メイスの中の懲りない面々
開戦直後に終焉を迎えたように見えたファイリたちだったが、そうはならず、光翼竜の一撃を何とか凌いでいた。
ロッディゲルスが咄嗟に『黒鎖壁』を発動させ炎の息を一度そこで食い止める。迷宮に入る前の黒鎖壁なら、あっさりと破られていた可能性が高いが、強化改良された黒鎖壁の強度は比べるまでもなかった。
今までは何本もの鎖が並んで壁のようになっていただけなのだが、今は特訓の成果が発揮され一本一本が複雑に絡み合い、一枚の壁が縫い上げられている。
「これでも、防ぎきれぬかっ。あと少しで突破されるな。ファイリ、イリアンヌなんとかなるか」
「大丈夫だ、ロッディ。後の防御は任せろ。あ、イリアンヌはもういないから」
気軽に言ってのけるファイリの表情は強がっているわけではなく、自信に満ち溢れていた。
「ふふふふ。肉弾戦ばかりさせられてきたけど、ちゃんと体内の魔力を巡らせて肉体を強化していたからな。魔力も結構上がっているはずだぜ。やっと、やっと、思う存分魔法が使えるっ! あはははははははははっ」
腰に両手を当て、高笑いを続けているファイリに若干の不安を覚えるが、ロッディゲルスは限界間近の黒鎖壁を解除する。
「うっしゃー! 『真・聖域』」
前回、前々回は全面を覆うだけの光の壁を改良して、前や上に並べて発動させていたのだが、今回は普通に六面の光る壁が現れる。ただし、光の壁は二重になっており、光る箱の内部にもう一つ光る箱を入れたような形で、聖域が発生している。
「成功だ。同時に発動させた聖域を神眼の力で反発しない魔力の流れを見つけ出し、融合させたこの魔法。どうだっ!」
と聖域内部でライトに自慢するかのように大声を張り上げているが、爆炎が周囲で暴れ狂う現状で聞こえるわけがない。
何枚か壁のように並べて守る、以前の使い道も考えたのだが、それでは炎の余熱を防げないと考え全面を守る形にしたようだ。
「見ろ! この鉄壁の聖域を。俺の聖域は誰にも壊されることがない、完全なる壁だっ」
ライトに伝えたいのだろうが、それを聞いているのはロッディゲルスだけだ。
自信満々で胸を張っているファイリだったが、二重に張られた聖域の一枚目がブレスに破壊されたのを見て、頬が痙攣する。
「あ、いや、なんだ。そろそろ、攻撃を止めてみるのはどうだろう。呼吸苦しいんじゃないか? ほら、深呼吸したほうがいいぞ。遠慮するなって……マジで!」
このままでは二枚目の聖域が破壊されるのも時間の問題だと、ファイリは焦った様子で光翼竜をなだめている。
最終ラインである聖域にヒビが入り限界を超える寸前で、突然、炎の渦が鎮火した。
『足元をチクチクと鬱陶しい!』
光翼竜が地団駄を踏んでいるかのように、足を地面に叩きつけている。
足元には黒く光る軌跡を描きながら、素早い動きで何度も足に切りつけているイリアンヌの姿がある。
『爪の間や小指の先ばかり狙いおって! いい加減にしろっ!』
「生物の急所なんて、人間も魔物も似たり寄ったりでしょ」
巨大な体躯の敵に対しては、自分の攻撃ではさほど役に立たないことを理解しているイリアンヌは、嫌がらせに徹しているようだ。
耐えられない痛みではないのだが、何度もやられると集中力を削がれるようで、足元を駆け回るイリアンヌを執拗に踏み潰そうとしている。
「無理無理。無駄無駄。無能無能。私を踏み付けることなんてできないわよ」
気の利いた煽り文句が思い浮かばなかったイリアンヌは取り敢えず、腹の立ちそうな言葉を並べてみた。
単純だが繰り返して言われることに苛立ちを覚えた光翼竜は、更に激しく大地へその太い足を叩きつける。
イリアンヌが避ける度に大地が激しく揺れ、距離を置いているライトにも踏みつけによる一撃の威力が伝わり、振動で何度も腰が浮く。
光翼竜の意識がイリアンヌに向いている隙を残りの二人が逃す訳もなく、高威力の魔法を放つ準備を整える為に意識を集中した。
先に発動まで漕ぎ着けたのはファイリであった。両手を突き出し、高めた魔力を手のひらに集める。
「喰らえっ、必殺の『聖光流滅』二連」
右手と左手から同時に二条の聖なる光が螺旋を描く、高威力の魔法が放出される。今までなら右と左から放たれる光が絡み合い、一つの魔法となっていたのだが、今回は片方の手だけで完成させた聖光流滅を右左同時に放った。
絡み合う二条の光が左右から光翼竜の顔面を挟み込むように直撃する。が、光翼竜は顔を仰け反らしたのみで、魔法が命中した頬を前爪で掻くと、鋭い視線をファイリに向ける。
『人の身でありながら、中々の威力ではあるが、ワシに聖属性の魔法は効果が薄いのを理解しておらんのか』
