる客に、露天商が訝しげな視線を向けるのは仕方のないことなのだろう。ハーレムといえば男の夢である。少なくとも露天商は本気でそう思っている。
「おいおい、何て顔してんだ。一夫多妻制が認められているこの国で、嫁を二人以上持つ者は男として認められた存在なんだぞ。俺ももう少し若けりゃ、もう一人嫁が欲しいが経済的な問題もあるしな。冒険者って儲かるんだろ? 金も夜の体力もあるとくれば、何も問題ねえじゃないか。あーあれか、宗教上の問題とかか。そっち系は俺も詳しくねえからな」
初めて会った客だというのに、親しげに話しかけてくる露天商に若干引き気味の客だったが、情報を聞き出すには向いている人選だと判断し、話に乗ることに決めたようだ。
「いえ、我が教団では多妻制を否定していませんよ。人が繁栄するには、子供がいてこそですからね。性欲を否定してしまえば、人口が激減し世界は滅んでしまいますから。そもそも、教団のお偉い方々も何人か妻がいらっしゃるようですし」
この世界において妻の多さというのは、力の象徴とも言われている。
妻が多いということは、それだけ自分に雄としての魅力があり、養えるだけの財力も兼ね備えている。男として優れているという証明になる、と思われている。
故に、たいして容姿も財力もない男が二人以上妻を娶った場合、何か裏があるのではないかと陰口を叩かれ、村や町に居づらくなるなんてことは、よくある話だ。
「だったら、問題がねえじゃないか。俺から見たところ、あの三人も、その気がねえわけじゃないんだろ。俺は商売人として客の顔色や態度で長年判断してきた。結構目が肥えている自信はあるんだがな」
品物を受け取った三人の女性は客の男から少し離れた場所で、食事を取りながら歓談している。全員が屈託のない表情で時折、声を上げ楽しそうに笑っている。
「女同士の仲もいい。こりゃ、既にそういう関係だったかな。三人の女性の愛を独り占め。かぁーーーっ、こんちくしょう、羨まし過ぎるぜっ」
表面上は穏やかな笑みを浮かべて、相槌を打っていたのだが、どうも、今の言葉だけは聞き逃すことができなかったらしく、すっと冷静な表情に変化すると、露天商の肩を両手で掴んだ。
「法に違反していないとは言え、私はハーレムという制度が嫌いなのですよ。そもそも、自分は多くの女性を愛するけど、お前たちは自分だけ愛せという考えがどうかと思いませんか。これで女性側も旦那を何人も持っていいなら、公平で構わないのですが」
急に声色と顔つきが変わった男の迫力に、顔がひくひくと痙攣しながらも露天商は何とか切り返す。
「い、いや、ほら、妻側もそれを認めた上で結婚しているわけだから、そこはいいじゃねえか。よく、小説や物語であるだろ。健気な女性が「私は一番じゃなくてもいい。貴方の傍にいさせてくれたらそれで、満足です」ってよ」
露天商の肩に少しだけ指がめり込む。痛みに文句を言おうと口を開きかけた露天商が見たのは、大きくため息をつく客の姿だった。
「その考えは少々甘いですよ。もし、女性が本気でそう思っているのなら、それは本当の愛ではなく憧れや思い込みなのでしょう。本当に相手の事を愛しているのなら、一番でなくてもいいという発言は本心ではないはずです。腹の底では何を考えているのやら。私なら愛し合う恋人や妻が、他の人を好きだと思うのには耐えられませんね」
じっと露天商を見ていた視線をそらすと、客は肩に置いていた手も外し、死んだ魚のような生気のない目で遠くの方を見ている。
「お、お客さん……過去に何かあったのか?」
「いえいえ、仮の話ですよ。少々熱くなりすぎましたが、ただの例え話です。若い頃に女性関係で手痛い目にあったり、していませんよ」
客は悟りを開いた聖職者のような、背後に後光が差していても不思議ではない慈愛溢れる笑みを浮かべている
経験上これ以上は、この話題に触れるべきではないと露天商は判断した。
「おおっ、そういや町が騒がしいって話だったな。これは噂なんだが、兵士たちが探しているモノは人だって話だ。結構地位のある権力者が誘拐されたってのが、一番有力な話らしい」
強引に話を元に戻した露天商の言葉に客は黙って耳を傾けている。
「兵が増えたのも、その人探しだけじゃなく、最近町中に頻繁に現れる魔物への対応も兼ねているらしいな」
