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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
64/145

逝く者、残る者

「ライトアンロック君、ご苦労さま。最後の最後で力になれず悪かったね」


 フォールがふらつきながらも、ライトの隣までくると地面に腰を下ろす。


「すまねえ、回復が間に合わなかった!」


 フォールの少し後ろで膝をついた状態の百一が謝罪の言葉を述べる。

 百五、百八が揃って頭を下げてくる。


「こんな格好で失礼します。皆さん謝罪の言葉は不要ですよ。皆さんが時間を稼いでくれたおかげで……友を救えましたからね。本当にありがとうございました」


「礼を言うのはこちらのほうだ。死後も闇の浄化までしてもらい、こうやって僕らを利用していた奴等に一矢報いることができたのだから。それに、また妹と会えることができるなんて、感無量だよ」


 兄妹は視線を交わすと同時に微笑む。ライトはこの光景が見られただけでも、聖霊召喚が使えるようになって良かったと心から思った。


「兄妹団欒を邪魔して申し訳ないのですが、私は皆さんを呼べる条件を少ししか教えてもらっていないのですよ。精霊召喚が進化して聖霊召喚へと変化したのは教えられたのですが、結局どういう魔法なのか説明してもらっていないので、よろしければ説明願えますか」


「もちろんだとも。我々は死を司る神から説明されているからね。まず、この魔法で召喚された者は、一度しか召喚されない。召喚された僕らは倒されるか、継続時間を過ぎれば消滅し、今度こそ本当の死を迎える」


「兄さん、その時間というのは?」


 ロッディゲルスが寝転んでいるライトの上に身を乗り出して、兄へ質問をする。

 ライトの顔の上にロッディゲルスの胸が位置するのだが、ライトは無表情で眺めていると、不意に小さく息を吐き、黙って目を閉じる。

 それを目の端で捉えたフォールは苦笑いを浮かべる。


「ロッディ、もう少し女性としての慎みをだね。まあ、それは今更かな。ああそうだ、時間だったね。安心していいよ。十時間は持つようだから、まだ大丈夫」


「そうなんだ。よかった」


 ほっと安堵のため息を付くロッディゲルスの頭をフォールが撫でている。恥ずかしそうに身をよじるが、結局は大人しく撫でられている。


「それで話を戻すけど、召喚される側の条件としては闇に魂が汚されていること。それに、ライト君が直接止めを刺した相手であること。直接ライト君に倒されると、魂との繋がりができるらしいよ。あとは神による魂の選定を通った者であること。この三つだね」


 三つの条件を聞き、一瞬ライトの眉根が寄り、何とも言えない表情を浮かべる。困惑しているような、考え込んでいるような、そういった感情が入り混じっているように見える。


「なるほど、納得がいきました。あと、もう一つだけ。私に倒されてから、皆さんは何処にいたのです。聖霊召喚の詠唱に『神具にて魂を癒す者』とのくだりがありましたが、その神具とは何を指しているのでしょうか」


 ライトの質問に、フォールは手を打合せ何度も頷く。


「ライト君は知らなかったのか。それだよ。君の相棒のメイスの中だよ。神が少し手を加えて、そのメイスは神具となっているよ」


 何となくそうではないかとは思っていたが、確証が取れると興味が湧いたらしく、メイスを隅から隅まで観察している。


「あ、申し訳ありません。話し込んでしまいました。聞きたいことはそれぐらいです。私も暫くは動けませんから、残りの時間、妹さんと過ごしてあげてください」


 頭を下げたかったのだが、その動きですら無理なようでライトは諦めたように目を閉じ、体を休めることにする。遠ざかる意識の中、兄妹の楽しそうな笑い声が聞こえたような気がした。





