一度の奇跡
ライトアンロックは死者の街の入口に備え付けられているはずの巨大な鉄扉が、門の脇に転がっているのを横目で確認する。
門扉は無数の何かがぶつかり凹んだ跡や、表面には鋭い刃物で傷つけられたような跡に覆われており、原型を留めている箇所を探す方が難しい瓦礫へと成り果てている。
どんな時も門の前で侵入者を見張っている、頼もしい彼らの姿を探すのだが何処にも見当たらない。
ライトは黙祷を捧げるが、駆ける足は決して緩めることがない。一刻を争う状態だというのを誰よりも理解しているため、どれだけ思うところがあろうと立ち止まることはない。
「これは結構やばいんじゃないか。ライト、本気で行くぞ!」
ライトの隣でファイリが目を金色に輝かせ、門の先へと視線を飛ばしている。ちらっと横目で確認すると、意気込みがこちらまで伝わってくる表情をしている。
「はぁー」
ライトは疲れたように小さくため息をつく。
「首なし騎士もいないようだが、奴らがやられるとは……我らも本腰を入れなければならないな。気を抜くなよライトアンロック」
ファイリと反対側の隣に陣取り、併走しているロッディゲルスが緊迫した表情でライトへ注意を促してくる。
ロッディゲルスをじっと見つめていたライトは再びため息をつくと、次はファイリの方に向き直る。同様に真剣な表情で前を見据えているファイリの姿がある。
走る速度は落とさずに門を通り過ぎながら、交互に二人の顔を見つめライトは大きく息を吸った。
「そろそろ、突っ込んでもよろしいでしょうか。何故、貴方たちがいるのですか。私は一人で向かうと言いましたよね? 神からの転送陣に飛び乗ってくるなんて何を考えているのです」
ライトが二人を軽く睨むと、二人は目を逸らす。
だがそれは、注意されたことに関して負い目を感じ視線を逸したのではなく、少し機嫌が悪いように見える。
「前から言っておこうと思っていたのだが。何故、お前は人を頼らないんだ。敵の規模がかなりのものなんだろ。どれだけ強かろうが一人の手でやれることには限界があるはずだ」
「それに、我らはキミが心配する程、弱くないはずだ。今回はかなり危険なことがわかっていたから、連れて行きたくなかったのだろ我らを。それは、心外だ。キミが我らの助けになってくれたように、我らもライトアンロック、キミの力になりたいのだ」
二人は顔をライトへ向けると、その瞳を覗き込んだ。
ファイリとロッディゲルスの瞳には困惑を隠そうとしない表情のライトが写っている。だが、口元を少し嬉しそうに緩めている自分の姿に気づいてしまう。
ライトは肩を落とし、無駄に入っていた力と緊張感を絞り出すかのように、大きく息を吐いた。
「仕方ないですね。なら、お二人には期待させてもらいますよ。その代わり、私の指揮には問答無用で従ってもらいます。良いですね?」
二人は顔を見合わせると小さく頷き、自信ありげな笑みを浮かべてライトへ向き直る。
「了解だ! 任しておけ」
「我に任せよ」
頼もしい仲間二人と飛び込んだ街は既に壊滅状態で、馴染みの露店があった場所には無数の木片が散らばり、あれが元は露店であったとは誰も思わないだろう。
いつもの風景は様変わりし、暗い雰囲気ではあったが綺麗な街並みだった死者の街の面影はどこにもない。今、目に映る光景は建物が損壊し、地面は踏み荒らされ廃墟と化した、死者の街。
「初めて見るが、死者の街とはこういうものなのか。不死や闇属性がいそうな場所ではあるが、得ていた情報とは違うな」
確かに今の街並みは、不死属性や闇属性の魔物が住む場所としては相応しいかもしれない。本来、死者の街と聞いて人が抱くイメージは今の光景の方が近いのだろう。
「いや、完膚無きまでに破壊し尽くされている。この街は掃除も行き届きとても綺麗な街並みだった」
ロッディゲルスは、死者の街の変わり果てた姿に息を呑むと、それ以上話すことができずに、ただ拳を握りしめることしかできなかった。
ライト程ではないが、ロッディゲルスもこの街に思い入れがある。
魔族である自分が訪れても咎められることもなく、虚無の大穴で同行した三英雄と酒を酌み交わしたこともある。魔族となってから、ライト以外から感じることのなかった、人の温もりや優しさを、この街はロッディゲルスに与えてくれた。
