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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編

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破壊力

 イリアンヌが相手の息が届きそうな距離まで間合いを詰めると、右手に握られた短剣を喉元目掛け突き立てる。障壁に触れ甲高い音を立てるが、イリアンヌは気に留めず短剣の柄頭を左手で支え、全体重をかけて押し込む。

 ピシッというガラスにヒビが入ったような音が鳴り、双頭の表情が変わる。見下していた余裕の表情が憎々しげに歪んでいく。


「ちくちくと鬱陶しい攻撃をしてくれますことっ!」


 イラつきを隠そうともせず、二本の右腕を振るうと、闇の渦が水流のように吹き出す。

 イリアンヌは至近距離からの魔法の連撃を難なく躱してみせる。そして神速を発動させた状態で、あらゆる方向から障壁の極小ではあるが強度の弱い部分を突いていく。


「何故、このような非力な攻撃で私の障壁が揺らぐというのっ!」


 残像が残る速さで周囲を走り回るイリアンヌの動きに、双子悪魔は目が追いつかず、周囲へ狙いも定めずに魔法を放っている。だが、そんな攻撃がイリアンヌを捉えることなどできるわけもなく、無駄に魔力を消耗し続けている。


「左膝小僧より拳二つ分上に。魔力が高まっている。攻撃がくるぞ。斜め後方に二歩分下がれ」


 神眼で魔力の動きを把握し、相手の予備動作やちょっとした癖さえも見逃すことなく、動きを先読みしているファイリがイリアンヌへ的確な指示を出している。

 どれだけ騒音に満たされた場所であろうが、言った本人ですら聞き取れない小声であろうが、神聴を所有するイリアンヌに捉えられない音などない。

 ロッディゲルスは両手の指先からじゃらじゃらと流れ出した黒鎖を操作し、計十本の鎖を複雑に絡らませる。その動きは鎖を糸に見立て何かを編み込んでいるかのようだ。

 上空で編みあがったモノは、ある生き物を模して造られた形をしている。


「ふむ。完璧だ。では、行くぞ。我が新魔法『邪黒、龍鎖撃』」


 ロッディゲルスは決め顔で満足げに言い切る。

魔法名が示すように、その鎖は確かに胴体の長い龍に見える。龍は吠えるように大きく顎を開くが、鎖でできた龍の口が声を発するわけもない。


「おおっ、何か強そうな魔法だ! ちなみに、あの姿と魔法名に意味はあるのか?」


「意味は……ない。個人的な趣味だ。遥か東方に住む魔物にああいった形の龍がいるらしい」


「そういうこだわり嫌いじゃないぜっ」


 どうやら、ロッディゲルスの趣味趣向にファイリが共感したようだ。

 理解者がいたことに満足したようで、嬉しそうな表情で両手を振るう。

 黒い鎖製の龍は上空で無駄に大きく一回転すると、双子悪魔の頭上へ頭から突っ込んでいく。黒龍が大口を開けて半球状の障壁に噛み付くが、その口が閉じられることはなかった。

 障壁に触れた途端に、龍の形に編みこまれていた鎖が弾け飛び、全てが解けてしまう。


「ふむ、やはり弱いか。意味もなく龍を作っては見たが、真面目にやるとしよう」


 再び十の鎖へと姿を戻し、四方八方、あらゆる方向から先端が円錐状になった鎖が襲いかかる。全ての鎖は螺旋の回転を描き破壊力を高めた状態で障壁へ激突し、僅かにだが障壁にその先端をめり込ませることに成功する。