 ライトが目を開けると、視界一面に薄い紫色の雲が見える。

 死者の街を年中覆っている紫の雲は少し、色彩が薄れたような感じがする。


「ふぅ。体の疲れも取れていますね。動きの方は」


 勢い良く上半身を起こすと、その場で柔軟運動を始める。寝起きの体の硬さはあるが、体の節々に違和感はない。むしろ、いつもより快適な気さえする。


「お、目覚めたか。お前が眠ってから、十時間近く経つぞ」


「ということは、そろそろですか」


 目覚めたライトにいち早く気づいたファイリが歩み寄ってくると、少し離れた場所で歓談するロッディゲルスたちへ黙って視線を向けている。

 いつもの少し無理が見える大人ぶったキャラではなく、屈託のない笑顔をロッディゲルスは見せていた。

 兄であるフォールと百一、百五、百八は大声で笑い合い、見ているこっちが幸せな気持ちになるような会話風景だった。

 ライトは彼らの元へゆっくりと歩を進める。

 先に気がついたのはライトから見て対面の位置に座っていたフォールで、彼の顔を見て他のメンツが一斉に振り返る。

 吹っ切れた表情でライトが歩み寄るのを黙って見ている彼らの中で、ロッディゲルスだけは少し表情に影が差している。


「ライトさん。あんたのおかげで、満足して逝けるよ。何度も言うようだが、本当に感謝している。次の人生でもこいつらと一緒になりたいぜ」


 百一は両隣に座っている、百八と百五の肩に腕を回し引き寄せる。百八は暑苦しい笑みを浮かべ、百五は少し迷惑そうな顔をしながらも満更ではなさそうだ。


「まだまだ、筋肉の鍛え方が足りなかったが、それは生まれ変わってからの楽しみとしておこう。最弱の状態からの鍛え直し。最高に燃えるとは思わないか! 鍛えがいがあるってものだ! なあっ!」


 百八が嬉しそうに百一の背を強く叩き、百一が仰け反っている。


「ライトさん。ありがとう。最後にまた会えて良かった」


 そう言って照れたように笑う顔を見て、百一と百八が目を見開いている。


「おおおっ、お前そんなに可愛く笑えたのかっ!」


「百五の表情筋は動かないものだと思っていたが、ちゃんと動くではないか! 良い笑顔だ!」


 照れて俯く百五を二人が「顔を隠すなよー」「さあ、この笑顔を参考にするのだ」とはやし立てている。


「若者は元気でいいねー。と言っても、千歳超えていたのだっけ。気が若いのは良いことだね。うんうん」


 立ち上がったフォールが年寄りじみた事を言うと、何度も頷いている。


「兄さんも変わらないでしょ」


 いつもと違い、完全に女口調になっているロッディゲルスが、手の甲を兄の胸に当て、合いの手を入れている。


「ライト君。妹が色々世話になっているようだね。最近は変な言葉遣いを覚えたみたいで、少々不安だけれど、大切な妹をよろしく頼むよ」


 そこまで言うと、ライトへ素早く顔を寄せると小声で話し出す。


「ああ見えて、実は少女趣味で可愛げのある妹なのだよ。兄としては、ライト君のような人にもらって欲しいのだけどね。兄公認だから安心して手を出してくれたまえ」


「兄さん……何を言っているの、か、し、ら?」


「おう、怖い怖い」


 黒い闇の魔力がにじみ出ている妹の姿を見て、フォールはおどけた仕草でライトから離れる。


「そろそろ、時間のようだね。消える前にロッディちょっとこっちに来てくれるかい」


「何、兄さん」


 フォールは目の前まで来たロッディゲルスの頭にそっと手を添える。

 そして目を閉じ、意識的に全身から闇の魔力を溢れ出させると、その魔力は身体を伝いロッディゲルスへと流れ込んでく。


「兄さん、これは!?」


「これが神を超えるために古代人が考えた強化の方法だよ。魔族が終着点ではなく、まだ通過点に過ぎないってことさ。僕とごく一部の人間にしか知られていない事実なのだけどね。魔族は仲間同士で力を与えることも奪うこともできる。と言っても全ての力を与えられるわけではなく、本来の力の半分程度を相手に分け与えることができるのだよ」