同じ属性は防御には向いている。ということは必然的に攻撃には向いていない。魔法を扱う者であれば初期に習う、基本中の基本である。それを、聖職者の頂点に立つファイリが知らないわけがない。
光翼竜の指摘にファイリは満足げな表情を浮かべる。
「わかっているぜ。ただ単に、前から考えていた魔法が放てるのか実験しただけだ。あと、目くらましも兼ねてはいるが」
その一言にはっとした表情を浮かべる光翼竜の背に、円錐状の巨大な槍の穂先にも見える黒い何かが遥か上空から落ちてくる。
「聖属性が相手ならば闇属性の出番だ。ファイリが稼いでくれた時間は無駄にせん!」
光翼竜の全長にも匹敵する巨大な穂先の側面には、よく見ると十本の鎖が巻きついている。その鎖を辿るとロッディゲルスの右手から伸びているようだ。
「我の編み出した新たな闇魔法、とくと味わうがいい! 『黒鎖螺旋独楽』」
高度からの落下速度に、右手の鎖を一気に引き戻すことにより高速の回転力が加えられる。風を巻き込み巨大な竜巻と化した一撃が、光翼竜の背中に突き刺さる。
『グルアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
回転を続ける攻撃が強靭な鱗を砕き、更に体の奥へと潜っていく。
それ以上先へ進ませないように、背中に魔力を集中し防御に徹する光翼竜の眼前に、一つの黒い影が飛び込んできた。
「ここは柔らかいはずよねっ」
光翼竜の体を駆け上ったイリアンヌが両目に短剣を突き刺す。
『ゴウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
天に向け吠えた長い咆哮は光翼竜の断末魔となる。
背骨ごと胴体を貫かれ、力なく地面に横たわる光翼竜の体が光の粒子となって、風に運ばれていく。
その巨躯が完全に消え去るのを見届けたファイリたちは、足の力が抜けたようで、その場に座り込む。
「勝った……生きているのが不思議だが、勝ったぞ! すっげえ疲れたー」
「もう嫌、もう戦わないからね! もう、何があっても動かない!」
「辛勝だが、勝ちは勝ちだ。我も魔力が底をついているな。暫くは指一本動かしたくはない」
三人は顔を見合わせると、笑みを浮かべその場に倒れこむ。そして、どうだと言わんばかりの表情で、顔だけライトのいる方向へ動かす。
安全圏にいるライトは念の為に透明の箱内部で観戦していたのだが、クッションを下に敷き、右手には果汁の入ったカップ。左手にはスナック菓子を摘んだ状態で、穏やかな微笑みを向けている。
そんなライトの姿を見た三人は、一歩も動けない筈の疲れきった体を無理やり動かし、ゆらりと立ち上がる。そして、ふらつく体でライトに向かい歩み寄っていく。
ただならぬ気配を感じたライトは、素早く箱から出ると収納袋に片付け、逃走の準備を整える。
「てめえは、人がこれだけ苦労している時に観戦気分か……」
「ああ、今ならわかる。負の感情が闇に力を与えていることを……」
「そうか、特別な贈り物はこの時の為にあったのね……」
俯き気味だった顔を上げた三人の大きく見開かれた目は怒りに燃え、食いしばった歯がギリギリと音を立てている。
命の危機を感じ取ったライトは、彼女たちの気持ちを穏やかにさせる様に、できる限りの優しい声色で話しかける。
「ファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルス、人は話し合うことができる生物です。ここは心を落ち着かせて語り合おうではありませんか」
言い切ったライトを待っていたのは、鎖の先端と、光り輝く魔法の球。それと煌く刃の輝きだった。
「遺言はそれでいいんだな」
全てを躱したライトのすぐ後ろに立つイリアンヌが、ドスの効いた低い声で暗殺者のような台詞を吐く。
「皆さんに大切なことを伝えておきます。何でも力で解決するのはどうかと」
「「「お前が言うな!」」」
三人の体力が完全に尽きるまで、命懸けの鬼ごっこをする羽目になるライトだった。
ライトたち一行が百階を突破するまで二ヶ月もの時間を要した。
その間、メイスの中の面々は何をしていたのか。少し、その事に触れておこうと思う。
「なあ、キャサリンは何しているんだ。また鍛冶場に引き籠っているのか?」
「みたいだね。前はファイリ用のメイスと盾製作に没頭していたけど、今もまた何か武器を作っているみたいだよ」
「キャサリンさん頑張るわね。そういや、土塊さんも見かけないけど、最近ずっと作詞作曲ばかりしているわよね」
三英雄はメイス内部の屋敷のような場所の一室で、円形の大きな机を囲み、取り留めのない会話を続けている。