「許せんな……これほどの怒りを覚えたのは虚無の大穴以来だ」
ライトが絡むとき以外、あまり感情を表に出すことのないロッディゲルスが、目を釣り上げ怒りの形相で虚空を見つめている。
「ええ。ですが油断はしないでください。そろそろ、何かが起こりそうです」
ライトは警戒を緩めることなく、走る速度を落とし早歩きに近い状態で、街の奥へと進んでいる。その先から、きな臭さを感じ取っているようだ。
二人はライトの様子から警戒を強めると、ファイリは聖樹から作られた杖を取り出し構え、ロッディゲルスはその両手に闇を纏っている。
「だ、誰かーーーっ! 誰か助けてぇー!」
その時、ライトの向かっている方角から全速力で逃げてくる人影が見えた。
おぼつかない足取りで、それでも気力を振り絞り何とか転ばないように懸命に駆けているように見える。背後には無数の魔物が押し寄せており、その数は十を超えている。
死の峡谷で頻繁に見かけるヘッドハンドの顔が巨大な人間にすげ変わっている魔物や、人間の顔が連なって人型を作っている魔物等、人間を素にした魔物ばかりが、女性を追いかけている。
悲鳴を上げ逃げ惑う女性の頭上で、大きなリボンが激しく揺れているのを見て、ライトたちは顔色を変えた。
「あれは、ミリオンさんっ! 無事だったのですね、今すぐ行きます!」
ファイリは面識がないので反応ができなかったが、ライトとロッディゲルスは瞬時に反応している。ライトは『上半身強化』『下半身強化』を走りながら唱え、全身から金色の炎が吹き出す。どうやら、魔力を全開で放出しているようだ。
ロッディゲルスは腕に纏わりつかせていた闇を具現化し、合計十本の黒い鎖を生み出す。両腕を相手に向けて振るうと、全ての鎖が後方からライトを追い越し、ミリオンに襲いかかろうとしている魔物へと向かっていく。
「ライトさんと美形の人助けてぇぇ!」
最後の力を振り絞ったかのように逃げる速度を上げると、ライトにあと数歩のところまで迫ると飛び込んでいく。
「もちろん、救いますよ『聖属性付与』」
ライトは聖属性の光を放つメイスの先端を後方へ大きく逸らし、体を限界まで捻る。
踏み込んだ足を大地へ叩きつけると地面が抉れるが、それでもライトの踏み込みを完全に支えることは不可能だった。まるで氷の上で踏み込んだかのように、大地を削りながら前方へ滑っていく。
そして、その状態のまま体の捻りを解放し、腰の回転を上乗せして全ての力を両手で握りしめているメイスへと送り込む。
メイスの先端にある鉄塊は目標を破壊する、ただそれだけの為に振るわれた純粋な暴力は、目標を違えず相手を捉える為に進んでいる――ミリオンの胴体へと。
「ちょっ、えっ!?」
ミリオンは瞬時にライトの動きを予測すると、本来の力を出し飛び退こうとするが、両手両足が思うように動かない。
慌てて手足を確認するがそこには、黒い鎖が何重にも巻きついている。ロッディゲルスが放った鎖は後方の魔物を狙うと見せかけて、軌道を大幅に変えミリオンの両手足を束縛していた。
「滅びなさいっ!」
渾身の一閃は狙いを違わず、ミリオンの腹部へ吸い込まれるように叩きつけられた。
激しい火花が散り、あと数センチのところで鉄塊が止められる。故郷の村で戦った上級悪魔と同様に透明の障壁が、ライトの一撃を防いでいる。
前回の戦いは神力を開放していたので、容易く障壁を砕けたのだが、今回は身体強化のみなので破壊力が下回っている。
「おっどろいたー。どうやって私の正体を知ったのかな。まあ、でも、不意打ちも無駄」
『聖光流滅』
勝ち誇った笑みを浮かべているミリオンの顔面に聖なる光が激突する。
「今度はなんだっ!」
「おいおい、一人忘れてないか」
両手を突き出し高威力の魔法を放出し続けているファイリがニヤリと笑う。
ライトの攻撃には劣るが、油断できない威力を備えた魔法の一撃へも障壁を発生させる。二つ同時に障壁を発生させないといけない為、障壁一つに対しての防御力が減少するが、まだライトの攻撃がそれを打ち砕くには至らない。