 フォールの魔力が弱まり、ロッディゲルスの魔力が増大していくのがライトにも感じられた。そういった感覚の鋭いイリアンヌも目を見張っている。ファイリは文字通り目に見えて強くなっていくのがわかるようだ。


「兄さん、そんなことして大丈夫なの!? 無理しているならやめて――」


「ロッディは、自分だけ特別な贈り物スペシャルギフトが使えないことを気にしているのだろう。皆が強くなっていく中で取り残されていると思っていないかい。なら、この力を受け取っておくれ。兄が大切な妹に残してやれる唯一のものだから」


「なあ、それって俺たちも可能なのか?」


 百五に追い掛け回されていた百一が、真剣な眼差しをフォールに向けている。後ろに立つ百五、百八も同じような表情を浮かべている。


「ああ、可能だよ。ただし、正規の魔族ではないので、分け与えられるのは三分の一程度になるとは思うが」


 三人は顔を見合わせると、大きく一度頷いた。


「なら、丁度いい。俺たち三人で一人分ってことだな」


「みんなで一つ」


「最後まで一緒だ!」


 三人はロッディゲルスを囲むように立つと、揃って手を挙げ魔力を集中する。


「班長、俺たちの力、受け取ってくれるか?」


「私たちもお礼がしたい」


「これで班長も筋力アップ間違いなしだな!」


 断る言葉を口にしようとしたロッディゲルスだったが、三人の揺るぎない決意を受け取り、静かに小さく頭を下に振った。

 フォールに加えて三人からも魔力が流れ込む。それは闇の魔力だというのに、何処か心安らぐ温もりを感じさせてくれる。

 四人が差し出していた手を下げると、大きく息を吐いた。そして、自分たちの力を託した女性へと目を向ける。

 ロッディゲルスは全身に力が漲るのを実感している。以前よりも闇が馴染み、身体能力も向上しているようだ。


「ありがとう、兄さん、貴方たち。皆の力、大切にする」


「時間がきたようだ……ああ、幸せになるのだよ、ロッディ。ライト君、皆さん、妹のこと頼みます」


 体の色素が薄れてきたフォールが深々と頭を下げる。

 ロッディゲルスが兄に駆け寄り、その体を抱きしめようとするが、その手はフォールの体を素通りしてしまう。それを見た兄が、困ったように笑うと「さよなら」と最後に言い残し、消えていった。