「私の完璧な障壁に穴が空くなんて!」


 防御に絶対の自信を持つキンゼイルは驚愕し声を荒げる。


「やるじゃねえか。ここでいくぜっ! 『天罰』一点集中」


 黒鎖が突き刺さった障壁へ、天から極太の光が滝のように降り注ぐ。

 神眼が持つ真の力により魔力の流れを把握可能になったファイリは、本来なら広範囲へ無作為に何条も降り注ぐ光の帯を、一本に纏まるように操作してみせた。

 聖属性の光の奔流に障壁は押し潰されそうになるが、まだ何とか耐えられる強度を保っている――筈だった。ロッディゲルスの攻撃により障壁に穴が空いていなければ。

 天罰が障壁へぶつかる直後に黒鎖を解除したことにより、小さく開いた穴から聖属性の光が射し込んでくる。


「くそがっ! 人間ごときが一丁前に歯向かうんじゃねえっ!」


 穴から入り込んできた光に皮膚を焼かれ、余裕がなくなってきているようだ。

 高飛車で気取った口調は完全に消え失せ、汚い言葉を吐くキンゼイルを隣のギンゼイルが冷めた目で眺めている。

 精神の乱れにより魔力放出にムラができ、何とか継続していた障壁が一気に破壊され、無防備となった双子悪魔の全身に、聖属性の光が叩きつけられる。


「ぐおおおおおおっ!」


 強烈な光を上半身に浴び双子悪魔の体が、くの字に折れ曲がる。

 それでも天罰を跳ね返そうと全身から闇の魔力を吹き出させ、力任せに天罰を掻き消した。


「やりやがったな、くそどもがっ! 許さんぞてめえらっ! 死にたいと自ら懇願するほどの苦痛と恐怖を与えてくれる!」


「結構です」


 激昂して闇の放出量を上げるキンゼイルの耳に、怒りで火照った体を一瞬で冷ます静かな声が届く。

 双子悪魔の右側面に神力で一気に滑り込んだライトが体を捻る。


「うまくいってください『上半身強化』『下半身強化』」


 神力で体を強化している状態から更に魔法での上乗せ。単純でありながら、一番効果的だと判断した攻撃方法をライトは実行に移す。

 この誰でも考えつきそうな攻撃方法が尋常でない破壊力を生むことを、ライトは当初から理解はしていたのだが、以前は神力開放状態では他の魔法が一切使えず、机上の空論でしかなかった。

 しかし、神力開放中に無意識で放った聖光弾が発動したのを見て、実現可能だとライトは判断をした。


「うおおおっ!」


 白銀の神気に包まれていた体に金色の炎が混ざり融合する。身体強化魔法を最大威力で放出した状態と同じように体から炎が吹き上がるが、その輝きは金色ではなく白銀であった。