「あははは、おしかったねー。あと一歩足りなかったみたい」
驚いた表情が一転して、余裕の笑みへと変わり見下した視線をライトへ向ける。だが、ライトはミリオンの期待に反して、焦りもせず平然と見つめ返している。
この状況下だというのに、余裕な態度に苛立ちを覚えるミリオンが口を開き、更に挑発の言葉を口にする。
「無理しちゃってー。本当は、焦りまくっているくせに。もう、手段も尽きたよねー」
「本命が残っているわよ」
ミリオンの耳元から聞こえた声に驚き、振り向くより早く、喉に冷たいものが押し込まれる感覚が背後から襲ってくる。
「な……がっ」
喋ろうとするのだが、喉を貫通した異物により声が出ない。
「油断大敵って素敵な言葉よね。ミリオン、アナタのこと嫌いじゃなかったわよ。じゃあ、永遠にさようなら」
気配を殺し背後から神速で一気に間合いを詰めたイリアンヌが、喉に刺した短剣を捻った後に引き抜くと、素早くその場から離れる。
引き抜かれた傷口から鮮血を吹き出し、体を仰け反らすミリオンに障壁を持続させる余裕は残っていなかった。
二箇所同時に障壁が砕け散り、顔面と腹部に凄まじい衝撃が襲いかかる。
聖属性の魔力を豊富に含んだ一撃が顔を削り、腹部への打撃は触れた瞬間に、背中まで威力が突き抜け、肉片と内臓を後方へ撒き散らしながら貫通し上半身と下半身が分断される。
腹部が消滅したミリオンの身体は後方へ吹き飛ばされ、追いかけてきていた魔物たちと衝突し、巻き込まれた魔物たちと一緒に民家へ激突する。
その威力は凄まじく、一軒目の民家は爆散し瓦礫を巻き上げ、直線上の住宅が次々と破壊されていく。
粉塵が収まった後には、メイスを振り切ったライトを起点に真っ直ぐ伸びる、二本の破壊された荒地が広がっていた。
「さて、これでケリがつくとありがたいのですが」
「普通ならこれで終わりなんだけどな」
「完全に不意をついたはずだが、やはりあの障壁が面倒だ」
ライトの隣に立つファイリ、ロッディゲルスは警戒を解かず、鋭い視線をミリオンが吹き飛ばされた先へ集中させている。
「ねえ、見た見たっ!? 今の華麗なる一撃。自分で言うのも何だけど、暗殺者ぽかったよね!」
手を振りながら決め顔で走り寄ってくるイリアンヌにライトは苦笑いを返す。
「はいはい、凄いですね。感動ですよ」
「自慢する子供に適当に相槌打つ感じやめてくれるっ!」
不満げに詰め寄ってくるイリアンヌを片手で制しながら、ライトは振り下ろしていたメイスを肩に担ぎ表情を引き締める。
「いえいえ、本心ですよ。貴方が命懸けで得た情報を我々に教えてくれたおかげで、ミリオンの裏切りが事前にわかったのですから。本当に感謝していますよ。ありがとうございます」
「そ、そう。ならいいのよ、うん」
素直に礼を言われ戸惑うイリアンヌが、照れて頬を掻いていた指がピタリと止まる。
「って、やっぱそう簡単にはいかないようね」
「本来は神力で葬りたかったのですが、まだ噂の双子悪魔が控えていますから、力を使い果たすわけにはいきませんので……来ます」
ミリオンが二つに分離され、吹き飛ばされた先の土砂と瓦礫が上空へと吹き上がるのを、ライトたちは目撃する。
吹き荒れる爆風は徐々に範囲を広げ、巻き上げられた粉塵が風に流され視界が開けると、ライトの前には建造物が吹き飛ばされ、荒れ果てた更地へと変貌した死者の街が広がっている。
『あはははははっ! 流石ライトさん! 友達にも容赦ないんだから。そんな鬼畜な貴方が嫌いじゃないんだからねっ』
体中から闇を吹き出し笑い声を響かせるミリオンの上半身が、上空へと浮かびながら下半身と合流しようとしている。
「それを黙って見過ごすわけがありませんよね『聖光弾』」
直径十メートル級にまで膨張させた聖光弾に五指をめり込ませ投げつけるが、ミリオンの遥か手前で発生した灰色の光を放つ壁に防がれてしまう。
「もう、せっかちさんね。ライトさんのせいで予定が狂いまくりだけど、ここで真打の登場です! 皆さん、盛大な拍手をもって、お迎えください!」
下半身と結合し、失われたはずの腹部に闇が集まり完全修復されたミリオンが、乾いた拍手を始めると、地面から五人の人影が浮き出てくる。
