双子の悪魔
見張りを倒し念の為に周囲を散策するが、魔物の姿は何処にもなかった。あるのは、瓦礫となり果てた露店の残骸や、散らばった商品の数々。
「無事な住民もいないようですね。他にいたはずの魔物も全て倒されたのでしょうか」
「メイスの中にいる三英雄たちがかなりの魔物を倒していたし、残った魔物は迷宮に入ったんじゃないの? 双子悪魔だけで行った可能性もあるけど」
イリアンヌが入口の破壊された扉前で耳を澄ましながら、意見を口にする。
「迷宮には魔物がいるんだろ? そこに外から魔物が入ったらどうなるんだ。敵と認識するのか、味方だと思って素通りさせるのか」
「おそらくだが敵と判断するはずだ。我もここに入ったことがあるのだが、魔族は敵とみなされた経験がある」
「永遠の迷宮を制作したのは死を司る神ですからね。それぐらいの対応はしてそうですよ。問題は、転送装置が生きているかですが」
ライトは強引に突破されたであろう扉の隙間から入口内部に入ると、右端の壁際を調べ始める。本来なら壁際に転送装置を起動させる鍵である、人の頭ぐらいの大きさがある水晶が埋め込まれているのだが、それが見当たらない。
「おかしいですね。何度も通っているので間違いはないはずなのですが。あ、そういうことですか」
ライトは壁際に置かれていた巨大な岩に手をかけると、力任せに横へとずらす。
岩が置かれていた場所の後ろには目的の水晶があった。
「ここの兵士が隠してくれていたようですね」
ライトの憶測は当たっていた。魔物がこの場所に向かっていることを知った老兵士が機転を利かせて、岩でこれを隠したのだ。魔物に悪用されない為というよりは、生き残りの住民がきた場合、避難場所として利用するために壊されないようにしただけなのだが、結果的にはその行動がライトたちの助けとなった。
「双子の魔族ってミリオンから色々情報を得ていたのでしょ? 転送装置の情報ぐらい知ってそうなものなのに。こんな簡単な隠し方でバレないものなのかな」
イリアンヌは暗殺者の隠れ蓑としてやっている盗賊の技能もかなりのものなので、隠蔽とも呼べぬ大雑把な対応で気づかれないものなのかと、不審に思っているようだ。
「個人的な感想なのだが、悪魔たちは連携が取れているというわけでは、ないように見えた。ミリオンも双子の悪魔がまだ迷宮にいるというのにあっさりと退き、それも不利になるような情報を我々に与えて。迷宮の情報もあえて全ては伝えてないのではないだろうか」
「そうだな。あいつが嘘を言っていた様子は見られなかった。意外と悪魔の間で、主復活の手柄の奪い合いでもやっているのかもな」
ロッディゲルスの疑問とファイリの考えを聞き、ライトは思考する。
主を復活させたいという気持ちは強いようだが、他の悪魔がどうなろうと興味がないように見えた。悪魔全体がそうなのかはわからないが、ミリオンには仲間意識がないように感じる。
死者の街の住民を騙し、裏切りを平然とやってのけたミリオン。それは同族に対しても同様だとしたら。
ライトは情報不足な現況では、ミリオンの行動理由を理解することは無理だと判断する。
「どうであるにしろ、この装置を見逃したことが罠ということは有り得ないと思われます。考えても答えがでないことですし、やれることをやりましょうか」
水晶に手を触れると、仄かに光を発生させる。機動に問題がないことを確認すると、一旦ライトは手を離す。
「さて、ここからの方針なのですが、相手の居場所を確かめる方法が一つあります。ただ、その方法を使えば確実に双子悪魔の居場所を突き止められるのですが、運が悪ければ鉢合わせになる可能性もあるのですよ。どうします、この提案に乗りますか?」
ライトから作戦の概要を聞き、他に代用案も浮かばなかった一同は実行を決意する。
「七階は六階より幾分濃いですが、微かに悪魔特有の闇の臭いが残っている程度ですね。かなり時間が経過しているようです」
「双子魔族らしき声は聞こえてこないわ。争っているような音もしないわね」
「俺の神眼も魔族の姿は捉えられないな」