 体の内部から筋肉が断裂する音が響いてくる。その音に骨と関節が軋む音が混ざり、それはまさに体が悲鳴を上げているようだ。

 神力で肉体の限界を超えて酷使している状態から、更に魔法で無理やり能力を上げる。結果、こうなることをライトは予想していた。

 二撃目はない。その覚悟を胸に秘め、ライトは踏み込んだ足に力を入れる。ふくらはぎまで脚が地面にめり込むと地面が爆ぜ、円形に地面が少し陥没する。


「避けろ、キンゼイル!」


 初めて聞くギンゼイルの感情的な声に、ライトの一撃の危険性を瞬時に理解し、迎え撃つ予定を急遽変更して、キンゼイルは攻撃を躱すために後方へ大きく飛び退こうとした。


『動くなっ!』


 ライトの口から発せられた力ある言葉を聞いた双子悪魔の体が硬直する。それどころか、周囲にいた仲間たちも同時に動きが止まる。

 神気が充満している状態から神声による『動くなっ!』という命令。土塊から託された神声の能力の一つである、言葉を理解できる者に言葉の意味を体現させるという力。

 今まで、仲間にさえひた隠しにしていたライトの奥の手が発動する。

 双子悪魔も前もって神声の存在を知っていたのなら、抵抗できた可能性が高かったが、何も知らない状態での神声の一言は一瞬であれ、完全に動きを止められてしまう。

 自分の身に何が起こったのか理解できぬまま、迫り来る白銀の鉄塊を双子悪魔は凝視するしかなかった。

 破壊だけを極めるライトの一撃は双子悪魔に触れた瞬間に、その爆発力が解放される。

 咄嗟に張られた障壁など無いも同然とばかりに消滅させられ、メイスが体に接触すると同時に、双子悪魔は爆散した。

 破壊などという生易しいものではなく、跡形もなく、塵一つ残すこともできず、圧倒的すぎる力に彼らは殺されたことも理解できぬまま完全消滅する。


「いやー、我ながら凄まじいですね」


「……おい」


「……それで済ませていいのか」


「……何かもう、これからは破壊神名乗ってもいいんじゃないの」


 全身の骨が砕け散り、体中のあらゆる箇所から血を吹き出し、筋繊維と神経もずたずたに引き裂かれ、生きているのが不思議な状態でライトは地面に横たわっている。

 そんな瀕死のライトを放った状態で、三人は永遠の迷宮内部の光景を呆然と眺めている。

 ライトの一撃の余波により、大地がえぐられ木々が生い茂っていた一帯の地面が剥き出しとなり、釣鐘状に陥没した巨大な傷跡がライトから前方に広がる。

 水を溜めれば立派な池になりそうな規模の大地が吹き飛ばされている。


「普通なら環境破壊で訴えられそうですが、永遠の迷宮で助かりましたよ」


 血まみれの状態で軽口を叩くライトに呆れながら、ファイリは回復魔法を発動させる。


「ライトが回復するまで、定番の休憩時間に入るわけだが、ライトあの声はなんだ。お前の声を聞いた瞬間、体の自由が奪われたんだが」


「あ、私も動けなくなった!」


「我もだ。少しの間、体が動かなくなったのだが」


 全身の傷が回復したライトは、頷くように少しだけ顎を引く。


「あれは、土塊さんから渡された特別な贈り物スペシャルギフト、神声の力ですよ。神声は魔力を込めて発言することにより、言葉に強制力を持たせることができます。と言っても複雑な文章は無理ですし、相手が言葉を理解できなければ意味を成しません」


 三人が目を見開いた状態でライトを凝視している。

 そして、まるで打ち合わせでも合ったかのように、全員が同時にライトを指差す。その指先は小刻みに震えている。


「神声ちょうだい!」


「神声よこせっ!」


「我に神声を贈与するのだ!」


『くそっ! その能力を使ってエロい命令をしまくるつもりだなっ! 羨ましいぞおおおおっ!』


『はっ、ということは命令すれば「お兄ちゃま大好き」とか「お兄さま、一人じゃ眠れないの」とか言わせたい放題かっ!』


『ライトさん、皆さんが悪用されないように私が責任もってお預かりしますわ! さあ、遠慮なく渡してくださいませ!』


『みんな、素直ね……便利な力だからわからなくもないんだけど。ん、どうしたの土塊ちゃん。え、なになに、こんな風になるのがわかっていたから、自分の力を誰にも明かさなかったって。なるほどねぇ』


 ファイリたちだけではなく、戦闘中は大人しかったメイスからも騒ぎ声が漏れている。

 ライトは何処に敵の目があるとも限らないので、重要な戦力である神声について味方にも明かさず秘匿していたのだが、別の意味で黙っていて正解だったと確信している。


「あのですね。何を想像されたのか知りませんが、言葉の影響を受けるのは短時間のみですから。それに相手の抵抗力が自分の魔力を上回っている場合は、何の効果も現れませんよ。今回は相手がこの力を知らなかったので抵抗できなかったというのが一つ、そして、神力開放状態で神気が溢れ、神声の効果が跳ね上がっていたから成せたことです」