「ここできましたか。こんな再会はしたくなかったですよ。皆さん」
ライトは一人ひとりを確認しながら現れた全員の顔を見つめる。
いつもはふてぶてしい態度を崩すことなく、不敵な笑みを浮かべているエクスが覇気のない顔で唇を噛み締めている。
幼女が絡むとき以外は冷静沈着で、三英雄のまとめ役として奮闘しているロジックが、屈辱に顔を歪めている。
聖女と呼ばれた過去を捨て去り、いつも明るく本で得た偏った知識で色気のある女性を演じていたミミカが、今は伏し目がちに顔を少し傾け、その瞳には生気が感じられない。
「ね、姉さま……」
今にも泣き出しそうな顔で、姉であるミミカを見つめているファイリの肩にライトはそっと手を置いた。
キャサリンはいつもの柔和な感じではなく、凛々しいと呼べる雄の表情で何かに抗うかのように歯を食いしばっている。
土塊はいつもと変わらず無表情で変化がないように見えるが。
五人の出現に、ライトは一瞬だけ悲しげな表情を浮かべるが、軽く頭を左右に振ると平常心を取り戻したかのように、いつもの表情に戻る。
「さーて、ご友人の参入によりライトさんは、どういった手段をとるのかなー。私の足止めをそこの女性三人に頼んで、五人を一人で相手にする? 無理だよね。さっきの一撃のおかげで弱っている私だから、何とか時間稼ぎはできるかもしれないけど、五人を相手に一人でなんとかできるの?」
無理だ。ライトは口には出さないが、ミリオンの問いかけに対し、即座に答えを出している。三英雄を相手に一人で立ち回るにも無理があるというのに、味方の士気や能力を上げることができ、敵の精神を揺さぶり妨害することも可能な歌声の持ち主である土塊も控えている。
キャサリンも武器防具屋として名が売れているので、あまり知られていないがSランク級の実力の持ち主である。おまけに、お手製の自分仕様の武器防具を身につけているので、更に力が強化されている。
神力を使わなければ、死に行くようなものだ。
だが、ミリオンを倒す余力を残しておくためには、神力を開放するわけにはいかない。
「じゃあ、代わりにライトさんが私の相手してくれるのかな? あ、そうそう。親玉の私を倒せば洗脳が解ける! ってのが定番なんだけど、私を殺しても操られたままだからね。信用できないなら、その神眼持ちの教皇様に見てもらったら?」
考えを読まれたライトが視線をファイリに向けると、金色の瞳が五人を捉えじっと観察を続けるが目を逸らす。
「詳しくはわからないが、黒い禍々しい闇の塊が心臓部分に濃縮されている。普通洗脳や契約、操作系の魔法は発動主との魔力の繋がりが見えるのだが、今はそれが見えない。相手が嘘をついていない可能性が高いと、言わざるを得ない……ごめんなさい、姉さま」
「そう、ですか」
完全に手詰まり状態へと陥った現状で、ライトは必死に頭を働かせている。
何とか状況を打破する策がないかと、自分の持ちうる能力で何とかできないか、検索するのだが答えは一つしか見つからなかった。
「ねえねえ、どうすんのー? 自滅覚悟で戦ってみるー? それとも奥の手がまだあったりするのかなー。たっのしみぃー」
ライトたちに手がないことを理解した上で、馬鹿にした発言を続けているミリオンを三人は睨みつけることしかできない――ライトを除いた三人が。
「仕方ないですね。完全にぶっつけ本番ですが……信じていますよ、死を司る神様」
地面に視線を向け、考えを巡らしていたライトは顔を上げると、絶望など微塵も感じられない、いつもの薄い笑みを顔に浮かべている。
大きく息を吐くと目を閉じ、メイスの柄を両手で強く握り締める。
ライトは相棒の巨大メイスを天へ掲げると、おもむろにその瞼を開いた。
『我は願う、絶望を刻まれ、闇に汚されし魂の安らぎを』
「どうしたのー、急に祈りの言葉を捧げちゃって。この状況で死者への弔いを始めるの?」
ミリオンの言葉に耳を傾けることもなく、完全に無視している。
静かにそれでいて力強くライトは言葉を口にする。それはまるで、鎮魂歌を歌い上げる聖歌隊のようであった。
『我は願う、神具にて魂を癒す者へ、我が呼び声が届くことを』