「魔物ですか? 首都で魔物が現れたという話、今まで聞いたことないのですが」
話題から逸れ、話に食いついてきた客に気を良くした露天商は腕を組み満足そうに頷く。
「だろう。首都始まって以来の出来事らしくってよ、それも一匹じゃねえんだとよ。毎晩のように魔物を目撃した話が町中で、まことしやかに噂されているからな」
客と露天商はその後も取り留めのない日常会話を交わし、更に五品追加で購入すると、収納袋の中に入れ、その場から立ち去った。
「しっかし、変わった客だったな。黒い法衣を着た聖職者か。それに背中にはでっかいメイス背負って平然と歩いてやがる。かなりの実力者なのかね」
立ち去った客のことが気にはなったが、それよりも商売の方が大事だと中途半端な状態で放置していた店の準備を続ける。
「えらく盛り上がっていたみたいだが、何話していたんだ?」
露天から離れ、こちらに向かってくるライトへファイリは声を掛ける。
「ただの世間話と、情報収集ですよ」
「へぇー。あれが世間話ね。ふーん、あんたが女性に対して興味がないフリをしている理由と、永遠の迷宮で私たちにわざと嫌われるような事をしていた訳が、少しわかったわ」
イリアンヌは、とぼけているライトの隣にそっと近づき耳元で囁く。
神聴が使えるイリアンヌには会話が全て筒抜けだったようだ。厄介なことを知られたと内心では少し焦るが、動揺はおくびにも出さず「何のことですか」と返した。
「まあ、いいんだけどねー」
そう言って口元を抑えて笑うイリアンヌに、後で口止め料として何か奢ることを決め、話を続ける。
「ファイリ……つまり、教皇が行方知れずになっていることは、住民には知らされていないようですが、それも時間の問題でしょうね。帰らなくていいのですか?」
「うーん、今のところ保留だな。まあ、何人かには連絡とってみるが、戻ったら身動きとれなくなっちまうからな。たぶん、厳重な見張りをつけられるだろうし。この地下に埋まっているらしい、邪神の部位もあいつらに聞いても教えてくれんだろう」
ファイリの言うあいつらとは、イナドナミカイ教団の教皇に次ぐ地位にいる枢機卿の面々を指している。
ファイリは教皇という最高位ではあるが、実際の権力は皆無といってもいい。彼らは都合が良く、見栄えの良い駒が欲しかった。それに当てはまったのがファイリだったに過ぎない。
直属の精鋭部隊もファイリの護衛と、民衆への宣伝効果を考えて認めているだけで、部隊の詳細な内容を全く知らないでいる。
「となると、このまま首都に潜入したまま、情報を集めるしかなさそうですね。あと、町中で目撃談が多数寄せられている魔物の存在も気になります」
「じゃあ、情報収集は任せて。一応そっち方面の担当は私だからね」
「では、イリアンヌ。そちらはお任せします。我々は取り敢えず、冒険者ギルドに行きましょうか。どちらの情報もそこが一番詳しいでしょうし」
「了解。じゃあ、暫く単独行動に入るわ。耳寄りな情報が手に入ったら、随時連絡に行くからー」
ライトたちが返事をするより早く、イリアンヌは姿を消していた。
一流の暗殺者としての身のこなしに加えて、神速による人の目で捉えることのできない素早い動き。更に、どんな音をも聴き逃さない神聴を得たイリアンヌの諜報能力は他の追随を許さない。
集合場所も決めていなかった事を、今更になって思い出したがイリアンヌなら何とでもするだろうと、ライトは特に気にしなかった。
ライトが冒険者ギルド本部の扉を開けると、一階ギルドホールにいた冒険者や職員が一斉に目を向ける。
ライトの姿を確認した職員や冒険者は、予め打ち合わせでもしていたのかと思わせる程、同時に目を逸らす。ライトの事を知らない数名は、そのままライトを睨みつけるように見ているのだが、周囲の様子がおかしいことに気づき、落ち着きがなくなっている。
そんな視線と態度を意にも介さず、受付カウンターまで歩いていく。そして、カウンター越しの職員に声を掛けようとして、あることに気づいた。
「おや、貴方は以前ここでお会いした方ですね」
椅子の上で小さく身を縮めていた女性職員が、体を一度大きく揺らすと、俯いていた顔をゆっくりと上げていく。
ライトの記憶に残っていたショートカットで活発そうな女性職員の顔と一致したのだが、その表情は活発とは程遠く、今にも泣き出しそうな崩壊寸前の顔をしている。