七階入口に入ったところで、ライトたちは個々の特別な贈り物を活用し情報収集をしている。
ここは転送装置を使うと送られる場所で、そこから一歩も動かず敵の気配を探っている。
「ここもダメでしたか。では次に参りましょうか」
「地道だ……」
一人出番のないロッディゲルスは周囲の警戒を担当しながら、ぼそりと呟く。
ライトのとった策は単純明快で、一階から順に転送装置で移動し、順番に調べてくというものだった。
「確実な手段ではあるのですが、入口付近に目標がいたら鉢合わせしてしまいますからね。まあ、もしそうなったら相手の体勢が整わないうちに奇襲するだけですが」
「しっかし、一階入口に飛んだ時はビビったぜ。魔物が数十体待ち構えていやがったからな」
ファイリの言う通り一階入口に飛んだ時は、敵の密集しているど真ん中に現れてしまい、そのまま混戦となった。結果はB、Cランクしかいない魔物に対し、全員がAランクを超える実力者が揃っているライトたちの圧勝となったわけだが。
「双子悪魔は追っ手に対して迷宮入口と、一階入口付近での二段構えのつもりだったようだが、転送装置を利用して一階に入った場合、入口より少し離れた場所に出ることを知らなかったのが我らの勝因であり、相手側の敗因だな」
階段を下り、扉を開けて次の階へ進むのが正規のルートなのだが、転送装置を使った場合は扉より少し先に転送される為、魔物の不意を突くことになった。
ライトの提案で念の為に転送装置を使い一階に向かったのが功を奏したようだ。
「では、何があるかわかりませんので油断はしないでください」
ライトが地面に手を着くと、辺りの地面が青白い光を放つ。
『転送』
起動の言葉を口にすると、その場にいた全員の姿が掻き消える。
彼らが当たりを引いたのは、十一回目の転送を実行した直後だった。
転送直後に、ライトの足元から何かが砕けた音と感触が伝わってくる。
転送場所へは少し地面から離れた高さに転送され、転送後に軽い浮遊感と共に地に足を付ける。これが今までの流れだった。だが、今回は視線も高いままで浮遊感もやってこず、足も何かの上に着地をしている。
不審に思ったライトたちが視線を下げると、ティーカップを口につけたまま、驚いた表情で固まっている双子悪魔と目が合う。
どうやら彼らは入り口付近で優雅にお茶を楽しんでいた双子悪魔のテーブルに着地したようだ。
「「あっ」」
「「「「あっ」」」」
お互いほぼ同時に驚きの声が漏れたが、いち早く立ち直ったのは心構えをしていたライトたちの方だった。
『神力開放』
この好機を逃すべきではないと、ライトは迷いもせず神力を開放した。
正面に座っている夜会服を着た悪魔キンゼイルの顔面を、机の上から蹴り上げる。神力を得た状態で強打されたキンゼイルの頭は、跡形もなく吹き飛ぶ。
ライトに続いて行動に移ったのがファイリだった。彼女はライトと背を合わせるように立っていたので、キンゼイルと対面方向に座っていたギンゼイルを狙うには絶好の位置にいる。だが、高威力の聖属性魔法を放つにはロッディゲルスが近すぎた為、魔法発動を躊躇ってしまう。
死角が発生しないように全員が別方向を向いて転送した為、イリアンヌとロッディゲルスは正面に誰もいない状態であったが、横目で瞬時に状況を確認する。
キンゼイルの頭が吹き飛んだのを視界の隅に捉えると、ほぼ同時にギンゼイルへ攻撃を仕掛ける。
右側面から二本の短剣が首筋を狙い、高速で螺旋の回転をする五本の細い鎖が絡み合い、黒い渦と化した黒鎖が左脇腹をえぐるような軌道を描く。
だが、無念にも紙一重のタイミングでギンゼイルの障壁が間に合ってしまう。皮膚に触れる寸前のところで二振りの刃が静止し、黒の鎖は回転を止めることなく障壁を削り続けている。
「不意打ち」
ギンゼイルは障壁を持続したまま、後方へ大きく飛び退くと視線を一度、テーブルの下へと向ける。
そこには、椅子に座ったままの状態で頭を失い倒れている、キンゼイルの無残な姿があった。
「滑稽」
双子の片割れであるキンゼイルに対し侮蔑の言葉を投げ捨てる。