「別れの挨拶は済ましたしな。最後は俺たちからの願い事だ。無茶はせず適度に頑張ってくれ」


「無理はしないで。命は大事」


「最終的に勝てば良いのだからな!」


 三人は笑顔でそれを伝えると、大きく手を振る。その手は完全に姿が消えるまで振り続けられていた。

 四人がいなくなった場所に一陣の風が吹き抜ける。

 微かに残っていた残像さえも、その風が連れ去ってしまったかのように、その場には何の痕跡も残っていない。

 背を向けた状態で肩を震わせているロッディゲルスに、ライトはそっと近づくとその肩に優しく手を添え――


『うううううっ、悲しい別れね。私、こういうのに弱いのよっ』


『ほら、そこで肩を抱いて甘い言葉を囁け! 心が弱っている今がチャンスだぞ!』


『この状況で最も有効な手段は、背後から抱き寄せる。だと僕は思うのだが』


『あー、わかるわ。背後からギュってされたら濡れるわよね!』


 突然、聞き覚えのある声が死者の街に響いた。

 何故か声だけではなく、恋歌で良く流れる演奏までも聞こえてきている。

 ライトは肩へと伸ばしていた手を引っ込めると、自分が寝転んでいた場所に置いてあるメイスへと近づいていく。


『かーっ、ヘタレだな。今のが絶好のチャンスだろ! あれから押し倒すぐらいの気概見せろよ!』


『いやいや、ライト君は大人の女性に興味がないのかもしれない。実は特殊性癖という線はどうだろうか』


『はっ、だから私の魅惑の体つきにも興味がないのね! あの子と妹にも手を出してないみたいだから貧乳派じゃないわよね。まさか、女性に興味がないとか……』


『やだ、私に逆転のチャンス! もう、ライトちゃんったら言ってくれたらいつでも、この体差し出したのに』


 この場の空気をぶち壊した声はどうやら、ライトのメイス先端部の鉄塊から漏れてきているようだ。馬鹿騒ぎしている声のバックに軽快な音楽が流れている。

 イリアンヌとファイリ、落ち込んでいたロッディゲルスもいつの間にかメイスの近くまで来ており、全員が鉄塊を見下ろしている。


「何しているのですか」


 ライトが笑顔を貼り付けたまま、メイスに向かって淡々と話す。


『あ、あれ。ここは俺たちが消えてなかったことに喜んで、号泣するってシーンじゃないのか? 何か、笑顔が怖いんだが』


『お、おかしいな。二度と会えないと思っていた相手との感動の再会が始まる予定だったのに。計算ミスかっ』


『ほ、ほら、ファイリ。そんな顰め面したらダメよ。愛しのお姉ちゃんだよぉ~』


『あらやだ、イリアンヌちゃん。着てくれたのね! よく似合っているわ。うんうん、その凹凸のない体にピッタリね。風の抵抗も受けにくいし、とっても動きやすいでしょ! って、ど、どうしたの。急に服を脱ごうとして、え、ちょっと!』


 メイスからは四人の声が聞こえ、その声は全て焦っているようだ。

 ライトは乾いた笑みを持続し、イリアンヌは覚めた視線を注ぎ、ファイリは半眼で睨むように見下ろし、ロッディゲルスは小さく溜息をつく。

 ライトは黙ってメイスを掴み上げると、収納袋の口へゆっくりと挿入していく。


『ちょ、ちょっと待て! ほら、何で生きているんだっ! とか、どうしてそんなところに! とか聞きたいことあるだろ!?』


「何で消滅しないのです?」


『酷えっ! ほ、ほら、前に召喚されたやつみたいに、俺たちも召喚待ちなわけだ。何かあったらいつでも召喚してくれ!』


「じゃあ、背中が痒いので掻いてください『我は願う、背中の痒みを』」


『やめろおおおっ! 召喚は一度だけなんだぞ! ほら、なんだ、俺たちには凄い価値があるのはわかるだろ』


『そうよ、そうよ。美女が入っているってだけで、ムラムラしちゃうでしょ』


「……姉さま。そういった発言は慎んでもらえますか」


『は、はい。ごめんなさい』


 ファイリに即座に謝るミミカは声だけしか聞こえないというのに、ペコペコと頭を下げる姿が目に浮かぶようだ。


『そ、そうだ。ライト君。暇な時や癒されたい時は、自動的に音楽が聴けるという特典もあるよ! ほ、ほら、何か適当に心が落ち着くような曲でも弾いて。え? 命令は受けない。弾く曲は自分で選ぶだって? もう何でもいいから、早く!』


『そうだ、早くしろよ。お前は歌しか能がないんだろ!』


『ささっと弾いてくれたらいいからっ』


 身の危険を感じたロジックが、土塊に演奏を頼んでいるのだが反応はあまり良くないらしい。エクスとミミカも便乗して土塊に迫っているようだ。

三人のしつこさに折れたらしく、メイスから曲が流れてくる。


『うおおおおっ、やめろぉ! 鎮魂歌を歌うなっ』


『僕たちは死者なんだよっ!?』


『いやあああ、体が消えるぅぅ』


『ほら、バカ三人衆は謝って! 土塊ちゃんも意地にならないの。自分も体薄れているわよ!』


 メイスから響く、聞き慣れた、はた迷惑な騒ぎ声にライトの口元が緩む。


「まったく、しょうがない人たちですね。フォールさんから話を聞いた時点で予想はしていましたが。エクスさん、ロジックさん、ミミカさん、キャサリンさん、土塊さん。またこうやって話せて嬉しいですよ――おかえりなさい」


『『『『『ただいま』』』』』


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