「あ、あ、あの、前回は本当に申し訳ありませんでした! 勝手な思い込みで失礼なことを!」
カウンターに額をこすりつけ謝る職員に、ライトは泣く子供を宥めるかのように、優しく声を掛ける。
「お気になさらないでください。誰にでも誤解はあるものです。今、忙しくないですか。お邪魔でなければギルドマスターに取り次いでいただきたいのですが」
「はいっ! 少々お待ちください!」
職員は立ち上がると、脇目もふらずギルドマスターがいる、二階の階段目指し走り去る。
途中、足元のゴミ箱を蹴飛ばし、他の職員の机にぶつかり置かれている書類を地面に落としながらも、彼女は真っ直ぐに階段を駆け上っていく。
「お前、いったい何やったんだ」
「特に思い当たる節はありませんよ」
「いやいや、周りの反応から見て確実に何かやらかしただろう」
「いえいえ、強いて挙げるとすれば、冒険者の方に上半身を披露したぐらいでしょうか」
「おい、どういう状況なんだそれは」
ファイリがライトへ追求を続けている間、ロッディゲルスは物珍しそうに周囲を観察している。
千年間の殆どを虚無の大穴で過ごし、魔族であることを隠して町に何度か訪れてはいたのだが、冒険者ギルドは鬼門だったために内部はおろか、近くから見たこともなかったので、興味津々といった感じだ。
「なるほど、これが掲示板か。ここに依頼書が貼ってあるのだな。三英雄からもらった小説で読んだ通りだ」
壁際にある掲示板に駆け寄ると、目を輝かせながらペタペタと触っている。
ちなみに三英雄から渡された本は、生前の三英雄の活躍を描いた冒険譚である。本人曰く「半分以上話が盛られているが、読み物としては悪くない」らしい。
熱心に依頼書を見つめているロッディゲルスに、ライトは温かい視線を注いでいる。
「お前、たまに子を見守るお父さんみたいな顔するよな。実は十歳ぐらい歳を誤魔化していないか」
「お父さんですか。どういった言動が父親っぽく見えるのか不明ですが、父を知らぬ私が、父性があるように見えたのなら嬉しい限りですよ」
皮肉に対して、照れたように笑うライトの横顔に、一瞬ファイリは見とれてしまう。心臓の鼓動が大きくなり、頬が少し熱くなっていくのを自覚すると、慌てて目を逸らした。
「あのあの、すみません! ギルドマスターから許可を頂きましたので、付いてきてもらえますか!」
妙な空気が漂う空間をぶち壊したのは、慌てて戻ってきたギルド職員だった。
ライトたちは職員の案内に従い、ギルドマスターの部屋前まで付いて行く。
「ギルドマスター。ライトアンロック様一行をお連れしました」
「ご苦労さん。そいつらだけ入れて、業務に戻ってくれ」
扉の向こう側から響いてきた声にライトは懐かしさを感じている。
「皆様、どうぞ、お入りください」
押し開かれた扉の先には、部屋の窓際で机に足をかけ、不遜な態度で苦笑いを浮かべる妙齢の女性がいた。
「ったく、五年ぶりに会ったと思えば、今度は二ヶ月も経たない内に再会か。元気していたか」
「お久しぶりです、ギルドマスター。そうでした、こちらでは二ヶ月も経っていなかったのですね。一年以上あそこにいたので、すっかり忘れていましたよ」
話の噛み合わない返答をするライトを、ギルドマスターは訝しげに見ている。
「ふむ、何か色々あったようだな。まずは、そちらの話を詳しく聞かせてくれないか」
「ええ、その為に来ましたので。ここを立ち去ってからのことを全てお話しますよ」
ライトは自分の生まれ故郷で経験した上位悪魔との戦い。邪神復活を目論む存在や、既に解放された邪神の部位。死者の街が壊滅したこと。全てを包み隠さず話す。
時折、ギルドマスターから飛んでくる質問にも懇切丁寧に答え、聴き終えたギルドマスターは、机に置かれていた飲み物に口を付ける。
「邪神の復活に、死者の街壊滅か。やれやれ、面倒なことになってきやがった。死者の街の住民は全滅か。となると、手紙も必要ないってことか」
「はい。残念ですが、もう差出人がいませんので」
ライトが以前、死者の街の住民から託された手紙は、半数程度しか受取人が見つからず、その後も冒険者ギルドでは残りの受取人捜索を続けていた。
「永遠の迷宮とやらで、結局お前たちは邪神の顔に会ったのか?」