その言葉に反応したかのように、首のない体がピクリと揺れたように見えたのだが、その体は瞬きする間もない速さで圧縮され地面へとめりこむ。
頭が無くなった程度では滅ぶことはないだろうと、ライトが追い打ちに振り下ろしたメイスにより残っていた体も粉砕されてしまう。
相手の体が霧散したのを確認するとライトは、初手を防ぎきり一旦距離をとっているギンゼイルへ一気に踏み込む。
「脅威」
地を這う閃光と化したライトの突進に最大級の危機を感じ取り、避けることを捨て、防御に全魔力を集中する。
本来ならライトの攻撃を防ぐためだけに、強固な一枚の障壁を発生させたかったのだが、残り三名も油断ならない敵だと認識しているギンゼイルは、自分を中心とした半球状の障壁を発動させる。
障壁を展開すると同時に、体の芯まで浸透してくる衝撃に全身が震える。
ライトが接触した部分の障壁が異様な音を立て、亀裂が障壁全体へと広がっていく。ギンゼイルは慌ててその部分の魔力量を増やし強化するが、今度は左右背後に追撃を受ける。
右からは聖、左からは闇、二つの属性が障壁を挟み込む。そして、背後には神速を発動させたイリアンヌが放つ短剣の突きが、障壁の弱い部分を知っているかのように何度も正確に叩き込まれていく。
「下に十五、右に三」
ファイリが独り言のように呟く声に反応して、イリアンヌが攻撃箇所を変更する。
ギンゼイルが障壁を強化する度に、魔力の一番弱まった個所をファイリが神眼を使い的確に見抜き、イリアンヌへと指示を出している。普通であれば、障壁の軋む音や魔法の炸裂音に掻き消される声の大きさなのだが、神聴を所有するイリアンヌはその音を聞き取ることが可能であった。
「圧倒的不利」
補強が間に合わず、亀裂が障壁全体を覆い崩壊寸前の状態でギンゼイルは――ほくそ笑む。
「がはっ!」
「なん……だっ」
四か所への同時攻撃のうち、二か所の攻撃が突然止まり、ファイリとイリアンヌが呻き声を上げる。
ライトは攻撃の手を緩めることなく、二人へ視線を向ける。
二人の両脚は地面から浮き上がり空を走るかのように暴れ、両手は首に巻きついている黒い縄のようなものを引き剥がそうと、懸命にもがいている。
二人の顔が血の気を失いどす黒く変色するのを見て、ライトは迷わず攻撃を中断し、二人の首元に伸びている黒い縄のような闇をメイスの一振りで切断する。
「がはっ、はぁはぁはぁ、すまんライト……」
「ごほっ、ごほっ。はぁーはぁー。助かったー、ありが、と」
窒息しかけていた二人は空気を貪るかのように吸い込み、肺へと送り込む。
荒い呼吸を繰り返している二人を背後に庇い、ライトは前方を睨みつける。
切断された二本の縄状の闇は、何かを編み込むかのように絡み合い人型を形成する。
等身大の不格好な人形の様な形になった縄の表面が剥がれ落ちると、無傷のキンゼイルが微笑んでいた。
「まさか、いきなり淑女の顔面を蹴り飛ばすとは思いませんでしたわ。それに飽きたらず体まで傷物にするなんて、責任は取ってくれるのでしょうね」
頬を膨らまし、怒っていることをあざとくアピールするキンゼイルを、ライトは冷静な目で観察している。
ライトは今の攻撃に手ごたえを感じていた。初撃も完全に入り、続く第二撃で完全に止めを刺した自信があっただけに、キンゼイルの復活は予想外である。
「ライ、ト。キンゼイルと……ギンゼイル、は、はぁ、はぁ、魔力の、糸のようなもの、で、繋がっている。おそらく、奴らは、二人で一人だ」
まだ苦しい筈のファイリが荒い呼吸を繰り返しながら、ライトの心を読み取ったかのような発言をする。
「あら、あっさりと見抜かれてしまいましたわね。ご名答ですわ。私たちはどちらかが生き残っていれば、何度でも蘇ることが可能ですのよ」
「無敵」
服装に男女の違いはあるが、顔や体つきが瓜二つの双子は肩を並べて寄り添っている。
「ならば、同時に倒せばいいのだな」
双子の足元から飛び出した二本の黒い鎖が、二人を纏めて縛り上げる。全身に力を込め引き千切ろうとするが、強化されているロッディゲルスの鎖は、上位の悪魔とはいえ容易く切断できるような代物ではない。