 ライトの説明を黙って聞いていた一同は、聴き終わるとまるで測ったかのように声を揃え「使えない」と呟いた。


「何に使うつもりだったのですか。まあ、そういうわけですので、いつものように眠ってもよろしいでしょうか。今後の方針は後で聞きます」


 問いかけてはいるが、ライトは返事を聞く気はないようで目を閉じ、既に寝る体勢に入っている。全身の脱力感に身を任せ、ライトの意識は闇へと落ちていく。





 視界には白しか映っていない。

 ライトは無反応で寝転んでいた状態から立ち上がると、大きく体を伸ばす。

 三度目ともなると冷静なもので、体の調子を確認するために屈伸運動を始めている。


「この空間で魔法は使えるのでしょうか。足元を全力で殴ると地面が割れたりしませんかね」


 だだっ広い空間で手持ち無沙汰なライトは色々試してみようと、まずは強化魔法を発動させようとする。


『やめてください』


 何処からともなく響いてきた声に止められ、魔法の発動を取りやめる。


「結局間に合わず、死者の街の住民を誰も助けることができずに、すみませんでした」


 姿の見えない相手に深々と頭を下げる。


『顔を上げてください。貴方には辛い思いばかりをさせてしまっています。我々神が何もできないばかりに、貴方の負担が増える一方に。こちらこそ、本当に申し訳ありません』


 その声は憂いを帯びているように感じる。ライトには、建前ではなく心から謝っているようにしか思えなかった。


「お互い謝罪はこれぐらいにしておきませんか。ここに私を呼び込んだということは、何か理由があるのでは?」


『お見通しでしたか。ですが、まずはキンゼイルとギンゼイルを討伐していただいたお礼を。そして、ここから先は私からの提案となります。現在、死者の街が壊滅し、街の維持に必要としていた私の力が不要となり、唯一残っているこの永遠の迷宮へ力を注ぐ余裕ができました。そこで、私はこの迷宮で流れる時間を調整し、迷宮内部での一日は、外で流れる時間の一時間に相当するように操作しようと思っています』


「つまり迷宮内部にいれば、外と比べて時の流れが速いわけですね」


『はい。迷宮で一ヶ月過ごしても、実際は一日と五、六時間程度しか時間は流れていないわけです。そこで提案なのですが――ここで暫く鍛えてみるつもりはありませんか?』


 今回の戦いで、力不足を実感したライトたちにとって、その申し出は飛びつきたくなる程、魅力的だった。だが、その衝動を抑えて、少し冷静になろうと深く息を吸う。

 新たに手に入った特別な贈り物も、体にまだ馴染んでいない。ライトだけではなくファイリとイリアンヌも同じな筈だ。ロッディゲルスも急激な能力上昇に振り回されている感がある。

 二、三日であれば、これからの行動に支障はない。ライトはそう判断した。

 だが、これは一人で決めるべきことではない。今は昔と違い仲間がいる。独りで好きに行動していた頃よりは、こういった点で不便さを感じるが、今の状態が悪くないと思える自分がいるのも、ライトは把握している。


「こちらとしても渡りに船なのですが、私が独断で決めるわけにもいきませんので、仲間と検討させていただきます。もし、こちらを利用する場合は、下へ下へ潜っていっても大丈夫なのでしょうか」


『はい、問題ありませんよ。下層に向かうほど敵も強くなりますので、注意してください。以前と変わらず、迷宮内での死亡は迷宮入口まで飛ばされてしまいますので』


「了解しました。あと一つ質問があるのですが、宜しいでしょうか?」


『答えられる問いであるならば』


「迷宮の最下層には邪神の頭が封印されているのですよね。我々がそこまでたどり着いた場合、頭を破壊しても構いませんか?」


『可能であるなら。ですが、おそらく不可能でしょう。光の神によって張られた、敵味方を寄せ付けない強固な結界に守られていますので。それを解除できる力を得たのであれば、邪神の頭を破壊することも夢ではありません』


 光の神の結界。それを打ち破る方法などライトには考えもつかない。

 もし、結界を破壊するチャンスが訪れたら、その時は、全力で殴ることにしようと、胸の内で決意する。結局自分にはそれしかないのだと言い聞かせるかのように、何度も声に出さずに呟く。


「最善を尽くします。単純に自分が何処まで強くなれるかも興味がありますし」


 ライトにしては珍しく屈託のない笑みを浮かべ、この先が楽しみとばかりに肩を回している。子供の頃から自分を鍛え続けているライトにしてみれば、難しいことを考えずに己を鍛えられる環境というのは、楽園のようなものだ。

 ここ最近は頭を悩ませる案件が多く、正直少し心が荒んできていたのを自覚していたので、思う存分暴れられる環境を手に入れたことが本当に嬉しかったようだ。


『永遠の迷宮にいる魔物は魔力も多く、魔力強化に向いていますので皆様のお力になれると思われます。この世界の命運を貴方たちに放り投げてしまっている、愚かな神からのささやかな贈り物です。本当は神の権限を使い、皆様の能力を飛躍的に上昇させたいのですが、これ以上の接触と助力は神の規定に反してしまいますので』


「いえ、充分ですよ。自分の未来は自分で切り開くものですから。楽して力を手に入れたところで、その力に振り回されるのがオチです。そろそろ、時間のようですね。また、お会いしましょう」


 徐々に色素が抜け、薄れていく体を見下ろしながら、上空を見上げ神へ声を掛ける。


『ええ、またお会いしましょう』


 ライトにしてみれば別に深い意味もない別れの挨拶だったのだが、神から返ってきた声は少し嬉しそうに弾んでいるように聞こえた。



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