「まあ、一応は。と言っても潜ってたどり着いたのではなく、神に運んでもらってですが。それに、強力な結界が張られていたので、遠くから眺めただけです」
「ほう、で何もせずに放置してきたと」
「上位悪魔とはいえ、そう簡単には行くことのできない場所ですので、大丈夫かなと。あと、永遠の迷宮に何かあったら、神が連絡をくれるとのことでしたので」
「ライトよ。お前は気軽に神という言葉を使っているが、それがどれだけ凄いことなのか理解しているのか」
ギルドマスターは机の上に放り出していた脚を引っ込め、頬杖を突き、呆れたようにライトを見ている。
「流石に何度も会話を交わしていると、親しみが湧きますよね」
ライトは特に感慨もなく平然とお茶をすすっている。
実際の話、一度目の会合は緊張も警戒もしていたが、何度か言葉を交わすうちに死を司る神と会話することが楽しみになってきている。
死を司る神と話をしていると、言葉の端々からライトに対しての謝罪の気持ちが見える。それに対してライトとしても思うところはあるのだが、今はそれを深く追求するつもりはない。
「お前は豪胆なのか、何も考えてないのか、相変わらずよくわからん男だな。はぁ、しかし、大神殿の地下遥か深くに、邪神の部位が眠っているとは。最近の魔物騒ぎや、教皇失踪に絡んでいる話っぽいな」
「おや、教皇失踪をご存知なので」
「ああ、極秘裡にだが、こちらにも捜索の依頼がきているぞ。お前も親しかったから連絡を取るつもりだったのだが、必要なかったようだな。まさか、一緒にいるとは思わなかったが」
そう言って、ギルドマスターはライトの隣に座っている、仮面を付けたファイリに鋭い視線を飛ばす。
ファイリは肩をすくめると、仮面に手をかけ取り外した。
「やっぱり、騙せませんか。お久しぶりですね、ギルドマスター」
「ああ、久しぶりだな。無理しなくていいぞ。その口調疲れるだろ」
「まあな。ったく、最近教皇モードになってないから、まともな挨拶ですら面倒になっているぜ」
礼儀正しく丁寧に挨拶だけすると、ファイリは疲れたようにソファーに身を沈める。
「見事な変貌ぶりだな。駆け出しの冒険者時代から知っている者にとっては、そっちの方がやりやすいが。さてと、話を戻すか。こちらとしてやることは、大神殿地下に眠るという邪神の部位に関する情報収集。あと、実力のある冒険者をこの町に呼んでおくか。いつ、状況が一変するとも限らんからな。それに最近町に出没する魔物退治と。やれやれ、大忙しだねぇ」
ギルドマスターは大きく息を吐くと、頭を左右に揺らし肩をコキコキと鳴らしている。
「老体に鞭を打つようで申し訳あり」
ライトがその言葉を最後まで言い切る前に、鼻先に拳が突きつけられる。
目にも止まらぬ速度で繰り出された拳が風を巻き起こし、ライトの顔と髪が風圧で揺れる。
「老……何だってぇ?」
「心臓が止まるかと思いましたよ。今も昔と変わらない豪腕、お見事です。まだまだ若々しいですし、現役復帰してみたらどうですか」
「そう言いながら、顔色一つ変えないお前が、わしは恐ろしいがな」
拳を引っ込めたギルドマスターはそう言いながらも、嬉しそうに口元を緩める。
「こちらの方針としては今言った通りだが、お前たちはどうするつもりだ」
「暫くは、私たちもこの町で情報収集をする予定です。現状に変化がないようでしたら、もう一箇所、邪神の部位が眠る場所に心当たりがあるので、そこを調べてみようかと。結局我々は復活させようとする相手の邪魔をすることしかできませんので。あ、そうでした、もう一つ頼みごとが」
ライトはギルドマスターに顔を近づけると小声である人物の捜索を依頼する。
「曖昧な依頼だな。だがまあ、やってみよう。全員が素直に能力を提示しているとは限らないからな。あんまり期待はするなよ」
「冒険者ギルドで探せないのであれば、もう手がありませんからね。よろしくお願いします」
ライトは深々と頭を下げ、仲間を引き連れてギルドマスターの部屋から出ていく。
一人残されたギルドマスターはこれからのことを考えると、ため息しか出ない。手をつけていく順番に頭を悩ませつつも、その顔は何処か嬉しそうではあった。
「やれやれ、現役を退いたとはいえ、こういう事態には血が騒いでしまうねぇ」
机脇のベルを押し、職員がやってくるまでの間に頭の中で今後の行動を整理していく。