「二人同時に消し飛べば復活もできないでしょう!」
その好機をライトが見逃すわけがなく、両手で握りしめたメイスに渾身の力を込め、相手の肩から上を完全に破壊するように振りぬく――筈が、双子悪魔の眼前でぴたりと止まる。
あらゆる強者を一撃で葬ってきたライトの攻撃が完全に防がれている。どれだけ力を込めようが障壁を打ち砕くこともなくメイスは微動だにしない。
「残念だったわね。私たちは攻撃に関してはミリオンに劣るけど、防御は中々なものなのよ。特に二人が力を合わせたときはね」
「同意」
鎖に拘束されたまま微笑む悪魔を見て、ライトはメイスを引き飛び退くと同時に追撃を警戒し『聖光弾』を投げつけておく。
「なんだ……あの姿は」
ファイリは聖光弾の光に包まれながらも、笑みを絶やさぬ悪魔の姿に息を呑む。
二人いたはずの双子の姿は重なり合い、その体は灰色の夜会服を着たキンゼイルのみとなり、ギンゼイルの体は消失している。だが、双子の頭は依然二つある。首元から枝分かれした首の先には、全く同じ造りの顔が二つ並んでいる。
「そんなに見つめられたら照れるじゃないの」
「視姦」
キンゼイルと思われる方の顔が照れたような仕草で頭を振ると、四つの手で顔を覆う。
本来ある二本の腕の下にもう二本腕が生え、その下に更に二本の腕ではなく脚が生えている。体の両側面に二本の腕と脚が並んで生え、計四本の腕と四本の脚を持つ異形の化物へと変貌していた。
「……何だか蟹っぽいですね。頭二つが飛び出した目玉で、あと合計八本の手足がありますし」
「言われてみれば確かに。くそっ、どうしてくれる。見れば見るほど蟹にしか見えなくなってきたぞ!」
「君たちは、戦闘中に馬鹿な会話を……くっ」
「だ、だめっ、直視できないっ」
ライトの呟きがファイリたちのツボに入ったらしく、口元を抑え懸命に笑いを堪えている。
「ん? 急に口元を抑えて震え出しているわね。恐怖のあまり気が触れたのかしら。まあいいわ。どうせ殺すだけだし。さあ、第二試合開始と参りましょうか」
二つの顔が同時に人間には不可能な位置まで口の端を吊り上げ、少し開いた口内は血のように赤く染まっている。
その姿は気が弱いものなら恐慌状態に陥っても何ら不思議ではない程、異様で恐ろしい造形の筈なのだが、ライトたちにはもう蟹にしか見えなかった。吊り上がった口が蟹の目が閉じているように見えてしまい、余計にシュールな笑いを誘う。
「面倒なことになりましたね」
ライトは軽い口調で言ってはみたものの、状況の厳しさに頭を悩ませている。
まず厄介なのが元双子悪魔の能力が防御に秀でていることだ。ライトには相性が悪すぎる能力。制限時間付きで尚且、回数制限がある攻撃を凌がれてしまえば、後は力なく大地に転がるしかない。
ライトが神力を開放してからかなりの時間が経過しているが、他の特別な贈り物を取り込み、神の力が馴染んできている今の状態ならまだ余裕がある。
問題は継続時間ではなく、体の不具合。
神力開放後に何度本気の攻撃をしたのか。相手を蹴り飛ばし、追い打ちで粉砕。更に障壁へ本気の一撃。捕まった二人の解放に最後のひと振り。
今までなら確実に体の骨が粉砕し、身動き一つ取れない状態になっているはずなのだが、未だに体は動く。全身にかなりの負担は強いられているが、動けない程ではない。
ライトは全力で動いてもあと数分なら問題はない――と考える。体の具合を確かめながら二撃、いや三撃までなら体はもつと判断をした。いや、むしろ今ならばあれが可能なのではないか。以前から考えてはいたが実行に移さなかった一つの方法が頭をよぎる。
「試してみる価値はありますね……皆さん、何とか相手の動きを止められませんか?」
笑いをどうにか抑え込むことに成功した三人は、顔を見合わせると軽く頷き、同時に口を開く。
「任せろ」「任せてくれたまえ」「まっかせなさい」
何だかんだ言ってもライトを信頼している女性陣は考えも聞かずに即答すると、一斉に行動を開始する。