「ねえねえー、本当にどうしちゃったの……え、なにこれ?」
朗々と歌い上げるライトを起点に光の輪が何重にも現れ、水面に広がる波紋のような光景を造りだす。
頭上ではメイスの先端部分である鉄塊の中心部から、光が漏れ出している。
『我は願う、汝と共に戦場を駆け抜けんことを』
辺り一面が白銀の光で覆われ、足元から光の粒子が舞い上がっている。
「これは聖属性の光――違う! これは神気!? 人の身でありながら、神の魔法を唱えると言うの!」
ミリオンが慌てた様子で地面を覆う白銀の光を睨み、穏やかな表情で詠唱を続けるライトへ視線を移し憎々しげに見据える。
『我は誓う、汝が再び力を示すというのならば、一度の奇跡を体現せしめることを!』
ライトが唱え終わると同時に、掲げていたメイスを地面へと振り下ろす。
白銀の地面が大きく脈打ち、地面へ広がっていた光が一斉にライトの背後へと集まり、凝縮されていく
『聖霊召喚』
ライトの背後から現れた四人の人影が、ライトのすぐ脇を通り、ライトより一歩前に並んで立つ。
一人はヨレヨレの白衣を着た、見るからに不健康そうな痩せこけた男だった。
その男は頭を無造作に掻くと、大きく息を吐く。
「まさか、こんな状況で再び会えるとはね。予想外過ぎて戸惑ってしまうよ。ロッディ、久しぶり、綺麗になったね」
穏やかに微笑み優しく見つめてくる男を、ロッディゲルスは口をあんぐりと開けた状態で指差すが、その指先は小刻みに揺れている。
「に、兄さん! フォール兄さんが何で!」
「詳しい話は後でしようか。今はそれどころじゃないしね。それに、僕以外にもいるのだよ」
驚きのあまり体が硬直している妹の頭をフォールが撫でる。
その様子を嬉しそうに眺めていた新たな三名が、ライトへ声を掛ける。
「ライトアンロック。あんたには直接礼を言いたいとずっと願っていた。心の底から感謝している!」
ライトに向かって深々と頭を下げた男は、所々が破れている赤いズボンを履き、上着は魔獣の皮を鞣して作られた、ファスナーのついたゆったりしたジャケットを羽織っている。
「私も礼を」
続いて頭を下げた小柄な女性は特徴的な服装をしている。緑を基調としたドレスのような服は、フリル、レース、リボンで飾られ、スカート部分は大きく膨らんでいる。
「はっはっは、俺の上腕二頭筋と大胸筋も一緒に礼が言いたいそうだ! ありがとう!」
大音量で礼を口にする男の頭は短く刈り揃えられ、筋肉の浮き出た肉体によく似合っている。下半身を覆うズボンは黒で体に張り付くようなデザインとなっている。ちなみに上半身は裸だ。話す度に筋肉がぴくぴく動くのが特徴的ではある。
「皆さんとこうやって再び会うことができて嬉しいですよ。積もる話は後にするとして、力を貸してもらえますか」
「「「もちろん!」」」
三人は声を揃え頷くと、上空に浮かぶミリオンへ向き直る。
「盛り上がっているところ済まない。召喚魔法の疑問は後回しにするが、誰なのだ、この三人は」
ロッディゲルスが小声で耳打ちしてきたが、ファイリとイリアンヌも顔を寄せてきているので、全員が同じ疑問を抱いているのがよくわかる。
「全員会ったことがあるじゃないですか。特にロッディゲルスが忘れたら可哀想ですよ。本名は知りませんが、自分たちで百一、百五、百八と名乗っていた三人です。虚無の大穴で会ったのをもう忘れたのですか」
「「「ああああああっ!?」」」
ライトは事前に神から誰を呼び出せるのかを聞いていたので驚かなかったが、三人にしてみれば、初めて見る人型の姿なのでわからなくて当たり前だった。
「何なの! 召喚魔法が使えるなんて聞いてない! どういうこと! ライトアンロック、あなたは一体何者なの!?」
頭を掻きむしり血走った目で質問をぶつけるミリオンを、ライトは黙って見つめると大きく息を吐く。そして、肩をすくめると口を開いた。
「やれやれ、貴方もそれを聞きますか。私はただの聖職者ですよ。ごく一般的な」
そう言い放ち、不敵に微笑むとライトはメイスの先をミリオンへ向ける。
「さて、お望み通り奥の手も見せましたので――戦いましょうか」