ここは彼らが監視ホールと呼ぶ場所で、二十人程度なら楽に入れるぐらいのスペースがあり、机の上に置かれた水晶玉に手をかざすと壁、天井、床に外部の映像が映し出される。
メイスの先端部分にある鉄塊が透明になり、その中心から外を見ているような感覚になるようだ。全方向が見えるのは便利なのだが、激しい動きになると目で追っているだけでも乗り物酔いが発生する。
「しっかし、暇ね。この空間って衣食住には困らないのだけど、娯楽が少ないのよ」
「ライトの私物からカードや子供用の玩具は手に入れたが、それ以外なんもないからな。今度町に行くことがあったら、色々とライトに補充してもらおうぜ」
「そうだね。魔法書とか欲しいところだよ。あと、キャサリンさんが鉱物の補充もして欲しいって言っていたかな」
あれこれ勝手な要求を口に出していた三英雄だったが、不足しているものが多すぎて口頭では伝わらないと判断し、要望を書き連ねた紙をライトの収納袋と繋がっている、部屋の投入口へ入れておいた。
「まさか、俺たちが色々と荒らしてから、この扉が開かなくなるとはな。食料や消耗品はここから取れるから良いけどよ」
エクスが扉左脇に、受け取り口と書かれた小さな扉を開けると、そこには一週間分の食料が置かれている。それを見たエクスが頭を無造作に掻いている。困ったときによくやる仕草だ。
「まあ、あれは完全に僕らが悪いからね。人の私物を勝手に調べるのは、やりすぎだったよ」
「私も反省しているわ。ちょっと調子に乗りすぎていたわね」
二人はバツが悪そうに肩をすくめる。
監視ホールに戻り、外を眺める為に水晶に触れ起動させたのだが、戦闘中だったらしく室内に写った映像は、内臓を吹き飛ばす場面だった。壁、床、天井に拡大された生々しい臓器と血がべっとりと貼り付いている。
外部を見る装置を切ると、三人は黙って監視ホールを後にした。
「することないし、今日もやっぱりあそこ行くかい?」
廊下を目的もなくぶらついていた一行の先頭に立っていたロジックが、振り向きざまにエクスとミミカに尋ねる。
「最近毎日通っているから、今日は休息日って決めていたんだがな」
「妹たちが頑張っているのに、何もしないっていうのは……やっぱり落ち着かないわよね」
長い一本道の廊下の行き止まりにある扉に手をかけると、押し開いた。
そこは白で統一された百メートル四方はある巨大な部屋で、内部には何も置かれていないので余計に広く感じる。
「んじゃ、今日はライトが苦戦したという五十階のレアメタルゴーレムと殺るか」
「それはいいね。無機物用の魔法も幾つか試しておきたいし」
「かなりの攻撃力らしいから、防御魔法の鍛錬にはもってこいよ」
エクスが入ってきた扉付近の壁に手を当て「迷宮五十階、レアボス前で頼む」と虚空に向けて言い放つ。
その瞬間、辺りの景色が一気に変わる。白一色という殺風景だった室内は、絶壁に取り囲まれた鉱山の一角へと変化する。
そして、その絶壁の一部が剥がれ落ちると、壁の中に埋まっていたメタルゴーレムが姿を現した。鉱石を集める依頼で何度か戦ったことのあるメタルゴーレムとは別物で、体が一回り大きく、表面が艶やかな深い黒色をしている。
「これは確かにレアだな。腕が鳴るぜ」
獰猛な笑みを浮かべ、エクスが舌舐めずりをする。
彼らがいる部屋は鍛錬の間と呼ばれており、永遠の迷宮内のあらゆる階数と場所を選ぶ事ができ、そこと全く同じ状況を室内に作り出すことができる。
三英雄はこのメイスの内部に入ってから、ほぼ毎日、この部屋で鍛錬を続けている。
二度目の死を後悔と共に迎えた三人は次が最後だということを理解している。そして、三度目の死は何も思い残すことがないように、己の力を磨き続けている。
力及ばずに死ぬ。この悔しさを誰よりも知っている彼らは、今度こそ全てを出し切り満足して逝く。これがエクス、ロジック、ミミカの共通した願いである。
今日も彼らはライト一行と同様――いや、それ以上の鍛錬を続けている。
死ぬ為に鍛える。
三英雄と呼ばれた冒険者たちの意地と強い想いがそこにはあった。
彼らはライトたちに努力している姿を見せる気も、訓練をしているという事実を伝える気もない。いつものように軽口を叩き、彼らを煽り、そして彼らに罵倒される。
それでいい。自分たちが消滅しても悲しまないで欲しい。往生際の悪すぎる死者の為に苦しむ必要はないのだ。
「それじゃ、さっさと片付けるとするか」
「ああ、そうだね。これが終わったら光翼竜と、また戦おうか」
「次倒したら二桁の大台ね。今度は何分でいけるかしら」
三英雄と呼ばれた三人の冒険者は拳を合わせ、前へと進む。
死して尚、強さを求め彼らは鍛えることをやめない。




